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忘世の魔女  作者: 花天怜
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回顧

何度も大幅に改訂してすみません。

漸く、第一部から現状での最新話までの改稿作業が終了しました^_^

 『アーバン地方上部。南緯32度、西経24度。高度250km。GーR15 多数接近。』




 「ーーーーっ!?」




 機械特有の無機質な女性の声に、ピュセルははっと意識が戻される。

 

 見ると、司令室を隔てるガラス越しに、部下たちが鬼気迫る表情で、ピュセルには目もくれず、各々の前にある宙に向かって指令を飛ばしていた。


 ()()戦いは終わっていないというのに、指揮官である自分が呆けていたとはーーー断じてそんな事があってはならない。


 (ーーーくそっ)


 ピュセルは短く整えられた爪が食い込むほど、自戒を込めて、ぎゅっと自分の手を握り締め、空中に浮かぶ戦闘のシミュレーターを峻厳(しゅんげん)の眼差しで見やる。


 シミュレータはレーダーのような光でできた球状で、音声に指定されたアーバン地方に向かって赤色の点が刻々と近づいている事が分かる。もはや大気圏突入も時間の問題だ。



 (不味いな……)

 


 ピュセルは握りしめていた手をゆっくりと開き、球に浮かんでいる赤色の点を指で拡大した。

 

 敵は前と同じGーR15。無人機器だが、とても賢い。敵を感知して屑すら残らず完全滅却するレーダーをいとも簡単に潜り抜けてきたのだ。


 (こうなっては宇宙にある機関からでなく、地上から敵に向けて攻撃する他ない。)



 


 指令を飛ばすため、赤色の点を2度クリックするべく指を動かすーーが、あと数㎝で指が点に届くというところで、いつの間にか背後にいた部下の声に阻まれた。



 (何でこんな時にっ)



 「待って。今、指令中。見て分かるでしょ。」

 

 敵の突撃という緊急事態で、持ち場でなく司令室に許可もなく入ってくる部下に、少し刺々しさを含む声音で言ってしまった。

 

 (今まで誰も司令室には入って来なかったのに一体何のつもり?)


 ピュセルの部下は国が実力主義に選んだ選りすぐりの優秀な者の集まりで、緊急事態、ましてや声も掛けずに背後に立つような不調法者は中に加えられるはずもなかった。


 そんな彼に不信感を持つも、敢えて見る事はなく、下ろした手をまた赤い点に触れようと伸ばしーーー

 伸ばせなかった。










 『姉さん。なんで、僕を殺したの?』







 (ーーーー?)

 


 少し幼さの残るあどけない声だった。


 その言葉だけがただ脳に響き、二人だけの室内に何度も何度もこだまする。


 彼の声色には、感情というものが見受けられず、まるで、指令を出している機械の音声のように無機質に聞こえた。


 しかし、いやーー。だからこそ。何にも動じないはずのピュセルの心を(ひど)(むしば)んだ。






 (私が、殺したーーーーー?)

 





 ピュセルの腕は空をかき、思わず動きを止め、立ち尽くした。


 (ありえない)

 

 心臓がばくばくとあり得ないほど掻き乱れ、他の音が何も聞こえないほど耳がキーンと嫌な音を鳴らす。


 そんな訳がない、おかしいと思いつつ、何故か反論する言葉が出ない。


 (嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーーー。)


 頭の中で警鈴が鳴り響く。クラクラして、シミュレータが不気味に点滅して見えた。

 

 彼の声に聞き覚えがある。だけど、何故か思い出せれない。思い出そうとすると頭がずきずきと痛む。


 「ーーーぁああ」

 

 ーーまるで、思い出してはならない記憶かのように。



 ーーーードクドクドク。




 「貴方はーー。」



 青褪めた顔で、ピュセルは背後の少年を見ようと振り返った。



 (ーーーーぁ?)



 しかし、彼を見て、(こぼ)れんばかりに目を見開き、恐怖でぐらぐらと瞳が揺れた。


 ーー否。彼を見たのではない。








 ()()()()()()()()()のだ、彼らは。










 「ーーーーあぁ、あああ!?」






 ピュセルは襲い来る戦慄(せんりつ)のままに、思わず後ずさり、司令室を隔てていた壁に背中をぶつけた。


 (っーー)

 

 壁に驚き、ゆっくりと振り返る。



 (ーーーーーーぁあ)






 ーーすると、先程まで指令を飛ばしていた部下たちも皆消え、シミュレータのみが砂嵐を立て、彼らの御霊を表すかのように鎮座していた。

 


 





 「ーーーっかはっ」


 悪夢のような出来事から逃げようともがく勢いのまま、ピュセルは跳ね起きた。

 まだ、視界がぼやける中、何度か瞬きをすると、ところどころくすんでいるが、白一色のシンプルな壁紙が貼られた、見慣れた天井が目に飛び込んできて、ピュセルはほっと息をついた。

 辺りを見回すと、夢で見た発展した設備よりも何段階もグレードダウンした家電製品が部屋中に大人しく置かれていた。

 悪夢のような出来事などではなく、正真正銘の悪夢だったのである。


 「なんで、毎回夢だって分かるのに、夢の最後まで見続けるんだろ」


 ピュセルは、自分の額に手を当てて手がひんやりと濡れるのを感じながら自嘲した。


 その悪夢は、まるで、ピュセルが2人居るかのように、実際に悪夢を体験している自分の心と、悪夢だと気づいていて早く覚めたいと思っている自分の心が存在するのだ。そして、毎回、同じ結末だと分かっているのに、悪夢から早く覚めたいと思う方の自分の心以外は最初から最後まで何一つ変わらずに流れ続ける。

 

