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忘世の魔女  作者: 花天怜
9/11

魔女

 「……お前は、女だということを隠した方がいい」


 動揺していたハインもすっかり落ち着いたようで、濡れた髪を夜の冷たい風で冷やしながら、ピュセルをこれ以上ないほど真剣な表情で見つめた。


 先程、大体の衣類は体と一緒に洗ったが、体を拭くようなものを一枚残しており、それを首にかけて、ぽつぽつと髪から滴る水滴を受け止めている。


 月光の下、髪を下ろした姿はお互いにどこか幼く見えた。


 ピュセルは顎に手を当て、少し首を傾げて考える。


 (確かに、旅をしていく上で、冒険者になるにしても女だという事実は、何か足枷になるかもしれない、か。)


 でも、女の冒険者も数こそ少ないもののいるとは聞いているが、そこまで問題だろうか。

 



 ハインは一切責めるような口調でもなく、ただ事実を淡々と述べるような平坦な物言いで言った。


 「お前は女にしては背が高いから、男のような格好をしていれば、男のように見える」


 (まぁ、間違えられても別にそこまで困る事はないだろうけど)


 ピュセルは暫し逡巡し、なんとなく髪に掛けてた布の両端をそれぞれ両手で掴んで左右にぴんと引っ張った。


 (女と見られるより男で見られる方が舐められなくていい気がするし)


 前世の経験より性にこだわりがないため、そこまで考える事でもないだろうとピュセルは結論付けた。



 「それよりも、今までの移動者の記録によると、あと二日くらいで着くみたいですね」


 ピュセルは思い出したかのように言うと、鞄の中をごそごそと掻き回して方位磁針を出して、掌にちょこんと乗せた。


 「この子には随分とお世話になりましたねー。この子が東へ東へ案内してくれなかったら、今頃二人とも森で迷子ですよ」


 ハインに見せびらかすように掌の先を向けて、にこりと笑いかけた。


 「ーーー、方位磁針は子供ではない。」


 ハインはぴくりとも笑わず、冷酷に言い返した。その言いように思わず、ピュセルは目を丸くするが、笑ってしまうのはなんとか堪える。

 

 (そのツッコミは予測してなかったなぁ)


 「方位磁針って、大人だったんですね。じゃあ方位磁針さんかな?」


 ピュセルはおどけたように言い返し、方位磁針を撫でた。


 「…………」


 ハインは呆れるようにそっぽを向き、何も言い返してくれなかった。



 「ーーーで、国に着いたらどうするつもりなんです?」


 ピュセルはハインを横目に方位磁針をいじりながら言った。 




 「取り敢えず、街へ向かう」



 ピュセルは驚いて、掌から方位磁針を落っことしそうになり、慌てて空中でキャッチした。思わず、正気か疑うようにハインの表情を探ろうとしたが、この暗闇では見えなかった。




 「え、もう街に行くんですか?」



 「あぁ」


 ハインはピュセルの驚いた様子に臆すことなく緩慢に頷いた。



 「しかも、この先一番近い街って、王都なんですけどーー。まさか、そこに行こうとか言いませんよね?」


 ピュセルは頬がひくつきそうになるのを抑えながら、おそるおそる聞き返した。


 国自体が小さいため、正規の国門を通らないハインのルートだと王都が一番近くなる。


 「あぁ。行こうとしている。」


 全く気にも留めていないという風に、無表情で言うハインにピュセルは思わず、はぁと溜息が出た。


 「流石にそれはことを焦りすぎでは?確か貴方が今現在逃げ出した国と同盟を結んでいますよね?」


 「だが、最近だ。お互い国の上層部の一部が見栄えを良くするために同盟を結んだだけで、国としてはそこまで同盟の意識はない。だから、王都に至っても、私を捕らえて母国に帰して恩を売ろうとする者などそうそういない。そもそも国同士で戦もしてないのに同盟する意味など無かった。」


 ハインは淡々と言うと、もうこの話はこれで終わりだというように、首にかけていた布を取り、立ち上がって、川へそれを洗いに行った。


 ピュセルもハインと同じように急いで自分の首に掛けた布を取ると着いていく。


 「だからといって王都に行くのは冒険のしすぎでは?遠回りした方がいいんじゃ?」


 ピュセルとしては気が気でしょうがない。


 「いや、どの道街に寄らないと、お前は生活できても私は生活ができない」追われるまま碌に旅の必需品すら持たずに逃げてきたハインは言った。

 「逃亡の話が広まって国を出るのが難しくなるよりは、早く出るために最短で行ったほうがいい。」


 「確かに、そう言われればそうですけど……」


 「それに、お前にとっても人通りの多い王都に行った方がいい」


 「私が?」


 思ってもいない言葉に、目が飛び出た。


 (全く理由が分からない。)



