別れ
「ほら!早く行きなさい!」
「いやーだ!鬼ごっこしたい!」幼い娘は、ぶんぶん首を振って、駄々をこねた。
「もう行く時間なのよ。」
「いやだぁ!もっと遊びたいよぉ。」気持ちは分かるが、周りに迷惑をかけるから、車に早く乗ってほしい。
「ぎゃぁー。おかーさーん。どうしてお母さんは来ないのー?」挙句の果てに泣き出した。
「ごめんね。お母さんは、まだ用事があるのよ。用事が終わったら、すぐに会えるわよ。」
ーーー私だって、本当は娘とずっと一緒にいたい。でも……。
「そろそろ時間です。」田中さんが言った。
「ほら、早く行っておいで。お友達も一緒なんだから、きっと楽しいわよ。」私が、説得すると、「めいちゃーん!早くおいでよ!」車から、娘の友達が説得する声も聞こえた。
「らっちゃんもいるなら、怖くないかな…。わかった。おっお母さん…。元気でね。」 田中さんに連れられて、娘は泣きながら車に乗り込んだ。
車から、手を振る我が子を見送って、私はしずかに涙を流した。
夕方になって、家に1人で帰る途中、田中さんとその同僚の吉村さんの2人とすれ違った。
「また出荷されたね。」吉村さんは、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「はい。丹精込めて育てた子達だから、いざ出荷されるとなると…少し、悲しいです。」田中さんは、少し俯いて言った。
「田中さんは、優しい人だよね。きっと、彼らも田中さんに育ててもらって嬉しかったんじゃないかな?」
「だと、嬉しいです。でも、あの子達が大好きすぎて、ラム肉食べられなくなったくらいで…。命を頂いてる仕事なのに、ちゃんと食べられないなんてダメですよね…。」
「それは、俺もだよ。食べられないよな。」
うちの娘、元気でやっているかしら。私ももうすぐそっちに逝くからね。