メットヴルスト(グルメ)
評価、ブックマーク等してくださった方ありがとうございます!
今回はグルメ回です!
「ハインはこういう街っ子行きつけの処でお食事とかしたことあります?」
ピュセルは自分が薦めて入ったレストランのテーブルの椅子を引きながら、真向かいに座ろうとするハインを見る。
「自国ならば、街自体には行った事は何度かあるが、こういう地元の人が入るような店に入るのは今回が初めてだ」
ハインもピュセルと同じように自分の方に寄せるように椅子をギィーと鳴らした。
椅子の引き方自体も大した差はない筈なのに、何故か周りの人と違う気がする。
ハインは流石名家の息子、と言った風に、初めてのものばかりでも、ちっとも周りをきょろきょろ見渡したりせず余裕のある目線の動かし方をしている。
ピュセルもなるべくじろじろ周りを見ないようにしているが、それでも街を歩く時などはいつのまにか見慣れない街並みに目を奪われてどこかで勝手に足を止めてしまったりするので、純粋に貴族然としたハインは凄く感じる。
ピュセルは不審に見られない程度にゆっくりと店内を見渡すと、黒い看板にメニューが白字で綴られているのがみえた。
『ヴァイスヴルスト、ブラートヴルスト、フランクフルター・ヴルスト、カリー・ヴルスト』‥‥‥‥。
(ヴルストって、ハーブなどで味付けした燻製されたソーセージのことだよね?)
メニュー表を見て、ピュセルは途端に感情を削ぎ落としたような表情になった。
(確かに、店の前の通りにはヴルストの大きな立て札があったけど、まさか他の肉料理はないなんて。)
そして、ハインを恐る恐る見る。
(あんまり、貴族の人がヴルストを食べているイメージないけど、、食べれるかな?)
「どうやら‥‥‥メニューはヴルストしかないみたいですね」
あははは、とでもいうようにピュセルは乾いた笑みを浮かべつつ、ハインの表情を伺った。
(い、嫌、だったかなぁ)
「‥‥‥‥‥」
ハインもメニュー表を見てその事実に気づくと、ただでさえ無表情である顔から更に表情というものを削り落としたような顔をした。
「別になんでもいい」
冷たいが、決して引き離すような事は言わずにハインは嘆息した。
(ハイン‥‥。)
ピュセルはハインの優しさに目を輝かせた。
ハインは、過度に感動した様子を見せるピュセルに、少し気まずくなりそっぽを向いた。
そこまで優しさが試されるような事ではないのに、それだけで大層すごいみたいな反応をされると、まるで自分がいつも優しくない人みたいじゃないか、と思ってしまう。
表情の起伏に乏しいハインには珍しく、むすっと少し不貞腐れたかのように眉間に皺を寄せた。
「で、ピュセルは決まったのか?」
ハインはピュセルに目を合わせず、メニュー表を見つめた。
「私、こんな色々と名前のついたヴルスト食べるの初めてなんですよ。店内の看板に書かれたメニュー表に、それぞれ絵がついてなければ、全く違いも分かりませんでした。」
ピュセルはあっけらかんとした口調で、えへへと笑って、どこかすっとんきょんに見える、変に曲がった子供の絵のようなヴルストを指指した。
「ハインと同じのを」
自分で店に入ったのに品がわからないとは‥‥。これには流石にハインも呆れてしまった。
そして、2人はウェイターのおばさんにメットヴルストというのを頼んで、暫し待つ事にした。
「ひ、一人1000ユル‥‥‥。ヴルストがこんなに高いだなんて」
ピュセルは思っていたよりソーセージが高いことに驚き、冷や汗が出た。まるで死の宣告を受けたかのように顔面蒼白で、財布の中身を必死に数えている。
「それほど必死に札束を何度も確認せずとも、先程の鹿の角の代金から今回のを引いて一万七千ユルしか残っていないのは確実だろう。」
ハインはピュセルに冷たく思われていた事に少し不貞腐れて、どさくさに紛れて一番高いソーセージを頼んでいたのだが、それは鉄仮面の下に隠れてピュセルには見えない。
それから10分くらいが経過し、注文した品は思ったよりも早く、すぐに来た。
「パンに塗ってくれ」と、ハインが注文に付け足した通りに、こんがりときつね色に焼けたフランスパンが、注文を聞いたおばさんのもと、細工のない無難な白いプレートで席まで運ばれる。
