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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

希死念慮の恋

作者: ぺんぺん

自殺描写等があります。

私は意気地無しだ。


今ここで飛び降りたら、階段を踏み外したら、手首をきったら、首を吊ったら、火をつけたら、腹を裂いたら、眼に刺したら、舌を噛みきれば、あと一歩前に踏み出したら


そんなことを考えながら、何一つ実行できずにいる。


そんな私が恋をした。



空が淀む、夏の初めの帰宅路。

帰宅部の私は、友人と分かれ、遠回りして帰路につく。

去年の秋、陸上部に入って半年程の頃、唐突に右足の親指の付け根の骨がおれた。

既にある程度癒着もしていて、軽い運動なら問題ないと医者に言われていたが、どうしても陸上部に戻る気になれず、冬には退部していた。


草生い茂る外れの路。

晴れていればまだ日の出ている頃合いで、朝の天気予報では雨の可能性を示していたため、散歩をするには不向きな気がしたが、直ぐに家に帰る気になれず、街の離れにある神社を経由して帰宅しようと大回りで帰宅していた。


教科書類が入った鞄を肩にかけ、神社前の花の散った桜並木を多少息がきれるくらい早歩きで駆ける。

角度は小さいが、軽い登り坂となっている道は、駆け足くらいの方が楽に歩ける気がするが、走ると足の負担になりやすいので、気をつけて早歩きで神社に向かう。


おんぼろ神社は、かつて大きめの神社だった痕跡を残して、まともに整備されていないようで、看板も読めなくなっていてどんな神様を祀っている神社なのかは分からないが、私は密かにこの神社にシンパシーを覚え、何かあるごとに賽銭箱に小銭を投げに来ていた。


裏には猫の溜まり場があり、そこも目当てのひとつではあるのだが、今日はそんな神社裏に先客が居た。


スーツ姿の彼は、偶然立ちよった雑木林で、首を吊って死んでいる。


足下には踏み台になっていたであろう瓶ビールのケースが倒れて転がっている。

横にはビジネスバッグと、その上にその辺から拾ったであろう石が載せられた白い便箋がそえられている。


シャツもスーツも糊付けされたばかりのようにピンと伸びていて、髪の毛はワックスで固められている。

そんな生真面目な様子の見て取れる彼は、自重で締まった縄に吊られ、衝撃からか眼鏡がずれていた。


人間死にたいと思えばいくらでも手段がある。

彼のように首を吊ったり、包丁で血管を切ったり、高いところから飛び降りたり、電車や車の前に飛び出したり、煉炭やガスコンロ等で密室の酸素を燃やし尽くしたり、ガソリンを被り火を付けたり、重りを付けて深い川や海に飛び込んだり、野山に生える危険だと分かっているキノコ類を食べたり、大量の塩分や糖分を接種したり、放置した糞尿等を傷口に塗り込んだり、野犬にあえて噛まれたり、ヤクザに喧嘩を売ってみるのも悪くないだろう。

まだまだ思い浮かぶ豊富な死ぬための手段の中で、見た目だけでも分かる几帳面な彼は、首を吊った。


添えられた手紙の存在から、恐らくしっかりと計画を立てて臨んだ死なのだろう。

彼は死を望み、自身の死を願い、そして、実行に移したのだ。


私が普段から考えていることを、きちんと考えて実行したであろう彼に、私は産まれて初めて恋をした。


初夏でかつ曇っているとは言え、それなりに暑く、ハエなども集りやすい気がしたが、幸運なことに彼はまだ余り腐臭を発しておらず、昆虫が集っていない。


本当なら、警察や消防に電話をするべき場面なのだろうが、当然やるべきことを忘却してしまっていた。

今思えば、日が出て居ないとは言え、熱中症のような状態だったのかもしれない。


後悔こそしていないが、まともな判断とは言えないだろう。

私は、好奇心から彼の手荷物を漁っていた。


彼のポケットには何も入っておらず、代わりに、ビジネスバッグの一番外側のポケットに、財布と家の鍵が入れられていた。


免許証を見るに、彼は草沼要一郎さんという名前らしい。産まれ年からすると、年齢は26、高2の私からすると、一回り上の年代だが、社会人として考えると、まだまだ若手の範疇だろう。


