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忘世の魔女  作者: 花天怜
7/11

鹿の初狩り

確認中ではありますが、主人公の一人称や敬語にに表記揺れがあるかも知れません_:(´ཀ`」 ∠):

 「取り敢えず、今日はここで野宿するか」



 ハインはそう言うと、黒い森の木の葉から僅かに溢れた月明かりが照らす幹に腰をかけた。


 (敵から見つかるのを避けるなら森の中で休むのが妥当)


 ピュセルも同じように少し離れた太い幹に腰掛けた。家のソファーに比べるとやはり、クッションがない分、明かりがなくて距離が掴めず勢いよく座ると痛かった。


 (痛たたたっ)

 

 臀部の痛みに目を瞑り、数えるように指を一本ずつおった。


 「明日は流石に食料を調達しないといけませんね。鹿か野うさぎか猪か。何にしましょう?」


 (昨日はその辺りの木の実の拾い食い以外何も食べてないし。流石に何か食べたい)


 暫く待っても返事がないのでハインを見て、思わず目を見張った。


 「ーーーー!」

 

 ハインの顔は月光のせいかどこか青白く、儚く消えてしまいそうだった。


 「弓を持ってるのか?」


 ピュセルが目を見張ったのとは別に、ハインはピュセルの話を聞いて驚いたようにピュセルを見た。


 「いいえ」


 「では、剣を使うのか……。」


 その口調は剣を使って野生動物(ジビエ)を捕らえたくないと言うふうに聞こえ、ピュセルは首を傾げた。


 「もしかして、弓でしか野生動物を捕らえた事がありませんか?」


 (そんな事があり得るの?)


 枝が天の光を塞がんとばかりに伸びて見通しの悪い森で狩りをしていたピュセルにとっては、自分のもつ薙刀で獣を薙ぎ払うのが当たり前だった。



 「……剣は高潔であれ。人ならまだしも、獣のために剣を握るなどありえない」



 ハインは目線をピュセルから外し、月を見つめて厭うように目を細めた。


 「ーーが、こうなったのも何かの宿命(さだめ)。もはや、剣先に未練などない。」


 そう言うと、夜の帳に耳をすませるように瞳を閉じた。長い睫毛(まつげ)が目元を覆う。





 (高潔、かーーーー。)





 高潔とはなんだろうと思う。高潔というものを前世で無くしたピュセルにはもはや分からなかった。


 辛くないのかーーー、そう聞こうとしてピュセルはやめた。辛いに決まっている。態々(わざわざ)聞いて心意を確かめるまでもない。


 (故郷に、家族、地位、高潔ーーー。全て人にとって無くしてはならないもの。それを今、この少年は全て捨てて生を選んだ。)



 なんだか辛くなった。最初から少年がこうなるとは思っていたが、余りにも()()()()自分に似ていて余計辛い。



 ーーーといっても、ピュセルが選んだのは自分の生では無かったが。



 

 しばらくして、すー、と微かな寝息が聞こえてきた。


 如何やらハインはあのまま眠ってしまったようだ。眠っているとどこか幼く見える彼の顔は、例え獣に刃を立てても高潔に見えるのだろうと思った。


 (今はどうか安心して寝てほしい。)


 ハインを助けてから毎夜思っていたことを思い、ピュセルもゆっくり瞼を閉じた。






 




 「………ん……?」


 月光ではなく朝日がハインの顔を照らし、目を覚ました。


 「おはようございます」


 ピュセルはにっこりと笑って、昨日と同じハインの向かいの幹に座ったまま、まだ少し寝ぼけている彼を見た。


 ハインはすぐさま目を見開くと体を勢いよく起こした。


 「寝ていたのか?」


 ハインは木の幹にもたれていたことによって少し寝癖がついてしまった後ろ髪に気づくと、気にするように髪を撫でた。


 「うん。ぐっすりと。疲れが溜まってたんですね」


 ふふ、と笑い、ピュセルはハインに近づき少し横に跳ねた髪をそっと押さえてあげた。


 (まだ少し子供っぽいなぁ)


 しかし、髪に伸ばした手はハインに手首を掴まれた。


 「……そうじゃない。お前は寝たのか」


 ハインは寝てしまったせいか少しばつが悪そうにピュセルを見つめた。


 森の中での野宿は、人からの追跡を妨げ易くなる一方、人以外の生き物がうじゃうじゃいるため誰か見張りが必要となる。


 (ふふふ。やっぱりそういうところは優しいなぁ)


 「寝てはないけど、大丈夫ですよ。私、三日くらい寝なくても大丈夫ですし。」


 安心させるように笑い、手首を掴んだままのハインの手を優しく解くとまた髪へ伸ばした。


 「ーーーだからといって、触っていいわけではない」


 ハインは無表情のまま冷たく言い放つと、ぺしっとピュセルの手を払った。


 (えぇーー)


 ピュセルは残念そうにハインを見ると、そのまま少し離れた木に腰掛けたーーーー今度は勢いよく座らないように。


 「取り敢えず、鹿が居そうなところでも探してみましょうか?」


 「ああ」


 ハインは木の幹から立ち上がった。




 





 (し〜〜ーっ)

 


 永遠と続く森の中を3時間ほど歩いて、ピュセルは口元に人差し指を押し当てた。


 ハインはその意味が分からなかったようで、冷めたような瞳でピュセルを見た後、そのまままた歩き始めた。


 ポキッとハインの足元で、小枝の折れる音がする。


 (こらっ!!)


