堕ちた霊
「うーわ……どっちだっけ?」
両手に持っている駄菓子を持ちながら正道が言う。
「どうした?」
「いや田中さんが言ってたの何味だっけ?」
「知るかそれはお前の仕事だろ」
「俺とお前の仕事だろ」
「俺の仕事はお前の子守りだ」
「はいはいわかりましたよ、やっぱお前は最高の相棒だよ」
「俺のどこが最高の相棒なんだ?馬鹿だろお前」
「今のは皮肉って言うんだバーカ」
「とにかく間違えんなよ間違えたら鬼束のババァがうるせえからな。俺は今グミが食いたいからとってくる」
「おい!いつも言ってるけどお金払わないといけねえんだから一回こっち持ってこいよ!」
そう言うと正道はまた駄菓子に目を向ける。
参ったなちゃんとメモ取っとくべきだった。しばらく悩んでいるとキュータが俺に何か耳打ちしてきた。
「あの女俺のこと見えてる……」
「え!?」
突然のことでかなり大きな声が出てしまい誤魔化すように小さくなりながらヒソヒソと2人は喋る。
「嘘だろ?女って今レジにいるあの人?」
「ああ、さっきまでぼーっとしてたあの店員」
キュータがそう言うと正道はそっとレジの店員を見る、歳は正道と同じぐらいのように見える、少しだけ観察した後正道が目を輝かせキュータに言う。
「おい田中さんが言ってた条件覚えてるか?」
「いや……覚えてない」
「お前少しは真面目に仕事しろよ。成仏する前に若い女の子と一緒に駄菓子が食べたいって条件だったろ」
「確かにそんなだったかもなバカらしすぎて忘れてた」
田中さんは依頼中にたまたま知り合った地縛霊だ、生前奥さんと子供と3人で暮らしていたが仕事をクビになってしまった。生活するために借金をしていたがどんどん膨らむ借金を返すことが困難になっていたところ奥さんに愛想をつかされ離婚してしまったらしい、そして何もかも嫌になった山田さんは森の奥で首を吊ってしまった。田中さんの成仏する為の条件は成仏する前に自分の娘と食べていた駄菓子を娘と一緒に食べたいというものだった。
「本当は娘さんと食べたいって言ってたけど霊力がないと田中さんのこと見れないしとりあえず若い女の子っていうことで約束してたけど……」
「そんな無茶な約束しやがってそれで成仏させる日に鬼束のババアを連れてくつもりだったんだろ山田のオッサン気絶するぞ」
「しかたないだろ俺の知り合いで霊力がある女の人なんかあの人しかいなかったんだから……でも」
そう言いながら正道はレジの方を指さす。
「霊力がある若い女の人が目の前にいる」
「却下!素人を連れて行く気か?危険すぎる」
「隣で駄菓子食べるだけだよ?俺らも一緒にいるし大丈夫だろ」
「そもそもそんな意味不明なこと言われて引き受けてくれるか?」
「さあな……引き受けてくれることを願っとこ」
「じゃあ俺はお前が女とまともに話せるように願っとくわ」
キュータの小言に小さな声でうるせぇとだけ返すと2人はレジの方に歩き出す、レジに着くまでに頭をフル回転させどうすれば自然に説明できるか考える。どう考えても絶対ややこしくなるがやるしかない。ある程度流れを考えなるべく自然な感じで誘えるように言葉を考える、レジにつき気合を入れ正道は口を開く。
「店員さんもしかしてこいつのこと見えるんですか……?」
あれ何でこうなったんだっけ?もっと自然に誘うはずだったのに……。
コンビニを出た後ファミレスに移動しより詳しく仕事のことを説明するつもりだった。その過程で加護さんのことを聞いたが思ったよりも若く色々と苦労しているらしい。
こんなはずじゃなかった……空になったウォーターピッチャーを見ながら正道は反省していた。
なんで悪霊退治なんて言ってしまったんだろう、悪霊退治に行きませんか、と言ってから加護さんはずっと俯いている、キュータは最初こそ盛り上げてくれていたが今はずっと爪をいじっている俺は10分前ぐらいに頼んだ水のお代わりをただ黙って待っている。
さすがに水のお代わりが遅いので正道が店員を呼ぼうとするとアキが嫌そうな顔をしながら話し出した。
「あの悪霊退治って私今日初めて幽霊が見えるようになっただけなので無理だと思うんですけど」
「すいません!わかりやすく言おうと思ってイメージしやすそうなことを言ってしまいました、今回の仕事は退治なんてしません!何も害のない地縛霊の隣で駄菓子を食べてもらうだけで大丈夫なので!」
ずっと気まずい空気が続き全員が黙ってしまいどうやって会話を始めようか考えていた正道は急に話初めてくれた事に嬉しくなり自然と声が大きくなる。
