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忘世の魔女  作者: 花天怜
6/11

一輪の花

 やっとファンタジー要素が出てきます(*´꒳`*)

 次の日になると、依然として傷口のある腹部をサラシで固定しているハインは、壁にもたれたまま腰に差していた金の鬱金香花(チューリップ)の装飾が美しく施されたレイピアの刀身を眺めていた。


 (売ったら何円だろう)


 「綺麗な剣ですね」


 「あぁ。」


 何円かは聞かずにピュセルが剣を見て褒めるも、ハインは沈んだ表情をしている。


 そして、思い詰めるように深く息を吸うと決意を込めた表情で言った。




 「……そろそろ出て行こうと思う。世話になった。」



 (もう出ていくのか……。でも、それもそうだよね)


 ハインの容態は良くない、しかし追われる身なのだ。そう長く止まっていてはやがて追っ手に見つかってしまうかも知れない。




 「あの。私も貴方の行く先に同行したいのですか」



 駄菓子菓子(だがしかし)、そこで踏み止まるピュセルではない。腕に覚えもあるし、護衛なしの貴族の子息(仮)一人よりは幾分か良いと思って提案したが、如何だろうか。流石に差し出がましかったかも知れない。


 (見ている限り、礼儀正しいし、どう考えても悪い事をする側とは思えないんだよね。でも、所詮一日側にいた程度で全く知らない訳だし。しかし、うーん、貴族の19歳くらいの少年が追っ手から一人で逃げるって、逆にどんな悪いことしたらそうなるの?)


 ハインはピュセルのその言葉を聞いて固まっているようだった。


 (万引き?駆け落ち?不純異性交流?流石にこの程度で殺されるほど追われるとは思わないし……。流石に貴族が万引きはないか。だとしたら、国費の横領?王妃の毒殺?やば、めっちゃ悪!!)


 ピュセルは自分の考えに驚いて、戦慄いた。


 (いずれにせよ、如何したらこんな年端も行かぬ少年がするんだよ……いや、王妃との不倫だったら有り得る?)


 もし、ハインがピュセルの心の内を聴けたのならば間違えなく卒倒していただろう。





 「………本気?」



 ピュセルの心の内を知らないハインはありえないと言うように、呆然として呟いた。




 「私は本気じゃないと言いません。」



 ピュセルはその言葉に応えるように、彼の眼差しをしっかりと受け止めた。ピュセルは意味のない嘘などつかない。


 「知っていると思うが、王都は今荒れている。……私について行くと、煙どころか炎の渦中に行くのと同じだ。」


 ハインは真摯に見つめた。彼はこんな時も相手の事を思っている。


 (えぇっ、そうなの?それは初耳)


 ピュセルは全くこの国の都がそのような自体である事など知らなかったが、格好が付かないのでさも知っているかのように緩慢に頷いた。


 「うん。だからこそ、あなたを助けよう。僕は自分の勘で、貴方は善い人だと思ったから助ける。これは誰かに強制されたものではないし、禁制されるものでもない。」


 ピュセルは一輪の花が咲いたように笑った。





 「僕は貴方を信じるよ。」




 (罪なき少年の一人も守れなくて何が英雄だ)















 (うわぁ、本当に都が荒れてる…)



 ピュセルは国境沿いの山の上から王都を見下ろし、あちこちで火の手が上がっているのを見て思わずのけぞった。


 夕焼け色に染まった陽よりも紅く、留まることを知らずにめらめらと燃える炎は、燻煙(くんえん)を撒き散らすように吐き出しながら人や建物を飲み込んで行く。


 (あれだと、他の建物にも移るだろうに。まぁ、それが狙いなんだろうけど)


 ピュセルは苦虫をかみつぶすような表情をした。


 (貴族の屋敷の火事に合わせて、街の至る所に放火してるのはなぁ。王宮の方には火柱が立ってないって事は、現段階では貴族の派閥争いだよね。貴族の派閥争いに民を巻き込むな!)

