赤鬼と青鬼
勾配が急な山道を正道のボロ車は悲鳴を上げながら登っている。
「なぁ盛満そのお菓子俺にもくれよ」
正道の車の中でお菓子の袋を次から次へと空にしていく盛満はキュータにお菓子をくれと言われたが首を横に振る。
「なんだとこのケチやろう!そんだけあるんだ少しぐらいいいだろ!」
狭い車内でキュータと盛満が取っ組み合いの喧嘩をしだす、盛満が動くたびボロ車は左右に揺れ正道は事故を起こさない様にするのに必死だ。
現在正道達は住人が消えたという村に向かっている、最初は車内に緊張感が満ちており誰も喋ることがなかったが出発から一時間ほど経った時、盛満が一つ目のお菓子の袋を開けたことで車内の空気が少しだけ変わった、そして、盛満が五つ目のお菓子の袋を開けた時、お菓子を欲しがったキュータを盛満が無視した為喧嘩が始まり正道が仲裁して喧嘩が終わっても盛満がお菓子の袋を開けるたび二人の喧嘩が始まる。
「お前らいい加減にしろ!車酔いするわ!なんならアキさん吐く一歩手前だよ」
舗装されていない山道でキュータ達が暴れるので車内の揺れは縦方向だけではなく様々な方向に激しく揺れていた、助手席に座っているアキは出発から一言も喋らず窓の外の一点を少しも動かずひたすら見ている。
「盛満お前さすがに食いすぎだいい加減もう食うのやめろよ、キュータもだもう着くから我慢しろ」
二人の喧嘩を仲裁し正道は再び運転に集中する。
大丈夫かこれ?俺ら死んだりしないよな?今からヤバそうなとこに行くのに集められたのはお菓子を奪い合う奴らと、車酔いでノックダウン寸前の人だぞ。
そんなことを考えながら車を運転する正道、それからしばらく走り目的地に近づくと大きな吊り橋についた、正道は道の端に車を止め吊り橋の前まで行く。
「キュータ道間違えてないよな」
「間違ってねーよ、今までずっと一本道だったろどう間違えるんだよ」
「そうか……ありがとうキュータ」
正道はキュータの嫌味に怒ること無く冷静に対応する、その顔はまるで仏の様に穏やかな顔だったそしてその顔のまま車酔いでぐったりしているアキの手を取り正道達は吊り橋を渡り森の中に消えていった。
誰もいない村をフードを深く被った男が歩いている、普通の人間というには大きすぎる体格とフードの隙間から見える口元には大きく鋭く尖った牙が見える。
その男はある一軒の家に入りそっと襖を開ける、部屋の中にはもう一人同じ様な体格の男がおり森の中で仕留めてきた熊を貪り食べている。
「狂鬼様失礼します、先程村に5人侵入者が入ったと報告がありました、恐らく賀茂の子孫かと」
部屋の外で跪く男に狂鬼と呼ばれた男は食べていた熊を置く。
「賀茂宮正道か……玉藻様のお気に入りの人間らしいがもう登場するのか、まぁ鬼束に来られるよりかまだましか」
そう言うと狂鬼は置いている熊をフードの男に手渡し話す。
「なぁ覇鬼よ、私の実験体と賀茂の子孫どっちが強いかな?」
「さぁどうでしょう、俺は興味ありません」
覇鬼と呼ばれた男は手渡された熊を食べる。骨は避けずにそのまま口に入れ骨ごと噛み砕く、半分ほど残っていた熊の体は一瞬で頭だけになる。
「相変わらず弱い者には興味がないか……」
覇鬼の前で熊を食べるのを見ていた狂鬼は再び座っていたところに戻り座る。
「私は気になるけどな、賀茂の子孫……どのくらい強いのだろうか、いい実験材料になればいいが」
広い部屋の中の真ん中で不気味に笑う狂鬼、部屋の隅には村の住人と思われる死体が積まれていた。
秋は日が暮れるのが早く、昼頃に出発した正道達が村に到着した時にはもう日が暮れて来ていた。
「よし到着っと……とりあえず拠点になりそうな安全な所が見つかるまで皆んなで行動するか」
四人と一匹は正道の指示に従い全員で村を探索するがやはり人は一人もいない、それどころかカラスや鳩も見当たらず犬小屋はあるが犬が居ないなど動物すら居なくなっていた、しばらく村を歩き大きめな家を見つけそこを拠点とすることにした。
「キュータとアキさんとチビはここに残って安全を確保して欲しい、アキさんは霊虫をつかって広範囲の索敵、チビはここに近づいてきた敵がいれば報告、キュータは二人の護衛、俺と盛満はもう少し村を見てくる」
そう言うと正道と盛満は家を出て行った、アキは言われたとおり霊虫を使い索敵を始める。
「それ、どんな感じなの?」
目をつむりながら虫を操作するアキにキュータが聞く、アキは集中しながら面倒臭そうに答える。