 「やっぱ、頭が悪いのかなぁ」


 そう独り言をもらすと程なくして、ノックもせず誰かが部屋に入ってくる音がした。

 ピュセルが寝ているベッドからはドアの位置は死角であるが、姿を見なくてもノックなしで入ってくる人は1人しかいない為、自ずと誰であるかなど分かる。


 「ああ、まだ、夢から覚めてないのかもしれないな」


 そう呟いた言葉は自分でも笑ってしまうくらいに、弱々しくて生気がない。

 だから、部屋に入ってきてその言葉を聞いた彼は、そんな私を見てにたりと歪んだ笑みを浮かべた。


 「姉さん、今日はどんな夢を見ましたか?」


 私がどんな夢を見たかなんて分かりきっているのに、()()、わざと彼はそう聞く。


 彼がゆっくりとベッドサイドに近寄り、こちらを見下ろすように座るから、ベッドがキシリと音を鳴らして揺れる。そして、彼の手は私の汗ばんだ頬をするりと撫で、思わず私の瞳は揺らいだ。


 「僕が、怖い?」


 私は彼の刺すような眼光に動くことすら出来ず、頷くことも、首を振ることすら叶わない。

 けど、彼は無言を肯定と受け取り、さらに顔を歪ませた。


 「ねえ、なら言ってよ。あの時、本当は僕を殺したのを後悔してるでしょ?姉さんがそう言えば、僕は姉さんを赦してあげるよ」


 そう言って、()()()()()()()思わせる口ぶりで、彼はピュセルの顎を掴み、ぐっと自分の方へ向かせた。

 爪がピュセルの白く透き通った肌に刺さって、ちりちりと痛みが走り、思わず背けそうになった顔を、さらに彼は強く掴んだ。


 「こ、ーこうか、いなんて、しないっ」


 ピュセルは震えそうになる体をなんとか奮い立たせ、彼を睨みつけた。

 ーー本当は、ピュセル自身、睡眠剤を飲んで、夢を見ないほど深く眠ろうとすればするほど悪夢をより鮮明に見続け、もう何が正しかったのか分からなくなってきていた。あの日の決意さえ、もう何を目指していたのか見失い欠けている。


 しかし、()()()()()()()手前、あの日のことを後悔する事が間違いである事、また、彼が赦すと言いつつ、私が後悔したと話せばさらに私を赦さないであろう事も分かっていた。


 「ーーそう。姉さんはやっぱり愚かだ。」


 彼は一層憎しみで色濃く瞳を光らせると、私の体に跨り、私の首をぎりぎりと絞めた。


 「っつーーーーっ」


 私は息苦しさの中で、声にならない悲鳴をあげて、視界がぼんやりと霞んでいくのを感じながら、抵抗もせず、彼の瞳をただ見遣る。

 

 「ーーーっ!」


 最初は憎しみのみに支配されて私の首を絞めていた彼だったが、自分の腕の中で苦しむ私を見ると、いつも瞳を揺らして、唇を噛み締めるような表情をする。


 勿論、本人に聞けるわけがないし、視界が朧げだから、きっと私に都合がいいように見える幻視に違いないのだと私は毎回思い込む。


 (だって、そうしないと辛いから。)


 

 20秒程首を絞めたままの彼だったが、彼とは違い、きちんとノックをする誰かの声が聞こえ、彼は素早くベッドから降りて、何事もなかったかのように近くの椅子に腰を掛けた。


 「ピュセル様。お加減如何ですか。失礼します。」


 必然と彼からの罰を止める、私にとって都合のいい第三者が入ってきて、私は漸く今のは()()()()()悪夢では無かったのだと気づく。私が見る悪夢はいつも都合の良い事など起きない。まるで、私自身が自分に対して都合のいい事が起きてはいけないと自戒しているようだ。


 彼女が椅子に座った彼に軽く会釈をして、私の傍に来る前に、私は、静かに着ていた服のボタンを首まで締めて、入ってきた彼女に笑顔を向けた。


 「うん。最近はそれ程悪くない。」


 ーーー嘘である。最近、ますます体の調子が悪くなっている。


 「そうですか」


 首に聴診器をかけた彼女は、弱く笑った。彼女も私の体が全く良くなっていない事に気づいているのだ。しかし、それを黙っている。


 「だから、大丈夫だよ。明日も、損壊の激しかったベレー地区の開発の様子を伺ってくるから。」


 私がそういうと、彼は表情を翳らせた。ーーそんな事しても、彼女には彼の顔が見えてないから、心配してるふりをしても意味ないのに。


 「分かりました。ーーくれぐれもお気をつけて


 彼女はそう言うと、悲壮感を滲ませた顔をしながら静かに部屋を出て行く。


 彼女には申し訳ないけど、仕方がない。どうせ、治療したところで治らないのだ。医療が発達している自星に帰らない限り、この病は癒える事はない。


 誰もが、それを知っているけど、誰もがそれを知らないふりをして私に「早く治ると良いですね」と、泣きそうな顔で言う。


 私にも分かっている。残り少ない命だって。


 「せいぜい、苦しんで死ね。」


 彼はそう言って、いつも通りに顔を歪めて私を突き放すように言うけど、最近、私の首を絞める時、わざと誰かが部屋に訪ねる直前にしているよね。だって、今だって、憎まれ口を叩いても私に何もしようとしない。


 いつも通り。いつも通、り。い、つ、もーー。


 その時、何か頭の後ろでカシャンと鈴を鳴らすような音が聞こえて、視界がぼやけて目に映る全てのものが光となって真っ白に全てが溶けていく気がした。


 「ーーーーっ」


 鈴のような音よりももっと遠くで誰かが、私を呼ぶような声が聞こえた気がしたけど、あれはなん、だった、んだ、ろうーー。


 


 

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