第五話
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「今後の店の運営は将来のテストになるからね」
ホノルルに発つ前にオーナーは説明した。
「とりあえずは店長代行という形でやってもらう。佐田君を副店長にして君をフォローさせるから。新しい人材も入れたし銀行にもよろしく言ってある。距離はあるけど今はメールだって何だって使える。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
「亜矢ちゃんなら大丈夫よ。今までいろんな子を使ってきたけど、あなたが一番よくできたもの」
菅谷さんは福々しい笑みを見せながら私の背中を叩いた。
「ただね、一スタッフとして働くのとトップで動くのは感覚が全然違うから。そこは気を付けて」
「はい、やれるだけやってみます」
こうして私は新しい肩書きと立場を手に入れた。
ずっと菅谷さんのそばに付いてて仕事のあらましは分かっている。
菅谷さんの代理で折衝することもあったのだ。
しかし頼れる人がいるのと自分に責任があるのではプレッシャーが違う。
発注も、人の手配も、店の管理も、すべてが自分にかかっている。
ウインドー越しの行き交う人々。
誰もがお洒落に着飾って東京の一番の華やかな部分が集まっているように映る。
目抜き通りの人気店。
二十代でここまで出世する人間は少ない。
私は大きく深呼吸して鏡で服を整える。
――失敗したら将来の道も閉ざされる。
身震いするような気持ちに襲われる。競技場に向かう選手と似た感情。
絶対に店は傾かせない。
自分にそう誓った。
◇
携帯が震えて画面を見る。
隼也だ。
結局私は隼也にはついていかなかった。
隼也も強いてエクアドルまでついてくるよう求めなかった。
幸い駐在期間は一年程度で終わるとの話だった。
お互いに別れを告げてはいない。
将来について本格的に話すのは帰国後になるだろう。
慣れない土地で寂しいのか、現地に行った当初は毎晩のようにメールが入っていた。
直接に顔を合わせる機会が減った分、逆に仲が深まったような気もする。
メールで時にはスカイプで私たちは会話を交わした。
一昔前の遠距離恋愛と違ってほんとにIT技術というものは有難い。
どのみち店長に就任が近づいてずっと目の回るような忙しさが続いていた。
これからはもっと多忙になる。
隼也が日本にいても会う回数は減っていただろう。
使い勝手の良いネットの方が逆に仲をとりもってくれていた。
――そう、その時までは公私ともに新しいスタートを切れてるように見えていたのだ。