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狐の嫁取り  作者: 紬希
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第6話


 ───()()、は抑えきれないほどの歓喜に包まれていた。


 個としての明確な意思はない。あるのはただ───肉体(うつわ)を欲していた意思。身体が欲しい。入れ物が欲しい。動ける身体が欲しい。それだけを願ってきた。

 身体(入れ物)が手に入れば、何でも出来る。物に触れることも、言葉を使って意思を伝えることも、食べることも。食べること……実際に歯を使って咀嚼することも出来るし、生気を奪うことも出来る。


 ()り集まった雜霊雜鬼たち。魑魅魍魎とも名乗れない、化け物のなりそこない。単体では力の無い亡者や死霊。死霊の中には人間だったモノだけでなく、もちろん動物だった霊も居る。


 剥き出しにされた本能には、何も遮るものがない。止める術はない。それらが、歓喜している。狂喜している。生に対する執着も、生ある者に対する憎しみも、ただただ妄執のエネルギーに変えて。人間の身体を手に入れて、どす黒く、歪んだ喜びに打ち震えていた。




 ───()ねや。




 渦巻く怨念の中で、一際黒く染まっているモノ。桁違いの怒りに染まっている霊。一番奥に陣取っていた霊。


 ───やっと、手に入れたのに。あの打ち捨てられた祠に来た久方(ひさかた)振りの拝み人。今回を逃せば次はいつ現れるか判らない。(のが)せられない。


 しかもこの女は、自分を()()だと言った。依り集まっただけの雜霊雜鬼(なりそこない)(オレ)が同じだと。赦しがたい蛮孝。(オレ)持ち物(前掛け)も盗んだ罪人。この女の中に侵入(はい)りこんできた奴等は、狐狗狸(こっくり)などと名を変え、呼び出されるをただ待ち、隙を突いて身体を乗っ取る。そうすることしか出来ない雜霊ども。


 そんなモノとは(オレ)は違う。神の眷族である霊孤(れいこ)ほどの霊格の強さはないが、野孤(やこ)としては別格である。事実、はぐれ狐となってあの祠を打ち捨てていった霊孤の後釜に居座れるほど。まだ、神の眷族として認められていないだけで、(オレ)には充分に力がある。

 そんな(オレ)を、この女はそこら辺りに漂っているだけの雜霊雜鬼と同じ扱いをした。存在を信じてもいないくせに。人間は都合の良い時だけ、神や霊を利用する。


 別格の(オレ)を侮った報いは受けてもらう。


 霊孤の後釜になったといっても、人間からの祈りがないと力は弱まっていく。そんな時に、この女が歪んだ欲望とはいえ、祈りを捧げてくれたのは非常に良い切欠(きっかけ)だった。


 腹の底から沸き上がるどす黒い気持ちにほくそ笑む。最初は怒りに任せての行動だったが、侵入(はい)り込んでみれば、案外居心地が良い。

 この女の内にこびりついた悪意。溜まりに溜まった不平不満。悪いのは全て周りの所為で、他力本願のくせに自分は悪くない。その手前勝手な考え方が全身全てにこびりついている。

 それが酷く居心地が良い。これはまだ(オレ)が野孤から抜け出せていないからなのか。霊孤だったらこんな人間にも守りを授けてやれるのか。


 過去、人間が祈りを捧げた時に首に着けていった赤い前掛け。亡くした赤子のための祈りだったり、純粋に道行く人の無事を願う祈りだったりと、人間の想いが籠められていた物。それらが積もり、祠自体の守りにもなっていた。それを、この女は奪った。稲荷の祠に供えられた物は、稲荷狐の物。

 狐は執念深い。例え年月が経ち過ぎてボロボロになっていたとしても、それを奪うことは(ゆる)さない。想いが宿っていた前掛けの方も同様だ。今まで居た安定した定位置に帰りたがって、怒っている。


 どちらにしても、この女を手放す気はない。あの祠が打ち捨てられて何百年と経つ中で現れた、久方振りの拝み人。やっと出来た(みち)

 ここでこの女を取り込めば、霊孤として召されるかもしれない。野孤である(オレ)はどうすれば霊孤として格が上がるのか判らない。判らないから手当たり次第に何でも試してみるしかない。

 それに、狐は一度侮辱されたことは忘れない。この女だけで怒りが晴らされなければ、幾代にも渡って取り憑くことも出来る。


 狐狗狸(こっくり)として他の人間どもに取り憑いた雜霊どもも、そいつらだけで満足しておけば良かったのだ。取り憑いたはいいが、そんなに居心地が良くなかったのだろう。だから、黒い存在のこの女に取り憑き直した。(オレ)という存在に気付きもせずに。気付くことも出来ない低級な輩。


 ───()ねや。


 女の内側で牙を剥く。


 去ねや。この(オレ)と同じだと思うなよ。(オレ)はお前ら雜霊と違うんや。憑きたいんやったら別をあたれ。狐狗狸でしか存在出来ん雜霊どもめ。最初にお前らもまとめて取り込んでやったのに、それさえも気付かない低霊め。


 雜霊雜鬼が飛び掛かってきた。圧倒的な数を頼りにした無駄な勢い。居心地の良い身体を手放したくない思いは判る。けれど、(オレ)のことさえ判らなかった雜霊どもにくれてやる気持ちもない。

 大きく口を開けて、牙に掛ける。そのたった一噛みで、狐狗狸としての形は霧散した。その名を頼りにしか依り集まれなかった力の無い死霊ども。蟲や鳥、様々な形に戻り、それでも(オレ)に飛び掛かってくる。全てを(ほふ)ってやった。


 屠る度に感情が高ぶっていく。(たが)が外れていく。


 全てが忌ま忌ましい。存在を信じてもいないこの女も、(オレ)のことさえ判らない雜霊ども。いつまで経っても(オレ)を霊孤として認めない神も。


 女の内側で雜霊雜鬼どもと対峙する度に、女の身体が跳ねる。傷付く。内側からの衝撃に人間の身体は脆い。






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