 ピュセルは大きく目を見張って、ハインを肘で突いた後、自分達から少し離れた所にある地面を指さした。


 一昨日くらいに雨でも降ったのだろうか、森の地面の土は少し湿っていて、そのせいで少し曲がった小さいズッキーニが2つ並んでいるような足跡がくっきりと残っている。

 

 指差した先を見ても尚、ハインは『は?』とでも言いたそうな顔をした。


 (やっぱり……。だろうなぁ、と思ってたけど)


 ピュセルは考えてはいたが、気にしないようにしていた事が、今、最悪な形で明らかとなり、ハインから目を逸らした。


 目を逸らした後もハインは変わらず全く理解できないといった表情で見てくるので、仕方なく説明した。


 「あれは鹿の足跡ですよ。恐らく昨日くらいに通ったと思うから、この近くに鹿がいるかもしれない。」


 ピュセルは物音を立てないようゆっくりと近づき、ハインに耳打ちした。


 「あれが?」


 ハインはようやくピュセルの示す意味が分かり、驚いたようだった。


 「はい。結構、くっきりと残ってるから望み大です」


 ピュセルはゆっくりと歩きながら言った。

 

 「枝を踏みつけないよう、ゆっくり来てください。鹿が見えたら、私が合図します。そしたら、今度は三歩ずつ歩いて止まってください。見て覚えましょう。」


 





 そして、暫く息をするのも恐れるほどの緊張状態に包まれた後、茂みの前でピュセルは急に足を止め、後ろに続くハインを振り返った。


 ハインははそれを見てゆっくりとうなづいた。



 (鹿が1匹、2匹、3匹……)



 今回は取り敢えず1匹捕まえればいいので楽勝と思い、ピュセルは鞘から出した状態の薙刀を構える。


 ハインに片手を出してストップというサインを送り、茂みから一気に飛び出す。


 鹿はピュセルの出現に驚いたようにキャオっと一鳴きし、すぐさま反対方向へと走っていく。


 しかし、ピュセルの方が速い。ピュセルは角が冬場の氷柱のように鋭く尖った一匹に狙いを定め、首元を狙い迷いなく薙刀を下ろす。


 鹿はか細く鳴くと、ぱたりと地面に倒れた。


 首は胴から離れ、ころころと転がる。目は黒く虚ろに見えた。


 「来れます?」


 遠くの茂みに隠れたままのハインに優しく声をかける。


 ハインは恐る恐る茂みから顔を覗かせると、倒れている鹿を見て、暫し絶句していたようだが、何も無かったかのようにピュセルの元へ来た。


 (初めて見るのは少しきついよね。でも、これからはこうしていかないと、お互いに生きていけない。だから、今から慣れていくしかない。)


 ピュセルはハインの手が少し震えたのに気づき、何か言うべきか迷ったが気づかなかったふりをした。


 「あの鹿は別名、オパール・ディアーって呼ばれていますーーーといっても、私は本当の名を知らませんが。」ピュセルはハインとの距離をさらに詰め、倒れた鹿の角を指さした。「ーーーー彼の角はブラックコーヒーのような色で、陶器のように鈍く光っているでしょう?あれは磨くとオパールのように綺麗に輝くんです。」


 ピュセルは鹿の頭へと屈むと小さい小刀を出し、片方の手で角を握り、一筋しゅっ、と刀を振るうと角がぽとりと落ちた。


 「お前は何をやっているんだ?」


 もう今までの生き方とけじめをつけたのか声に震えはなく、ハインはピュセルと同じように屈み、手元を覗き込んだ。


 「資金調達です。スカビオサまで行くとなると必要になります。」


 ピュセルは一方の角を取ると、今度は隣のハインに短刀を手渡した。


 「どうやるんだ?」


 「なるべく断面が平らになるように刀を下ろして下さい。」


 ハインは短刀を握り、すぱっと勢いよく振り下ろした。


 角が少しの粗さもなく綺麗に切り離される。

 


 (……あれ?)



 ピュセルは少しの狂いもない完璧な断面を見て思った。

 



 (どうやら、ただのお坊ちゃんではないようだ)


 

 

 


 

 



 


 

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