交わした約束
「盛満足大丈夫か?」
足を引き摺りながら歩く盛満に心配そうな顔をしている正道がそう聞く、盛満は足がかなり痛むのか顔が脂汗でびしょびしょになっており表情もかなり歪んでいるが無理やり満面の笑みを作り何回も頷く。
「絶対大丈夫じゃないだろ、おぶってやるからちょっと待ってろよ……つうか最初からこうすりゃ良かったな」
そう言うと正道は腰に付いている装備を全て前の方に付け替え盛満をおんぶする、最初は盛満も嫌そうにしていたが長い間歩いていた為限界だったのか渋々正道におんぶされる。
「あと腹減ったなー盛満おにぎりとか持ってないよな?……まぁさすがに持ってないか、家戻るまで我慢するしかないな」
正道は冗談混じりで言っていたが、突然後ろからおにぎりを持った腕が伸びてきて驚く、その手は盛満の手だった、正道が振り向くと盛満はもう片方の手にも大きなおにぎりを持っておりそれを美味しそうに頬張っている。
「まじで今度お前のポケットの中見させてくれよどーなってんのか見てみたい」
正道はそう言うと真っ直ぐピンっと伸びた腕からおにぎりを受け取り食べる。
それから少し歩きおにぎりも食べ終えた頃、アキ達がいる家に近づきもう少しかと思っていた時前からチビが走ってきて正道の体に飛びついてきた。
「正道!キュータとアキが大変だよ!」
「はぁ?何があった?」
正道は聞くがチビは震えているだけで何も喋ることができ無いようだった、正道は二人を抱えたまま全速力で二人が居た家に向かう。
「おい……どーなってんだよこれ」
正道が到着すると拠点にしていた家は全壊しておりキュータは倒れ意識がないようだった、しかもアキの姿はどこにもなかった。
「正道……キュータが、キュータが」
チビが震えながら一生懸命何かを言おうとしている、正道はキュータの様子を見に行くと意識はなく体の半分が消えかかっていた。
「まずい……霊子の分解が進んでる、どうしてここまでの傷を負ったんだ……」
「ものすごく強くて怖い奴がきてキュータの事やっつけた後アキを持って行っちゃった……ごめん僕怖くて何も出来なかった、キュータ死んじゃう?」
「気にすんなチビ、お前に怪我が無さそうで良かったよキュータは多分大丈夫、アキさんのおかげだな」
正道はキュータの体にくっついている虫を見ながら言う、虫達は消えかかっている所に集中してくっついているように見える。
やっぱりアキさんは凄いな……アキさんの霊虫達がキュータに微量だけど霊力を供給してる、このおかげで辛うじて霊子の分解を遅らせる事ができてる、もうやってる事ほぼ鬼束さんと一緒だな、だけど……。
キュータの体はかなりのダメージを受けた事と大量の霊力を失ってしまった為、体を作っている霊子を維持する事ができなくなっていた、アキの霊虫に霊力を供給されていたがそれでもキュータの手足は消えかかっていた。
「盛満、霊障壁をキュータの体の周りに作ってくれこれ以上キュータの霊子を体の外に出したくない」
キュータの体の状態を確認し正道は盛満に指示を出す、盛満の霊障壁に覆われたキュータの体は霊子が空気中に流れる事が無くなった為少しだけ分解する速度が遅くなる。
「よし後はこの人が言う事聞いてくれれば……」
そう言うと正道は鞄の中から巻物を一つ取り出し広げる、その巻物には何も書いて無かったが、正道が霊力を流すと巻物の中に文字が浮かび出し大きな音を出して煙を上げる。
【思業式神 遡及】
「鬼束様、こんな短期間にまた私を呼ぶとは珍しいですな」
巻物から出る大量の煙が消えるとそこには大きな砂時計を持っている式神の姿があった、その式神は鬼束を探しているのか周りをキョロキョロと見回した後鬼束がいない事に気付き凛々しい顔だったのが一瞬で面倒くさいと思っているような表情になる。
「おいどう言う事だなぜ鬼束様が居ない? どうやって俺を召喚したんだ?」
