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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いいよ、一緒に逝ってくれるなら。

作者: 綾瀬紗葵

 夏のホラー企画参加作品。

 今年は短編として合計7作品上げる予定です。

 こちらは4作品目。

 猟奇はないですが、人によって酷く怖いと感じる描写があります。

 女性のつけあがった態度にかなり苛つく可能性もあります。

 お読みの際は自己責任にて宜しくお願い致します。

 また、タグを見て苦手意識を感じた方は読まない方向でお願い致します。



 同い年の彼女と25歳から同棲を始めて、今年で5年。

 結婚しようと何度かプロポーズしたものの、まだ早くない? もっと恋人同士の時間を楽しみたいの! 安心して子供が産める貯金が欲しいわ……などと、その都度違う言い訳を並べて断られてきた。


 それでも彼女が好きだったから、辛抱強く待ち続けた。


 しかし、30歳の誕生日を迎える前日に知ってしまったのだ。

 彼女がずっと、浮気をしていたのだと。

 しかも、俺が浮気相手の方で本命はもう一人の男。

 スタイル抜群でイケメンの、女と浪費が大好きな、自称ミュージシャン。


 プレゼントした高価な物のほとんどが換金され、男に貢がれていたのだという現実を前にして、俺は彼女の彼氏ではなく、ATMでしかなかったのだと悲しい自覚をした。


 俺が友人に相談されたら、三秒速効で別れろ! むしろ慰謝料を取れ! と言うだろうけれど。

 ここまでつぎ込んだんだから元手回収=結婚しないと、大損をしてしまうからと馬鹿みたいな考えに囚われて誰にも相談できずに、一人悶々とした時間を過ごしてきた。


 そんなすっきりしない日々が続いていた中での、あの日。

 彼女の、大輔の誕生日プレゼントだよ! 面白い所へ一緒に行ってあげる! と、寝言は寝ている時に言って欲しい我が儘で廃遊園地に行かなかったら。

 観覧車に乗らなかったら。

 あの人に出会えなかったら。

 俺はまだ、彼女の便利なATMを続けていただろう。



 大輔の誕生日だから一緒に行ってあげるね? 私って本当にできた彼女だよね! と言われて強引に連れていかれた、廃遊園地。

 そもそも俺は、廃遊園地は好きじゃない。

 と言うか、廃墟が苦手だ。

 必要以上のもの悲しさを感じてしまうと言うのが、表向きの理由。

 本当は、終わってしまった物が密かに息づいている様子が、悍ましかった。

 怖かったのだ。

 自分の極々平穏な日常が覆されるような何かに、出会ってしまいそうで。


 おおむね。

 自分の予感めいたそれは間違っていなかった。

 俺が想像していたのとは、だいぶ違いはしたけれども。



 自宅から3時間車を走らせた山奥。

 夜の方が楽しいから! と豪語されて、眠い目を擦りながら運転してようやっと辿り着けた。

 彼女・愛は、当然のように高鼾。

 しかも助手席ではなく後ろの席で、横たわって惰眠を貪っていた。


「着いたぞ!」


「……うん? 随分時間かかったのね。まぁ、大輔は運転が下手だから仕方ないか。ふわぁあ」


 伸びをした愛は呆れた口調で俺を貶めた。

 友人からは上手い方だと言われる。

 付き合いだした頃は、運転がすっごく上手いよね! と言っていたのも、忘れてしまったらしい。

 愛は現在日常的に、俺を下に見ている。

 慣れとは怖いものだ。


「ほら! こっちよ! 早く! ぼさっとしないでよ!」


 自分だけさっさとつけた虫除けスプレー缶を投げつけた愛は、裏野ドリームランド入口、と書かれた看板を思い切り蹴り上げて中へと入ってゆく。


 俺は落ちた看板を元通りの位置に直してから、後を追う。

 何度か来たことがあるのだろうか。

 愛の足取りは確かで軽い。


「ほら! あれ! 乗りましょうよ! ロマンティックでしょ!」


 どこが? と言いたいが、言わない。

 十倍ぐらいの反論が返ってくるから。


 ぼろぼろの巨大観覧車。

 何本かの鉄骨は折れ曲がり、ぶらぶらと風にあわせて揺れている。

取っ手に手をかけると扉はぎぃいっと派手な軋み音をさせて開いた。

 対面式の座席は二人乗り。

 ゆったりとしているので、それ以上乗れそうだが、乗車定員数は二名と錆び付いた小さなプレートに書かれている。

 

