村人A、全力で距離をとる
ワタゲのシャンプーがなかなかうまくいかない。
猫はお風呂を嫌がるって聞いたことがあるけど、うちの子は俺のオリジナル石けんを嫌がる。
自分で水を生成して浴び出す始末だ。
さすがワタゲ。
いや、そうじゃなくて、俺に洗わせてほしいんだよう……。
「どう考えても猫じゃないだろうっ!」
と、誰かが騒音を出している。
迷惑だなー。
ツカツカとこちらに向かってくる。
旅の人っぽいし、金髪でやたらに美形だし、見るからに陽キャオーラが漂っている。
村人として、何でも無い村へようこそ、とか言った方がいいのだろうか。
金髪がめちゃくちゃ俺とワタゲをじろじろ見てくるので、さすがに不審に思った俺はしぶしぶ話しかけた。
「あの、どちらさんですか……」
「ブライトだ! 勇者として旅をして……おい、庭が燃えてるぞ!」
勇者。
うわ。それ以上にいきなりのタメ口。
初対面だろ。
ヤバいやつだ。
9割9分ろくでもない。
自称、職業バンドマンぐらいにはヤバい。
これは距離をとって、早くお帰り頂こう。
「あ、すみません。うちの猫は少々やんちゃで、ではごきげんよう」
「おいちょっと待て! だから猫じゃないだろう! それは! どう見ても!」
ブライトとか言う自称勇者はとんでもなく怪しい上に、うるさかった。
なんだこいつ……。
俺に前世で社会人経験がなかったら、ピンチだった。
しかし、離職率堂々の第一位である教員として数年は生きていた俺である。
過労で亡くなったのもあるけど、ストレスもあるんじゃないだろうか……。
しかし、俺は肉体疲労にこそ弱かったけれども、メンタルは一応保っていた。
そう、こんなうるさ型のやつの相手は毎日のようにしてきた。
こつは相手の言い分を本気で聞かないことである。
心にシャッターを閉め、暴風雨が過ぎるまで、パフェのことでも考えよう。
「……って、聞いているのか!? そいつ、魔物じゃないのか?」
「そいつとは失礼な! うちのかわいい飼い猫ですッ」
あー! 思わず言い返してしまった!
でも人の飼い猫をそいつ呼ばわりするか!?
「飼い猫ぉ!?」
飼い猫に決まっている。
腹がたつが、大人な対応だ。俺。今が十代だろうとも、俺が大人になるべきだ。
深呼吸。すーはー。
「ええ。名前をワタゲといいます。おいでワタゲ」
ワタゲが水魔法を発動し、炎の壁はジュッと音を立てて消えた。
勇者が、
「アクアソニックだと……? 何者だ?」
とつぶやいているが、まあ良いだろう。
「それでは、何も無い村ではありますが、ご滞在をお楽しみください。では」
「いやいやいやいや待て、待ってくれ」
ブライトとかいう金髪イケメンは俺の想定していた2000倍はうるさかった。
しつこい。せっかく何事もなかったように戻ろうと思ったのに。
俺より何歳か年上か? 成人してるようなしてないような感じだ。
そんなに傷もないし、歴戦の戦士ってオーラもないけど、持ってる剣だけは立派そうだ。
形から入るタイプなのかもしれない。
ブライトは頭の悪い犬のようにキャンキャン吠えだした。
「だいいち、このミミックはなんだ!? こんなものこの地域にあるはずないだろう!? ダンジョンの奥深くからとってきたとでもいうのか」
「あー、ほら、知りません? 猫って飼い主に獲物を持ってくるっていうじゃないですか。俺も要らないし気持ち悪いんですけど、ワタゲが得意そうに持ってくるから、つい」
「……ッ、ミミックを……」
「なんか、攻撃して遊んでるんですけどね。ほら、狩猟本能っていうんですか?」
「本能の塊のような外見、というか猛獣だろうあれは!? 大きさが大人の男以上ある猫なんかいないぞ!?」
「まあ、種類の違いとか個体差ってありますから」
その瞬間、じっと寝そべっていたワタゲがミミックの方へすっと歩き出した。
金の飴色をした瞳でターゲットを見据えると、ワタゲの白い毛が逆立ち始める。
ズンッ
あ、最近よくやってるやつだ。
俺がらんらんと目を輝かせているワタゲをほほえましく見ていると、勇者がよろめいた。
どうしました?
「や、闇魔法……!? 嘘だろ……デスミスト?」
デスなんとかという技のようだ。
俺は正式には知らないが、これは5分5分でミミックが絶命するという残酷きわまりない技だ。
ワタゲのマイブームなのだ。
えっと。
まあ、猫ってこういうとこあるよな。