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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王を殺せないなら、死ぬまで待てばいいじゃない!

作者: 佐官馬爺

初投稿の短編になります。すぐ読み終わりますが、お楽しみいただけたら幸いです。

 荒野にて。


 炎と水、風と土、光と闇、無と有。ありとあらゆる属性の魔法がたった一人の男へと降りかかる。岩は崩れ、草は焼けおち、土は抉れた。空には暗澹たる雷雲がうごめき、宙に浮かぶ黒々とした球体は周囲の空間を根こそぎ奪ってくようにも見えた。


「はっはっは! 矮小な人間如きが四天王最強の俺に敵うと思ったか!?」


 魔法を放った一本角の魔族――四天王ペルペ――が、勝利の雄たけびを上げる。


 しかし、ペルペによる無数の魔法を受け手なお、土煙のなかにその男は立っていた。無手の男は、それぞれの魔法をいなし、相殺し、弾いたのだ。


「くっ、数々の同族を葬っただけのことはある。だが、攻撃してこないなら勝てないぞ? どうだ、一発受けてやるからかかって来い!」


 男が動く様子はない。それもそのはず。男は魔法を弾くことはできても、有効な攻撃手段を持ち合わせていなかったのだ。

 だが、そんなことはペルペには分からない。それに、この男がペルペの手下達に加え、他の三人の四天王を殺したことは事実なのだ。攻撃できないなんてことはあり得ない。そのためペルペは――


「……舐めているということか」


 ――煽られていると理解した。


「ならば、我が至高の一撃をもって消し炭に変えてやろう!」


 怒髪天を衝いたペルペがそう言うと、巨大な竜巻が姿を顕す。赤熱し、触れた物を即座に切り刻む竜巻は、存在するだけで世界を崩壊させかねない威圧感を伴っていた。


 ペルペの策略は簡単だ。全ての魔法を受け流されるというのなら、受け流せないだけの量をぶつければ良い。しかし、生半可な量では先ほどの二の舞であるため、竜巻に同化させることで防御不能の大技としたというわけだ。


 自らの魔法の規模に酔いしれるペルペは勝利を確信する。その額には血管が浮き出ていたが、ペルペに気づいた様子はない。

 男が初めて口を開いた。


「ようやく来たか」


 ペルペは嘲笑する。


「今更誰が来ようと同じ事! この大魔法が我から放たれた時点で勝敗は決しているのだ!」


「来たのは人じゃない」


 怪訝な顔をしたペルペに、男はその一言を言い放つ。




 ――お前の寿命だよ




 がはっと口から血を吐いて倒れるペルペ。体中の血管という血管から血が噴き出し、皮膚は枯れ、筋肉が不自然に膨張する。

 体の重心の急激な変化に耐えられず地に伏したペルペは、最後の力を振り絞って聞いた。


「一体、何をした……?」


「魔法を使うと死ぬ。これは人間の中では常識なんだ。最近生まれたお前らは知らなかったようだが」


「そ……んな……ことが」


 そうしてペルペは、「魔王様」と呟いたのを最後に息を引き取った。




 魔法は使うな。この言葉は子供のころに徹底的に言い聞かされる。魔法が、人を害することのできる危険な術だからではない。魔法は’自分’を害するからである。魔法を使用するとその者の寿命は著しく減少してしまうのだ。

 現在出ている試算では、蝋燭に火を灯す魔法で約一年分の寿命が減るとされている。人を殺せるほどの火力を出した瞬間にはお陀仏だ。割に合わない。


 しかし、一年前に現れた魔族は強大な魔法を行使した。それは種特有の長大な寿命を利用した力業だったが、人類を脅かすには十分だ。魔族の侵攻に人類は生存領域の縮小を余儀なくされた。


