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忘世の魔女  作者: 花天怜
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一樹の陰一河の流れ

 (や、やっと森の終わりが見えて来た‥)




 ピュセルはどくんどくんと昂る心臓を落ち着かせるよう心臓に手を当て、息を震わせて吐いた後、今度はそれをすぅっと吸い込む。

 

 およそ一ヶ月と半月ほど、西へ西へと方位磁針のみを頼りに薄暗い森を一人で歩き続けたのだ。余程のポジティブマシンガンーーーそんな風に言うのかは分からないが、ーーでない限り、気持ちも陰鬱(いんうつ)としてしまう。



 (‥‥父さん。もう会えないかもしれないけど)

 


 ピュセルは土で汚れたズボンをぎゅっと強く握った。


 それでも、見渡す限り黒く(うごめ)く化け物の体内のようなところから(ようや)く天からの祝福の如く光が射したのだ。思わず足取りも軽いーーーはずだ。そうでなくてはいけない。


 ピュセルは少し震えそうになる手に気づかないふりをして、一生懸命これからのことを考えた。


 (人に会ったら、まずなんて声を掛けよう。おはよう?こんにちは?いい天気ですね?‥‥ふふ。久々に沢山の人に会うから、思わず何回も鏡の前で練習してしたけど、流石に噛まずに言えるかな。)


 自分でも笑ってしまうくらい、まるで小学生に上がる幼稚園児のようなことを考えてしまった。しかし、ピュセルは生まれ変わった10年という結構な長い年月の間で、父以外の人間と会った事がないし、見たこともない。この暗い森の奥深くで、俗世から隔絶されるように二人だけで暮らして来たのだ。そう考えてしまっても仕方がないだろう。

 



 (‥‥あんなにも待ち望んだ光が今はすぐ目の前にある。)

 



 誰にも見られていない事をいい事に、自分を鼓舞するよう、スキップをして木の枝を小気味良くポキポキ踏み鳴らしながら、ピュセルは光のもとへと舞い降りた。


 ーーーもし、今の姿を前世の友人にでも見られていたら、数日は顔を背けながら話をしていた事だろう。














 「小さな家々の集まりがあっちこっちに見える‥‥。

きっとあれが村なんだ。」




 (世界が広い、明るい‥‥‥)




 ピュセルは、眼前に広がる青青と茂った広大な草原の中に、茶や灰色の石レンガでできた、人の住む家たちを見つけ、割れんばかりに大きな目を更に大きくさせきらきらと輝かせながら、呼吸困難を起こしそうなほど息を大きく吸い込みそう言った。

 

 久しぶりに会った太陽は、再会を喜ぶようにピュセルを暖かく照らしてくれる。

 

 (一人で外の世界に出るだなんて、心配も大きかったけど、やっぱり出てきてよかった。この旅は必ず私にとって人生を変える経験となる。)

 

 ピュセルは小高い丘から米粒にしか見えない遠くの村を見つめたまま、ごくりと唾を飲み込み、強く拳を握る。


 その時にはもうすでに、父への哀愁は消え、ただ目の前に広がる大地しか目に映らなくなっていた。


 

 今は、着ている衣も土だらけで方位磁針と得物(武器)以外何も持っていないけれど、いつかは、ーーいつかは大切な知己を見つけ、共に旅をして世界の広さをこの目で見てやるのだ。旅の前にそう決意したのだ。何も恐れるものはない。

 



 ーーピュセルは自身のチャームポイントである目が隠れるほどフードを深く被った。


 








 






 「よっと‥‥‥」


 少し隆起のあるぼこぼこした草道。


 森を出てからピュセルは一時ほど歩き続けた。森を抜けてからも、最も近い村でもまだ半日ほどかかるのではないか、と思うほど距離は遠い。

 

 だが、現実主義者という面をもつ一方で、ピュセルは必ず来る楽しみを待っている時が一番楽しいのだ、という思考も持ち合わせているので、全くそんな些細なことではへこたれなんてしない。

  

 (あぁ、もうすぐ。もうすぐ、やっと、人に会える)


 むしろ、このまま永遠に時が止まってもいいとすら思えた。

 



  そんな、悪夢を今でもたまに見るようなピュセルとは思えないほど、新しい空気は人を変える効果をもち、ピュセルは一人、鼻歌を口ずさみたいのをなんとか堪えた。


 すると、道すら無く雑草のみが旅人をお出迎えするような草原の真ん中に、何かこげ茶の、ピュセルほどの大きさのものが横たわっているのが、見えた気がした。

 


 (熊かな‥、何かあっても対処は出来るけど、なるべく起こしたくない相手だな。)

 


 そう思い、30メートルほど離れ、足音を立てないよう、そろりそろりと歩く。


 ちょうど通り過ぎようとした時にちらりと振り返ると、それが本当は何であったか気づいた。


 (なんで、こんなところに人が?)


 はやる気持ちを抑えながら、雑草をかき分けてその人に近づいていく。


 彼は、仕立ての良さそうなリンネルの生地の、膝上までかかる長さのトップスに、丈の長いズボンを履いていた。

 

 茶色いフードの中から、彼の銀の髪がさらさらと日のもとへとこぼれ落ちた。だが、依然として、長いまつ毛に縁取られた瞼は閉じられたままだ。


 そこで、取り敢えず彼を起こそうと彼の肩に手を置こうとしたーーーが、彼の腹部から赤黒い染みが広がっているのを見た。






 「ーーーーーっ!?」




 (ーーーこの人、怪我してる!?ーーーだが、息はある。)



 急いで服をまくると、そこには生々しい傷が薄くぱっくり開いていた。これはおそらく弓が刺さった傷だ。おそらく逃げている最中で矢を受け、その矢を抜き血を抑えながら森に入ろうとする途中で倒れたのだろう。

 

 (人に早く会いたいと思っていたし、人を助けたいとも思っていたが、まさか最初に出会った人が殺されかけている人とは思わなかったよ。)


 ピュセルは内心驚きながらも、手慣れた様子で、腹部を巻くための布と傷によく効く粉末状の薬を鞄から取り出した。



 (痛いけど我慢して。)



 そう心の中でつぶやくと傷口に黄土色の粉を当てた。それを使うと貴重な薬があと二つしか残らないのだが、人の命に腹は代えられない。

 

 彼は気絶してはいるが、まだ痛覚とかは繋がっているようで、苦痛に顔を歪ませた。

 

 (汗をかいている。)

 

 それもそうだ。腹をぐさっと矢で刺されたまま放置していたんだ。熱はないようだが、疲労の蓄積もあり、倒れたのだろう。

 

 (一体、何があったのだろう…‥…こんなにも若いのに命を狙われるだなんて)


 ピュセルは前世を思い返しながら、首を振る。


 (いや、どんなに若くても、命ある限り、人はいつか死んでしまう)


 少し土で汚れた手で、汗ばんだ彼の陶器のような肌を優しく撫でた。


 (俗に塗れたくだらない個人間の怨恨は、これ以上ないほどの笑顔で『遠慮申し上げます!』って言いたいところだけど、さすがにそれで死にそうな人は放っては置けないよね。)


 「………貴方が少しでも早く良くなれますように、」


 きっとただではいられないだろうこれからに、少しの焦りと興奮を胸に感じながら、まだ瞳を閉じたままの彼を穏やかな瞳で見つめたーーー




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