村人A、綿毛を拾う
家の周囲をぐるぐる走っていた俺はふと立ち止まった。
(……なんだ?)
家の背後の裏山で、何かが鳴っている。
いやな感じはしないが、キイン……と何かを振動させるような澄んだ音だ。
(歌……?)
こんなことはしなくていいというのはよく分かっていた。
けして、村のために調査をするだとか、善良な行動ではなく単純に好奇心だ。
それは何のことはない気まぐれだった。
裏山の大木に隠れるようにして、それが在った。
「……でかい綿毛?」
両腕に乗るか乗らないか。
それは枕くらいありそうな大きな綿毛の塊だった。
じっと見ているうちに、ありえないことに気が付いた。
綿毛が、一定の間隔で上下に動いている。
職場の応急処置講習で習ったな……。
息をしているときは身体が上下に動く。
息?
俺は綿毛に駆け寄った。
息をしている綿毛は、小さく震えていた。
(なんだこれ? 山猫? 狼?)
いや、何だって一緒だった。
俺は得体のしれない獣を抱え上げると、出来る限り速く村へ戻った。
村に越してきたときくらいしか、話していなかった村長の家の扉を叩いた。
といっても、ここには村長代理のばあさんが一人で住んでいる。
前の村長は数年前に亡くなり、その奥さんだったばあさんが一人で住んでいるのだ。
子どもたちは町で暮らしているらしい。
まあ、俺だって年頃の男だったら分からんでもない。
ここは遊ぶにはずいぶん不便だからな。
どうして夜中に俺がここに来たか。
それは、ここんちのばあさんが猫を飼っているからだ。
最初に挨拶をしにきたときに、ふてぶてしくこちらを見ていた。そう、今日俺の昼飯の弁当の上に乗っていた、礼儀をわきまえないアイツだ。
「おばあさん! すみません、助けてくださいっ」
扉はすぐに開いた。
最近目が見えにくいという婆ちゃんは、それでも俺の話を聞いて、簡易的な手当てのできる救急箱や、猫の餌をくれた。
礼を言って帰宅して、包帯を巻いて獣……猫? 犬? よくわからんが、綿毛(仮)の処置をした。
綿毛は一度、痛そうにグアッと声をあげて鳴いたが、消毒した傷に包帯が巻かれる頃には目を閉じて静かになっていた。
「ひ、ヒール!」
と、唱えると、ぽうっと豆電球のような灯りが俺の指先にともる。
俺も一応、魔法とやらが使えるのだが、指の逆剥けが治るくらいの威力しかない。
でも、ないよりましだ。
そっと光を近づけて傷にかざすと、モフモフは少し微笑んだような気がした。
ランプの灯りに映し出された綿毛の顔は、猫とも犬とも違うような感じがした。だけど確かなことは、白っぽくふわふわしていたそれが、長いまつ毛をふせてとても愛らしい寝顔をしていたということだ。
俺はそっと灯りを小さくして、ベッドに潜り込んだ。