第一話 田舎の醜男、婚約者を出迎える準備をする
突然の来訪の予告だったが、公爵を出迎えるには相応の準備をしなくてはいけない。手間隙がかかる準備は出来ないが、田舎ながらの伝統という武器があるのがこの領地のいいところだ。今回はその武器はフルに使って準備を行おうとおもう。
最初に訪れたのは屋敷の使用人の休憩室だ。本来なら雇う側が訪れる事が無い部屋だが、今回はどうしても声をかけておきたい相手がいた。
休憩室に顔を出すと「当主様!?」とメイドの一人に驚かれる。
「婆はいるか?」
「はいはい、おりますよ。坊っちゃん」
「坊っちゃんはやめてくれと言っているだろ……」
休憩室の一番奥の席、つまり上座に座る一人の老婆がお茶を飲みながら頷いた。
彼女はいわゆる、この屋敷の最年長者だ。俺が生まれるよりずっと前から子爵家に仕えていて俺よりも屋敷の事に詳しい。
長年の経験もあるし、今回の公爵訪問で力を借りたい一人だ。
「一週間後にクラウド公爵とその娘、クリスティーナ嬢がこの屋敷に訪れる事になった」
「なっ、それってジャスミン公爵家じゃないですか!!」
「その通りだ。そこで、婆。確か大昔に王家の方を屋敷に泊めた事があったろう?」
「ええ、ええ。確か五十年ほど前になりますが……」
「その時に使った寝具や食器は?」
「状態保存の魔道具に保存してありますから、現役で使えますよ」
「よし。ならその準備を任せたい」
「ですが、少々古臭くなってしまうのでは……」
「ここは辺境だ。ここ事態が古臭い様なものだろう」
「ほっほっほ。確かに、その通りですねぇ」
婆だけじゃなく、メイド達もくすくすと笑った。
これは自虐しているわけじゃなく、実際この領地は何もかもが古臭いのだ。
古くから残る古民家も多くあり、かつて移動民族だった時代の編み物もいまだに風習として残っている。
爺さん婆さんばかりで若者は少ない。この古臭い雰囲気が嫌で若者の多くは他の街に出ていってしまったからだ。
この屋敷で雇っているメイド達は好き好んでこんなド田舎に残りたがる、若者に珍しい変わり者だ。
とにかく俺はこの古臭さで勝負するつもりだ。
国中の最新の接待を味わってきた公爵に、今までにない歓迎で迎え撃ってやる。
「それじゃあ、そっちは任せたぞ。お前達も時間があったら婆の手伝いをしながら、勉強させてもらえ。こんな機会滅多にないぞ」
「かしこまりました」
「はい、当主様!」
屋敷の事は全て婆に任せる事として、俺は外部にも協力を頼むために屋敷を出た。
領主となれば出歩くにも危険が付き物なため、本来は護衛を雇ってそばに置いておくのだが、俺に限っては護衛は付けずに出歩いていた。
そもそも俺は領民に嫌われる様な政治などしていないし、俺に恨みを持っている貴族だっていないからな。安心していられる。
俺の領地唯一の街。その外れにある、一軒の家を訪ねた。
「ノブ爺、元気かい?」
「おー! アル坊! 元気も元気、まだまだ現役よ!」
やって来たのは、ノブという狩人の爺さんの家だ。
まだまだ現役だと言い張って、今日仕留めたであろう獲物を見せびらかしてくる。
以前よりも猛獣の毛皮も増えており、確かに現在も狩りを続けている事がわかる。
「なら仕事の依頼をしたいんだが頼めるか?」
「おう! アル坊からの直接の依頼とは嬉しいねえ。どんな獲物でも仕留めてくるぜ!」
「森の主が欲しい」
「ッ!?」
さっきまでにこやかだったノブ爺が、森の主という単語を出した瞬間、表情を強張らせた。
「ク、クク……! それはワシへの嫌みかのぅ? 四十年もの時を費やしても、奴を仕留める事が出来ていないワシへの……」
雰囲気が重たくなる。
ノブ爺が怒っているのだ。
森の主は四十年前からノブ爺が追っている、この辺りの森の主だ。
ノブ爺が言うには体長五メートルを越える猪らしいが、とにかく気性が荒い。
古くから討伐の依頼を出しているが、なかなか仕留められない。
いわばノブ爺のライバルだった。
そして俺の発言はノブ爺への嫌みだと捉えられてしまったが、そうではない。
「違うさ。四十年ものの猪肉なんて、最高の食材だろ?」
「なぬ、食材?」
「ああ。近々、王都から公爵家が屋敷に来る事になっていてな。どうしても最高の料理で出迎えたいんだ」
激昂しかけているノブ爺に恐れる事なく、俺は素直な気持ちを伝えた。
四十年も生きている森の主だ。
大した天敵もおらず、旨い獲物を食らい、たっぷり眠る。
その肉はどの部位も相当、熟成されているはずだ。
それこそ王都でも滅多にお目にかかれない高級肉と言っても過言じゃない。
「森の主を公爵様に出す、か……。 上等じゃねえか、やってやらぁ!」
ノブ爺の心に火が付いた。
「おう、アル坊! 他に必要な食材があるならついでに捕って来てやるぜ!」
「だったら、カンカン鳥と脱兎の肉が欲しいな」
「その名前を聞くと、まさか公爵様に郷土料理でも出すのか?」
「ああ。この辺境で一番の最高級料理を出してやるつもりさ」
「クックック、やっぱアル坊は最高だな!」
森の主を納める期限を聞かれたので、一週間、仕込みの時間もあるから可能なら一日前には欲しい、と伝えるとノブ爺はにやりと笑った。
「任せときな、ワシが仕留めた獣肉で公爵様を唸らせてやらぁな!」
と意気込み、ノブ爺は道具を背負って鍵も閉めずに家を飛び出していった。
きっとノブ爺なら、いや、この辺境随一の狩人ノブならば森の主を仕留めてくれるはずだ。
俺はそう信じて次の準備に向かった。
次に訪れたのは街の農業組合だ。こんな田舎じゃ仕事の七割が農業なため、大きな組合を作ってそこで総括しているのだ。
街の集会場に向かうと今も人が出たり入ったりをしているため、どれだけ農業に関わる人間が多いのかがよくわかる。
「おお、アルト様! ようこそいらっしゃいました!」
さっきまで仕事に夢中だった農業組合代表のフランソンが俺に気付き、慌ててお茶と茶菓子を用意してくれた。
「仕事中にすまんな」
「いえいえ。仕事というほどの仕事もありませんし、アルト様ならいつでも歓迎ですよ」
フランソンは毎回そう言ってくれているが、実際はかなりの仕事量のはずだ。それなのに突然の来訪を笑顔で歓迎してくれるのは感謝しかない。
「早速なんだが、最高の野菜を用意してほしい」
「ほう。それはどうして?」
「一週間後、公爵が来るんだが、その時に食材として使いたいんだ」
そう説明するとフランソンはただちに真剣な顔付きに変わる。
「野菜の種類は問わんが、可能な限り新鮮で旨い野菜を大量に用意してほしい」
「かしこまりました。必ずや最高の野菜を用意してみせましょう」
フランソンは自信を持って頷いた。
責任感の強い男だ。信頼して仕事を任せられる。
その後も俺は街中を回って、何とか準備に必要な道具や食材を揃える手立てが手に入ったのだった。
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