僕の見た世界
真っ白な世界の中で黒髪の青年が宙を漂っている
年は二十歳程度だろうか
肩に付く位の髪の間に綺麗な金色の瞳が覗いている
青年は見なれぬ奇妙な服を着ていた
一枚の布を巻きつけたような上着の左肩に真紅の宝石が輝いており
足を覆う布の留め具として腰には紺碧の宝石が着けられている
手に持っている本を彼の瞳がじっと見つめている
不思議な装丁をした本は今までに見たことのないもので
赤にも青にも緑にも見えるそんな不思議な色をしている
まるで御伽噺に出てくる神様のようだ
声が聞こえる
"これは僕が見た世界の話
僕の大好きな世界に暮らす人々の話
幸せそうな人がいた
辛そうな人がいた
自分が幸福だと信じている人がいた
自分が不幸だと境遇を恨む人がいた
運命を変えようともがく人がいた
これが自分の運命だと諦める人がいた
いろいろな人がいた
たくさんの人がいた
これは僕の見た世界の物語
僕の見た世界の歴史"
声の主は目の前の青年であった
閉じていた本をそっと開きながら詠うように呟いている
青年が腕を伸ばすと本は手から離れ空中を漂いだした
本は誰も手を触れていないのにぱらぱらとページがめくれていき
たくさんの文字が本から浮かび上がりくるくると空中に漂っている
"さあどの話が聞きたいのかな
僕が見たこと聞いたこと
全部この本に記してある
不思議なことがたくさんあったんだ
僕は『語り部』
この世界の出来事を語り聞かせる者"
"ああ君は迷子なのかい
久々に語る相手が来てくれたと思ったんだがな
実は最近語る相手が少なくなってきてね
もし時間があるのなら暇つぶしにでも聞いて行ってくれ"
青年が指をくるくると回すと
漂っていた文字が文章を紡ぎだしていく
数百もの物語の欠片が空中を舞っている
神様のもとに行った少年のはなし
時間を遡り存在を入れ替えた少女のはなし
崖から飛び降りた少年のはなし
幼馴染のお兄さんのはなし
20年間両片思いしていた少年と女性のはなし
夢で出会う少年と少女のはなし
探検家の女性のはなし
離れ離れの姉妹のはなし
桜の花の下で出会う恋人のはなし
そっくりな双子のはなし
夢から覚めた少年と妹のはなし
異世界の扉を開く少年たちのはなし
生命力を吸い取る少女と操る少年のはなし
他にもたくさんのはなしが空中を舞って紡がれるのを待っていた
私はそれらの題名をただ見つめていた
"興味のあるはなしがあったら言ってくれ
僕が語り告ごう"
"興味がなければ帰るといい
出口は向こうにある"
青年は自身の前方に向かって手を伸ばす
彼の指した方向には小さな木の扉があった
扉の向こうにはさっきまで私のいた場所が見える
"久々に喋る相手ができたからかな
ちょっとはしゃぎすぎたみたいだ
ごめんよ"
"ここにはもう人はいなくなってしまったからね"
青年は泣きそうな顔で微笑んだ