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二つの愛  作者:
3/26

第三話

17

「来週にみんなで会おうよ」

莉奈は何度も電話かけてきては槇岡を紹介したがった。

根負けした私は、横浜にあるという槇岡の別荘に集まることになった。

「美津が車で迎えに行くって」

「分かったわ」

泊りがけになるので店にも休みをもらった。


金曜の夕方、駅前に立って槇岡を待つ。

ただ会うだけなのに戦いに出るような気分だった。


遊びのつもりなら手を引かせる。

莉奈をおもちゃにはさせない。


莉奈はただ姉に愛しい婚約者を紹介できると喜んでるだけだ。

何も知らない……


ふぅと大きく息を吐いて気を引き締める。

父さんも義母さんももういない。

私が守らないといけないのだ。



週末の雑踏の中、制服姿の運転手の大型車が近づいてくる。

後ろのウィンドーが下りて槇岡が顔を出す。

「亜矢さん」

「どうも」

口惜しいが微笑みかける“敵”は魅力的だった。

店で誘いをかけてくる男たちより正直心惹かれる。

運転手が下りてきてドアを開けてくれた。


(すごい……)

足を踏み入れて息をのんだ。思わず内装を見回してしまう。

心地よくクッションの効いた革張りの座席。寝転がれそうなぐらいの広さがある。

大理石風の手洗いスペースまでしつらえてあり、調度の境目にはマホガニー製らしい光沢ある木材が敷かれている。

槇岡は座席背面の冷蔵庫のドアを開けた。

「飲み物は何にする?」

中には炭酸水からアルコールまで一通りそろっているようだ。

好きなカクテルをもらおうとして気が変わる。


酔っちゃいけない。

仲良くするために来たんじゃない。


「ジュースか何かはあるかしら」

「あるよ。オレンジジュースからコーラでもなんでも」

ソフトドリンクの列を見せる。

「じゃあフルーツジュースで」

「お酒は嫌い?」

「いえ、そうじゃないけど」

槇岡はクリスタルグラスに氷とジュースを注ぎ、小皿にゴディバのチョコレートとクッキーを添えてくれた。人あしらいに慣れていて振る舞いも紳士的だった。


……だまされないから。


一口だけジュースに口をつけて、どんとグラスをボートに叩きつける。氷が少しはねた。

「今日は話しがあって来たの」

不思議そうに槇岡は私を見る。

「えっ? そりゃもちろん……」

そこではじめて私の目付きに気付き姿勢をあらためた。両手を組んで私と向かい合う。

「……どんなことかな?」

「莉奈をどう考えてるの?」

「はっ?」

「莉奈をもてあそばないで」

言うことを聞かないならつかみあいをしてでも止める。そんな気持ちだった。

「……何を言ってる?」

「莉奈を泣かせるようなことしたら許さないから」


槇岡は目を丸くして言葉を発しない。運転手がこちらを気にしているのに気づき、槇岡は小脇のスイッチを操作する。前の座席との間に仕切りが昇り、後部座席はプライベートの空間になった。