「きたなっ! タオルは! 持ってきているんでしょう!」


 差し出せば奪うようにしてタオルを敷き、足を組んで座ったのを見届けてから、俺もタオルを敷いて座ろうとする。


「ちょっと! クッション性が悪いから、そっちも貸してよ!」


 無言で手渡す。

 予想の範疇だったので、布地の厚いジーンズ履いてきている。

 腹も立たない。


「すっごい、埃臭いわね! 窓開けられないの?」


 小窓に手をかけるも、錆び付いているのかびくともしない。


「錆が回っているみたいだな。空きそうにない!」


「そんなはずないでしょう! 全く非力なんだから! 私がやるわ!」


 愛は泥だらけのパンプスを履いたまま、俺の太ももに乗る。

 ヒールが食い込んで鋭い痛みが走ったが、無言を貫いた。

 

「なによっ! これぐらい、簡単に開けられるはずっ! きゃあああ!」


愛はバランスを崩して太ももから落ちると、座席の下で尻餅をつく。

突然観覧車が、がたんと、大きく揺れたのだ。

そして、そのまま静かに動き始める。

 物凄いスピードで。


「え? はぁ?」


 愛が困惑の声を上げている間に、俺達が乗った観覧車は天辺まで来てしまった。

 なかなかの眺望だ。

 他にも壊れた遊具が幾つか見える。

 確かにここは結構広い廃遊園地らしい。


「ちょっと、どういうことよ!」


 起き上がりざま俺を罵倒して詰め寄ろうとする愛の動きが、不自然にぴたりと止まった。


『どういうこともなにも、壊れた観覧車が突然動き出した、それだけよ?』


 女性の声がする。

 きょろきょろと周囲を見回しても、その姿は当然見えない。


「あんた誰よ! こいつの浮気相手?」


 見えもしない相手は恋人にしようがないんじゃないかと、肩を竦める。

 女性もたぶん、同じ気持ちになったのだろう。

 静かに、その姿を現した。

 

 清楚な水色のノースリーブロングワンピース。

 同色の帽子にストール、靴、靴下。

 左胸には、妙に目を引く深紅の薔薇を模したブローチ。

 女性にしては少し高めの背丈に、見事なプロポーション。

 容貌は日本的美人と、見た者が口を揃えて言うだろう。

 典雅な品を纏っているので、結構なお嬢様の気がした。


「っ! そのブローチ! テレビでやってた! 限定の高い奴! 幽霊がしていいもんじゃないわよ!」


 ……色々、色々と突っ込みたいが、愛の頭は俺よりも遙かに柔軟だ。

 目の前の美女が幽霊だと、すぐさま断言できるのだから。


『貴女は少し、黙っていて……』


 サイレンスな魔法か、幽霊の特殊能力か。

 愛の激しく動く口からは、何も聞こえなくなった。


『随分と、甘やかされましたか?』


「お恥ずかしいです……」


『このまま、甘やかし続けるつもりですか?』


「正直、迷っています」


『同じ女性の目線から、はっきり申し上げますと、即お別れ推奨の超絶難有物件ですよ、彼女』


 愛は真っ赤な顔をして、地団駄を踏んでいる。

 何か叫びまくっているようだが、やっぱり声は聞こえなかった。


「それでも好きなんですよ。打算もありますけれど」


『無駄な打算ですね。するだけ泥沼に嵌まりますよ? 私のように、なりたいですか?』


 周囲の空気が不意に、数度下がったような感覚。

 愛がぶるりと震えて、汚れたタオルを身体に巻き付ける。


「聞いても、宜しいですか」


『少し、長くなりますよ?』


 やわらかく微笑んだ女性は、ゆっくりと話をしてくれた。


 屑男に執着して家を捨てて着いていったけれど、資産家であった両親の援助が得られないと解った瞬間に風俗へ売り飛ばされた事。

 どうにも逃げられず、身を売るくらいならと自殺した旨。

 一度だけ連れてきて貰った優しい思い出のある観覧車の地縛霊として、訪れるカップルに幾度となく問いかけをし続けているのだと。

 

『貴方達はこのままでは、ここから出られないの』


「そんな気はしました」


『随分肝が据わっているのね?』


「虚勢ですよ。後は貴女がたぶん。逃げ道を残してくれていると思ったので」


 女性は微笑を深くする。

 天使にも悪魔にも見える人外の微笑に、見惚れた。


『問いかけはね。ここから、出して欲しい? というものなの』


「当たり前でしょ!」


 いきなり愛が割り込んできたので驚く。

 女性は動じていないので、金縛り的なものを解いたのかもしれない。 


「とっとと出しなさいよ! 全く屑男に騙されるとか自業自得じゃないの! 八つ当たりとか最低! そんな女だから捨てられるのよっ!」


「……黙れ」


 あまりにも酷い物言いだ。

 自分と似て非なる境遇に、同情を保っていたから余計に苛立って、声を荒げる。


「ちょ! 大輔の分際で!」


「話ができないから、黙れっ!」


『そうしましょう』


 女性が首を振って、再び愛の言葉を封じてくれる。

 せいせいしている自分に、少し驚いた。


「……当然出して欲しいが……条件はなんだ?」


『……どちらかが、残ること。両方残っても良いわよ?』


 婀娜あだっぽく微笑まれた。

 愛が残るとは思ってもいないのだろう。

 俺もそう思う。


『お互い相手を思って二人残ると言えば、解放されるの。同じく、お互いを思って自分だけが残ると主張しても、揃って解放されるわ』


「過去に、その選択を取ったカップルはいたのか?」


『ええ。いたわ。こうやって貴方に教えたように、事前に教えてあげなくてもね。ただ……貴方の場合は、彼女があんまりにも……だったので、ちょっとだけ助けたあげたの。あ、安心してね? 彼女には聞こえていないから』