 「街に行けば分かる。ただ、私以外の人の前に出る時は、必ず姿は見せるな」



 そう言うと、ハインは歩くのをやめ、立ち止まってピュセルを振り返った。


 紫紺の目はとても真摯に私の目を見定めていた。



 「ーーー絶対に」


 

 「は、はい」


 ピュセルは意味もわからぬまま、その瞳に押し流されるように頷いていた。何故か胸がどくどくと波打つ。




 それ以降、特に話す事は無く夜は過ぎていった。











 





   (うわぁああ!!街全体が生き物かのように生気に満ち溢れている。)


 ピュセルは目の前の景色に目を輝かせた。


 街はどこを見ても人、人、人。小国だと聞いていたが、ピュセルにとっては大国と聞いても騙されただろう。


 それに、沢山の人が波打つようにひしめき歩いてるが、各々格好がそれぞれ違う。ザ・貴族という感じにふんだんのレースが使われたドレスのご婦人がいれば、街っ子というように着崩してもつれた服をきた少年もいて、沢山の違う立場の人が王都という箱の中に共に生きているのだと思うと、なにか感慨深いものがある。


 (やっぱ、凄いなぁ)


 ピュセルは恍惚とした表情で、王都に来て何回目かのため息をついた。


 主に茶色のレンガでできた店店は、所狭しと軒を連ね、お昼時のせいか入り口には店によっては行列が出来ている。


 パンのようなケーキのような甘い匂いがふんわりと漂い、見ると店の外の庭のような場所でパラソルの下でタルトを食べている女の子たちがいた。


 (なんか、お腹が空いてきたかも)


 自然とじゅるり、涎が出そうになり、慌てて口を拭った。


 初めてくる街に視線をふらふらと彷徨わせるピュセルと違い、ハインも貴族だから街にはあまり来たことがないだろうに、その足取りには迷いがなく、ピュセルは置いていかれそうになり、慌てて着いていく。



 ピュセルは美味しい食べ物たちを前にして、見ることしか出来ない現状を恨んだ。


 (お金さえあれば、、、)


 ピュセルは一人でに肩を落とす。


 少しむくれ気味だったものの、美味しそうな匂いにも動じず突き進んでいるハインを見ると、少し自分の姿を省みた。ピュセルは何も無かった事にして、貴族の紳士がやるように背筋をぴんと伸ばしてゆったりと優雅に歩き始めた。


 「で、何を買うんです?」


 「蝋燭や得物の手入れ用の道具が足りない。あと、お前の髪を染めるための染料」


 「染料?」


 (初めて会った時も、髪と目の色を気にしていたが、やっぱりなにか訳があるのかな?街を出たらこの事について尋ねてもいいだろうか?)


 ピュセルは疑問に思ったが、この件に関してはハインの方が詳しいだろうと思い、追及はしなかった。


 「あそこの店に行こう」


 ハインはある一つの店を指さすと、歩を進めた。


 「待ってくださいっ、先にお金をつくってからにしましょうよ」



 ピュセルが言うものの、意に返さず突き進むハインを見て、少し不服そうに眉根を寄せると、素直にハインの後を着いていった。







 


 「いらっしゃいませ〜」


 店に入ると、ベルがカランコロンと軽やかに歌うと共に女性の接客慣れした爽やかな声が響いた。


 店内は店の外壁と同じ、焦げ茶に塗られたシックなレンガでできていた。アクセサリーが並ぶ棚はこれまたダークな色で、店の雰囲気とぴったり合っている。上を見上げると2階と吹き抜けになっており、暖かみのあるランプの光が品々を魅力的に見えるよう照らしていた。

 

 (うわー、素敵な品がいっぱい)


 ピュセルは棚の上に綺麗に整えられて置かれたイヤリングやネックレス、ヘアピンなどを見て胸躍らせた。


 しかし、ハインはそれらの品に目もくれず奥に向かうと一つ何かを手に取り、迷う事なく先程の接客のお姉さんの所へ持っていった。


 ハインは何も言わずに無言でお金を払い、商品をお姉さんから受け取る。


 すると、お姉さんが『あっ』と何かに気づいたように言った。


 ハインは訝しむように彼女を見つめたが、返ってきたのは案じていたものではなかった。


 「あら、イケメン」


 お姉さんはフードを被ったままのハインの顔を覗くように見上げた。


 「旅のお方?素敵ね。どこに行くのかしら」


 ハインは何も答えず、そのまま扉へと向かう。


 「もう。冷たいわねっ。まぁ、いいわ。また来てよねー」


 お姉さんは少しいじけたようにいうと、そのまま店の奥へと戻っていった。


 ピュセルは慌てて、店を出たハインの元へよると、その手の中を覗いた。


 「ペシャーヌ蜂花のヘアオイル?」


 このくらいの文明レベルでは、ペンキみたいな明らかに髪を痛めそうなものが染料であるかもしれないと戦々恐々としたが、杞憂であった。

 500mlほどの液体が入る透き通った瓶は、黄金に輝く蜜のようにとろりとした液体を閉じ込めている。


 「これはお前のために買ったものだ」


 「私に?」


 ピュセルは目を瞬かせながらもその瓶を両手で受け取った。傾けると光を纏わせて瓶の中を流れ落ちる蜜は見ているだけで、心を癒やしてくれる。

 