財布とは別にあった名刺入れから、名前の一致する名刺を探すと、彼の肩書きは、証券会社のセールスをやっていたということが分かった。


敢えて名前が分かるまで放置していた手紙の封筒を拾い上げ、中身を読む。


『お世話になりました。

遺書を書くのは初めてのことで、文面が散らかっているかもしれませんがご承知おきください。

結論から言いますと、私は自分の意思で死を選びました。

と書ければ良かったのですが、残念ながら、私がこのような結果に至ったのには、私一人では解決できない問題があったからです。

社会人になる前の私は、輝かしい栄光を夢見ていました。

努力を続け、真面目であり続ければ、結果が着いてくるのだと、幻想を抱いていました。

特定の何かが原因で、私が死を望んだ訳ではありません。

ある日、気付いたのです。

歯車がかけ違えていることに。

恐らくですが、前提として、私の設計図が間違っていたのです。

間違った設計図に、歯車を合わせていき、ようやく動き出したことで、歯車を置くべき場所がずれていることに気がついたのです。

特段悪いことばかりの人生ではありませんでした。良い人生であったと言えていたら、私はまだ生きていられたでしょう。

かけ違えた歯車は、私が世界からずれているのだと耳元で囁くように、悲鳴を上げ続けているのを聴いていられませんでした。

このような選択をしたことを、死後の私は悔やむでしょう。

平均寿命を考えても私にはまだ設計図を引き直すだけの時間が残されているというのに、可能性を捨てて、何故死んだのかと。

ですが、実際に言われているわけではないことは分かっていますが、笑顔で街行く人々に、「お前は何故まだ生きている?」と問われ続けるような感覚は、その未来の可能性を捨てるに相応しいほど私を傷付けました。


具体的なことを書くことができなくて申し訳ありませんが、これが私が死ぬ理由の全てです。

すべてのカラスが黒ければ、私は死なずに済んだのかもしれません。


草沼要一郎』


一人の人間が抱えた違和感が綴られた遺書であった。

何もかもが少しずれていた。

彼はそれを理由に、死を選んだのだろう。

例えば、あと一歩のところでライバルに販売額で負けた。

例えば、上司の機嫌が悪いときに八つ当たりのように仕事を投げられた。

例えば、良い調子だと思っていた顧客が契約直前で考えを取り止めて契約が取れなかった。

1つ1つはよくあることだろうけども、積み重なると厚みを感じる。

そんな違和感の集まりが、彼にはどうしても許容できなかったのだろう。

生きていれば当然覚えるであろう違和を、彼は受け入れられず、死ぬことで受け入れようとした。

私も、できることなら彼のとなりで寄り添うように首に縄を

と考えたが、少しして考えを改めた。


まだ生きていられたとか、死後の私が悔やむとか、彼は私のように死にたいだけの人ではなく、何かしら生きたい理由も僅かに持っていたのだろう。

つまりは、希死念慮の逆で、生きたいという願いを抱えたまま死んだのだ。



理解しにくい思想だが、私が空想で死ぬことで自分の死後の世界を想像するように、彼も空想で生きて自分の生前の世界を想像するというのであれば、言葉に起こせば些か理解しやすい気がした。

つまるところ、これは、私に向けたラブレターだ。


彼は、私に足りないものを持っていて、私は、彼に足りないものを持っている。

私は日常に潜む希死念慮(違和感)を受け入れ、その後の自分を夢想して、手段の1つでしかないはずの自死に恋心のような感情を懐いていた。


即ち、私が彼のように望んだ死を選びたかったように、彼は私になりたかったのだ。

私は陸上も諦めた。

自殺も諦め、願うだけになり下がった。

腕の躊躇い傷は、私がそんな臆病者である印であり、それだけ死を願った証拠でもある。

だが、生きている。

私と彼は真逆の性質で、死を望んだ。

私は、辞める理由や、諦める理由を、死に望み。

彼は、辞めないため、諦めないために、死に臨んだ。


そんなことを考えながら、手紙を封に戻し、財布や名刺入れを彼のオフィスバッグに戻した。


少し離れた公衆電話から少し声色を変えて通報し、私の恋は終わりを告げた。

彼の手紙に勇気をもらった私は

彼女はなにかをしたのでしょう。

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