「……ありがとう」


 愛が残ると言うはずがない。

 だからと言って、二人で残るなんてごめんだ。

 更には、二人助かっても、同じぐだぐだを繰り返すだけだろう。

 その選択もない。

 もう、いい加減。

 俺も覚悟を決めるべきだ。


「いいよ、一緒に逝ってくれるなら」


『え?』


「君が一緒に逝ってくれるなら、俺は残るよ。地縛霊として解放される条件が、そんなところなんじゃないのかい? 身代わりの誰と交代すれば解放される感じ。愛と戻って馬鹿にされる生活を続けるのもごめんだ。愛と一緒に残る選択は一番ない。だからといって、愛の為に残るのも嫌だ。だから、俺は、君の為に残る。同病哀れむって奴なんだろうな。勿論拒絶してくれもいい。でも……君なら最後まで俺の側に居て、一緒に逝ってくれるんじゃないかと、思ったんだ」


 初めて会った女性だ。

 しかも、死んでいる。

 それでも、俺は。

 愛よりも、女性と一緒の方が良い。

 生きるのも。

 逝くのも。


 女性の美しい表情が泣きそうに歪む。


 すうっと、全身が落下する感覚を覚えた次の瞬間には、観覧車は元の位置に戻っていた。

 音もなく扉も開いている。

 愛が転がるように飛び出して、一人で、振り返りもせずに全速力で走って行った。


『そんな選択肢はなかったのよ?』


「この状況は、OKって、ことでいいのかな?」


 浮遊する女性に手を伸ばす。

 ふわふわと降りてきた女性は、俺の腕の中に収まった。

 幽霊のはずなのに、何となく温もりがあって驚かされる。


『……お互い押しつけあえば、二人とも残る。どちらか一方通行の場合は、残ると言った側が解放されるの。だけど今回はどれにも当てはまらない……本当に、いいの? まだ、選び直せるわ』


「いいよ。君と残る。君と一緒に逝く。逝くまでに時間があって許されるなら、身辺整理をしたいけど。無理なら別にいいしね」


『貴方、寛容すぎるわ』


「君も、そうだったんだろう? だからきっと上手くいくよ。一緒に居られる時間が、もしあるなら、お互いを思い合って過ごしたい」


『貴方みたい人も、いるのね……救われたわ、本当に』


「え?」


 女性の身体が腕の中、人肌独特のやわらかな熱を帯びた。


「ふふふ。詳しい説明は貴方の家でゆっくりするわ。それで、いいかしら?」


 幽霊が、実体化した。

 有り得ない状況だが、腕の温もりが何より、これは現実だと激しい自己主張している。


「いいよ、一緒に逝ってくれるなら」


「そっくり同じ言葉を返すわ。ありがとう。本当に、嬉しいわ」


 微笑んだ女性は、それはそれは美しかった。

 ぞの笑顔を見られただけで、自分の選択は間違っていなかったと思うほどに。


「でも、大丈夫なのかな? この手のホラー的な展開だと、君の身代わりが必要不可欠な気がするんだけど」


「大丈夫よ、安心して。身代わりは、彼女が務めてくれるでしょう。あの人が選んだのは、貴方を私に押しつけて、一人逃げるものだった。その選択肢の末路は一つだけなの。決まっているのよ」


「そう、か」


「……彼女を助けたい?」


「や。俺はもう、彼女を助けない。助け過ぎて、彼女をあそこまでつけあがらせたんだろうからな。最後まで責任を持つべきだったのかもしれないけど、俺も限界だから。今はその……君もいるし」


「そう言って貰えると、私も嬉しい。後で説明するけれど、有り得ない奇跡が起きて、私は結構な力を持っているの。だから、ね? 何も心配しないでいいの」


 そう。

 いいのよ、一人で逝って貰うから。

 彼女には、ね?

 男女問わず、あー恋人に甘やかされたんだなぁと思う態度の方は時々見かけます。

 お互い納得していればそれで構わないのですが、どちらかが疲れたら終了でいいんじゃないの? とも思います。

 でもって、周囲には迷惑をかけないで頂きたい所存です。


 この後、愛がどんな目に遭うのか、後日談が書きたいところです。

 

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