第二話・【俯瞰視点】ウィルフレッド殿下のある朝
──王太子殿下の朝は早い。
真面目なウィルフレッドは、朝必ず剣を振るのが日課。護衛がついていても、鍛錬を怠らない。
いつも侍従が起こしに来る前に、彼は必ず目を覚ましている。
何故なら……
──コンコン。
「──はっ?!」
ウィルフレッドはベッドから素早く身を起こしバルコニーへと移動、思い切りカーテンを引く。
そこには窓に挟まれたメモと、まだ朝露に濡れた花。
──そう、毎日侍従より先にこうして起こしにくる者がいるからである。
それは勿論、婚約者……イヴ。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
おはようございます。
今日はよく晴れた一日になりそうです。
かしこ
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「……イヴぅぅ!!」
「はっ! ここに」
ここにと言えども、姿は見えず。
ウィルフレッドは大きな掃き出し窓を開けて、宙に向かって声を荒らげた。
「お前は毎朝毎朝ッ……余計なことせずに寝てろと言っているだろ!!」
「……お心遣い痛み入ります」
「はァ?! つッ……使っとらんわ! 馬鹿め!」
そして悪態を吐いて閉める。
天気予報士のような一言メモと花。
それを手にウィルフレッドは「まったくあの女は毎朝余計なことを……」などとぶつくさ言いながら机の方へと移動した。
引き出しから大きな日記帳を取り出し、そこにメモを丁寧に貼りファイリング。
そして花は机の上の一輪挿しへ。
勿論水を替えるのも忘れない。
既に飾ってある昨日の花と交換し「邪魔くさくて仕方ない!」などと文句をつけつつ、古い花は二つ折りにした紙に挟み日記帳の下へ。
押し花にしているのだ。
──既におわかりのこととは思うが、ウィルフレッドはツンデレである。
本当は『まだ朝早いから、ゆっくり寝てなさい』……とか言いたいのである。
押し花の花は一年分貯まると、それらを使用した便箋を作ってイヴにプレゼントしている。
その際に必ず「俺には不要だから、お前が使え」という照れ隠しの一言を添えて。
本当は『毎朝起こしにきてくれてありがとう』……とか言いたいのである。
そんな殿下の様子をこっそり窓の外から見ているイヴ。
しかし、ウィルフレッドはそれに気付いていた。
隙をついて振り返る。
「……はっ!?」
「油断したな馬鹿め! ──ッ!?」
ウィルフレッドは言葉を失った。
窓のすぐ外には、ネグリジェ姿のイヴ。
──シャッ!
速攻カーテンを閉めるウィルフレッド。
慌てふためきつつ、椅子に掛けていた膝掛けを引っ張ると、彼は後ろ向きでカーテンの隙間からそれを投げつけた。
「おおおおお前ッ……なんて恰好でうろついてんだ馬鹿!!」
そう言いながら、ウィルフレッドはカーテンをグルグルと身体に巻き付けて狼狽する。
「いやその、寝坊し……」
「大人しく寝てろぉおぉぉおぉぉ!!!!」
モソモソと膝掛けを肩にかけ、イヴは、カーテンの中で絶叫するウィルフレッドに、ゆっくりとカーテシー。
「これは大変失礼致しました。 膝掛けあり」
「いいから部屋に戻れ!!」
ウィルフレッドはサナギのようになっていた。
──その日の朝の鍛錬、
「ウィルフレッド様、もうそろそろ……」
「いや! まだまだァ!!!!」
ウィルフレッドはめちゃくちゃ剣を振った。
思春期にはちょっと刺激が強かったらしい。