 だが、魔族には二つの誤算があった。


「ふう、ペルペだったか。結構粘ったな。最後の攻撃を受けていたらさすがに危なかったかもしれん」


 三十過ぎの男――マルト――は、戦闘で凝った肩を揉みほぐしながら独り言ちた。


「あとは魔王だけ。さすがに厳しい戦いになるだろう。かといってやることは変わらないが」


 そう、魔族の一つ目の誤算とはマルトのことである。マルトはありとあらゆる攻撃を捌けること以外は普通の人間だが、それゆえ魔族への特効となりえた。というのも、魔族は強い魔法をバカスカ撃ってくるので、それら全てを弾いていればそのうち寿命で死ぬのだ。


 大体の魔族はマルトが倒れないと知ると、魔法の密度を上げて寿命をさらに縮めるので、マルトは魔法をいなしきれば良い。彼にとっては簡単なことだった。


 ここで魔族の対応に疑問を持つものもいるだろう。そう、戦闘開始時期ならいざ知れず、一年経っても魔族が愚直に魔法を撃ち続けるのかという疑問だ。


 これが魔族の二つ目の誤算。


魔族(あいつら)は馬鹿だからな」


 つまり、そういうことだった。




 マルトは魔王の居城へと向かっていた。妻に作ってもらったおにぎりを食べつつ歩くその姿は、どこかピクニックにでも行くようだ。しかし、纏う空気は武人のそれ。何が襲ってきても、即座に反応して制圧してみせることだろう。


 とうとう、魔王城に到着した。魔王が魔法で生み出した城だ。人間の数万倍もの寿命を誇る魔王からすれば、築城など赤子の手をひねるよりも簡単だったのだろう。


「独りで住んでいるにしては、随分と豪勢なことだ」


 そう呟いたマルトは、ずけずけと扉の開いていた魔王城に侵入した。


 城内部には、趣味の悪い装飾がそこかしこに施されていた。けばけばしい色の絨毯に、過度な光を放つシャンデリア。漂ってくる匂いには、香水をぶちまけたようなくどさがあった。


 顔を顰めながら進んでいくマルトは、遂に一際大きい扉の前にたどり着く。


「ここに魔王がいるんだな」


 マルトは一瞬躊躇したあと、迷いを振り切るように力強く扉を押した。ピクリとも動かなかった。


「よし、帰ろう」


 踵を返そうとした瞬間、扉が鈍い音を立てて開いていく。どうやら魔王が遠隔で開ける仕組みだったようだ。マルトは出鼻を挫かれた様子だったが、軽く首を振ると扉の向こうの大広間に入った。


 玉座の間といったところか。扉から続く長く黄土色の絨毯の横には、様々な種類の歪な鎧が等間隔に配置されていた。壁には自作と思われる絵画が一面に飾られ、天井には七色の光で部屋を照らし出すシャンデリアが無数に吊るされている。


「成金趣味か」


 マルトのその言葉が全てを表していた。


 玉座に座っている者はやはり魔王か。捩じくれた二本の角は天に反逆するかのように伸び、禍々しい気配を漂わせている。精悍な顔つきに下卑た笑みを浮かべる様は、なるほど。まさに魔族の長にふさわしいといえるだろう。