クリーミーなバターがパンの上にとろけ、さらにその上に何か見慣れぬものが載っていた。これが、メット何ちゃらなのだろうか。
ピュセルは思わず喉を鳴らして、自分の目の前に置かれたものを見た。
メットヴルストなるものは、熟れた朱色の"マグロの大トロ"ーーー前世で好きだったーーのような見た目をしていた。脂の乗った身を天井に吊るされたランプの灯りに照らされ、きらきらとした光を纏っている。程よくほぐれてごろごろとしたその身を、パンからこぼれ落ちるほど乗っけており、口の中にそのまま入れると溢れてしまいそうだ。
ピュセルはハインをチラリと見る。
ハインは大して何も思っていないようで、ナイフを右手にフォークを左手に持ち、天井から糸で引っ張られているかのように背筋をぴんと張ったまま、上品に切り分けていた。
ピュセルもハインと同じようにナイフを持つが、綺麗に聳そびえ立つ山を崩すのが惜しくて中々切り分けれなかった。どうせ、胃の中に消えるのだが、どうしても勿体無く感じてしまうのだ。
「私、ヴルストって羊の皮でくるまれてじっくり焦がしたものを想像していましたよ。生のものがあるなんて知りませんでした」
「確かに。一般的なヴルストというよりも生ハムの方がまだ近い」
ハインもナイフとフォークを持つ手を止めて、表情を緩めた。最近、ふと優しい表情を時々するようになったと感じる。
ピュセルは勇気を出して切り分けた。フランスパンがカリカリしていて硬いのでナイフで力強く切り分けると、やはり、身がこぼれてしまった。
皿に落ちてしまった分を切り分けたものに乗せて、それを口に運ぶ。
途端、口の中で肉がほろほろと崩れて解け、焦げたバターが口の中でジュワーッと広がる。
(美味しいっ。ーーーそれにしても、やっぱ生ハムというよりも前世で遺骨を埋めた星で言う"マグロ"だな。)
ピュセルは食べる前に思った事を改めて思った。
食べ物とはみんな、食べる前にその物の形状や色素から味がわかる物なのだろうか。緑の葉菜類は食べる前から苦そうだな、と分かるように。
(人もそうだ。話す前から見た目である程度人の印象を決めてしまう)
ピュセルは食べ物の話のはずが、人間にまで話が広がってしまい、考えすぎだと頭が痛くなる。いつも、変な所で気づかなくてもいいことに気づいてしまう。
(はあ……。自分の見た目が周りの人と違うらしいと実感したせいかな。私の姿は前世のまんまなんだけど。あーやだやだ)
いつの間にか咀嚼そしゃくし終わって空いた口に、気を取り直すようにまた一口口に含んだ。
魚独特の生っぽい臭みはないが、やはりマグロのようにすこし甘い味がする。噛むたび、鼻から爽やかな香りが抜ける。
「これを食べ終わったら、隣の店で国を出た後用の保存食を買おう。スカビオサ国の領域まで十日以上かかる」
そういうハインはもう既に後二口くらいしか皿に残っていなかった。
(すごく上品に食べるのに、食べるのがすごく早いんだよなぁ。そういうの羨ましい)
ピュセルはまだ四口分ほど残ったプレートを見てため息をついたが、そもそもピュセルが食べるのが遅いのは、変に芸術を意識して食べ始めるのか遅れたせいである。
ハインは食べ終わると口元を布巾で軽く拭った。
ピュセルはというと、あと口に入っているもので最後である。
ピュセルが、最初にゆっくりと食べていたのが嘘のように黙々と咀嚼のみを繰り返してるのを見て、ハインは「ふっ」
と口元を緩めた。
「そんなに焦らなくてもいい。これからはあまり街に寄らずに行くつもりなんだ。だから、ゆっくり味わえ」
街に寄るのは危ないからーーーーー。言外にそれが含まれる。
ピュセルは口に食べ物を含んで何も喋れず、首を縦に振って頷いた。
ピュセルがただ食べているのを、柔らかい表情でハインが無言で見つめてくるのでなぜか気まずくなってきた頃。
「そういえば、隣の国の伯爵家がーー」という言葉が、どこかに座って食事をしている二人の男から耳に届いた。
刹那、今まで優しく微笑んでいたハインが嘘のように、目を見開き、緊張を顔に張り付かせた後、ひどく厳しい眼差しでテーブルの端の乗っていない所を見た。しかし、耳は完全に二人の会話を少しでも聞き逃さないとそばだてている。
(もしかして、ハインの家ーーーー?)