「もちろん報酬もあります、どうですやってみませんか?」
「ちなみに報酬はどれぐらいありますか?」
正道は悩んでる顔をしながら聞くアキの顔の前に指を5本立て自慢げな顔をして言う。
「5でどうでしょう」
「よろしくお願いします。」
驚くほど速い返事に正道とキュータは固まる、仕事を受けてくれることを理解すると2人で顔を見合わせ満面の笑みを見せる。
「と言うことは受けてくれると言うことでいいんですよね!?」
テーブルの上に立とうとするキュータを抑えながら正道が嬉しそうな声で言う。
「決してお金が欲しいわけではありませんがいい経験ができるチャンスなのでお仕事させていただきます、こんなチャンスもう一生来ないかもしれないので」
お金目当てだこの人。正道とキュータは同じことを思っていた。
「じゃあ加護さん今日の夜空いてますか?またここに集合したいんですけど」
「わかりました今日はバイト休みなので大丈夫です、それと私の名前はアキで大丈夫です苗字で呼ばれるのあまり好きじゃないので」
「了解ですじゃあアキさんまたここで集合しましょう!特に必要なものはないので動きやすい服装でお願いします」
「はいそれでは失礼します」
そう言うとアキは席を立ち店を出る、アキが店を出た後キュータが正道の肩に乗りながら言う。
「とりあえずオッケーか?あとは何事もなく終わればいいがな」
「ああこれで評価も上がって報酬も上がるな」
嬉しそうにニコニコしていた正道だったがかなり喋ったからか一気に疲れが体に溜まる感じがした。
「キュータもう帰るか今日も仕事になったし準備もしないと」
返事なのかあくびなのかわからない声を出しながら伸びをしているキュータを抱えて正道は店を出る。
各々夜まで時間を潰し約束の時間になり3人が集合した、アキは上下ジャージでスニーカーを履いているのに対し正道は映画でよく見る特殊部隊のような全身真っ黒の服装をしており腰や腕にいろいろ装備している。
「ちょっと正道さんなんですかそれ」
そう言われると正道はベルトを閉めながら腰についた装備を指差し説明する。
「これは霊縛呪って言って霊を拘束するもので……」
「いやその腰につけてるやつじゃなくてその格好、そんなジャラジャラつけないといけないほど危険なんですか?私ジャージですけど、その格好に比べたらほぼ裸なんですけど、未成年の女の子が裸で突っ立ってるんですけど」
息継ぎすることなく喋り続けるアキを落ち着かせる為にいつの間に登ったのかアキの肩に乗っているキュータが頭を撫でる。
「まぁまぁ落ち着けアキ念のためだ、もし万が一アキの身に何か起こったとき無事に帰れるようにしてるだけだ」
「ならいいんだけど本当に大丈夫なんだよね?」
大丈夫大丈夫と頭を撫で続けるキュータとアキの前で全ての準備が終わったのか正道は腕を組みながらアキとキュータが喋っているのを見ている。
「よし!じゃあ行きますか田中さんも待ってますし」
そう言いながらポケットの中から車の鍵を取りボタンを押す、ピピッと言う音が鳴り近くにあるボロボロの車の鍵が開く。
「あの本当に5万払えるんですよね」
ボロボロの車を見て不安になったアキが閉じたサイドミラーを手で開いている正道に聞く。
「大丈夫ですよ!お金は必ず払いますのでほら乗ってください」
「ほら行こうぜアキ!」
キュータに腕を引っ張られながらアキは車に乗り込む正道は車の中で今回の依頼について詳しく話した。今回の依頼者は現場近くのお寺のお坊さんで最近悪霊や危険な怨霊の発生が増えており山の調査をお願いしたいと言う依頼だ地縛霊の田中さんとはその時出会った、田中さんを成仏させることができれば、お坊さんから報酬が出る、田中さんの成仏する為の条件も一緒に説明した。
ちょうど説明が終わったタイミングで目的地に到着した。と言うより道が無くなった、街灯などは全くなく2人が持つ懐中電灯の灯りだけが足元を照らす。草が生い茂り周りはかなり大きな木で囲まれているコオロギや鈴虫などの色々な虫が一生懸命鳴いている。
「あ!!やべぇ!」
突然正道が叫ぶ、夜の森の雰囲気に怖がっていたアキは体を反りながらびっくりし、アキの肩に乗っていたキュータは反動で肩から落ちてしまう。
「どうしたんだ急に大声出しやがって」
腰をさすりながら眉間にシワを寄せてキュータが言う。
「駄菓子忘れた……俺買ってくるのでアキさんとキュータは先行っててください20分で戻ります!」
そう言いながら素早く車に戻りUターンしてきた道を戻っていった。
