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忘世の魔女  作者: 花天怜
3/11

 グルメ小説っぽい事は、後数話は先になります。暫しお待ちを(^^)

 気づかってくれた父の言葉に甘えて一人家に戻ったピュセルは、暖炉に火を焚べながら、この身に生まれ変わった時から考え続けている事を今一度考える。


 (今世で記憶があるのは7歳からで、気づいた頃にはレニシャリゼという違う記憶が体にあった。)

 

 新たに薪を加えると、炎はぱちぱちと音を立ててピュセルの頬を照らし、木炭特有の香りが鼻孔をくすぐる。




   (一体、誰が、何のために。)




 自慢ではないが、ピュセルは前世で指揮官として自分の星を勝利に導き、英雄と称されていた時期もあった。だから、ピュセルの死後に、ピュセルの名を知った何者かが甦らせても不思議ではないのかもしれないが。


 (だとして、何故幼い年齢から再び人生を始めさせるの?)


 もし、これが何か目的を持つものだとしたら、ピュセルが大人になってからの方が都合がいいだろう。時代も星も全く分からない世界に転生させる事ができるのだ。成長させることなら尚更容易い。


 じんわりと体が暖まった来たところで、ピュセルは立ち上がり、台所へ向かう。


 (それに、他にも不思議な点がある。確かに、私は英雄として歴史に名が残っているかも知れないけど、司令官としてはもっと腕の立つ者が他にいるはず。わざわざ私を選ぶ理由なんてない。)


 ピュセルは元々自分の星で初めて敵の星まで辿り着く戦闘機を作った科学者である。しかし、科学者としても、敵の無人機の技術を盗んで改良しただけに過ぎず、どちらかと言えばプログラマーに近い。暖炉に薪を焚べるような時代でプログラマーが何の役に立つと言うのか。


 それなら逆に、なんの政治的意味も策略もなく、ピュセルに恨みを持った人物が、ピュセルの混乱を招くため、こんな訳の分からない地に転送させたと言った方がすっきりするが、そもそもピュセルの故郷の星は、本人の意志があった場合であっても時代転送は御法度だった。

 生前までいた方の星はどうか知らないが、そもそもそんな科学技術自体が無かっただろう。


 ピュセルは答えの見えない疑問にため息をつくと、今朝、家の外にある畑から収穫して水に浸してあった、アスパラガス、人参と玉葱を木で作られた板の上に並べた。


 アスパラガスは色は綺麗な若草色をしているが、残念ながら少し硬くなっていて、見ると穂先もあまりしまっていなくて、今年は失敗かもしれない。

 

 しかし、人参と玉葱はいい具合に育ったので良しとする。


 ピュセルは一定のリズムでトントンと包丁を下ろしながら考える。




 (普通に考えて、一番疑うべきは父さんだろう。ここは隔絶された場所なのか生まれてこの方、父さん以外の人間と出会った事はなく、また、父さんが何故ここに一人で暮らしているのかも少し不思議に思う点がある。)




 野菜を切り終わり、ずっと愛用されて少し傷のある黒い鍋に、今度はバケツを傾けて、川から汲んできた透き通った水を注ぐ。


 ジャバジャバとバケツの半分まで注いだら、それを先程の暖炉まで、水を溢さないように慎重に運ぶ。


 (しかし、町を離れて一人森の中暮らすのはよくあること。居ないわけではない。それに、もし彼が召喚者だとしたら、不可解な点がいくつもある。)

 

 燃えている薪を少し手前に持ってきて、その少し上に鍋を金具にかけて浮かせる。

 




 (一つ、彼は私の前世のことについて無理に尋ねようとしない。

 二つ、目的をこの10年経っても尚話さない。

 三つ、彼のような人とは過去に何の接点もない。)




 ピュセルは再びふぅと息を吐くと、お湯が沸騰するまでの間に他の調理をしようと立ち上がり、思い直すように軽い足取りで台所へと戻った。

 


 「まぁ、考えても仕方ないよね。」


 (どちらにしても、相手が接触しない限り私には分からない。結局のところ、10年考え続けても答えは出なかった。それなら、気長に何も臆することなく待つのが一番。)


 ピュセルは、自分が生まれ変わった事について考えるのをやめ、父と暮らした10年を振り返った。そうすると、心から体の芯へ向かって温かい熱が広がっていくのを感じる。



 (結局、父さんは、10年一緒に過ごしてもよく分からない人だったなぁ)


 思わずくすりと笑う。


 生まれ変わって最初の1年間くらいは、父にレニシャリゼとの入れ代わりにバレないものかとひやひやしたが、全くバレる気配はなかった。なぜなら、レニシャリゼの見た目は私の昔の10年を追うようにそっくりであるし、何故だかは分からないが、私の体にはレニシャリゼの7歳までの記憶があり、自然とレニシャリゼとしての行動が思い浮かんでくる。


