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6/7

6 爪痕

 オットー山脈を超えて、テーゼル王国とは反対側に逃げ込んでいたセリアは、ドラゴンの暴走が始まったのを察知した。山の中腹の森から平野を見ると、そこら中に炎が上がり、ドラゴンが暴れているのが分かった。ここまでの事が起こるとは想像していなかったが、事前に避難していて正解だった。恐らくドラゴンは世界中で暴れ回っているはずだ。ミゼルは無事だろうか。ミゼルの事を思うと胸が痛む。だが、多くの領民を連れてきている以上、彼らを見捨てる訳にはいかない。愛おしい領民たち。こんな状況になっても付いていくと言ってくれた領民たち。絶対に死なせる訳にはいかない。


 セリアは、オットー山脈の麓に辿り着いたところで、一旦皆を休ませることにした。そこで、一緒に付いて来た領民の、ダークエルフの代表の者がセリアに声を掛けてきた。


「セリア様、すみません」

「どうした? 何か問題が起こったか?」

「いえ、ここまで連れてきて頂き、ありがとうございます。私たちは一旦ここで離脱させて頂こうかと思いまして」

「どうした? ここが安全だとは限らないぞ。もう少し歩いた方が……」

「いえ、私たちの中には小さな子供を連れた者もいます。これ以上は母親と子供の体力が持ちません。この森の僅かな恵みで、しばらく体を休めたいと思っています」


 代表の者の隣に、まだ産まれたばかりの子供を抱えた母親がいた。ダークエルフは人間よりも飢えや、病気にも強い。ここで一旦離れるのもいいかも知れないとセリアは思った。


「分かった。ここで一旦別れよう。達者でな」


 ふと、母親が抱いてる子供と目が合ったような気がした。


「ところで、その子は名を何と言う?」


 最後の別れに子供の名前を聞くなんて、自分でも可笑しいと思いつつも、その子供の眼差しが印象的だったのでつい訊ねた。


「カミル、と申します」

「そうか、カミルか。いい名だ。きっと立派なダークエルフになるだろう」

「セリア様、ありがとうございます」

「おい、サラ。セリア様もお疲れだ。そろそろお暇しよう」


 代表の者がサラとカミルを連れて去っていった。ダークエルフの寿命は長い。もし生き残ったときは、次の世代の人間たちに教えてあげて欲しい。この世界を変えてしまった自らのことを。


 


 その次の日、早朝から出発しようとした時、上空にドラゴンが旋回しているのが見えた。何かを探しているようだった。見つかってしまうとまずい。物音を立てるのも憚れる。ダークエルフたちはまだそう遠くには行っていないだろう。セリアもここで覚悟を決めた。


「よし、みんな聞いてくれ」


 セリアは皆を集めて、小さな声で指示を出した。


「ここから静かに山を下りる。一列になって、静かにだ。上空にはドラゴンが旋回している。ゆっくり進むのだ。そして絶対に後ろを振り返るな。いいな。今日の日が暮れるまで真っすぐ山を下り続けるんだ。休憩のときも静かにするんだ。少しでも不自然な動きを察知されたら、ドラゴンの餌食だ。分かったな?」


 そうして、領民たちを下山させた。静かにゆっくり進めば、見つかることはないだろう。ドラゴンからしたら人間など蟻みたいなものだ。だが、万が一があってはいけない。ここで自分がドラゴンを食い止めよう。実は魔力の暴走で、自分の意識が飛びそうになっているのをずっと我慢してきた。その限界も近い。セリアは領民たちと反対方向に移動し始めた。できるだけ遠くに離れなければならない。


 セリアは体力の限界まで歩き続けた。既に日が暮れかかっている。そろそろか。セリアは自分の中で暴れ続ける魔力に抗えなくなってきた。意識が飛びそうになる。自分がドラゴンになったあと、ちゃんと自分を保っていられるだろうか。いや、自分を保ってみせる。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。ドラゴンなんかではなく、人間として生まれて、ここの領民たちと一緒に生きたかった。いや、それは違うか。ドラゴンとして生まれていなければ、彼らと会うことはなかった。ドラゴンとして生まれたからこそ、彼らと会うことができた。最後はドラゴンとして彼らの命を守ってみせる。


 その日の夜、領民たちはドラゴン同士が争う声を聞いた。何体ものドラゴンの声だ。子供の泣き声が止まらない。大人も恐怖で泣き出してしまいそうになる声だ。その声は一晩中鳴り響いていた。そして次の朝になって、領民たちはセリアがいないことに気が付いた。ある者が戻って探しに行こうとしたが、皆が止めた。セリア様から頂いた命を大切にしようと。そして、隠れ住む場所を探して再び歩き始めた。



 ドラゴンたちの暴走は何年も続いた。逃げ延びた人間たちは森の中に隠れながら、恐怖の日々を過ごした。ドラゴンを見かけることが少なくなったある日、セリアが率いていた領民たちは、あの時セリアと分かれた場所を目指して歩き始めた。命の恩人を弔うためである。だが、そこではセリアの痕跡らしきものは何も見つけられなかった。あるのはドラゴンの朽ちた死骸だけだった。その時、ある者がオットー山脈の岩肌の中に大きな裂け目があることを発見した。ドラゴンたちが戦った痕だろうか。そこは奇跡的に崩れずに、裂け目がそこまま残っていた。領民たちは思った。『ここはセリア様が我らをお導きになった場所だ。ここならドラゴンに見つかることなく安全に暮らせるのではないか』と。


 彼らは、ここから決して外へは出てはいけないと、強く誓い合った。そしてここで暮らすことにした。ドラゴンの恐怖に怯えながら。いつか外に出ることを夢見ながら。


 セリアは息を引き取る直前に、彼らが自分が残した爪痕に入っていくのを見た。ああ、あそこなら大丈夫だ。あそこは岩盤に魔力が多く染み込んでいるから、そう簡単には崩れない。彼らを末永く守ってくれるだろう。ドラゴンの暴走は止めることができなかったが、自分の使命は果たせたような気がする。彼らの命を守ることができた。セリアは満足していた。そして最後に国に置いて来た友のことを思いながら、静かに眠りについた。


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