ピュセルも自然と心臓の脈が速くなる。あんなに頑張っていた咀嚼すら忘れて、ただ耳を研ぎ澄ませる。
「ーーああ。聞いたさ。びっくりしたよ。俺たちはこんなに平和なのに、隣の国は貴族の政争でもう、国が荒れ放題!やってられないね。俺らのような酒売りにどれくらいの影響があるかは分からんがな」
男はお互いにがははと笑い、ジョッキに溢れるほど注いだビールを乾杯して、一気に飲み干した。
「でも、アルトワ家だぜ?」と男が零した途端、ハインは倒れそうなほど大きく体を震わせたーーーーー。「王族とも繋がりの大きい家だったらしいぜ。それがーーー災禍に包まれて滅んじまっただなんて、大問題じゃねぇか。」
(滅びたーー?)
ハインが身を震わせているのに気づかないまま、二人は少し酒が回り、饒舌となった口調で話し続ける。
「あー?分家を含んで一族全員皆殺しのわけねーだろ。本家だけが皆殺しだ」
「はあ?ちげーよ。女は全員無事のはずだ」
終いには、どっちとも最初と言っている事が変わり、喧嘩のようになってしまった。
(どうしようーーー。私はどうハインの顔を見ればいいの?)
ピュセルは、顔面蒼白で目だけは人を殺めそうなほど憎しみに満ちたハインを見て、彼になんと声をかければいいのかわからなかった。ピュセル自身もナイフとフォークを持つ手が怒りと悲しみで震える。
この十何日の過ごした時間で完全にピュセルは情が移っていた。自分自身は悪意をもった誰かに家族を殺された事はないが、家族を誰かに殺された痛みが想像に及ばないほど辛い事くらいは分かる。
しかし、ピュセルがここで何を言おうが、傷口に塩を塗ることくらいしか出来ない。
そう思い、ピュセルは無言で口に含んだものを全て飲み込んだ後、静かに席を立った。あんなに美味しかったはずのマグローーーーーヴルストも、最後は味がしなかった。
ハインも無言で席を立つ。顔が前髪に隠れて彼がどんな表情を今しているのかは分からない。いや、見ない方が彼のためなんだろう。
そのまま、終始無言で歩き続け、街を出た頃には辺りは闇に溶け込むように暗くなっていた。
雨がしとしとと二人を冷たく、ただ、冷たく肌を濡らす。
濡れても尚、二人は歩く事をやめなかった。
「あっ………」
やっとのことで、二人の間に雨以外のものが聞こえた。意外にも、それはハインの声だった。
ハインが立ち止まったので、ハインの顔を見ないように先頭を歩いていたピュセルも立ち止まる。今まで振り返らずに、気配と音だけでついてきているか確かめていたが、やっとピュセルは振り返った。
ピュセルの目に映ったハインは、とてもちっぽけだった。
どんな天気でどんな状況だろうと身だしなみに人一倍気を遣っていたハインが、雨に打たれてびしょ濡れで、外套の下に着ていた薄い布地の服を体に張り付かせ、髪は顔にへばりついて前が見えなくなるのも構わずぐしゃぐしゃのまま放置していた。
「雨だ………」
雨は夕陽が差す前から降っていたというのに、ハインは今更気づいたようだった。
いつも威風凛然としていたハインが嘘のように、枯れた声で虚無を見つめている。
(ーーー、ーーっ)
ピュセルはもう耐えられなかった。
今回は少しふざけ過ぎて、自分の小説キャラなのにキャラ崩壊した気がしました_:(´ཀ`」 ∠):
大丈夫かな?
因みにウインナーはソーセージの一種だそうです。
私は、分からん。。。違い何よ?
羊肉に包まれてるかどうかとからしいけど、ぱっと見分からんから、全部一緒でええやん。