2話・トレース
「ふあーあ」
翌朝、大きな欠伸をしながら目覚める。
特に変わった事は無い。
変わるとしたらこれからだろう。
朝食にまた干し肉を一口だけ食べる。
そうだ……トレースで食べ物は複製出来ないだろうか?
「トレース!」
干し肉を複製する。
するともう一つ、干し肉が出来た。
早速ガブリと食らいつく。
「……無味無臭」
全く何も味がしない。
この分だと栄養も無いのだろう。
食べ物はガワしか複製出来ない、覚えておこう。
そんな朝食を済ましてから家を出る。
また数時間かけて歩き、到着。
相変わらず町は賑わっていた。
俺は暇潰し兼トレースの活用法アイデア探しで、町の人々のステータスを片っ端から能力看破で見抜く。
名前:ライド
レベル:1
性別:男
年齢:20
職業:商人
スキル:【清掃技術】【交渉術】【危機察知】
名前:カラント
レベル:1
性別:男
年齢:25
職業:冒険者
スキル:【跳躍】【槍投げ】【格闘技術】
名前:ユリアナ
レベル:1
性別:女
年齢:17
職業:小物屋の従業員
スキル:【裁縫】【速読】【バランス感覚】
名前:マルダ
レベル:1
性別:女
年齢:38
職業:パン屋
スキル:【料理】【早撃ち】【接客術】
こうして見ると、色々なスキルがあると分かる。
中には使い方の分からないスキルもあるし、やはり無限に等しい数のスキルから相性の良い三つを授かるというのは偉大な事だ。
さて、俺はどんな仕事に就こうか。
トレースで罠を複製しまくって、野生動物を乱獲して売り捌くのもいいな。
ああでも、町の狩猟ギルドに目をつけられるか……
提案が一つ却下される。
その後も色々浮かぶが、ギルドの存在がネックだ。
ギルドとはスキルを最大限活かしたい人達の為に作られた国営の組織だ。
一芸に秀でたスキル保有者が集まり、その技術を高め合ってより優秀な人材を生み出すのが目的。
で、そのギルドがその市場を事実上支配している。
国営だから国が好きにコントロール出来るのだ。
ギルドに目をつけられる、それ即ち国に目をつけられるのと同義である。
折角の優良スキル【トレース】も、権力者の目に止まったら絶対に利用されてしまう。
それだけは避けたい。
だからこのスキルは、俺だけの秘密だ。
「はあ……ん?」
また町の住人のステータスを覗いていく。
その中で、興味深い人物を発見した。
筋肉質で背の高い、腰に剣を装備した強面の男。
名前:ゾクト
レベル:1
性別:男
年齢:28
職業:盗賊
スキル:【剣術】【怪力】【お茶汲み】
「……盗賊っ⁉︎」
ゾクトという男は盗賊だった。
ど、どうしよう、衛兵に通報するか?
いや駄目だ、信じてもらえるか分からないし、こいつはまだ何もやっていない。
それに町の衛兵の事だ。
犯罪者の子供である俺を信じないのは、目に見えてる。
昔、そういう事もあった。
「くそっ……!」
誰も頼れないなら、自分で何とかするしかない。
盗賊の後を尾行する。
願っていいのなら、このまま何も起こらないでほしいが、まあ叶う訳ないだろう。
諦めて盗賊の対策を考える。
とりあえず武器が必要だ。
俺は盗賊の剣をトレースする。
「……トレース・スタート」
カッコつけて少しだけ詠唱を加えて見る。
そして手元に、盗賊の剣が作り出された。
よし、これで武器は手に入ったけど……
初めて触る武器に戸惑う。
こんなに重いのか、大丈夫か、俺?
不安が剣よりも重くのしかかる。
落ち着け、大丈夫だ。
もし何か起こったら俺は盗賊へ不意打ち攻撃を仕掛けつつ、周囲に助けを呼ぶ。
それだけなら、俺でもやれる。
そう思うと幾分気持ちが楽になった。
そして、そのおかげで気づいてしまった。
トレースは、あらゆるモノを複製する。
なら……他人のステータスを複製する事も?