「ちょっと待て、落ち着いてくれ」

「あなたにとってはただの気晴らしかもしれない。でも莉奈はそうじゃない。

本気なの。真剣に恋をしてるの。結婚まで約束して踏みにじられたらどれだけ傷つくか」

「おい……」

「お金と権力でね、何でも言うこと聞かせられると思ったら大間違いよ!」

私の剣幕に押されてか槇岡は口を閉じる。頭に手をやってため息をついた。

「君は……何か勘違いしてるんじゃないか」

「ごまかさないで! あなたのことはちゃんと知ってるんだから」

私は何もかもぶちまけた。遠慮なんかしてられない。槇岡の過去のこと、女の子たちの評判……


予想通り槇岡の評判は最悪だったのだ。

他のモデルの女の子たちからもどれだけ悪評を聞かされたことか。


黙って槇岡は聞いている。

私が話し終わるとしばらく何か考えるように黙った。

ややあって小脇のボタンを押して

「ちょっと止めてくれ」

と言った。仕切りが閉まっている時のマイクになってるようだった。

「別荘が見えてきた。ちょっと外に出ないか」



見晴らしの良い坂だった。

瀟洒な建物が立ち並び一棟だけ場違いに真新しいタワーマンションもある。

建物が息苦しく立ち並ぶ東京と違い、空気にも憩いがある。

「あれがうちの別荘」

ひときわ敷地の大きい建物を指さす。緑の敷地があるのはゴルフ用らしい。


高台だけあって風が気持ちよかった。

私は髪を直しスカートの裾を押さえながら槇岡のそばに立った。

槇岡は柵に手をかけ風に身がさらされるのにまかせている。


街並みに目をやりながらぽつりとつぶやいた。

「……心外だな。そんな風に思われてたなんて」

「だって本当のことでしょう。自分のせいじゃない」

振り返って槇岡はまっすぐに私を見る。

「君は何か誤解してる。世間で何と言われようがかまわないが、莉奈の姉さんにまで悪く思われるのは嫌だな」

「じゃあなに、全部嘘だっていうの? それに私だって見たわ」

「なにを」

「神戸で。あなたが女の子と一緒に船から降りてくるのを。莉奈と婚約してるのに……」

 槇岡は顔をしかめる。

「女の子? 由衣のことか? 赤のワンピースの。あれは会社の秘書だよ。船上でパーティーやってたからその手伝いもしてくれた」

「ふーん。プライベートなパーティーに会社の女の子を呼ぶの?」

「だって莉奈は船が嫌いだって言ってたから。酔うから」

「…………」 

それは本当だった。私は言葉につまる。

「じゃあ昔の女の子との話は?」

「全部嘘とは言わない。何人かと付き合ったり別れを繰り返したのは事実だ」

「ほら、やっぱりそうなんじゃない」

槇岡は強い目線で私に迫る。

「じゃあ君は誰かと付き合ったら必ず結婚するか?」

「……そうじゃないけど」

「俺だって真剣にパートナーを求めてる。何人もと付き合ってきたのは事実だよ。でも気まぐれで捨てたりもてあそんだことはない」

「だって……女の子たちが遊ばれたって……」

「彼女らがどうとってるかは知らない。だけど付き合ってる時は真剣だ。本気でやってる。

でもずっと付き合ってると、相手の言葉の端々とか、態度一つで人間性も分かってくる。これじゃ上手くやれない、ってのもあるだろう? ひどく失望させられたりね」

尋ねるように私を見る。

「俺は愛情が冷めたらはっきりそう言う。それだけ本気で恋愛してるからさ。好きでもないのに惰性や欲望だけで関係続ける方が侮辱してるじゃないか」

「それは……」

「時には誤解されて嫌われるかもしれない。切る時はきっぱり切るのが俺の信条だから。でも複数の子と同時に付き合ったことは一度もない。必ず相手は一人だ。別に好きな子ができたらそう言う」

