49話・旅する商人
タイラント帝国との戦争から、三ヶ月が経つ。
この期間、俺にとってはゆるりと流れていたが、国の上層部や世界各国から見れば、嵐のように過ぎ去った激動の三ヶ月と言えよう。
それでも王都の雰囲気は余り変わっていなかった。
長年積み重なってきた日常は、そう簡単に壊れないという事かもしれない。
俺は王都を散策しながら、そう思った。
ここ最近は訓練が終わると、こうして気の向くままにぶらりと王都を回るのが趣味だ。
落ち着いて歩いていると、新たな発見が沢山見つかる。
例えば露店販売。
許可を申請すれば、誰でも店を構えられる。
その特性から露店の入れ替わりが早く、通行人を飽きさせないスパイスとなっている。
今日は何があるかな。
露店が並ぶ大通りを歩く。
内容も店によって様々だ。
アクセサリーだったり食べ物だったり、とにかくこういうごちゃごちゃした雰囲気は、嫌いではない。
と、一つの露店が目につく。
「おっさん、それは?」
「ピザだよピザ、片手で食べられるな」
俺が目をつけたのは中年のおっさんが経営する露店。
赤色のトマトソースと黄金色に輝くチーズが食欲をそそる、手のひらサイズのピザが並んでいた。
「一つくれ」
「あいよ」
金を渡す。
同時に手渡されるピザ。
葉を利用した袋に入っているので、手は汚れない。
「へえ……」
手に取って持ってみると、また印象が変わる。
トマトとチーズの香り、それからハムの香ばしい匂いも充分に伝わってくる。
食べるのに躊躇する理由が無い。
大口を開けてかぶりつく。
直後、口の中が幸せになった。
ハムとチーズの旨味を、トマトの酸味が丁度良い具合で中和してくれる。
一口、二口、三口……あっという間に食べてしまう。
当たりの露店に出会えたな。
その後も都内を散歩する。
露店もいいが、しっかり居を構えた店も良い。
美味しい飲み物でも口にしたい気分だ。
と、その時。
「だから、金払えって言うてんやろ!」
「ああ?」
「ここら纏めてんの誰だと思ってんだ、おい!」
揉め事の現場に出会ってしまう。
数は三……露店の前で争っているようだ。
ガラの悪い二人の男が、赤髪の女性に詰め寄っている。
地面には、露店で販売していたと思われる商品が何個も転がっていた。
その商品が何なのかまでは分からない。
ピタリと、足が止まる。
以前の俺ならスルーしていたろう。
しかし冒険者としての活動や戦争が、俺を強くした。
「一度シメなきゃ分かんねーみたいだな、女」
「ウチはしっかり許可貰ってる!」
「やっちまうか」
二人の男が手を伸ばす。
女性はビクリと身を縮こませるがーー
「やりすきだ、そこまでにとしけ」
「何だテメエは!」
男達の腕を掴む。
そのまま万力のように締め上げた。
「い、いででででで⁉︎」
「や、やめろ、千切れる!」
「なら、払うもん払えよ」
「わかった、払う払うから!」
腕を離す。
男達はポケットから数枚の銀貨を捨てるように渡し、脱兎の如く逃げていった。
ああいう輩を減らす方法は無いものかね。
俺はくるりと振り向き、女性に怪我はないか尋ねる。
「ええと、だいじょーー」
「つよ! お兄さんつよ、どんな力してんねん!」
「はあ……」
女性は素早く商品を拾い上げると、まくしたてるようにペラペラと男達への罵倒や俺への感謝を言った。
「いや、本当にありがとうな。あいつら、ウチの商品にイチャモンつけて金払おうとせんかったんや」
「災難でしたね」
「ほんまや。何処の国もああいう輩は必ずおるし、ああー安心して商売したいわあ」
言いながらチラチラと俺を見る女性。
え、何この展開?