もっと言うなら、スキルを複製、コピーする事が可能ではないのだろうか。
物は試し、盗賊のスキルをトレースしてみる。
トレース・スタート。
コピーするのは剣術と怪力。
名前:ゾクト
スキル:【剣術】【怪力】【お茶汲み】
これをこうして……こうだ!
名前:スペード
スキル:【トレース】【能力看破】【解体技術】
【剣術】【怪力】【お茶汲み】
せ、成功してしまった……
盗賊男にあった三つのスキルが、そっくりそのまま俺のスキル項目に追加されている!
ガクガクと膝が震えてしまう。
こ、こんなスキル、存在していいのか?
いや……能力看破を同時に持つ俺だからこそ許された、常識外の力技なのだろう。
とにかく、これで盗賊ともやり合える。
俺はキョロキョロと住民を見回し、他に優良なスキルを持った人がいないか探す。
時間が無い、適当にトレースしよう。
……こんな事していいのか分からない。
けど、盗賊の被害から町を守る為と割り切る
トレース・スタート!
……その結果、俺のスキルはこうなった。
名前:スペード
レベル:1
性別:男
年齢:17
職業:無職
スキル:【トレース】【能力看破】【解体技術】
【剣術】【怪力】【お茶汲み】【跳躍】【冒険術】
【料理】【回避】【弓術】【俊足】【部分強化】
【千里眼】【交渉術】
少し、やりすぎたかな?
いやこれでも三人くらいしかトレースしてない。
いらないスキルもあるが、まあいいだろう。
とにかくこれで盗賊を迎え撃つ!
「……来た!」
早速【千里眼】が反応する。
遠くの方から、馬車に乗り込んだ盗賊の集団が宝石店目掛けて疾走してきている。
目前にいるゾクトという名前の盗賊は、何食わぬ顔顔して宝石店に入ろうとしている。
宝石なんて興味の無さそうな男だが、定員側も一応客なので追い返す事は出来ない。
なので俺も一緒に入店した。
そして数分後……遂にゾクトが動き出す。
「ひゃはははは! お前ら、死にたくなかっーー」
「ふんっ!」
「ぶへらっ⁉︎」
ゾクトが剣を抜いて暴れようとした瞬間、俺は奴自身のスキル【怪力】を使ったパンチで殴り飛ばす。
店外へ吹っ飛んでいくゾクト。
俺は宝石店の定員に衛兵を呼ぶよう指示した。
「衛兵を呼んで下さい、なるべく早く」
「は、はい!」
「それまで、俺が時間を稼ぎます」
今のはカッコいいぞ、俺。
なんて風に浮かれながら店外へ出る。
既に盗賊を乗せた馬車は目と鼻の先だった。
俺は【俊足】で助走をつけ、【跳躍】で飛翔した。
そのまま馬車の真上へ着地する。
驚く馬の騎手は剣を抜こうとするが、それより早く怪力のパンチで殴って気絶させた。
暴れる馬を宥め、停止させる。
動物の扱いなら手馴れている、唯一の特技だ。
「おい、何があった!」
「あ、どうも」
「な……てめえがやったのかっ!」
馬車の荷台からゾロゾロ降りてくる盗賊達。
数は五人か。
俺は全員を対象に能力看破を発動させた。
うん、危険そうなのはこの二人、かな。
名前:リュウジ
レベル:2
性別:男
年齢:30
職業:盗賊のボス
スキル:【短剣術】【生存力強化】【格闘技術】
名前:ガルダム
レベル:1
性別:男
年齢:30
職業:盗賊
スキル:【魔法・風】【魔力増量】【洗濯術】
魔法スキルなんてのもあるのか。
関心しつつ、少し危ないなと危惧する。
だが、俺も魔法を使えば問題無い。
「トレース・スタート!」
盗賊達との戦いが始まった。