第七話
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初めは店の経営は順調に行くように思えていた。
スタッフの子たちも何くれとフォローしてくれ、年輩の人たちも心配したほど私に反抗したり嫌がらせをするようなこともなかった。
ホノルルからたえずオーナーや菅谷さんが連絡をくれてフォローしてくれた。
オーナー肝煎りで入社した経理・在庫管理担当は、さすがやり手の眼鏡にかなっただけあって仕事ぶりは文句のつけようもない。在庫管理に関しては新入社員の彼に皆がものを教わるレベルだった。
最初の不安も消えて店は軌道を踏み外すこともなく、オーナーに売り上げ日報をメールする時は胸を張るような気分だった。
そこは二十年以上続いてきた人気店、固定客とブランドがしっかりと根を下ろしていた。
多少の新規ライバルの出現してもやりあえるはずだった。
――あの店が現われるまでは。
気づいたきっかけは美和ちゃんの呟きだった。
「高階様、このころ姿見せませんね」
その言葉にハッとなる。
あの背後霊のように私をひいきしてくれてた有閑マダムの姿。
店長の仕事にかまけて上得意を失念していた。
そういえば、展示会やファッションウィークのご案内も送っているのにまるで姿を見せない。
(あの人にとって買い物は薬物中毒みたいなものなのに……)
不謹慎ながら一人思う。
社長である夫が多忙で不在、日々の欲求不満を買い物で埋めているのだ。
近場まで来たら用はなくても顔を出し、私らにあの肉付きの良い身体を見せてくる。
カレンダーに目をやってその異常さに気付く。
今までは月に数回――一、二週間に一度はのぞきに来るのが常だった。
かれこれ二か月近く姿を見せていない。
「言われてみれば……。まさか病気にでもなったんじゃないでしょうね。店任されたときに挨拶状も送ったのに」
うぬぼれてるわけじゃないが別荘に招かれるほどの仲だ。嫌われたとか、敬遠されてるとは考えにくい。
脚立に乗って壁に帽子の飾りつけをしていた陽子ちゃんが振り向かずに声をあげる。
「高階様ってあの眼鏡をかけたぽっちゃりおばちゃんですよね? 駅の近くで見ましたよ」
「“スイーツスタジオ”の近くでしょ? 食べ放題でお気に入りだったもの」
「いえ、そこじゃなくて。服屋です。あのコレピーノっていう新しいお店から出て来てました」
「コレピーノ?」
記憶を探っても見つからない名前に戸惑う。眉根をよせる私に美和ちゃんが棚から真っ赤なチラシを出して振る。
「これですよ」
「ああ」
閉じられていた扉が開く思いがした。
新装開店を告げる駅の看板。チラシを配る派手な舞台化粧をした踊り子風の若い子。
「……まさかあっちの店に通ってらっしゃるのかしらね」
なんとはなしに心にひっかかる。大口のお客であり長年のうちのパトロンだ。
どんなに新しい店ができても浮気する人ではなかった。よっぽど妙齢のマダムをつかんではなさない魅力があるのか。
ライバル店にも備えを怠らないのが店長の役目だ。
その辺は私もまだまだ従業員の気分が抜けていなかった。
「……一度偵察にいかなくちゃね。おたがいに新店長同士だし」