第六話・【俯瞰視点】虐められているおさげ眼鏡っ娘平民特待生と奪われたレポート②
王立アカデミーの裏庭は噴水や装飾のついた緑廊用植物棚のある中庭と違い、最低限しか整えられてはいない。
四阿もなく、人工物はベンチがあるくらい。
代わりにあるのは小さいが美しい池。
その裏手に自生する薬草が多いことから、薬学の研究用温室と共にここにアカデミーを設立することが決まったという経緯がある。
裏手に回れば草木が茂っているものの、校舎前はひらけていて、ちょっとした運動やピクニック気分でのお茶などを楽しむ生徒も多い。自然公園のような感じだ。
ダナは校舎沿いの植木や、ベンチの下あたりだけ見ることにした。
制服も汚れるのに、レポートを捨てる為にわざわざ奥まで行くとは考えにくい。池に捨てられたのだとしたら、どのみち提出は無理だろう。
レポートがないことを確認すると、少し期待してしまったことに脱力して池の前のベンチに腰を掛ける。水面がキラキラ光るのを漠然と眺めつつ、盛大に溜息を吐いた。
「はあぁ~あ、やっぱりあるわけないかぁ」
その時だった。
──ザザ……
「ん?」
現在快晴、無風……な筈なのに何故か波打つ、池の水面。
「え……な、なに? ──ひっ……ヒイィッ!!?」
ザザザという水音と共に現れた……
ビッタンビッタンの濡れた長い髪に、全身を近くに自生する蔓植物に覆われた、なにか。
(……幽霊ッ?!)
瞬間、過ったのは以前通っていた平民学校で聞いた怪談話。
出てきた『なにか』は、そういった風体なのである。
哀れなダナは、恐怖のあまりその場から動けずにいた。
ベンチに座っていたため事なきを得たが、もし立っていたなら腰を抜かしていたことだろう。
『私は池のヌ……ゲフンゲフン、池の精……』
「池の精!?」
そう言うと自称池の精は、ちょっと冷静になったダナの「『ヌシ』って言おうとしなかった?!」というツッコミを無視し、言葉を続ける。
『貴女の探していたものは……
①綺麗なダナ・スミス風の歴史のレポート
②汚れてしまったダナ・スミスの歴史のレポート
③ダナ・ス〇リーのXファイル
……どれかしら?』
それは突然の、謎の三択。
「えっなにこれ?! っていうか③ってな」
『 ど れ か し ら ? (圧) 』
ツッコミどころが多いが、圧が物凄く……ダナは先程とは若干違う恐怖を感じ、一瞬口を噤んでから答えた。
「……②、です……?」
②でいいハズなのだが、疑問符なしには答えられない。
自称池の精はビッタンビッタンの髪の隙間から覗く、形の良い唇をニヤリ……とばかりに歪ませた。そこはかとなく漂う禍々しさ。
『貴女、正直な人……ご褒美に全部あげるわ……』
そう言ってレポートらを頭に乗せると、カエルのようにスイスイと音もなく泳ぐ自称池の精。
それらを池のヘリにまとめて置いた自称池の精は、ブクブクという水音と共に水中へ消えていった。
ダナがおそるおそる近付き手に取ると、最初から謎の③はともかく、①と②は言われた通りのもの。
②は確かに自分の書いたレポートだが、ところどころ汚れや滲みで文字が読めない。
そして①はその部分も完全に補完し、しかもダナの筆跡を模して書かれている。
これを出せば、問題はないだろう。
「えぇぇ……なんだったの……?」
有難いのだが、その気持ちよりも疑問が凄い。
──ザザザザザ
呟いたダナの前に、再び水音。
『……ちなみに』
それと共に自称池の精。
「ハイッ?!」
『③を持っていると、上空に不思議な光が現れることがあるわ……』
「…………」
──なんだかよくわからない注釈を入れに来ただけの様子。
っていうか③は要らない。
「要らないのでお返しします」
『ふふ……謙虚なお嬢さん……』
「いや本気で」
③を返品された自称池の精は、『世界には不思議が沢山よ……』と言いながら、再び水中に消えていった。