 店の外は相変わらず往来が激しく、たまにすれ違う人の肩がぶつかる。


 「よく分からないけど、ありがとうございます」


 (とても高そうだし、態々限られた残金で買ってくれたんだよね)


 ピュセルはもっと感謝の言葉を伝えようと、自分のフードで隠れて見えにくいハインの顔を、フードを少し上にずらして覗こうとした。


 しかし、その途中で通行人のおっさんに肩を勢いよくぶつけられーーーーーそのせいで、ずっと目深に被っていたフードがするりと落ちてしまった。

 


 (あっ)



 気づいた時には遅かった。




 「すまんな、坊ーーーーーーっっ!?魔女!!?!」




 (ーーーーーあ)



 ふらふらとしながら振り返ったおっさんは、昼間から酒を飲んだくれていた様で、酒焼けして掠れた声できりきりと叫んだ。そして、ゴーストでも見たかのように勢いよく尻餅をつき、ピュセルを指さしてわなわなと震えた。



 (ーーーま、じょ、って?)



 ピュセルは、咄嗟の事で頭が真っ白になり、指を刺されたまま棒立ちしてしまった。全く理解が出来ないけど、何か自分が人をここまで恐怖させていると言う事に、何も対応できず、嫌な予感に無様に膝がぶるぶると笑いそうになる。




 ーーーー何か、言わなければ。何か、しなければ。それこそ、黙っていたらーーーなぜそう思われたか分からないけどーーー本当に魔女だと思われる。無言の肯定、だと分かってるのにーーーー。



 「不味いな。」



 ハインは動けないピュセルの代わりに、素早くピュセルのフードを周りの視線から隠すように、両手で守るように下ろした。


 「早く逃げるぞ」


 そして、そのままピュセルの片手を握ると強く引っ張り、人混みを掻き分けるように走った。


 「おい、待て!!」


 おっさんのまだ少し掠れたままの声が、頭の片隅で聞こえたが、ピュセルはハインにされるがまま只ひたすら走り続けた。ピュセルは掴まれたのと反対の手でフードを強く引っ張って顔を見られないようにしていたが、その手がカタカタ震えていた。


 (ど、どうしよう)


 おっさんにフードを脱がされたとき、周りには4、5人いてみんなピュセルを向いていた。ピュセルには彼らの目があの時と同じように夜の猛獣のように爛々と鋭く光ってみえた。



 (ーーーま、じょ?)


 

 ピュセルはおっさんから言われた言葉を頭の中で反芻した。そうすると、今度は逆に落ち着いてきた。




 (魔女ではないーー、もっと酷い阿婆擦れや男誑しならいくらでも言われたことがあるじゃないか。今更、見知らぬ人に自分に対して何か言われたとしても気にする必要があった?)




 ーーーーー『家からも見捨てられた出来損ないの癖に、弟を誑かす事だけは本当に美味いのよね』

 『あんな女に騙されて弟さん本当に可哀想』



 嘗て周りに吐き捨てるように言われていたことが次々と思い浮かぶ。


 昔の事を思い出すと、魔女ごときとても可愛いものだったと気づき、つい笑みが溢れてしまった。




 



 「おい、大丈夫か」


 息を切らしながら、少し開けた場所まで辿り着くと、うんともすんとも言わないまま立ち尽くすピュセルに、ハインは気遣うような声をかけた。

 

 いつもは冷たく聞こえるハインの声が、今は不思議と一番落ち着く。



 「ーーー、魔女って?」



 ピュセルはハインと握ったままの自分の手を無表情で見つめたまま聞いた。


 

 ハインは少しピュセルの顔色を確認するように見つめて、ピュセルが冗談を言っている訳ではないと知ると、目を見張った。


 「ーーーーこの世の中で、南の砂漠から北の雪原地帯まで広く語られている魔女の伝説をお前は知らないのか?」



 ピュセルは顔をあげ、小首を傾げた。その顔には、ハインが心配したような悲しみや恐怖が浮かんでいなかったことに、ハインは安堵する。


 

 「その、伝説になっている魔女の容姿が、私の姿にそっくりなんですか?」


 「ああ。雪髪雪眼ーーー雪のように白い髪と眼を持つ存在だったと語られている。」


 (だから、私の姿を見た瞬間に魔女だなんて言ったんだ)

 

 科学が前世よりも発展していない今世では、そんな不確かな伝承を信じる人がたくさんいてもおかしくはないのかもしれない。


 ピュセルは納得すると、嘆息した。


 

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