第十四話
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「あのお店おかしいわよ」
朝のミーティングで佐田さんが言った。近場の新店舗『Collepino』の愚痴をこぼしてる時だった。
佐田さんはもともと量販店の買い付けからキャリアをスタートした人で、海外の販路に明るいところを買われてオーナーにスカウトされた。二十年近くアパレル業界にいて私よりよっぽど事情通だ。
「店長、気付かなかった?」
「品揃えですよね? 全部見て回ったわけじゃないけど」
「品ぞろえも抜群なんだけど値段がおかしい。あれで利益出るわけないわよ。仕入の手間も考えて。海外ブランドばっかでしょ」
佐田さんはいつになく真剣な表情だった。海外品だと輸送費から保険から色々と余計なコストがかかるのだ。
「最初は開店の客寄せかなと思ったんですけど」
佐田さんは首を振る。
「いくらなんでもブランド品であの値段設定はないわ」
世の中高値の品に価値を感じる層も多い。服飾の世界は常に虚飾と幻想が入り乱れてるのだ。ブランドによっては売れなくても値下げ厳禁と契約に入ってる時もある。
モデルや映画女優など人目を気にする顧客だと、安いというだけで品物を拒否する時がある。
品物の宣伝用タレントに気を遣うのもそこだ。モノだけでなく虚飾も売ってるのだと。あえて市価の何倍も高く付けることもあるぐらいだ。
入店したての頃、なるべく値段を抑えるのが良心的と思っていた私は、その辺の人情の機微を叩き込まれたものだった。
「あれじゃメーカーからも文句出そうなもんだけどねえ」
「後から値上げする作戦なんでしょうか。固定客を付けて」
高階様のことが思い出された。しかし佐田さんは再び首を振る。
「通常価格って言ってたわよ。客の振りしてさぐり入れたらね、店員が」
「不思議ですねえ。テナント代ちゃんと払えてるのかしら」
美和ちゃんが横から口をはさんだ。
「前にあそこの二階に入ってたモリジュエリーですけどね。月に300万売り上げてもテナント代で死ぬって愚痴ってましたよ。結局移転しちゃったし」
そう。一等地は場所代で泣かされる。宿命だ。
「下手したら原価割れしてるわよ。あれでやっていけるのかしら」
佐田さんは両手でカップをはさんで珈琲を啜った。
「オーナーは海外の方だって。店の代表は日本人らしいけど」
「とにかくうちにとっては迷惑ですよねえ」
美和ちゃんも苦笑気味に言った。
今までは世界の一流ブランドの旗艦店にだって負けてこなかった。
長期の固定客と流行に左右されないセンス。品物の選択眼。
そこがうちの強みだった。だから知名度や資金で劣ってもやりあえた。
(でもあんな商法でこられたらたまらない)
売り上げ報告時のオーナーの不機嫌な声が頭にこだまする。
奇妙にデザインや品ぞろえもかぶっている。
帳簿をめくりながら佐田さんはやりきれないといった調子でつぶやく。
「明らかにあの店の影響よね」
最近ではSNSでも評判で、地区の情報誌のホットスポットとしても取り上げられている。ファッション誌の取材も受けているようだ。
「困ったわねえ、あの調子でやられると」
まだ壊滅的な打撃とまではいかないが、長引くほどじわじわと効いてくる。
長期に売り上げ低落が続けば私の評価も下がる。二十年続いてきた店が私の代でポシャってしまうのだ。
ビジネスの世界では数字がすべて。言い訳は通用しない。
予期せぬ悪条件はどこの店だって経験する、あなただけじゃないよ、乗り切りなさい。
そう言われるのが落ちだ。
私は自分の裁量で競争に勝たないといけないのだ。
失敗したら、やはり若い私には重荷だったと見なされ将来の道も閉ざされる。
任せたオーナーも恥をかくだろう。
陰で私の抜擢をやっかんでる人もいるのだから好ましい展開にはならない。
(よりによってなんで私が店長の時にくるのよ)
じわりと、心が汗ばむような焦り。
将来に歩みだそうとした瞬間に大きな石につまずかされている。




