第十話
26
(おかしいわね、まだ来てない……)
多忙な中の久々のオフ。
ベットでのんびりとゴロ寝できる幸せを味わいながら携帯をいじる。
隼也からのメールはまだ届いていない。
三日前にこちらから送ったのだから、読んでるのは間違いないはず。
以前は早い時では三十分以内、遅くても半日たたない間に返信がきていた。
取引先と会食などがある際は「悪い、ちょっと出れない」といったショートメッセージを必ずする男なのだ。
(仕事が軌道に乗って忙しいのかしらね、隼也も)
現地時間の差もあって、ずいぶんとスカイプでも顔を会わせてない。
(槇岡とのことがあるから話したいのに……)
肝心な時に返事をくれない。
ビールを片手に写真立ての隼也を引き寄せる。
「分かってんの? こっちは誘惑されてるのよ。名うてのプレイボーイに」
ため息がもれた。
槇岡の底知れぬ強引さは私の心をすくませていた。
何よりあの強い光をたたえた瞳。深い漆黒の色合いに潜む相手をつかんで離さない野性味。
美貌の中にオスとしての本性を剥き出しにされて、足元がふらつくような不安に襲われていたのだ。
どこか心の支えとして隼也の声がほしくなったのかもしれない。
(いっそ隼也と一緒になれば槇岡もあきらめるだろうか)
ふとそんなことを思う。隼也もなんとなくそう匂わせている。
帰国したらプロポーズしてくる可能性が無いとは言えない。
もしくはこっちが積極的に出れば隼也だって考えるだろう。
床に降りてベットに背をあずける。曇ってるのか窓を見上げても星の瞬きは見えない。
――隼也を好きなのは間違いない。
でもまじめに結婚といったことを考えると、どこか心の一部が冷めるのを自覚する。
ボーイフレンド。
それがぴったりの言葉だ。
からっとした陽気でお人よし。付き合って気持ちいい性格だけどどこか頼りない。弟のように感じる時もある。
隼也もやはり今どきの男で、あまり結婚願望も無いようだ。
家庭を持つとか考えると引いてしまうところもあるだろう。お互いに若い。
私も隼也と同じだ。
学生の頃に交際経験が乏しかった自分が“恋愛のようなもの”を楽しんでる。
本気になれる熱さは感じてない。
友達以上の異性。そんな気もしてくる。
店のことだってある。
夢がかなうかもしれないのに、小さな家庭の幸せで壊したくない。
槇岡の声が頭の中でこだまする。
「俺は相手を無理やり家庭に入れることはない」
あんな短い付き合いの間に決断し、結婚を求めている。
何年も付き合いながら先延ばししている隼也とは対照的だ。
なんでも持っている男。
美形で、大人で、押しも強く、日本有数のコンツェルンの跡取り。
慌てて頭を振って槇岡の残像を振り払う。
(あんな最低男より隼也がましだ)
そう思う。でもどこか無理に思い込もうとしてる、その自覚がある。
心の奥で何か熱っぽい気持ちが生まれてる。
槇岡がもたらした痺れるような熱い感情。
認めたくない。
あの一夜のことは莉奈にまだ話してない。話せるわけがない。
心が揺れてはいけない。
――愛を真剣に求めてるから私に気持ちが移った?
じゃあまた別の女に「本当の愛」を感じたら私から去ってしまうかもしれないではないか。
まだ隼也の方が信じられる。私を一途に見てくれる。
金や名誉で目を曇らせてはいけない。
隼也との愛が幸せになれるはずだ。
心の中の熱さを消すように冷えたビールを流し込む。