「鬼束さんに召喚術式を教えてもらったんです、そんな事よりあなたにやって欲しい事があるんですけど」
正道は倒れているキュータの方を指差す、遡及は倒れているキュータを見て察したのか深いため息を吐きながらドカっとその場に勢いよく座り込んだ。
「そこの猿を治してくれって言いたいのか? なら断る、なんで俺が猿なんかに俺の力を使わないといけないんだ? そもそもこの前玉藻から殺されかけたお前を治してやったばっかだろ、力を使うのもタダじゃないんだこんな短期間にまた使うのは嫌だ」
「ちょっと……そんな事言ってる場合じゃないでしょ……仲間が一人死にかけてるんすよ」
正道は穏やかな口調だが額に青筋を立てる。
「フッ……仲間ね……俺はあの猿を仲間と思った事は一回もない、お前もだ正道、お前を治してやったのもただ鬼束様の命令に従ったまで」
キュータの事を全く治す気が無いのか遡及はその場から動かずにただ喋るだけだったそんな遡及に正道は腰に装備しているナイフ取り出し遡及に突きつける。
「ダメだよ正道! その式神は鬼束さんの式神だよ! 傷つけちゃうと鬼束さんに怒られるだけじゃ……」
「黙ってろチビ」
正道はチビの話を遮りそれだけ言うと遡及の喉元にナイフの刃先をグッと突きつける、しかし遡及は怖くないのかヘラヘラしている。
「ハハっどうした脅しか? だとしたら全然ダメだな、俺ら霊体は霊力を纏っている物でしかダメージを与える事ができない、こんなただの刃物を向けられたところで何も思わん」
遡及は喉元に向けられている刃先を素手で握るとそのまま粉々に握り潰してしまう。
「こんな事お前なら当然知っていただろ? 鬼束様にお仕置きされる覚悟もないのにこういう事すんじゃねぇーよ」
「わかりましたアドバイスありがとうございます、じゃあ今度は覚悟決めてあなたの事殺すつもりで脅して見ますね」
そう言うと正道は腰についている鞄から札を取り出す、その殺気を放つ正道にめんどくさく思ったのか遡及は下を向きながら大きなため息をつく。
「はぁぁ〜わかったよそいつを治せば良いんだろ……ったく本当お前ら親子は式神使いが荒いな」
遡及は渋々キュータの方に歩いて行き盛満と場所を変わるとキュータを囲むように結界を張り持っている大きな砂時計をひっくり返す、するとだんだんと消えていたキュータの体は徐々に元に戻って行った。
その様子を見ていた正道は安堵でため息を吐く、チビと盛満はかなり喜んでいたが正道は二人に混ざり喜ぶことは無くすぐにアキを救うプランを考える、しかしさっき遡及が言った一言にどこか違和感を感じていた。
「ちょっと待ってください、遡及あなた俺の親の事を知ってるんですか?」
正道は無意識に圧がかかった声を発している事に気づく、今まで騒いでいた盛満とチビがいつもとは違う正道の雰囲気に気づいたのか急に静かになる、正道から質問された遡及はただ黙ってキュータの方を見ているだけだ、正道は少し咳払いをし話を続ける。
「誰だって小さい頃から親が居なかったらなんでか調べたくなるでしょ、俺もそうだった、だけどどれだけ調べても何も情報が出てこない、俺の家系の先祖のこととかキュータの事とか色々出てくるけど俺の親のことは誰かが抜き取ったかのようにちょうど書物から無くなっている」
遡及は背を向けたまま黙って正道の話を聞いている、正道はさらに話を続ける。
「俺の先祖が残した書物に鬼束さんの名前があったから鬼束さんなら何か知ってるかと思ったけど鬼束さんも何知らなかった……なのに鬼束さんの式神である遡及、あなたは何か知ってるみたいだったどう言う事ですか?」
正道の問いに遡及はただ黙ったままだった。
「ちょっと何か言ってくださいよ!」
正道が遡及に掴み掛かろうとした瞬間。
「よっしゃーー! 完全復活!!」
遡及の後ろで左腕を突き上げ大声でキュータが叫ぶ、さっきまだ消え掛かっていた体ははっきりと見えるようになったが大量の霊力を消費した為か猿のような見た目から少女の人形の姿に戻っていた。