「虫達は大きな霊力に集まる様に作ってあるから虫達が集まるところは怪しいかも、私は虫達の動きがわかるだけだからそこまで正確な索敵はできないかな」
「ねぇねぇキュータ、お外遊び行っていい?」
もう家の中に飽きたのかチビがキュータにぐずり出す。
「ダメに決まってるだろ、遊びに来たんじゃないんだぞ、わかったらさっさと周りの匂い嗅いでろ」
はーいと言いながらチビは渋々家の外に行く、アキは探索を終えたのか集中を解きその場にだらけて座り込む。
「どーだった?」
「わかんないとりあえず周囲に変わったところはないかな誰も人がいないくらい」
座り込むアキにキュータが話しかける。
「アキこの村どう思う」
「私に聞かれてもわかんないよただここは不気味なほど何も感じないんだよね、いつもだったら少しぐらい霊力を感じるはずなんだけど」
「やっぱりそうだよな……」
二人でこの村の異様さについて話していると家の外からチビが飛び込んできた。
「アキ!やばい誰か来た!」
チビの一言で二人に緊張感が走る。
村にある家を一軒ずつ正道と盛満は調べている、何軒も調べているが何も見つかることがなく拠点に戻ろうとしていた。
「特に何もなしか……そっち何かあった?」
正道に聞かれた盛満は横に首を振る。
とりあえず帰ろうと家を出た時家の前に人が立っていた、話しかけようとするが異様な霊力を感じ、二人は警戒する。
「あんた誰ですか?」
正道の問いに答えること無くそれはゆっくりと振り返る、その姿は人の姿では無く額には短い角が生えていた。
「その角……あんた鬼っすねこの村はあんたの仕業っすか?」
正道の前に現れた鬼は何も喋ること無くただ笑っているだけだ。
「盛満戻ろう、アキさんが危ない気がする」
「まぁまぁ、そう焦んなや祓い屋ちょっと遊んでいこーや、なぁ赤兄!」
正道の後ろの物陰からもう一人鬼が現れ正道と盛満は二人の鬼に挟まれてしまう、さっきまで不気味に笑っていた鬼が大声で笑い出した。
「ギャハハ!そうやそうやせっかく来たんや遊ばんともったいないやんか、なぁ青兄!」
二人の鬼は正道達の周りをゆっくりと歩きだす、歩く速度を速くしたり、遅くしたり時々牙を剥き威嚇する仕草をする。
「あんた達何が目的なんすか」
正道がそう質問すると二人は足を止め、はぁ……と大きなため息をつく。
「はぁぁ……なんで人間っちゅうのはおんなじ様なこと聞くんやろーなぁ、なぁ赤兄」
「そうやそうやこの前来た奴らもおんなじこと言いよったわ、なぁ青兄」
「そんなどーでもいい事聞かんでただ殴り合う方が楽しいやろ?なぁ赤兄」
「そうやそうやさっさとこいつら殺して狂鬼様のとこに持っていこう、そろそろ覇鬼様もあの女を回収できた頃やろうし、なぁ青兄」
そう言うと二人の鬼は顔を見合わせて笑い合う、あの女と聞こえた瞬間、正道の顔が変わる。
「おいお前らアキさんに何かしてみろ何人いるか知らないがお前ら全員殺してやるよ」
さっきまでの穏やかな表情が信じられないほどの恐ろしい顔に鬼達は一瞬だけ怯む。
「いやいや嬉しいねーこの時代にも俺らにそんな顔できる奴がおるなんてねぇ、なぁ赤兄」
「そうやそうやこの前の奴らはそこのデブみたいにビビりまくっとったからのう、なぁ青兄」
赤鬼は盛満を指差しながら言う、盛満は二人の鬼から発せられる膨大な霊力に怖気付いてしまい指一本すら動かせずにいた。
「盛満俺に任せてくれ、こんな奴らお前の力が無くても俺一人で余裕だから」
正道は盛満の前に立ち鞄の中から一枚の札を取り出す、盛満は両手で自分の頬を叩き正道と背中合わせに立ち後ろにいる青鬼と向かい合う。
「お前やっぱ最高だよ」
そう言いながら正道は札を破る、煙の中から出てきたのはただの日本刀の様な武器だった。
【鬼殺刀 怨讐】
「これまた懐かしい物を出したな、なぁ赤兄」
「そうやそうやこの刀を持っとる奴を殺すのは楽しかったのう、なぁ青兄」
正道は両手で刀を持ち目をつぶっている、誰かと話しているのか小さな声で相槌を打っている。
「うん?なんか言った?こっちで話してるから今話しかけないで……え?大丈夫ですよあなた達の敵は俺が討つんで」
正道は怨讐の鞘を抜くその刀の刀身は血を固めたかの様に赤黒く輝き、様々な人の怨念が込められている為刀から放たれる霊力はとても異質なものとなっている。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ、なぁ赤兄」
「そうやそうや二人揃って地獄に落ちろや!」
二人の鬼は二方向から挟む様に攻撃するが見えない壁に攻撃を防がれる。