「クッソあのバカ何やってんだ、じゃあ行くかアキ」
アキは頷き小さなキュータの歩幅に合わせゆっくりと森の中に消えていった。
「キューちゃんあとどのくらい?」
「もうすぐだほらほら頑張れ」
どれぐらい歩いたのだろうどの方向から来たのかわからなくなるほど同じような景色をの中を進んでいき帰れるのか不安になった頃少し開けた場所に辿り着いた。
「着いた!!」
キュータの大きな声に少しびっくりしながら前を見るとそこには小さなおじさんが蹲るように座っていた、メガネをかけており体型はとても痩せている、とても気弱そうなおじさんだった。
「よう!田中のおっさん元気だったか?」
「はい……死んでるのでわかりませんが体調は変わりありません、この方は?」
声が小さすぎて何を喋ってるのかわからなかったアキは愛想笑いをしている、そんなアキを指差しキュータがアキを紹介する。
「こいつは加護アキって名前でおっさんがお願いしてた若い女だ、さすがにほんとの娘さんは連れて来れなかったがな、あとで正道が駄菓子を持ってくるそれまで少し待っていてくれ」
わかりましたと返事をし田中はアキをずっと見ている。本物の幽霊に見られているアキは金縛りにあったように体が固まり動くことができなくなる。
「あはは、緊張しなくて大丈夫ですよ私は何もできないただの地縛霊なので」
「すいません幽霊なんて初めて見るので……」
田中は自分が座っている場所の隣をトントンと叩き座るよう促す、アキが自分の隣に座ったことを確認し田中は喋り出す。
「君は正道くんとはずっと前から面識があったのかい?」
「いや正道さんとは今日会ったばっかりなんですよ!急にこんな仕事させられて本当びっくりですよ!!」
わざとキュータに聞こえるぐらいの大きな声で文句を言うアキに申し訳なさそうに田中が謝る。
「ごめんねぇ僕がこんなことお願いしたばっかりに……でもね正道くんはとても立派な人だと思うよ、こんな僕のためにここまでしてくれたんだから」
そうですかね?と言いながらアキは足を抱えて蹲る。
「そうだよ……だって正道君のおかげで君と出会えたんだから……」
だんだんと田中の喋り方が変わっていくのに気づきアキは顔をあげる、キュータも異変に気づいたのか田中の方に目を向ける。
「おいオッサン大丈夫か?」
キュータの問いを無視し、田中は喋り続ける。
「やっと、やっとだ!これで僕はやり直せるあの世でやり直せるんだ!!」
すると田中の後ろで空間にヒビが入り人が通れるほどの穴ができる。
「魂離りの扉!?なぜだ!」
キュータの焦った声がアキの心を一気に不安にさせる、何が起こってるのかわからないアキはただ周りを見ることしかできなかった。
田中は急に苦しみ出し体が変形していく。全身の筋肉は肥大化し最初の体格より何倍も大きくなっている。
「田中……お前いつ堕ちた?」
キュータの問いに田中は不気味な笑みを向けるだけで何も喋ろうとしない田中は黙ったまま、隣で固まっているアキの腕を掴むみ魂離りの扉へ引きずり込もうとする。
「いやっ!やめて!」
必死に抵抗するアキを見て田中が驚いた顔をする。
「どうして嫌がるんだい?あそこに行けば全てやり直せる君と僕はあそこで幸せに暮らせるんだよ?」
「アキ!何やってるんだ早くそいつから離れろ!!」
「離れれたら離れてるよ!力強すぎて無理!早く助けてよ!」
この状況を楽しんでいるかのように田中はゆっくりと魂離りの扉へと入っていく、田中の体が完全に入る前にキュータは田中の顔に飛びつくがすぐに引き剥がされ投げ飛ばされる。
「キューちゃん!キューちゃん!早く助けてってば!!」
すでにアキを掴んでいる腕以外はもう扉の中に入っておりアキはもう死んでしまうのかもしれないと思っていた。
「なんかないかなんかないかクソっ!札しかねぇ」
圧倒的な力の差に何もできないキュータは奥歯を噛み締める。
嫌だ嫌だ死にたくない……私まだやりたいことが沢山あるのに……こんなとこくるんじゃなかった、お父さんお母さん助けて……
もう駄目だとアキが諦めかけた時田中の腕の力が抜けた。アキは今だと思い一気に腕を引き剥がす。やった!離れたと思った瞬間視界が揺れ気づいたらキュータの横にいた、その時誰かに抱えられていることに気づく。
アキは誰なのか確認するとその人は正道だった。
「キュータすまん遅くなった。状況教えて」
さっきまで死ぬ覚悟でいたアキはもしかして大丈夫なのかもしれないと思うと勝手に涙が出たそして黙って力強く正道にしがみつく正道もただ黙ってアキを抱きしめた。