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二つの愛  作者:
9/26

第九話

25

槇岡は私の腕をつかんで座るように促した。

「驚かせて悪い。だけど真剣に聞いてほしい」

こちらを見つめる瞳は相変わらず深い色合いをたたえている。

「もう一度言う。君に惚れた。この気持ちは動かせない」

……何を言ってるの? この男は。

私の表情に槇岡は軽くため息をついて組んだ手にあごをのせる。

「莉奈に心惹かれたのは」

つと目をそらして窓外の街灯の光に目をやる。

「今まで付き合った女には無い純粋さがあったからだ。外見だけ飾った女ならいくらでもいるからね。莉奈には本当にこっちの心の中に入ってくる。誰に対しても取り繕うような壁は作らない。生のままの愛情を向けてくる。

あいつと愛し愛されるのは本当に素の感情を交わせる相手だけだ。

そこに嘘はないし莉奈も嘘をつけない。莉奈の魅力も欠点も全部あいつのピュアさからきてる」

よく見ている。まったく同感だった。

「そこまで分かってるならなんで……」

組んだ手をほどくと柔らかなまなざしを向けてくる。

「気付いてないかもしれないが、君も莉奈と同じ純粋さを持ってる。世の中のあらゆる女を見てきた俺だから分かる」

「…………」

「口で愛を語ろうが損得で動く女、外面を取り繕うだけで生きてる女なら山ほどいる。

しかし純粋に愛情だけで動ける女は一握りしかいない。俺の周りじゃおふくろ、莉奈、君ぐらいだった。

君は出会った時にひるまずに俺に向かってきた。自分のためじゃない。莉奈を愛してるからこそ、自分をかえりみずに全力で向かってこれたんだ。

気付いていないかもしれないが、君も愛情で動く人間だ。そして本当は君の愛の方が深く激しい」

意外な言葉だった。自分をそんな風に思ったことはなかった。

槇岡の瞳が鋭く、しっかりと私をとらえる。

「家庭の事情は聞いてる。血のつながってない相手になかなかそこまでやれないだろう。

君なら家柄や金でなく愛で動いてくれる。君ほどの女は他にいない。莉奈も好きだがそれ以上に君に心を奪われた。

言ったろう。俺も莉奈と同じだ。気持ちに嘘がつけない。だから……」

しなやかな指先で私の手を包む。

「愛してる。俺と結婚してくれ」

「なっ……」

心までわしづかみにして離さない深いまなざし。美しい顔立ちから発散される剥き出しのオスの欲望。

ここまで強烈でストレートな感情をぶつけられたことはなかった。

こちらの抵抗をすりつぶすような押しの強さに思わず心が乱れる。

莉奈のことだったはずだ。いつのまにか自分の話になってる。もうめちゃくちゃだ。

「……ええいいわ、とか私が言うと思う?」

「突然で混乱させたのはすまないと思ってる。しかし時間が経てば落ち着く」

「あのねえ……」

頭がおかしくなりそうだった。現実が自分の理解を超えてしまっている。

「……もちろん莉奈には償いをする。何不自由ないようにしてやれる」

「そんな問題じゃない!」

「最初だけだ。時間が経てば元に戻る。みんな同じように付き合っていける。君と莉奈の立場が入れ替わるだけだ」

口振りに迷いが見られない。まるでもう決まったことのように話す。端正な顔立ちは確信にあふれていた。常軌を逸したことをさらりと言ってのける相手に頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。

「できるわけないじゃない。わたしたち姉妹なのよ……血はつながってないけど。妹の幸せを奪えるわけないでしょう!」

「逆だよ。莉奈にとってもまだマシな状況なんだ」

「えっ?」

「どこかの見知らぬ女に盗られるわけじゃない。自分の姉だ。莉奈は本当に君のことを慕ってる。姉として心から愛してる。自分の好きな男が大好きな姉と結ばれるならまだ打撃は少ないだろう。しばらくはショックを受けるだろうが、何とかなる」

頭痛がひどくなってきた。脱力して反論する気力さえ失せてくる。

「あんたってホントに信じられない男ね…… 金輪際こんな話しないで」

もう耐えきれない。私は立ち上がってハンドバッグを取った。

「とにかく今日のことは莉奈に黙ってて」

「ああ……当分の間は」

足が止まる。

「俺も俺なりに誠実なつもりだ。恋人として愛せない相手にいつまでも恋人の振りをすることはできない。いつかは真実を告げないといけない」

平気で「誠実」という言葉を使える神経が許せない。

にらみつける私にやれやれというように松岡は両手あげ、そのまま頭の後ろに手をやる。

「そんなに怒るな。いつかは決着つけなきゃいけないのは確かだろう?」

私は答えずに身を翻した。


これ以上一緒にいると磁力のような力で引き込まれそうで、むちゃくちゃな理屈に説得されそうで怖かったのだ。



帰りのタクシーでも衝撃が余韻のように身体の中にたゆたい、冷静に考えをまとめることができない。


私を愛している…… 


想定を超えた現実が目の前に迫り、日常に戻ることを妨げる。

槇岡の残像と莉奈の姿が窓外の風景に見え隠れする。

マリアちゃんの言葉が脳裏によみがえった。


「ほしい物は必ず手に入れる男」


莉奈になんと言えばいいのだ。

あんたのフィアンセはお姉ちゃんに惚れたからあきらめろと?


どうすればいい??

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