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忘世の魔女  作者: 花天怜
10/11

宿命

改稿中なので、ミスがあるかも知れません( ; ; )

 「だとすると、これから旅をしていく中で、この見た目は厄介だな」


 ピュセルは肩にかけた鞄から小さな手鏡を取り出して、自分の容姿を見つめながら考え込む。その表情は自分の容姿が非難を浴びるものであると告げられた思えぬほど、冷静であった。

 

 「なぜ、そんなにも落ち着いているんだ?今まで、自分が魔女と同じ容姿だと知らなかったのだから、もっと焦ると思ったが。」


 ピュセルよりもどちらかというとハインの方がピュセルのことを心配しているようだった。


 「悪口と受け取るのならば、もっと酷い言葉を幾らでも知ってますし、それに比べたらましだなと思えます。」


 ピュセルは気にしていないという風にからっとした笑みを浮かべた。


 「魔女も大分酷いと思うが、もっと酷い言葉なんてあるのか?」


 ハインは私が無理して明るく言っていると思ったのか、憐れむような表情を浮かべて困惑した。


 (阿婆擦れや男誑しなどを伝えようと思ったけど、そういえば、この世界ではなんていうのか知らないな。流石に父さんはそんな言葉教えなかったし)


 ピュセルはなんて伝えようか迷ったが、そもそもこんないかにも清く正しく生きてきたようなハインにいう言葉ではなかったと気づいた。


 「だめです。耳が腐ります。ーーーというか、今思ったんですけど、ハイン様は私がその魔女と同じ容姿だと気づいていたのに、よく私のことを信頼しましたね?」


 私の言葉を聞くと、ハインはどこか落ち着いたような表情で、「ーーあぁ。」とうなづいた。


 「男だと思っていたのもあるが、お前は世にも珍しい伝説上の魔女と同じ見た目をしていたからな。ーー忌避される魔女、」ーー忌避という言葉は少し言いにくそうに言った。「ーーの見た目を態々真似する者も居ないだろうから、その見た目が本物だと考えると、追っ手には居るはずもないから、逆に安心出来た。」


 言い切ると、私の目を見てほんの少しではあるが、目を細めた。

 

 ピュセルはハインが言った言葉を驚いた表情で聞き終わると、気持ちが浮上していくのを感じた。


 (ーーー嬉しい。)


 「なら、こんな見た目してて良かったかも。そう思えます。」


 素直にありがとうという気持ちを込めて笑うと、ハインは少しだけ口角を上げた。

 

 そして、思い出したようにさっき買ってきた琥珀色の瓶を私の鞄から出すと、太陽に瓶の中身を煌めかせるように空に透かした。


 「ここは、少し表通りから逸れているし、ここで髪に塗ればいい」


 私は頷いて、確かお店の人が言っていた事を思い出した。


 「髪に塗った後、一旦洗い落とさなくてもいいんですよね?」


 「ああ。」


 私はハインからもう一度小瓶を受け取ると、瓶に差し込んであったコルク栓をポンッと音をたてて外し、中の液体を指で掬った。


 フードを外して露わになった髪に、そっと指をなぞるように当てていく。とろりとした液体は瞬く間に髪に浸透していき、あんなにも雪のように白かった髪が琥珀のように染まっていく。


 ハインがそれを見て「ーーー惜しいな。」と小さく溢した気がしたが、ピュセルは紅茶の中にミルクを混ぜたかのように変わっていく髪に目を輝かせた。


 


