表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐の嫁取り  作者: 紬希
7/7

第7話


 女の内側を進んで、頭の方まで侵入(はい)る。ふと思い着いて女の目から()を覗けば、いつもと違う景色が映った。


 ───あぁ、ええな。こうやって()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 以前、人間に憑いたのは何年前だったか。打ち捨てられた祠を見付けて、後釜になって霊孤になってやろうと目指した時以来か。あの時は、ここの人間の世界の時代は慶長(けいちょう)といっていたか。いつまでも野孤でいるのは口惜し過ぎる。


 霊孤は仮にも神の眷族。人に憑き、人を殺めては霊孤への道は遠くなるやもしれん。けれど、弱過ぎる人間にも責任がある。(オレ)(いたずら)に憑き殺したりはもうしていないが、侮辱した相手をそのまま野放しにしておくことも出来ぬ。云うなれば、今回はこの女への仕置き。

 そして、それを邪魔する見当違いな雜霊雜鬼どもの制裁。稲荷大明神も(オレ)の事情を(おもんぱか)ってくれるやろう。


 女の目から見ていると、昔の(オレ)が思い出されてくる。


 (オレ)が騙した間抜けな人間。騙されているとも気付かずに、感謝の言葉を送ってくる。それが騙されたと知るや、醜く顔を歪ませて相手(オレ)を罵る。その間抜け面。(オレ)の狐の姿を見せると襲い掛かってくるくせに、姿を現さず、如何(いか)にもそれらしい勿体ぶった言い方をしてやると簡単に制される。


 肉体的にも、精神的にも脆弱な人間。欲望にだけは果てしなく貪欲で。


 ほぉら、この女の身体も変貌してきた。狐に憑かれた人間───狐憑きに。目は吊り上がり、口は大きく裂け歯が伸びる。全身の産毛が伸び、背骨が丸まった。


 あぁ、ええな。狐憑きに相応しい姿になってきた。


 狐憑き───人間が、憑いた狐のものになる。それが狐憑き。狐に憑かれた人間は、()()()になると言われる所以(ゆえん)。久方振りの(オレ)の嫁。嫁といっても、人間の考える嫁とは違う。嫁はあくまでも(オレ)の力の糧になる存在。壊れたりすれば、すぐに棄てる。そうしなければ、悪霊になった場合面倒になるから。けれど、壊れるまでは(オレ)の役に立ってもらおうか。


 景色を見ていると、視界の隅で憑かれた人間同士が仲間割れをしていた。余程腹が減っていたか、口で物を食べるという魅力に抗えなかったか。どちらにしろ、雜霊雜鬼どもが欲求を我慢することなどないが。

 伸びた爪で互いを傷付け、歯で肉を噛み千切っている。あっという間に床に血溜りが広がった。それを冷めた気持ちで見る。雜霊雜鬼(なりそこない)どもにはそうしている方が似合いだ。




「……な、何だ!?」


 嘲笑(ちょうしょう)しながら塵芥(なりそこない)どもの馬鹿さ加減を見ていたら、第三者の言葉が飛び込んできた。あぁ、思わず夢中になってしまっていたな。他の人間が入ってきたことにも気付かなかった。


 ()()と呼ばれていたこの女の首を回して、新しく来た人間たちを見やる。抵抗を感じたのは、この女の僅かに残った罪悪感みたいなものか。馬鹿らしい。散々無様な姿を晒していたくせに、矜恃(そんなもの)だけは一人前か。


「な、何だよ、これ!? 先生ッ!?」

「え、何!? これって血!?」


 さて、口封じをするか、空間を歪めるかどうしようか。そんなことを考える一瞬の刹那にも、雜霊雜鬼(なりそこない)どもの行動は素早かった。


「ぎゃあぁぁッ!」

「嫌ぁぁ! 助けてッ!」


 手に入れた身体を使って、自らの飢えを癒す。人間の口を、歯を使い、霊として生気を奪い。血を、肉を、咀嚼する。まさに血に酔う魑魅魍魎───


 あぁ、どうしても……刺激される。血に、悲鳴に。人間たちの浮かべる絶望の目に。野孤から霊孤になってやろうと、野孤の時代に堪能していた遊びからは手を引いていた。人間を騙し、貶め、最終的に死ねばその霊をも手玉に取って。その時の高揚が甦る。


 ───……あぁ、もう一度、やってもええよな。


 この女にとっての邪魔な人間は排除してやった。()()()()()()()。願いは聞いてやった。やったら、(オレ)のやりたいこともやっていいはずや。(オレ)はまだ霊孤やない。


 この女の身体を使って飛び掛かる。跳躍をするために踏ん張った足首が、それだけの衝撃で折れたようで、バランスが崩れた。首を狙って行ったのに、牙を立てられたのは腹だった。


「嫌ぁぁッ! 先生、止めてッ!」

「これ、本当に先生かよッ!? こんな顔じゃなかったぞッ!?」


 (オレ)が憑いているんだから、顔立ちが変化するのは当たり前だ。そんなことにも気付けない馬鹿な人間どもよ。


「こ、こいつらも……もしかして、こいつA子かッ!?」

「嘘! そんなはずないよ! こいつら化け物みたいじゃないッ!」


 狭い教室の中は、まさに阿鼻叫喚の図。あぁ、愉しい。あぁ、面白い。人間は昔から変わらない。変われない。


 取り敢えずここに居る人間たちの生気は全て糧として頂くとするか。野孤の本性を取り戻したあとではまた一苦労だが、また霊孤も目指そう。

 霊孤になれば、神の眷族の一員だ。誰も(オレ)を侮ることは出来ない。侮辱したり不敬を働けば、天罰を下すことも出来る。あぁ、楽しみだ。


 それを思えば、この女が祠へ参拝したのは本当に良い切欠(きっかけ)だったな。自己中心的な考えそのものだったが、そこだけは褒めてやろう。あとは、(オレ)が手に入れた、(オレ)の嫁になったこの身体を最後まで使い切ってやる。


 あぁ、愉しい。本当に馬鹿な人間どもよ。孤狗狸などと適当な霊を呼び出して自分が喰われてりゃ世話ないな。そもそも()()()などという霊なんぞ居ない。居るのは力も無いくせに欲望や怒りだけを募らせた雜霊雜鬼どもよ。そんなモノを呼び出していれば、いつかは暴走して自滅するは明白な理。


 あぁ、馬鹿だ、馬鹿だ。(オレ)は愉しくて堪らない。






 ───孤狗狸(こっくり)さんなど、やってはいけない。


 孤狗狸などと云っても、実際どんなモノが近寄ってくるか判らない。


 占いというのはお(まじな)い。お呪いは呪(まじな)い。呪いは呪術。


 しくじれば、全てが自分に返ってくる───……






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは怖い……! 背筋がゾッとなりました。すごく面白かったです。 [一言] 感想が遅くなってしまいましたが、『ざまぁ企画』にご参加いただきまして誠にありがとうございました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