 

 元のレニシャリゼの魂はどこへ行ったのだろうかと思うが、確かに私の中にレニシャリゼの記憶がある。これはとても不思議な事で、同じような体をもつ私たちの魂が何かの弾みでぶつかり、一つになってしまったのか。もしくは、レニシャリゼが突然、私としての記憶を思い出したのか。


 (悪夢を見る事については心配してくれるけど、勉強以外は父さん放任主義だしなー。今思えば、そこまで入れ替わりがバレないか怯えなくても良かった気がする)


 遊びとか子供らしい世話は全くされたことはなかったけど、中身が三十数歳で子供と同じことをしろと言われても無理があるから、父には感謝してる。

 それに、父と寝室が違うので、あまり父の前で悪夢を見ることはなかったが、昼間にその辺でうたた寝していると必ず起こしてくれるから、そのときは最後まで見なくてよかったし、沢山の国の言葉や狩の仕方も教えてくれた。

 今の本の価値がどれくらい高いのかは分からないが、家の東にある部屋の本棚には、御伽話から動物図鑑や歴史書まで、総100冊余りの本が置いてあり、父がいつもどこかに出掛けている間はいつもそれらを繰り返し読んでいた。

 

 (そういえば、父さんがいつもどこで何をしに外へ出掛けているのかも分からず仕舞いだったな)


 今更、父がどこでなにをしているのか聞くのも不自然だし、聞かれてもあの父なら誤魔化しそうだと思いながら、今までの父への失敗した調査の数々を思い出した。


 尾行して気づかれると向かう先が危ないからって帰されたし、気づかれず尾行したとしてもーーー本当は気づいていたかもしれないがーーー、森にいる野獣と戦っている内に毎度父を見失うのだ。


 父は凄く強い。私も結構強くなったと思うが、それでも父ほどは強くない。


 (高い言語力に、豊富な知識、強靭な戦闘力。娘と暮らすまで、一体何をしていたんだろう。)









  他の食材の下ごしらえも終わったところで、そろそろお湯が沸騰した頃合いだ、とピュセルは切った野菜を木の板から陶器の皿に移し、暖炉へと向かった。




 「ただいま。」


 リビングには優しく微笑む父がいて、ちょうど帰ってきたところだったようだ。


 「おかえりなさい。父さん。」


 ピュセルも彼へ微笑むと少し早足で鍋へ野菜を入れた。思った通り、鍋はもう沸騰していた。

 

 「もうすぐスープができるよ。まだ15分はかかるけど。その前に、温かいミルクでも飲む?」


 ピュセルは彼を振り返っていった。


 「いや、いいよ。僕はそんなに寒くないから。それより、君の椅子は良くなった?」


 「うん。おかげさまで。ずっとぐらぐらしてて座り心地が悪かったけど。もう大丈夫。」


 「そう、それならよかった。」


 彼はそう言い、暖炉の方へと歩いた。


 











 (しばら)く暖炉の前に手をかざした後、ピュセルに背を向けたまま父は(おもむ)ろに言った。

 




 「‥‥本当にここを出るつもりなのか?」




 ピュセルは少し息をのむと、吐き出すようにゆっくりと言った。

 


 「‥‥うん。」



 (そうだよ)



 ピュセルは明後日にはここを出て、行く当てのない旅に出る。霖雨蒼生さながらに、道行く人を助けながら世界を回りたいという、かつて英雄であり、最近は見た目の年齢に引かれているものの40年も生きているとは思えないなんとも不確かな動機である。


 「そうか‥‥。」


 父はそう呟くと、何事もなかったようにゆっくりと振り返り、いつものように優しく笑った。そうだ、父は口数こそ少ないが、いつも優しく私に笑いかけてくれる。





 「お前と居れるのも、あと少し。ーーーまた怖い夢でも見たらすぐに帰ってきなさい。いつまでも待ってあげるから。」







 「ーーーうん。」




 ああ。この人を疑いたくはない。この人の愛を信じたい。






 (もし私に目的をかくしたまま故意に転生させた人がいるとしたら、その人は趣味がいいとは言えない‥‥。一番良いのはこの転生が、何者によるものでもない何かのエラーであった時なんだけど。)






 「リゼ。ありがとう。」





 父は瞳いっぱいの愛しみを込めてピュセルを抱きしめた。ピュセルもそれを倍にして応えるように抱き着く。


 暖炉の炎で暖められた彼はとても暖かかった。

 





 ーーーレニシャリゼ。父がつけてくれた今世の名。



 私は何があってもその名を忘れる事はないだろう。

 




 

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