第十七話
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けたたましい着信音が深い眠りを破る。
枕もとのデスクランプにスイッチを入れると二時だ。明日は六時起きなのに。
音楽を聴くのに携帯の音量を上げたままにしてしまっていた。
画面を見て固まる。莉奈だ。
通話ボタンを押せない。
まだ槇岡の気持ちは莉奈に明かしていないが嘘はつけない。
どうしよう。
出ないでおこうか。仕事が忙しいとごまかして……
責めるようにコール音は鳴り続ける。
既に十数回を超えてるのにまだ切らない。
深夜の薄暗い部屋に重く寒々とした空気を作り出す。
(まずい……)
こちらの都合を気にしてない。
完全に自分の感情におぼれて周りが見えなくなってる莉奈だ。
何かあったと分かる。この調子だと朝までも鳴り続けるだろう。
心を決めて鳴り続ける物体に手を伸ばす。
「ごめん莉奈。寝てた」
雑音のような声がして聞き取れない。
「莉奈? 聞こえてる?」
通話の音量を調節して気付く。もう泣いてる。ぐずついた泣き声……
やれやれだ。
「莉奈? あたし。答えなさい」
「お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
「美っちゃん……美津が」
「え?」
胸騒ぎがして携帯を握りなおす。
「……信じられない」
「何? はっきり言って」
「私と……私と距離を置きたいって」
言うなり莉奈は号泣した。手から携帯が滑り落ちる。通話口から絶望の音は響き続けた。
冷たい現実がはっきりと私の目を覚まさせる。
「槇岡さんが……直接あんたに言ったのね?」
「そう」
……全身から血の気が引く。
「理由は……言った?」
「ううん。言わないの。何度聞いても。ただ距離を置こうって…… なんで……!」
とうとう一線を越えてしまった。槇岡は後戻りできないところに踏み込んでしまったのだ。
歯噛みする思いで太腿に拳を打ち付ける。
「お姉ちゃん! 美津は何か言ってたの? 私に不満あるとか、別れたいとか?」
胸が激しく動悸を打つ。口の中がからからに乾いて言葉が出ない。
「お姉ちゃんってば!」
「…………」
今まで二人の間で隠し事をしたことはない。莉奈はいつも本音でぶつかってきたし、私も嘘はつかなかった。
「ねえ……莉奈……」
舌先が痺れたように動かない。
口先だけのごまかしは言えない。よりによって自分が原因なのだ。
急性の貧血のように頭がふらつく。
形だけの慰めを舌にのせると何か莉奈との間の大切なものを汚してしまうような気がした。
莉奈をこんな風に追い込んでるのは私にも責任があるのだ。
無理やり言葉を押し出す。
「莉奈…… 人間はね、ちょっと気持ちが変わることもあるの。結婚前に冷却期間をおきたくなることもあるし。それに全てが終わったわけじゃない……。特に結婚って大事なことでしょう。お互い軽はずみはダメ。もう二人とも大人…… あんたもたくさん恋愛してきたからいろいろと分かるでしょ。だから……」
「でも……理由が分からないの! 今までずっと好きだって…… 大切にするって…… なのに」
泣きじゃくる。
「…………」
「他に女の人ができたらそう言えばいいじゃない。美津は何でもはっきり言うのよ。でもなぜか言わない。何か隠してる……だから分からないの。納得できないの!」
きりきりと胸が痛む。莉奈は再び泣き出した。
「莉奈、落ち着いて」
力なく声をかける。
ダメだ。とてもじゃないが槇岡と関係を深めるわけにはいけない。莉奈を不幸にはできない。
「もう一回私が話してみるから」
なんとかして関係を修復させないといけない。
……自分が身を引く。それしかない。
慰めの言葉をかけながら私は覚悟を決めた。




