…… 社交界は魑魅魍魎が跋扈する世界でした 2
ドレスメーカーは小綺麗な店だった。
店主のマダムはメアリの要望を聞くと頷き、採寸を始めた。
「 …… お客様は、立ち姿がお綺麗ですからシンプルなラインの方が引き立ちますわ。 」
「 …… そうですか。 」
「 …… その分、生地は選んでいただかないと。 」
「 …… なるほど。 」
マダムはお金持ちからはそれなりに支払って貰うが、正直に内情を話す者の相談には乗るようだ。
…… もちろん、伯爵夫人の紹介があったからというのが大前提だと思う。
ロンドンの名の通った店は紹介なしでは、相手にされないらしい。
シーズン以外ならあるいは受けてもらえるのかも知れないが。
今後を期待して ……と言う可能性があるから、もう来れないとは言えないが。
メアリはシンプルなラインが映えるハリのある素材を選んだ。
…… マダムはフランス製らしきレースも勧めてきたがそれは固辞した。
それならと店のお針子に目配せすると何やらドレスが運ばれてきた。
以前作ったもので結局売れなかったドレスらしい。
「 …… とても素敵だけど買えそうにありません。 」
「 …… お嬢様のようなスレンダーな体型でないと着こなせないドレスなんです。 」
「 …… 褒めていただけるのは、とても嬉しいんですけど。 」
ラインはシンプルなのに身頃に大胆にレースを使ったドレスは、メアリのサイズと殆ど一緒だった。
勧められて試着するとまるで誂えたかのようにフィットする。
思っていたより上質な素材のドレスに心は動かされたが予算は予算だ。
…… 残念だけどと前置きして断るとマダムは大幅な値引きを申し出た。
たぶん、この機会にどうしても売ってしまいたかったのだろう。
…… 内心、してやったりと思いながら考えてみますと答えた。
生地も決まり最後の最後に先程のドレスも購入すると言うと、幾らかの手直しをして今日中に届けると言われた。
ほんの少し裾を上げるだけのことだが、それほど急がないと言っても大丈夫だと請け負う。
…… 心変わりを恐れているのかも知れない。
これで終わりだと思っていたら、手袋やボンネットなどの小物もいる ……と伯爵夫人は言う。
どこにそんな体力があるのだろうと思いながら、メアリは黙って従った。
何が必要でどこで買えるのか …… メアリにはわからないのだから任せるしかない。
午前中をそんな風に過ごしたメアリは、一日中掃除をした時より疲れ切っていた。
昨日の失敗を挽回するため夕食用に手持ちの一番良い服に着替えた。
…… アニーが母親のドレスを手直ししてくれたものでる。
図書室を覗くと着替えを済ませた父親が、そこに居た。
「 …… 今日は忙しく過ごしたようだね? 」
「 …… ええ。伯母様にとてもお世話になったわ。 」
「 …… 私では、門外漢だからね。 」
よく見ると父親は見慣れない夜会服を着ていた。
手持ちがない事を相談したら先代伯爵の服を家政婦が用意してくれたらしい。
ピッタリとは言わないが違和感なく身体に合っている。
「 …… うっかりしていたよ。エスコートするのに夜会服なしではね。 」
「 …… 私もお父様のことまでは思い付かなかったわ。 」
「 …… 幸い父上の服なら直さず着られそうだ。 」
兄の新しい伯爵は大分恰幅が良い為、もし借りたとしたらぶかぶかの借り着にしか見えないだろう。
そう言って肩をすくめる父親は屈託がない。
…… メアリはなんとなく不条理だと感じていた。