 ハインはその様子を只見ていただけだったが、ピュセルが中々後ろ髪に塗るのに苦労しているのを見かねて無言で手を瓶に差し伸ばした。


 ピュセルは素直に小瓶をその手に乗せると、少し緊張しながらもハインの前に後ろ髪を晒した。


 ハインの長く細い指が、ピュセルの長い髪をゆっくりと梳く。


 ハインの指の動きに合わせて、髪がさらさらと流れ落ちる音だけが暫し二人の間に流れた。


 ピュセルには見えない後ろで、耳や髪にハインの手が触れるのがくすぐったくて、たまに声を出しそうになる。


 「ーーこれでいいだろう」


 やっと髪全体が染まったようでハインの手が耳元から離れていく。


 「ありがとうございます。ハイン様」


 ピュセルが後ろを振り返ると、髪に触れるために頭の後ろに手を伸ばしていたせいか、ハインが思ったよりも近くにいてびっくりした。



 ーーーなぜかどきどきする。



 「どうした、目を大きく開けて」



 吐息がかかるほどの距離にいるハインが不思議そうにピュセルを見つめる。紫紺の涼しげな瞳にピュセルは飲み込まれそうになった。


 しかし、ピュセルは我に帰ったかのように目をぱちぱちとすると、買うはずだった蝋燭を買っていなかった事に気づき、「あっ」と声を漏らした。


 「そういえば、蝋燭はよかったんですか?私のせいで少し店通りから道が外れてしまいましたよね」


 「蝋燭くらい、どこでも買える」


 ハインは今までと同じ、何事にも動じないような落ち着いた物言いで言った。


 (王都まで態々買いに来たのは、本当に私の為だったんだ)


 ピュセルは理解すると、申し訳ないと思いつつも、全身がぽかぽかと暖まる心地がした。


 (こんなに素敵な染色液は王都じゃないとないよね)


 危険を犯した行為だったというのに、ピュセルは思わず口角が上がってしまう。

 

 「ふ、ふふ、ふ」


 「何を笑っている」


 ハインはいきなり笑い出したピュセルに理解できないというように、いつも通りの非難する目を向けた。


 「いえ、ふふ。ーーやっぱ、ハイン様は凄く優しいお人ですね」


 「私は別に優しくない。ーーーーそれと、私のことはハインと呼べ。様などいらない。」


 照れるのを隠すように眉間に皺を寄せたままのハインが言った言葉に、ピュセルはそれこそ驚いた。


 「えっと、貴い名前を庶民に呼び捨てにされる事は貴族にとっては死に値する屈辱ですよね?」


 そもそも名前で呼ぶことすらタブーである。ピュセルはハインという名前が偽名であるだろうと思い呼んでいるが、普通は役職や位で呼ぶのが常識である。これは、名前には言霊が集うという言い伝えがもとであり、それを身分の隔絶に利用する事で今の状態の貴族制度へとなっている。


 「ただの旅人に様をつける方が危険だ。それに、もう私は貴族ではなくなった。只の平民だ。いや、戸籍の登録がないだけ平民よりも劣るな」


 ハインはピュセルから少し目線を外して静かに溜息を吐くように言った。


 貴族とは位が高ければ高いほど落ちた時に、自分が良くも悪くもどれほど特別な待遇に居たのかに気づく。きっと、ハインはそれが今分かったのだろう。


 「ふっ、ふふ、こんなに高貴そうな人は平民には居ませんよ」


 ピュセルはハインが村の少年のように泥だらけで無表情のまま走り回っているところを想像して吹き出した。


 これでは埒があかないと思ったのか、ハインは大きく息を吐くと、言いつけるように少し威圧的に言った。



 「取り敢えず、私の事はハインと呼べ」



 ピュセルは少しにやついた表情で、からかうように笑った。



 「はい。分かりました。 じゃあ、ハインーーーあそこの店に宝石を売りに行きましょ」



 そういってピュセルが指さしたのは、『木材、石材」という看板が乱暴に立てかけられた、少し寂れた店だった。



 

 





 店内に入ると、先程の店とは違い、歓迎のベルすらならず、木でできた板戸は客入りは悪くないようだが、ギィイーと鳴り、建て付けがわるい。それだころか、むあっとした埃っぽい空気が流れてきて、後から入ってきたハインはごほごほと咳き込んでしまった。


 大丈夫かと思い、背中をさすろうとしたが、手で制されてしまった。






 店はやはりそれなりに儲けているようで、床には思い材を引きずった跡に沿って埃が溜まっているが、品々には埃一つなく、綺麗に列をなして並んでいる事からも商品の管理はされていることが分かる。


