第三話・【俯瞰視点】ウィルフレッド殿下のある昼
──王太子殿下の昼は忙しい。
彼はアカデミーの生徒会長でもある。
貴族の為に作ったこの学園だが、優秀な者は平民からでもとる。貴族社会にまだ馴染んでいない彼等と、貴族間の軋轢の解決は現場である生徒会の役目。
諸々の行事の準備や予算の分配の通常業務の他に、起こった問題をひとつずつ片付けているが……新入生が入学したばかりの今は、特に大変な時期と言える。
昼休みの時間。
他の役員は呼ばずに、ウィルフレッドは生徒会室に入った。
何故なら……
「──イヴ」
「はっ! ここに」
勿論、上から登場するイヴ。
馬鹿と煙はなんとやら。
「いや、飯時くらい普通に出てこい……」
「御意」
──そう、婚約者と昼食を摂る為である。
人のいないところでなら一応出てくるイヴ。
そして執務のお手伝いもする。実は有能。
「……殿下、今日はなんだか書類の量が多いようですね」
「あ? ああ……まぁな」
「ふむ」
昼食は大体、米の上におかずの乗ったランチボウルかサンドイッチの二択。食べながら作業できる効率性を重視している。
本日の昼食はランチボウルである。
イヴは少々考えて、スプーンを取り出すと一口分のそれをウィルフレッドに向けた。
「なななななんのつもりだッ?!」
「食べさせて差し上げます」
「……自分で食える!」
「でも、お忙しそうですから」
実際は自分で食った方が早いと思われるが、食べさせて貰えば確かに両手は空くのである。
「さあ、どうぞ」
「…………ッ!!」
おそらくイヴに他意はない。
彼女の行動はいつもやや斜め上なのだ。
それはウィルフレッドも理解している。
「さあ」
──そして圧が凄い。
ずずいとスプーンを寄せてくるイヴ。
顔を背けて拒否するウィルフレッド。
だが……実は満更でもない。
イヴとウィルフレッドは婚約者同士。
本当はもっと婚約者らしくしたいウィルフレッドは、イヴに食べさせて貰うのは吝かではない……というか、ちょっとやってみたい。
ただそれ以上に、めちゃくちゃ照れているだけだ。
そして照れていることをイヴに悟られるのが、とても恥ずかしいのである。
「いっ……忙しいからだからな?!」
「もとより」
なので、『忙しいから』という理由で了承。
躊躇いながらも開けた、ウィルフレッドのお口に近付くスプーン。
ウィルフレッドの手も目ももう、書類どころではない。
『忙しい』は単なる言い訳なのだった。
───そして午後の授業。
「……なんか今日のウィルフレッド殿下、いつもより素敵に見えるわ」
「ええ、なんだか輝いてらっしゃるような」
いつも愛想笑いのひとつも浮かべない仏頂面のウィルフレッド。それは今もそうな筈だが……滲み出る喜びは隠しきれない様子。
書類は大量に残っているが、それはまた別の話である。
(……やはり魚の骨の粉が効いたのかしら)
密かにその様子を見ていたイヴは、これからも『こっそりカルシウム摂取』を継続しようと決意を新たにしていた。
……ランチボウルに入れていたらしい。(※一話参照)