【霊障壁】
正道と盛満を囲む様にドーム状の見えない壁が二人を守る、その壁に弾かれた鬼達は少し驚いた顔をする。
「霊障壁か!いい術を持っとるやないかこのデブ!なぁ赤兄」
「そうやそうやでも同時に味方の邪魔もしとるんやないか?なぁ青兄」
霊障壁という術は術者の周りに霊子を通さない壁を作り出すことができる術だ、普通の人間にはあまり効果がないが体が霊子でできている霊に対しては効果があり、かなり格上の相手の攻撃でも防ぐことができる、ただ霊力を使用し発動する術も霊子でできている為壁の中から術で攻撃することもできなくなってしまう。
「その術の弱点は邪魔なだけやない、なぁ赤兄」
「そうやそうやその術が通さないのは霊子だけ、その術の性質は防げない、なぁ青兄」
すると鬼達は印を結び両手を前に突き出す。
【獄技 灰燼焼却】
二人の手から激しく炎が放出され正道と盛満を囲む見えない壁をあっという間に包み込む。
「地獄の炎で蒸し焼きにしてしまおう、なぁ赤兄」
「そうやそうや狂鬼様が言うとったのは背の高い奴だけやデブの方は食っちまおう、なぁ青兄」
二人で笑っていた鬼達だが、青鬼が何かに後ろから殴られ吹っ飛ばされる。
「あ、青兄!?」
思わず赤鬼は術の発動をやめてしまう、炎が消えていき盛満達の姿がだんだんと見えてきたがそこには正道の姿はなかった。
「やっぱ鬼は硬いなー」
殴った方の腕を痛そうに押さえながら正道は殴り飛ばした青鬼を踏みつけ言う。
「青兄から離れろこのクソガキが!」
すかさず赤鬼は正道に殴りかかる、正道は怨讐で赤鬼の攻撃をいなすが青鬼を押さえていた足をどかしてしまい青鬼も正道への攻撃に参加する。
さすがに二人の攻撃を受けきるのは難しく一瞬の隙を突かれ攻撃されるが盛満が霊障壁で正道を守る、しかも正道には関係ない為壁越しに青鬼の腕を切り落とす。
切れた腕を見て青鬼は轟く様な大声を上げる、すると腕の切断面から新しい腕が生え、青鬼は腕を動かし新しい腕の感触を確かめる。
「へぇー再生できるんだ、じゃあ後何回切れば再生できなくなるかな?」
正道の余裕ある喋り方に赤鬼と青鬼はイラつきながら大声で叫ぶ。
「貴様何をした!ただの人間がそこまで強くなるはずがない!なぁ赤兄」
「そうやそうやその刀は殺されたその刀の持ち主の声が聞こえてくるだけのただの呪われた刀、本来なら我らに傷一つすらつけられんはずや、なぁ青兄」
正道はフーッと大きく息を吐き目をつぶる。
「お前ら人間をあんまり舐めない方がいいよ、確かに普通の人間は手から炎を出せないし、失った腕はもう戻らない、だけどどんな人間でも誰かのために動く時はいつも以上の力を出すことができる」
そう言うと正道は目を開け怨讐を構える、正道の体から出る霊力がどんどん上がって行く。
「俺はさっきからずっと応援してくれてるこの刀の持ち主達のおかげでもっと強くなれるだから絶対負けない、この人達のために必ずお前らを殺す」
鬼達はしばらく正道をじっと見ていたがゲラゲラと笑いだす。
「何をくだらない事をぐだぐだと、所詮人間は下等生物どう足掻いても鬼には勝てん、なぁ赤兄」
「そうやそうやもう手加減するのはやめだかなり癪に触るがワシらの本気見せてやるわ」
赤鬼と青鬼は手を合わせ片手で印を結び大きく息を吸う。
【獄技 焦熱地獄の業火】
赤鬼と青鬼の口から噴き出す地獄の炎すら涼しく感じさせる焦熱の炎が螺旋を描きながら正道に向かって行く、盛満は霊障壁で防ごうとするが一瞬で壊れてしまう。
正道は怨讐でこの技を切り裂こうとするが周囲を燃やしながら向かってくる炎を簡単には切り裂くことができなかった炎の勢いに負け正道は押されていく、しかし 徐々に炎の勢いに耐えれる様になる。
「そんな馬鹿な……」
赤鬼と青鬼は言葉が出ずただ立ち尽くすことしかできなかった。
とうとう正道は二人の技を切り裂き消してしまう。
「調子に乗るなこの化け物!」
青鬼が地面に手をつき霊力を流す。
「駄目だ青兄逃げよう!俺らじゃ敵わん」
赤鬼は正道から逃げようと走ってその場から離れる。
「嫌だワシは逃げん、人間相手に逃げるのは一生の恥や」
【獄技 屍泥処】
地面から大量の虫が湧き正道を襲う、しかし正道は虫を全て斬りながら青鬼に近づくそして大量の虫の死骸で青鬼と正道は見えなくなるが青鬼の術が解け二人の姿が見える様になる、青鬼は首を切り落とされており正道は刀についた血を払っている。
「青兄ぃぃぃぃ!!」
少し離れた場所で見ていた赤鬼の悲鳴が誰も居ない村の中に響く。