遡及に詰め寄っていた正道は少し驚いたのか黙ってキュータの方を見ている、遡及や盛満、チビも同じく黙ってキュータを見ていた。
「おい正道! 確かにお前の親父やお袋の事は気になる、ずっと探してた人だお前の気持ちもわかる……だが! 今はアキのことが優先だろ、守れなかった俺が言ってもムカつくかもしれねーが今こうしている間にもアキが殺されてしまうかもしれねぇ、さっさとアキを助けよう」
キョトンとした表情をしていた正道は深く深呼吸をして自分の両頬を両手でバチンッと叩く。
「そうだったすまない、今はアキさんの事を第一に考えよう」
正道とキュータは互いに顔を見合わせるとニヤッと笑う、遡及は正道から掴まれた時に乱れた服を少し整える正道の親のことを話す事ができない為かその顔は少し曇っているように見えた。
「正道すまない今はお前の親の事について話すことはできない、まだお前たちには早すぎるんだ、わかってくれるか?」
遡及が申し訳なさそうにそう言うと正道は少し微笑む、その顔にはさっきまでの威圧感は無くとても穏やかな物だった。
「わかりましたありがとうございます、まぁ正直まだなんで話してくれないのか納得してないですけど帰ったらまた聞かせてもらいます」
「だがどうする? 正直言って俺らがあの化け物に勝てる姿が想像できないんだよな」
正道と遡及の間に割り込むようにキュータが悔しそうに喋り出した。
「そんなに強かったの? そいつ」
「あぁ……あいつはヤバかった正道や昔の俺ならまだ分からんが今の俺では全然相手になって無かった」
「もしかして鬼?」
「おぉ! よくわかったな……もしかしてもう襲われたのか?」
「うん、多分違う奴だけど2人の鬼に襲われたんだその時に盛満の足がやられた」
「クソッ……まじか……」
キュータは盛満の方を見るが盛満は気まずそうに手を振りかえす。
「はぁぁ……なら盛満とチビはお留守番だな、俺もついて行きたいが正直足手まといにしかならん、しかも敵はもう一人いる狂鬼と言っていたが強いのか弱いのかは知らん……正面突破でアキの救出をするのは絶望的だな」
その場にいる誰もがアキの救出は不可能だと思っていた、正道はどうにかして戦闘をしない方法を考えたが鬼蜻蜓からの通信が途絶えていた為アキが囚われている家の正確な構造がわからないでいた。
「うーんダメだな……アキさんが捕まっている場所はわかるんだけど家の中に居る敵の位置までは把握できないな……戦闘は避けられないかも」
どうすれば良いのか誰もわからず誰もが何も喋らず時間だけが過ぎていく、そんな状況に痺れを切らしたのか遡及がキュータの前に立つ、急に動き出した遡及をその場の全員が目で追う。
「岩から生まれた岩猿、猿王大聖よ私の友と交わした約束によりこの力をそなたに返そう」
さっき迄とは様子が違う遡及を見て全員が目線を交わし今何が起こっているのかわかってない状況だった、キュータも同じで目の前で手を差し出す遡及をただ黙って見るしかできなかった。
「お……おい、いきなり何言ってんだ? 力ってどういう事……」
「良いから黙って手を出せ!」
いつもの遡及の口の悪さに戻った為キュータは驚き手を前に出す、キュータと遡及の手が合わさると2人の手の間が光だしキュータの手には手のひらほどの長さの一本の棒が出現した。
「え? ねぇ正道あれってただの棒だよね、僕知ってるよあれって突っ張り棒って言うんだよ洗濯物とか干すときに使うやつだよ、凄いねあの式神! あんなにいっぱい光だして手からちっちゃい突っ張り棒が出てきたよ!!」
「いや違う……チビあれはそんな便利グッズとかじゃ無いもしかしてあれは……」
興奮するチビを落ち着かせるように正道が頭を撫でている、キュータは手のひらにある棒を見た瞬間声を荒げて叫ぶ。