早すぎて状況を理解出来ない。
「あの、何処か場所をかえ」
「ああー! 誰かウチみたいな美少女守ってくれるナイト様おらんかなー! ああー!」
やかましく喚く女性。
次第に周囲の視線が俺へ集まってくる。
「うるせえな! ボディーガードやってるやるから少し黙ってくれ! ……あ」
つい、するりと口が開いてしまう。
女性は俺の失言を見逃さず、キラリと目を輝かせてしなだれかかってきた。
「なら、しっかり守ってくださいな」
「……分かったから、事情を聞かせてくれ」
ウインクする女性。
俺はため息を吐いて諦める。
とりあえず、名前を尋ねた。
「ウチ、ウィンディーネってちゅう者やけど、長いからディーネでええで、よろしゅうな!」
露店の商品を並び直しながら、ディーネは言う。
真っ赤な赤髪を腰まで伸ばしており、瞳は紫色。
背は女性にしては高く目視百七十センチくらい。
歳は……うーん、分からない。
少女と思えば少女だし、大人の女性と思えばそう見える。
美少女と美女、その中間くらいだ。
本人は美少女と自称しているが。
「俺はスペード、ただのスペード」
「んん? どっかで聞いた事あるような……ま、ええか」
興味無さげにディーネは話しを進める。
俺が女王の婚約者とは知らないようだ。
その方が楽なので、そのままにしておく。
「ウチな、ついこの前王国に来たんよ」
「となると、別の国の人間なのか?」
「そや。商業国家ダイハクテン、ウチの生まれた国」
商業国家ダイハクテン。
確か大陸から見て、西の方にある国だ。
因みにフェルグラント王国とタイラント帝国は、大陸から見て南にある国である。
「それは、随分と長い旅だな」
「けど、ウチの夢の一つなんや。色んな国回って物売って、いつかは自分の商会をデッカクする」
驚いた、自分の商会を持っているのか。
なんて言うと、ディーネは恥ずかしながら訂正した。
「ま、商会って言っても、吹けば飛ぶような極小規模なもんやけどな。ダイハクテンには、そういう商会腐る程あるで」
「へえ」
商売の世界も厳しいようだ。
「だから、この目で色んなもん確かめてみたいんや。その為の第一歩かな、フェルグラント王国は」
瞳を輝かせながらディーネが言う。
彼女は、自分の夢に全力だ。
それはとても美しい事だと、俺は思う。
「……ま、今日一日だけなら護衛でも何でもするよ。これも縁だしな」
「ほんまか! ならヤバイ所行くしかないな、闇市とか!」
「え」
俺は口下手なようだ。
それから本当に、闇市へ向かう。
道中ディーネは常に騒がしくやかましかった。
しかし、闇市か……
行ったことは一度も無い。
当然違法であるが、今王宮は慌ただしく、取り締まりの目が届いていない。
ふむ、これを機に行ってみるのも悪くないな。
「見るだけや見るだけ、ウチは真っ当な商人だからネ!」
「あー分かった分かった」
露店は店仕舞いし、バラして彼女の馬車に仕舞った。
組み立て式の簡易露店だから出来る芸当である。
本当に旅する商人みたいだ、ディーネは。
「着いたー!」
「……ここが、闇市」
ゴクリと生唾を飲み込む。
露骨に雰囲気が悪い。
老若男女が入り乱れているのは、異様な光景だ。
多分、スラム街の住人もいるのだろう。
一部衣服がボロボロの人もいる。
王国の影を垣間見てる気がした。
いや、実際に影なのだろう。
今まで俺が目を向けてなかっただけで。
「雰囲気悪いな」
「そりゃそうやろ、ウチの国もこんなもんや」
あっけからんとディーネは言う。
見慣れた光景なのかもしれない。
フェルグラント王国にも、スラム街は存在する。
王都の城壁に沿うように広がっているらしい。
らしい、なのは俺が実際に見た事が無いからだ。
世間では救国の勇者、新時代の英雄と言われている。
しかし、こういう国の内部に潜む闇に対し、俺は何も出来ない……していなかった。
「なーんか、難しい事考えとる顔しとんなあ」
「ディーネ?」
「何考えてるか何となく分かるから言うけど、多分、幾ら考えても無駄や。勝者と敗者、等しくおるからこの世界は成り立ってる、だからもっと気楽に行こうや」
彼女の意見は的を得ていた。
それに、今考える事でもない。
彼女の護衛として、頑張りますか。
「あそこの奴に睨まれてる。早く行こう」
「ほんまか、あーやっぱこーいう所は怖いなあ。しかもウチ美少女やし?」
「……」
「なんか言えや!」
彼女は本当に終始騒がしい。
けど、その騒がしさが頼もしく思えた。




