39話・最強の助っ人
タイラント帝国が戦争を仕掛けてきたと、公表された。
無理な秘匿は民衆の信頼を失う。
シェイナとオーヴ公爵はそう判断した。
民衆に対してはシェイナが演説で、有力貴族に対してはオーヴ公爵が一人ずつ丁寧に説明する事に。
そして、俺も。
とある少女に戦争が始まると伝えた。
「ーーてな訳だ、頼む。一緒に戦ってくれ!」
「……」
頭を下げる相手は、剣王ラクトューナ。
俺が知っている中での、最強の冒険者だ。
経験は浅いけど、純粋な戦闘力ならピカイチ。
俺の騎士団にはそういう人材が求められている。
ラクトューナは俺の話しを黙って聞くと、じーっと圧のある視線を注いでくる。
「……キミに協力するのはいいけど、婚約の件、どうして黙ってたの?」
「それは、その」
実は、ラクトューナとはあの即位式典の頃より、少しだけ疎遠になってしまっていた。
俺がシェイナとの婚約を隠していたのが、気に食わなかったらしい。
「この際だから、言う」
「え?」
「私は……キミが好き。スペード」
「……⁉︎」
ラクトューナは、いつもの無表情で言った。
口調も変わらない。
本当にいつもの雰囲気で、俺に告白してきた。
一人あたふたする俺が恥ずかしい。
いやでも、予兆はあった。
俺は鈍感でも難聴でもない。
好意は全て平等に受け入れるつもりだ。
しかし、戦争が始まるこのタイミングで?
言っちゃ悪いがフラグが立ちそうだ。
「その、嬉しいけど、どうして今?」
「それが協力する条件」
「条件?」
ラクトューナが顔を近づける。
余談だが、ここは人気の少ない公園だ。
内容が内容なので、このような場所にした。
その甲斐あって、今は俺達以外人はいない。
そんな公園の中でーー俺と彼女の、唇が重なる。
何秒重なっていたのだろう。
数秒にも、数十秒にも感じられる。
ぼうっとして、時間の感覚を忘れてしまう。
キスしてる最中、彼女は瞳を閉じている。
けど、暫く経って薄っすらと目蓋を開けた。
細く美しい瞳。
見られてる。
その事実に気づくと、どくんと、心臓が跳ね上がってた。
腰に手が回される。
大胆すぎて、足腰が震えてしまう。
愛おしい。
彼女を愛おしいと、心の底から思う。
ああ、キスにはこんな魔力があるのか。
どんな魔法よりも強力だ。
「……んっ」
「……う、あ、その……急に、何を……」
唇が離れる。
当たり前だが、俺はこれがファーストキスだ。
名残惜しい、と感じてしまう。
「あの新しい女王様が、どれだけキミの事が好きなのか、私には分からないけど……」
そこで、ラクトューナは笑った。
穏やかな微笑を。
それはまるで聖母のよう。
俺に母はいない。
血縁的にはいるが、母と思ってないし、もうこの世にも存在しない人間だ。
だから、思う。
人はーーこんなに優しい顔になれるものなんだと。
「私を、キミの女にして」
「お、俺は最初から、そのつもりだったぜ」
ペースを握られっぱなしなので、せめてもの意趣返しとして言ってみる。
彼女は少し呆れた表情で言った。
「……最初から? 見境の無いケダモノね……」
この国の結婚関係の法律は緩い。
当人達が望めば、重婚だろうが何だろうが、国が横槍を入れてくる事は無いだろう。
当人達のトラブルは毎年のように起こっているが、王族が強いスキルを獲得する為種馬を探し回るような事をやっているので、強く問題だと言えないのだろうと推測する。
まあ、つまりだ。
俺が今ここでラクトューナとキスをしても、浮気をしたとか不義を交わしたとかにはならない。
シェイナが怒らなければ、だが。
しかし、よく考えてほしい。
俺は元々こういう事がしたいのもあって、成り上がろうとしたのだ、それこそ悪竜と命懸けで戦って。
これは俺の、理想の展開なのではないか?
「じゃあ、一緒に戦ってくれるのか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうーー君がいると、心強い」
これは本心だ。
俺にレベル2の秘密を気づかせてくれたのは彼女だし、初めて会った時の激励が俺をここまで強くしてくれた。
「頑張ろう、一緒に?」
「ああ、勿論だぜ!」
こうして最強の助っ人、剣王が騎士団に加わった。
◆
時は少し遡る。
タイラント帝国軍がまだ、フェルグラント王国へ向けて進軍を開始する前の頃。
タイラント帝国現皇帝、レックス・ド・タイラントは、信頼する副将軍の進言を聞いていた。
「ーー以上の理由から、我輩は今こそフェルグラント王国へ進軍すべきと考えております」
「……ふうむ」
レックスは思案する。
歳を理由に王国との戦争を避けていたが、単純に王国が手強い相手だったのも理由の一つであった。
特に国王は、王自ら戦場に立ち士気を上げ、一騎当千の力で戦場を荒らし回る暴君。
彼を相手にするのは、一筋縄ではいかない。
しかし、彼の王は既に死んだ。
今は内乱で揉めに揉めた末に即位した、まだ十三歳の第三王女。
成る程、確かに攻め込む好機ではある。
しかし、時期が悪い。
「副将軍フロッグスよ、貴殿は今が魔物活性化の時期と知った上で進軍しておるのか?」
「左様でございます、皇帝陛下」
「魔物の群れを何とかする目処はあるのか? もし何も考えておらぬなら、その首を差し出す用意をしろ」
謁見の間が騒つく。
それは、もしノープランだったなら、フロッグスの命は無いと言っているからだ。
しかし、フロッグスは変わらぬ調子で言う。
「勿論、策はあるに決まっております、皇帝陛下」
「言ってみろ」
「はーー」
フロッグスはレックスに説明した。
全て聴き終えた時、レックスはニヤリと笑う。
「いいだろう。五万の兵を貴殿に預ける、長きに渡る帝国と王国の関係に終止符を打ってこい」
「は!」
またも騒つく謁見の間。
五万の兵を使った進軍。
小競り合いなどではない、本当の戦争。
「これより帝国は、フェルグラント王国へ向けて戦争を仕掛ける!」
レックスが高らかに宣言する。
謁見の間の貴族達は跪き、服従の意を示す。
ーーその影で、黒い笑みを浮かべる者がいた。
「これで、第一関門は突破かな」
まだ少年の声だ。
背は低く身体の線も細い。
なのに、妙なオーラを放っていた。
「四人いる副将軍ーー帝国四天王を全員『洗脳』するのは、流石に疲れたな……」
バサリと黒衣を翻す。
少年の名は、ダイヤ。
地獄教団三幹部の一人、異名は『心の支配者』。
「でも頑張った甲斐はあった、これから面白くなる……!」
怪しげに笑うダイヤ。
既に、タイラント帝国は彼の手の中……地獄教団の玩具と化していた。
今はまだ、誰もその事実を知らないーー




