第十三話
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レストランに入るなり隙のない服装に身を固めた長身が軽やかな身のこなしで迎えに来る。
店内の照明にオールバックの端正な顔立ちが映えて、店にいる女たちがちらちらと視線を送ってくる。
「待ってた」
口元に笑みを漂わせて私に腕をさしだす。
「そう」
冷ややかにあしらうも槇岡は口元の微笑みを崩さない。拒否されるとまるで思っていない力強く自信に満ちた物腰。口惜しいが男としての魅力に溢れてるのは否定できない。
「席は?」
「あっちだ」
槇岡を無視して私は先に歩く。周囲は渋面の私と槇岡との違和感にとまどっている。
この男に向ける笑顔などないのだ。
鎧のように固く引き結んだ顔のまま、私はすぐに切り出した。
まだ私の飲み物も運ばれてきてなかったが、気にしてる暇などない。
にやつきながら槇岡は私の言葉を聞き流してアペリティフを口にする。いらだって袖を引く。
「いい、わかった? これ以上やると店の人にも迷惑になるの。私の将来にも関わるから。やめてね? あなたは私にとって妹の婚約者。義理の弟。それ以上の立場で接することはないから」
婚約者、のところに力を入れる。槇岡は涼し気な顔で壁の油絵を眺めている。
「聞いてるの! それから、こんな風に会うのだってよくないわ。いつ莉奈にばれるか……」
莉奈、の名前にようやく槇岡は姿勢をただす。
「それに私だって…… 言ったでしょう。私にも彼氏がいるの。根本的に私たちは相容れないのよ」
これ以上迫られるのはごめんだ。はっきりと断ち切る。すべてを。
「こんな密会じみた真似もほんとはできないのよ。私だって変な噂が立つの嫌だし。どんなに誘ったって無駄、あきらめて」
これ以上にないぐらい熱を込めたが、槇岡は動じる様子を見せない。
純白の制服を着たウェイターが料理を運んできたのでしばらく言葉を切る。
皿が並べられ終わると、槇岡はフォークを手に取ってもてあそびながら、ふざけたような上目遣いを見せた。
「彼氏のことなら知ってる。それで君は彼に満足してる?」
さすがにカチンときた。
「大きなお世話よ」
運ばれてきた炭酸水を流し込む。
「私を愛してくれてるし、私だって…… そりゃ不満ぐらいあるわ。でも上手くやってる。カップルなんてみんなそんなもんでしょ」
槇岡はふざけたような表情をやめない。
「大きな不満はないと?」
「まあね……今はちょっと会えないのがつらいけど」
「愛してくれてるか……」
にやつきながら瞳を閃かす。
「どうだろうな。エクアドルの隼也君」
「……なんで知ってるの?」
「莉奈からも聞いたが、ちょっと調べさせてもらった」
「はあ?」
わざわざ? まさか自分の金とコネを使って……? 底知れぬ怖ろしさを感じる。
「で、君は今彼氏が何をやってるのか知ってるのかい?」
楽しむような口調で槇岡は言う。
「何って……仕事やってるわよ。あっちで」
くすくす笑って髪をかき上げる
「仕事だけじゃないだろ」
「なにが……?」
いたずらを思いついた子供のような表情で身体を乗り出す。
「最近、彼氏からの連絡が少ないだろ」
「…………」
「昔と違って連絡が遅くなった、前はすぐに返信してくれたのに。何日も返事がこないこともある……」
言葉に詰まる。反論できない。
「時……時差もあるわ……慣れない海外支社で仕事も忙しいし」
心を見透かしたように槇岡は口調をがらりと変える。
「忙しくても、距離があっても、好きな相手となら話したくなる」
「それは……」
答えられない。
「関係ないでしょう。あなたが口出すことじゃない」
「君の隼也君はショウジマ・フードプロダクト・ディベロップメントの資材配給部門だね」
「えらく詳しいわね」
ポケットに手を入れると槇岡は、大判の写真を二枚テーブルに置いた。
「この子達をどう思う?」
一人はブルネットの長髪が胸元にまである外国人女性。真新しいシャネルのスーツが体形にぴっちりと決まってる。服飾の広告モデルにぴったりだ。
もう一枚には、褐色で目鼻立ちが派手な金髪女性が写ってる。笑顔がまぶしい。典型的な南米美人という印象を受ける。
「二人ともすごく美人」
「そりゃそうさ。スーツ姿の方は現役のパリコレモデル。ジェシーだ。もう一人はミスユニバースの南米代表ファイナリストに残ったティアラ」
「ふーん」
槇岡は二枚の写真を指にはさんで私に突きつける。
「この二人を君の彼氏の元に派遣した」
「なっ……!」
何を考えているのだ、この男は。
「……なんで」
「言ってみれば刺客だな」
整った目元に獰猛な光が宿る。
「非合法な手段は何も使ってない。ただ正面からアタックさせただけだ。誘いに応じるかは君の彼氏次第と」
からかうように写真をぶらぶらと振る。苦い嫌な予感が胸元にせりあがってくる。
「外国で一人。社内には美人秘書。リゾート地では美しい現地女性の誘惑…… “愛してくれてる”か知る格好のチャンスだな」
ぞわぞわとした悪寒めいたものが身体を震わせた。
私の反応を楽しみながら、獲物を狙う爬虫類のような目でもう一枚の写真を差し出した。
「そして、これが結果だ」
「……!」
水着姿の二人の美人にすがりつかれ、だらしなく目尻を下げている隼也。
(……あのバカ)
たっぷりと時間をかけて画像を見せつけると、槇岡はサディスティックな笑みを浮かべて私の耳元に顔を近づける。
「お望みならもっと過激な写真も……」
「やめて!」
耐えきれず腕を振り払う。写真が吹き飛んで槇岡が笑って拾い上げた。
(ほんと、殴ってやりたい)
呼吸が荒くなって止まらない。
怒りは隼也に対してなのか、目の前の槇岡に対してか分からなかった。
どうだと言わんばかりの槇岡に爪を立てたい気分だったが、どこかであきらめのささやきも聞こえる。
(あんな目の覚めるような美人、それも二人に攻撃されたら……)
男ならひとたまりもないだろう。認めたくないが私より何倍も美しくそしてセクシーだ。
「……あんたが金で雇って誘惑させたってわけね」
「そうだな。うちの社は南米にもネットワークがある。誰かを秘書役に送り込むぐらい造作もない。リゾート地で出会いを作るのもね」
くくっと槇岡は思い出したように笑う。
「今回は飛び切りの女エージェントになるからな。一千万は使ったな。思ったより早く落ちたな、っていうのが正直な感想だ」
手が震えてグラスをつかめない。現実を受け入れたくなかったがどうしようもない。
「愛は一方通行じゃ成立しない。君が好きでも……お相手の隼也君の気持ちはどうかな?」
「いいかげんにして!」
グラスが飛ぶ。テーブルの上の食器が汁をはねて落ちる。
「最低男! お金があればなんでもできると思ってんでしょ!」
お盆を抱えたウェイターを突き飛ばしそうになりながら、私は店を飛び出した。