 

 貴族が揺れると民も揺れる。貴族同士で争えば、民同士の争いも増えるのだ。だから、貴族は仲良くするべきだーー無理な話ではあるが。


 


 「良かった…。知らずに王都に行ってたら、まるこげになる所でした。ありがとうございます。」


 (本当に酷いな……。前世の戦争もこんなものだったな)


 ピュセルは想像よりも酷い惨状を見て、思わず礼を言うと隣で同じように王都を見下ろしているハインを見つめた。


 しかし、ハインはそれには応えず、王都のある一点を見て顔を歪めた。






 「っっーーーーっ。」





 拳をきつく握り、唇は何かに耐えるように強く噛みしめられていた。




 (ハイン様……)



 きっと自分の家に良くないことがあったのだろう。ピュセルはそれを見て、ゆっくりと彼から離れて、彼の背中越しに遠くから王都を眺めた。

 



 (争いなんてなければいいのに)




 誰もがそう願うが、結局誰もがそれを叶えることが出来なかった。だから、いくら戦争を人類が後悔してもまた繰り返す。


 (しかし、今の時代はまだいいかも知れない。この先の戦いに比べ、争いたいものが自ら最前に立つ。)


 民には戦わせ、自分は一人別荘でシャンパン片手にまったり、だなんて事がまだ今はあたり前ではない。貴族は民に示すため、先頭に立ち指揮を払う。



 (それに、国同士の争いが少ない。)


 魔物と呼ばれる獣たちが国境より外側を中心に棲みついているので、国家間で争うにはまず獣たちを排除する必要があるのだ。






 



   (ーー何をっ!?ーー)




 再びハインを見ると、刹那、彼は地面に片膝をついた。そして、長い銀髪を括ったまま肩まで伸びた紅布を咥え、その口元を手で覆った。


 一陣の強い風が二人を通り過ぎる。


 ーーーー口から垂れた紅い布は風にはためき、まるで血のようにどくどくと流れ動き、見えない何かを前に罪を悔い、命を代償として捧げ祈っているよう。



 (ーーーーぁーーあ、っっっ)

 


 ピュセルにとっては、見慣れない不思議な動作だったはずが、何故かどこか胸に来るものがある。




 「ーーーー無事を」


 ハインは布に口付けたまま、小さくつぶやいた。



 その言葉で、ピュセルはそのどこか神秘的にも自己犠牲的にも見えるハインの姿から意識を戻される。


 (取り敢えず、こんな事があってはならないんだよ。)



 ハインの身長に対して小さく見える背中を見て、ピュセルも静かに瞳を閉じ、顔も知らぬ皆の無事を祈った。

















 「思ったより危なくありませんでしたね。」


 二人で国を出た後、ピュセルはやっと一息ついた。


 国境の外は只々森が広がっていた。日は完全に落ちきり、明かりは偶に上から伸びてくる月光のみで、足下は勿論、前を進むハインの姿さえ偶に見えなくなる。


 ハインは忘世の森には踏み込まないよう、上手く沿って歩いていた。忘世の森の中で当たり前のように暮らしていたピュセルからしてみればどこか可笑しく感じる。

 

 国境の外は()()()()()()()。つまりーーーピュセルの生きてた星では考えられないのだが、この星には人が統治していない土地が多分にある。そして、それは全陸の半分を占めている。

 

 人が統治しない場所は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうせんばっこ)する、と言わんばかりに様々な生物が闊歩しておりとても危ない。国内にも生物はいるのだが、それはそこまで凶暴ではない。


 ーーーという具合に、この星では人間以外の生物が他の星よりも強い。といっても、別にそれは全宇宙としては珍しいことではない。

 

 「ーーあぁ。」


 ハインもピュセルと同じように先程より幾分か落ち着いた様子で言った。


 ハインも散々追われていたようだが、各家の弾圧の方に力を入れていたようで、思ったよりもすいすい上手く逃げれた気がするーーーーー、といってもピュセルは国外に出る最後の手助けをした分だが。これからである。



 「この先、ハイン様は如何しますか?」


 「取り敢えず、スカビオサに行こうと思う。」


 スカビオサ、この星随一の大国で、ここからだと2番目に近い国である。広いし、逃亡にはもってこいだろう。


 「うわぁ。きっと街はすごく煌びやかでしょうね。楽しみ。」


 ピュセルは思っていた通りの回答で束の間の安堵、それからハインを安心させるためにも嬉々として言った。





 ーーそうだ。旅はこれからなのである。


 



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