 絨毯をまっすぐ進んだマルトに魔王は言う。


「吾輩こそ魔王ポルポルン。貴様が吾輩の配下を殺しつくした人間マルトだな?」


「そうだ」


「そうか。だが、貴様は吾輩を殺せない。貴様の殺しの種は割れた」


 ここで、初めてマルトの顔に焦燥が生まれる。それも当然、魔法の使い過ぎによる寿命減少で殺しているとばれれば、マルトが攻撃をいくら防いでも勝つことはできないからだ。


 魔王は続ける。


「魔法を使うと死ぬのだろう? ペルペから死に際のテレパスで聞いている。なれば魔法を使わねば良い話よ」


「…………そうだな」


 マルトは、魔王が何を言っているのか一瞬理解できなかった。そしてその言に得心がいった瞬間、神妙に頷きを返す。口元は、しかし弧を描いていた。


「魔王、寿命という言葉に聞き覚えは?」


「ん? そんなものは知らぬ」


「配下が死んだのはなぜだ?」


「貴様がそれを言うか! 魔法を使ったから死んだのだろう!?」


「失敬、確かにその通りだ」


 笑いを噛み殺しているマルトは、大仰に頭を抱えたて言った。


「種を知られては仕方がない。俺ではお前を殺せないので見逃してくれないか?」


「フッ、フハハハハ! 矮小な人間らしいことではないかあ! よいよい。寝床に帰って、惨めったらしく吾輩の陰に怯えながら生活することだな!」


「ああ、そうさせてもらう」


 玉座の間を、魔王城を出ていくマルトを、魔王は高笑いしながら見送った。




 マルトは、国王に魔族の’無力化’の旨を報告してから帰宅した。妻のクリルが出迎える。


「おかえり、あなた。怪我はない?」


「大丈夫。魔王とは戦わずに済んだからね」


 どうして? クリルはマルトの腕に抱きかかえられながら聞いた。


「魔王も魔族(バカ)だったからさ」




 魔王城、玉座の間にて。


「危うかった。戦闘になっていれば魔法を使わされていたかもしれぬ」


 魔王は、マルトと対峙しているとき内心びくついていたらしい。配下を殺されてなお、戦闘を回避して安堵するその姿は酷く滑稽である。


「だが、からくりは分かった。もう吾輩は魔法を使わぬ。そうすれば死ぬことはないのだからなあ! はっはっはっ!!」


 だだっ広い部屋の中に、魔王の笑い声だけが虚しく響いていた。




 その後、マルトは王より賜った報酬で家族と共に悠々と暮らし、65 歳で老衰により死亡する。安らかな死に顔だった。


 魔王は魔王城から動くことはなく、二百年も経った頃には城の周りが観光地と化していた。強大な気配は消えていなかったために挑むものは居なかったが、魔王も人間に干渉することはなかった。


 五百年も経つと魔王も俗世に染まる。戦争当時を知る人間は寿命で死に、魔族に対する恨みを持つ者ももういない。魔王城を中心として発展した城下町は、今や魔王の誇りである。人間たちに馴染んだ魔王は、「吾輩は魔法使わなければ死なないから!」を持ち芸として人気者となった。


 三百万年も経った頃、魔王は玉座の上で独りだった。人間など最初の十万年で絶滅している。高齢の魔王だが、魔法を使わなければ死なないという言葉が、楔のように魔王を生にしがみつかせていた。しかし、遂にその時はやってくる。


「マルトよ。吾輩は、魔法を使わなければ死なないんじゃなかったのか?」


 そう口にする魔王の声は弱々しい。城の中で孤独の王として君臨するのにも疲れたのだろう。


「ああ、そうか。これが人間たちの言う‘寿命’か」


 それを認めた魔王は瞬間、全てを理解した。


「そうか、そうか! あの時! マルト、あ奴が帰ったのは吾輩をここに縫い付けるためだったか! 奴め、吾輩も’寿命‘で死ぬことが分かっていたのか」


 今更悟ってももう遅い。魔法を行使する代償の寿命は残っていないし、何より支配すべき人間がいなくなってしまった。年老いて鈍化した怒りの矛先は宙を彷徨い、郷愁へと転ずる。


 魔王の頭の中を数々の思い出が駆け巡る。


 幾百万年の孤独のこと。

 人間が絶滅した夜、泣きはらした目が赤くなったこと。

 人間と共に勝利の雄たけびを上げたこと。

 人間と共に戦争をしたこと。

 人間と共に商売をしたこと。

 人間と共に演劇を見たこと。

 人間と共に塀を築いたこと。

 人間と共に狩をしたこと。

 人間と笑いあったこと。

 人間と緊張しながら対話したこと。

 人間に関わるのを止めたこと。


 そして、配下に人間を殺させたこと。配下を見殺しにしたこと。


 玉座の上で、自らの過ちを悔いるかのように深々と息を吐く。


「マルトには感謝せねばなるまい。吾輩はとことん馬鹿者であったのだな」


 魔王は皺の寄った顔に、諦めにも似た微かな笑みを、しかし満足そうに浮かべた。


「悪くない生涯だった。冥府があるのならば、配下たちに謝るとしよう」


 そう言って、魔王は眠るように息を引き取った。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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