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…… 社交界は魑魅魍魎の跋扈する世界でした 1



伯爵家は大邸宅だった。

 …… 後継者と三男がこれほど違うなんて、想像もしていなかった。

母親は体調がすぐれないから、という言い訳はあっさり認められた。

 …… もちろん母親の分のドレスを用意する余裕がなかったのだが。

父親は母親を連れて舞踏会に行きたかったに違いない。

 …… 時々、所在なげに隣を見る。

二人はいつも一緒だったから、離れていることに慣れていないのだろう。



メアリは用意された客室に戸惑った。

普段の部屋の倍はある上に、メイドまで用意されていた。

訓練が行き届いているのだろう。

メアリの質素な荷物を顔色も変えずにクローゼットに片付けた。

いつもなら自分でする事を奪われたメアリは途方に暮れていた。

 


「 …… 居間で、お茶でもどうだい? 」



父親に誘われてメアリはホッとしていた。

ここでは何もする事がない。

父親は寛いだ様子で居間に落ち着いた。

お茶を注いでくれる家政婦とは顔見知りのようで色々尋ねては笑顔を見せた。

メアリにとって初めてのこの家は、父親には生まれた家なのだ。

 …… そりゃあ、何も出来なくてとうぜんだよ。

父親は手持ち無沙汰で落ち着かないメアリの気持ちなど知る由もない。



 「 …… お父様。後で図書室の場所を教えていただける? 」

 「 …… いいとも。 …… メアリの気にいる本があれば良いがな。 」



伯爵家には伯父に当たる伯爵と伯母にあたる伯爵夫人、それから従兄弟に当たるジョージ、エリザベス、アンの三人がいた。

上から25歳、17歳、14歳。

エリザベスは今年デビューで一緒にお披露目されるようだ。

 …… まあ、一心に注目を浴びるよりは良い。

挨拶した時は、感じの良いおとなしそうな娘という印象だった。

ジョージは通りいっぺんの挨拶をしただけで特に印象はない。

代がわりした伯父の伯爵と同じように感情は表に出さない貴族的な人間なのだろう。

伯爵夫人はほっそりした儚げな人だ。

 …… 自分の意見を声高に言うところなど想像もできない。











お茶を飲んだ後、父親の案内で図書室に行くと先客がいた。

 …… 伯爵令嬢のエリザベスだ。

はにかんだ笑顔を浮かべて読んでいた本を胸に抱く。



「 …… 何を読んでいらっしゃるのですか? 」



恥ずかしそうに小声で答えたのは、流行の恋愛小説のタイトルだった。

 …… メアリは本棚を眺めた。

古典や神話、ギリシャ語やラテン語の背表紙も見える。

そしてその一隅に、女性向けの軽い読みものがあった。

メアリはため息をついた。

 …… 本は、生活必需品ではない。

それがこんなに沢山あるなんて。

 …… 人を羨んだ事などない。

それでも、ふと思うのだ。


この家に生まれてきたら、これらの本を自由に読む事が出来るのだと。

父親はふいと本棚に近づくとその一冊を手にした。

そのままソファに座ると本を読み始めた。

 …… メアリの読書好きは父親譲りだ。

メアリもワクワクしながら本を選んだ。


気がつくと執事が現れ食事の時間である事を告げた。

父親は照れ臭そうに笑った。

 …… 昔から、よくある事だったようだ。

執事の案内で食堂に行くと、伯爵が苦い顔をしている。



 「 …… ステファン。…… 食事の前に着替えるくらいの礼儀も忘れたか。」

 「 …… 申し訳ありません。 我が家では食事の前に着替える習慣がないので。…… つい、失念してしました。」

 


父親は悪びれる様子もなく肩をすくめた。

 …… こんな居た堪れない空気の中で、どうして平気でいられるのだろうか。

メアリは伯父に謝った。



 「 …… お待たせするのは申し訳ないと思ったのです。父に図書室に案内を頼んだのは、私なんです。さすがは伯爵家の図書室ですね。あまりに素晴らしくてつい、時間など忘れてしまいました。 」

 「 ……そうか、それなら仕方がない。これからは気をつけるように。 」

 「 ……はい。 ご親切に、ロンドンへ招いていただいた伯父様に礼儀知らずとは思われたくはありませんもの。 」



メアリはあまりへつらっているとは思われないよう、自然に言った。

質素な暮らしをし社交らしい社交をした事はなくても、幼い頃から母親から礼儀作法を厳しく躾けられていた。

 …… 正直な所、礼儀作法が必要になる場面に遭遇する事があるとは思わなかったが。



 「 …… お前の娘は、お前よりしっかりしているな。これなら、成功するやも知れん。 」



 …… 成功とは何か。疑問に思ったが、父親の苦い顔を見ては口を閉ざすしかない。

その後、食卓の会話は当たり障りのないものとなり、メアリは食事を楽しんだ。





食後の紅茶を楽しんでいる時、メアリは伯爵夫人にドレスメーカーを紹介してもらえないかと頼んだ。母親が以前頼んだ店とは没交渉だし、他に頼める相手はいない。




 「 …… もちろん、紹介するわ。エリザベスもドレスを誂えた店なの。若い娘たち向けの店だけど腕は確かなのよ。 明日の午前中にでも、行きましょうか。 」

 「 ……ありがとうございます。用意してきた服では心許なくて。ただ、あまり高価なものは作れないのです。」

 「 …… そう。でも心配はいらないわ。ドレスはシンプルな仕立てにして、リボンやショールで変化をつければ良いし、今年の流行はあまりゴテゴテしない方が粋なのよ。」



メアリは吃驚した。

伯爵夫人は大人しい女性だと思っていたのに、ドレスの話題は熱心らしい。

まあ女性なら気になる話題なのかも知れない。

メアリはふと母親を思い出した。

一緒にロンドンに来てドレスの話が出来たら ……そう思うと少し切ない。










 


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