「これ如意棒じゃねぇか!!」
キュータは手のひらの棒を人差し指と親指でつまみながらまるで宝石を見るような目で棒を見つめる。
「ねぇ正道如意棒ってなに? あれ突っ張り棒じゃ無いの?」
「如意棒って言うのは大昔キュータが使ってた武器だよ俺も詳しくは知らないけど」
「これはただの武器じゃねぇ」
そう言うとキュータは如意棒に霊力を流し始める、如意棒はキュータの霊力を纏うと正道の身の丈ほどの大きさになりそれと同時にキュータの姿が猿の姿に戻った、だがこれまでの姿とは違い体格がかなり大きくなっていた。
「よし! 完全ふっかーつ! いやそれ以上かな」
キュータは大きくなった如意棒を振り回す、キュータが如意棒を動かすたび周りの瓦礫を吹き飛ばすほどの爆風が正道達を襲う。
「おいやめろキュータ! とりあえず説明してくれお前のそんな姿みた事ないぞ」
正道は凄まじい風を防ぐため両腕で顔を抑えながら大声で叫ぶ、キュータは満足したのか如意棒を振るのをやめ地面に突き立てる、ズゥンと低い地響きを鳴らす如意棒を嬉しそうに眺めるとキュータは人形の姿に戻ってしまった、如意棒もキュータに合わせて小さくなる。
「簡単に言うと霊力の貯蔵庫みたいなもんだなしかも貯蔵するだけじゃなく霊力を作り出すこともできる、昔俺を封印した人間たちがどうにかして俺の力を使う為にただの鉄の棒に俺の力の全てを付与したんだがその結果この如意棒ができたって訳」
「へぇーそんな事が……書物にはそんな事一つも書いてなかったぞ」
「だいぶ昔の出来事だからな、記録が残ってないのも仕方ないだろ、コイツに付与されている霊力は俺しか引き出す事が出来ないしコイツがあれば単純に俺の霊力が今の2倍以上だ、しかしまたこいつを使える日が来るとは……何でお前が持ってんだ?」
キュータは遡及の方を見るが遡及は黙って目を閉じている、少しの沈黙の後遡及は目を閉じたまま話し出した。
「それは俺の友達から預かっていた物だ、契約通りそいつの子供に危険が迫っている今返しただけだ」
遡及の体が光を放つ、式神が元の場所に戻る合図だ。
「猿王大聖! 賀茂宮の子供に危険が迫る時お前に力を返すのが友と交わした約束、後はお前がその力を使い正道を救うんだ!」
「ちょっと待って!!」
今にも消えてしまいそうな遡及に正道が大きな声で叫ぶ。
気になる事が多すぎる、遡及の友ってもしかして父さん? じゃあ何で父さんがキュータの武器を持ってるんだ? 父さんは何で遡及にそんな約束を?
正道は立て続けに入ってきた情報を頭の中で必死に整理する、遡及に聞きたいことは沢山あるが待ってくれと言うだけで精一杯だった。
「どうした? 帰ってから聞くんじゃ無いのか?」
光に包まれ徐々に消えていく遡及は正道に優しく微笑む、正道は返事もせずただぼーっと遡及の事を見ているだけだその様子を見た遡及は厳しい顔をして正道に叫ぶ。
「おい正道! アキを救う事に集中しろ! あの子はお前にとって大事な子だお前はまだ気づいて無いがな」
そう言うと遡及は完全に消えてしまった、辺りは少し静かになり立ったまま動かない正道の肩にキュータが手を置く。
「で、アキをどーやって助ける?」
「あぁ……ぐだぐだ考えても時間が過ぎるだけだこれ以上時間をかけてしまったらアキさんが殺されるかもしれない」
政道は身につけている装備品を確認し足りない分は車から補充する。
「よし、行こう、極力戦闘は避けるけどもしかしたら戦わないと行けない時が来るかもしれない覚悟しといてくれキュータ」
そう言い正道が行こうとすると。
「ちょっと待って! 知ってる匂い!」
チビが草陰の中に走って行き何かを咥えて出てきた。
「おいはなせ! 俺の名前は鬼山鬼太郎だぞ! このバカ犬め誰にも気づかれて無かったのになんてことしやがる」
チビが咥えてきた知った顔を見たキュータが何か思いついたのかニヤリと笑った。