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忘世の魔女  作者: 花天怜
2/11

お父さん

  

 目が覚めると、そこは全く見覚えのない景色が広がっていた。


 見慣れないはずなのにどこか温かみのある、壁も床も天井も見渡す限り全面、太く逞しい木で出来たログハウス。

 同じように木で造られた2人分の椅子と、2人分の豪勢な食事を並べるだけの余裕を持ったテーブル。

 そのテーブルの上方には、陽の光のように()()を優しく照らす、花瓶を反対に吊るしたような形のランプ。

 機械らしい製品が一つも見当たらない部屋は、ーーーもしかしたら、前時代の家具に似せた造りなのかもしれないがーーー生まれ故郷の星よりも、文明の遅れた生前までいた星より、さらに文明が遅れているように見える。


 そして、なにより目の前には、全く見覚えのない、私より10歳くらい年上の男性が私の目の前に立って、私に話しかけていた。


 「ーーーだから、レニシャリゼ。外には勝手に出て行かないこと。」


 彼は私に合わせるように腰を屈めて、子供に諭すように柔らかい口調で話しかける。


 (腰を屈めて?子供に諭す?)


 私の頭の中は全くといっていいほど混乱しかしてなかったが、その冴えない頭とは裏腹に口から勝手に言葉がこぼれた。


 「………はーい、、。分かったよ。お父さん」


 言葉の意味と真逆で、全く理解していないような声色で話す私の声は、今の私では考えられないほど、幼く頼りなさげなものだった。


 その言葉を聞いて、無表情ながらに満足した様子のレニシャリゼの父親らしき人物は、私に近づき腕をそっと私の頭へ伸ばした。


 思わず私は()()()()と思って目をぎゅっと瞑ったが、痛さとは別の、頭に優しい感触がして、頭を撫でられているのだと気づいた。


 何でだろう。私はなぜかなにか胸に込み上げてくるような。胸が苦しいのに、それと同時に苦しみとは別の感情が生まれている気がして、知らず知らずに涙を流していた。


 子供がいきなり頭を撫でただけで泣いたら普通は困惑するだろうに、その私の父親らしき人は、ただ優しく、少し顔に笑みを浮かべて私を見るだけだった。


 やがて、私の涙が落ち着くと、父は壊れ物に触れるように優しく眦を拭いて言った。


 「少し顔を洗ってきなさい。ご飯はそれからにするから。」


 私は慌てて、顔を手で覆うと寝室にある鏡の方へ向かった。私が鏡の場所が分からなくても、体が鏡の場所を覚えているようだった。

 

 寝室の隅の鏡台の前にある背もたれのない椅子に、やっとの思いで登って、ランプの光を少しだけ反射してきらきらと光る面を覗き込むと、


  ーーーそこには、7歳くらいの小さい子供の姿があった。


 (は、はぁぁああーー?)


 ーーー否、私が7歳くらいの頃の姿が、そのまま生写しのように鏡の中で驚いた表情のまま揺らめいているのである。

 

 思わず、鏡台にへばりついて椅子から落っこちそうになりながらも、自分の顔をたっぷり3分ほど眺めた後、鏡から一旦目を離して、たっぷり深呼吸を何度か繰り返して、もう一度鏡を見た。


 やっぱり、7歳の時の自分の姿である。


 少し冷静になってきた頭で、自分の顔を再度じっくり眺めながら、幼女には似つかわしくない、拳の上に顎を乗せるポーズで考える。


 (少し顔を洗ってきなさいって言われたから、子供らしくはしたなく顔をくちゃくちゃにして泣いたのかと思ったけど、全然瞼も腫れてないし、むしろ少しも泣いた後すらないじゃない)


 現状はよく把握できていないが、自分がとても久しぶりに泣いたことに気づいた。三十数年の人生で一番最後に泣いたのはいつだったかもう思い出せれない。というか、私は本当にさっき泣いていたのだろうか。


 考えれば考える程、意味のわからない事でいっぱいだが、


 「ーーまあ、いっか。」


 と、私は大きく一息ついた。


 いきなりレニシャリゼという人物に成り代わった事も、よくわからない地に飛ばされたことも、分からない事だらけだが、なぜか無性にすっきりとした晴れやかな気持ちになっていたのだ。

 

 (どうせ、病気で死んだ前世だ。終わった前世にはもう何の未練も執念もない。)


 ーー新しい人生、一から頑張っていこう。


 そう決意して、ピュセルはちっちゃい拳を天に向かって突き伸ばして、にやりと幼女らしくない笑みを浮かべたのであった。

 











 それから、早10年が経つ。




「ーーっ、ぅああ、ーーーーっ」

   


  「ーーーかっ。おい、目を覚ませ。」




 一切の光のない暗く澱よどんだ泥沼の中、光を纏まとった低いーーーけど、私を想う温かい声が聞こえた。それは波紋のように泥沼に広がり、光をきらきらと撒まき散らしながら少しずつ染み渡っていく。


 ピュセルはゆっくりと瞼を開ける。ーー目を開けた先が、また悪夢ではないことを祈って。

 

 しかし、それは杞憂で終わる。




 (……良かった。あれは今の私ではなかった……。)



 眼前には、ピュセルの今の大切な場所があった。




 所々、蔦つたが中へ顔を出している石壁でできた、上がぽっかり空いた廃墟のような建物。

 鮮やかな青に染まった、可愛らしい小ぶりの花は一面に咲き乱れ。

 聖歌の様な鳥の囀さえずりは、桃源郷を思わせる。

 そして、純粋に透き通った青空は、戦闘機一つない。




 「はぁ、はぁはぁ…‥ぁあ。」

 


 夢の中で荒くなっていた呼吸を抑えながらピュセルは、木にもたれたまま眠ってしまっていた己の隣に座る彼を見た。


 ピュセルは自分が17歳だった時と同じサイズの服を着こなせるようになったが、回数は減ったものの、半年に2回ほどは前世と同じ悪夢を寸分違わず見続ける。


 「また、悪夢を見たのか。」


 そういう彼は、急いていたのか少し癖のある栗毛色の髪があちこち跳ねていて。安心させるために繋いでくれたであろう手も、少し湿っていた。


 ピュセルは少し伺うように、不安そうに揺れる橄欖オリーブ色の父の瞳を見つめて、嘆息した。


 (ああ、世界が変わった今でも過去に囚われ続ける自分に嫌気がさす)

 

 「ーーー父さん。‥‥‥うん。」


 ピュセルはゆっくりと頷うなずくと、居心地悪そうに俯いた。


 (心配させてごめん)


 彼はピュセルの答えを聞くと、ふぅと軽く息を吐き、自分が着ていたコートを脱いで、ちょうど体を起こしたピュセルに被せた。


 (暖かい……)

 

 「‥‥季節は春だけど、薄着で寝るのはお腹を冷やしやすい。中に入って暖まりなさい。狩の片付けはしておくから。」


 特に夢の内容について聞くこともなく、父は少し離れた木の下に横たわっている大きな角が生えた2頭の鹿を見て言った。

 「ありがとう、父さん。」


 (今は父さんに甘えよう)


 ピュセルは心の中で頭を振り払い、夢でのことは忘れようと言い聞かせる。


 そして、父に弱ったように微笑むと、すぐ隣に置かれているーーまだ血のついまたままの薙刀を持って建物に戻ることにした。

 


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