 ピュセルは奥へと進んで行き、古びた木でできた机まで進むと大声で店主を呼んだ。


 ハインは突然のピュセルの大声に驚き、「こいつ本当に森の奥でひっそりと暮らして来たのか?」とでも言いたげな目で見た。


 暫くして、「なんだい、お嬢さん」という声と共に、よれよれの黄ばんだ服を着た厳つい面持ちの男が、扉を開けて出てきた。


 男はピュセルを見ると、なんだ男か、という風に見るからに嘆息した。


 そんな男に気にせず、ピュセルは鞄から角を2本取り出すと、机の上にトンと音を立てて乗っけた。


 男はそれらを手に取ると、断片を見て驚いた。


 「こりゃあ、綺麗に削ったもんだなぁ。しかも、見るからにオパール•ディアの群れのトップのオスだ。随分と運が良かったじゃねぇか」


 そういうと男は持っていたキセルに口をつけ、ふぅと息を吐いた。


 「二万ペランで売りましょう」


 ピュセルは指を2本だけ立てて、それが当たり前かのように冷静さを装って言った。


 「はああ?ちと、それは高過ぎねーか?」


 男は見るからに小さい少年に高られていると思い、唾を飛ばして怒鳴った。


 実際に相場では一万ペランと五千ユルが適当だろう。


 「うーん、でもなぁ」ピュセルはどうしようか悩むように、人差し指で顎をとんとんと叩いた。「ーーーあ、そういえば、店の外で、何か新しい建物作ってますよね?」


 ピュセルの一言に男はぎくりと肩を跳ね上げた。


 「服飾関係みたいですよね。そしたら、きっとこの鹿の角を使うんじゃないかな?オパール•ディアの角は柔らかくて加工しやすいから、装飾に使えますよね。飾り棚だけでなく、ハンガーとかマネキンとか」


 ピュセルは誘い込むように魅惑的に男に向かって微笑んだ。


 男は少しの間惚けたようにピュセルを見つめていたが、やがて、ピュセルの意図する事を見抜いたのか、彼の目が右往左往する。


 もう一押しだとピュセルは思った。


 「見たところ、店の中にこの角あんまり売ってないですよね?繁殖期前の角が一番伸びやすい時期にしては少なすぎます。ってことは、もう既に建物の建設に使われてたりします?」


 男は溜息を吐くとまたキセルを吸って、煙を濃く吐き出した。


 これには思わずピュセルもごほごほと咳き込んだ。


 「ああ。そうだよったく、世間知らずの良い家の坊ちゃんたちと思ったのによぉ」


 そう言われて、ピュセルは苦い笑みをこぼした。

 

 (私は違うけど、ハインは事実その通りだからなぁ)


 「しょうがない。完敗だ!坊主の言う通り、負けてやるよ」


 男は大袈裟に肩を竦めると、店の奥へ一旦戻った後、再び姿を現し、ピュセルが提示した金額である二万ペランをカウンターの上に広げた。


 「やったぁ。ありがとうございます!」


 ピュセルはその金を受け取ると、後ろで黙って見ていたハインに向かって、にかっと笑みを浮かべ、手はハインにだけ見えるようにピースサインを描いた。




 

 やがて、入ってきたと同じく耳に嫌な感触を残して鳴く板戸を押して店を出た。


 ピュセルはちらりとハインを見る。

 ずっとハインがピュセルのことを無言でまっすぐ見てくるので、さっきから気になって仕方がなかった。


 「なんですか?」


 ピュセルは何も言わないハインの視線に焦れて、とうとう聞いた。


 すると、ハインも漸く、自分が不躾にピュセルを見ていた事に気がつき、罰が悪そうに目線をずらした。


 「お前は森にずっといたと聞いていたが、なぜそのように上手く交渉が出来るんだ?」


 ピュセルはハインの言葉に暫く目を瞬かせると、ぷっと吹き出して、声を上げて笑った。


 「あはは、私の事、そんな風に思って下さったんですね。嬉しいな。私、てっきり、金にうるさい奴だと思われたかと心配しました。」


 ピュセルの前世は指揮官であったので、これくらいのことは出来て当たり前だと、ピュセルの中では思っている。


 「別に倹約家なのはいい事だろう。」


 笑われた事に心外だと言う表情で言うので、ピュセルはますます笑えてきてしまった。


 「確かに、これからはますますひもじい思いもするでしょうしね。ーーーーところで、お昼どうします?」


 ピュセルがお腹に手を当てると、期待に応えるようにお腹が小さくきゅるると鳴った。




 


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