「でも……妊娠してるのに一方的に捨てたり、あなたのためにキャリアを捨てた子だっているんでしょう?」

槇岡は顔をしかめた。

「妊娠の話は完全にウソだな。俺は誰かを身ごもらせたことはない」

「だって……マリアちゃんが」

「本当に俺の子なのかって話だな」

そう言われれば本人に確認したわけじゃない。私も噂だけで判断していた。

「だいたい」

首を振って槇岡はそっと私の耳元でささやいた。

「避妊には注意してる」

思わず顔が赤らむ。

「そんなことまで言わなくていいから!」

「悪い悪い」

槇岡は口元をほころばす。

「君は誰かの話で俺ばっかり悪く言ってるな。欠席裁判だよ」

「…………」

「その子が浮気してたとか考えられないのか? 俺と付き合う前後に彼氏も居ただろう。時々俺の子供とかいって押しかけてくる女もいるし」

目の前の高級車、槇岡の別荘。

確かに世の中には身持ちの悪い女もいるけど……。

「キャリアを捨てたっていうのは……サヤカのことか。こっちが辞めるなって言ってるのに勝手に自分で辞めてきた」

「あなたがそうさせたんじゃなくて?」

「そんなことさせない。だいたい結婚もしてない相手にそこまで要求するのもおかしいだろう。それに家のことを手伝ってくれる相手ならいくらでもいる」

「…………」

「君の言ってるのはまた聞きばかりだな。本当に俺と付き合った相手から聞いたのか」

反論できない。自信がぐらついてくる。

「もう一度言う。莉奈の前にも付き合った相手がいたのは本当だ。思った相手と上手くいかないことだってある。それが恋愛じゃないか」

隼也のことも思い浮かんで反論できない。

「……それは」

「交際した相手と絶対結婚するとは限らない。大昔じゃあるまいし」

「…………」

「莉奈だってそうだ。自分で言ってたよ。過去にいろいろと恋を求めてきたって。俺はそれでもかまわない。受け入れた。それだけで莉奈を否定しない」

「…………」

黙ってる私に槇岡はふっと力を抜いて笑う。

「悪魔の代理人の不足だな」

「えっ……悪魔?」

「外国の言葉。悪魔みたいな相手にだって必ず弁護する奴が必要ってこと。一方の意見だけだと真実が分からなくなる。片方の意見で判断するな、反対意見も聞け、どんなに悪そうな相手でもって。法律や政治の考えでね、大学の教授が教えてくれた」

「…………」

「ことに色恋沙汰は私情がからむし、スキャンダルには尾ひれがつく。週刊誌に一方的にたたかれて芸能人が反論することもあるだろう? 俺を嫌ってる連中だっていっぱいいるから」

槇岡の話を聞いてるうちに意外な思いに打たれた。

(けっこう考えてるじゃないの)

軽薄で性質の悪いプレイボーイかと思ったら……

整った顔立ちの瞳の奥には強い意志をたたえられていた。


——ただの成金ぼっちゃんでもないのね


突っ走ってしまった自分が気恥ずかしくなってくる。

「でもね……すごく強引に女を手に入れるとかの話もあったし」

にやりと口元をゆがめる。

「それは否定しない。狙った相手は絶対手に入れる。どんな手を使ってもね」

瞳から大人の表情が消えオスの色彩が揺れる。そっと私の背中に手を添えてささやく。

「それが“好き”ってことだろう? 自分を抑えきれないのが恋だ。それに」

口元に不敵な笑みを浮かべる。

「魅力的な女には競争相手も多い。強引にでも奪う」

思わず槇岡の手を振り払って距離を取る。

「分かったわ。ちょっと大げさだったわね。噂話だけで文句つけたのは悪かったわ」

「分かってくれたかい」

「でも少しは信憑性もあるみたいね。莉奈と婚約までしたなら真剣に付き合って」

「それは心配いらない」

正直過去の女遍歴は気に入らないが、思ったほどの悪い男ではないようだった。

それに莉奈の過去を持ち出されるとこちらも弱い。

とてもじゃないが莉奈も恋人は一人とは言い難い。


気づくと夕闇が迫ってきていた。槇岡は空を見上げる。

「少し冷えてきたな。車に戻ろう」

大きなコートでかばうように私をエスコートしたが途中で急に笑いだした。

「なに?」

「しかし君みたいに子は初めてだ。あんなに激しく正面切って俺の過去まで文句つけて……」

「……そう」

「うちのおふくろぐらいだよ。あそこまで言うのも。しかも自分じゃなくて妹のことで」

「知ってるかもしれないけど、私たちにもう親はいないの。お互いだけ。だから……」

「……そうか」

車に戻りながら槇岡はもう一度深い色合いの瞳で私を見つめた。


「本当に愛せる相手を見つけるのは難しい。そう思わないか?」

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