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第七章 思いのままに

 「任務大成功ね、みんなお疲れさま。あいつ前から嫌いだったのよね、下っ端のくせに調子のって」

 沖田先生は今日一番の上機嫌で僕らを褒めてくれた。まだ一日が始まって三時間程だけど。

 「下っ端って?」

 「あっそうか、薙くん達は知らないか。あいつうちの組織と関わりの深い教団がよく仲介している霊能者なの、でも大したホットリーディングも出来ないくせに依頼者からぼったくるから苦情がいっぱい来ていたらしいの。だからちょっとお仕置きをね」

 教団というのは『大和神道教』と考えて間違いないだろう。この任務にそう言う意味があったのか。

 「じゃあ、失礼やけど眞瀬の両親を救うってのはおまけやったんか」

 「違うわよ。この任務名を忘れたの薙くん? 『眞瀬家救出計画』だったでしょ。まぁ今からマセマセの家に行くから着けばわかるでしょ」

 どういうことだ? もしかして眞瀬もこの組織と関係の近い人物だって言うのか? 着けばわかるのなら考えるだけ無駄か。そんなことよりも聞かなければならないことがあるだろう。

 「那実。今僕らに見せた女の人の幽霊みたいなの、あれ何やねん?」

 「あれ? あれはただ、あのトンネルに肝試しに来た大学生の女で、鳥の鳴き声を心霊現象と勘違いして、慌ててトンネルから抜け出した図」

 いやいや、僕の目の前で消えたぞ、それを普通の出来事みたいに言うな。

 「そんなこと聞いてるんちゃうねん、あれをどうやって見せたのか聞いてるねん」

 「俺の超能力や、お前が予知なら俺は?」

  そんなこと訊かれても。僕が予知能力ならお前も同じ顔してるから予知能力か? でもあんな人のモヤなんて出せる能力じゃないだろう? 

 「ホンマにお前は鈍いな」呆れ顔の那実は溜め息をついて話しを続けた。

 言いたくないと言う気持ちがすごく伝わってくる。これは面倒とかそう言う類ではないと何となく気付いた。

 「俺は過去を見れるねん。詳しく言うと人が残した強い気持ちを、物を通じて読み取ったり幻にする超能力や。半径三メートルくらいまでやったら読み取ったのを俺以外にも見せることが出来るんや」

 すごい超能力じゃないか。思い出を読み取る能力か……。

 「絵画のみたいに描いた人の思いだけやなくって、見た人の思いも強い場合はどうなるん」

 「上書き上書きで、強い気持ちが残っていくねん。さっきのトンネルの場合は比較的最近の出来事で気持ちも結構強かったから簡単に読み取れたわ」

 でもすごい汗だぞ、あの肌寒い山道で滴るほど汗をかくなんて、とてもそれが簡単だとは思えないけれど。

 「一番インパクトある思い出を探してたらつい汗だくになってもうたわ。でもよかったやろ?」

 確かにすごく驚いたけど、その為にそこまで疲れるなんてお前は本当に……。

 「おい、汗が僕に付くからちゃんと拭け」

 「あー? 失敗せえへんようにがんばった俺になんちゅう口訊くねん」

 アホにアホと言って何が悪い? 久しぶりにやるか口喧嘩でも。

 臨戦態勢の僕たちを察したのか、沖田先生が停戦を求めてきた。

 「もう、せっかく大成功したのに仲良くしなさいよ。マセマセに報告が済んだら、ご飯でも食べに連れて行ってあげるから」

 「あたしハンバーグがいい! カレーと目玉焼きのん」

 さっきまで眠たそうにうとうとしていたのに、ご飯をおごってもらえるくらいで目を覚ませるなんて精神年齢はいくつなんだ崎野さん。まぁ天照のように何の反応もなく外を眺めているのは愛想がなさすぎるけど……。だからやめてくれないか? じっと外を眺めるのはちょっと不気味だからさ。 

 「マセマセの家まで三時間くらいかかるから眠ってていいわよ」


 汗を流しながら眠る那実を見ていると、超能力を使うと体に負担がかかると言うことが伝わってきた。

 それにしても眠れるかな僕は。なぜかすごい胸騒ぎがするのけれど、きっと気のせいだろうな。

 窓から見下ろす京都の街並はすごく綺麗で、統一されたネオンの色が輝き、ここに教団やら組織や偽霊能者なんて気味の悪い存在がいることを一瞬でも忘れさせてくれた。


 目が覚めて外を見ると空は少し明るく、住宅街が広がっていた。

 隣では崎野さんと那実が寝息を立てている。もちろん天照は起きたままだ。

 「天照さんは眠たくないん?」

 「人がいると眠れないのよ、だから眠たくないと言えば嘘になるわ」

 それは実に神経質だな。僕なんてどこでだって眠れるし、どの時間帯だって眠れるのに。少しお前にそういうところをわければ僕の睡眠バランスがとれるかもしれないな。

 こんなことを話している場合じゃない、もっと大事なことを訊かなければいけなかった。

 「眞瀬が僕以外にも尾行されている可能性があるって言ってたけど」

 「マセマセを尾行してる人がいるのは今に始まったことじゃないわよ」

 それはどういうことだろう? もしかしてボディーガードか何かが四六時中見張っているとか、ある秘密結社の重要情報を握っているとかそういうことなのか?

 「ほら、着いたわ。ここがマセマセのお家よ」

 またもや急ブレーキで止まられシートベルトに締め付けられた。この衝撃でも寝ていられるそこの二人に、危機察知能力なんてものがあるのだろうか?

 車から出て、沖田先生が人差し指で示す先、眞瀬家を見つめた。

 それは家と呼べる物ではなくどちらかというとビルに近かった。それも小さい4階建てほどだ。

 沖田先生はさっそく電話を耳に押しあて、眞瀬に連絡を取っている。

 「あれ? どうしてだろ、さっき電話したときは出たのに、どうかしたのかな?」

 何度も電話を切り、かけ直しているが繋がらないらしい。こんな時間だから二度寝でもしたのではないだろうか?

 「仕方ないなぁ。那実くん起こしてくれる? 二度目の出番よ」

 僕は車に乗り、生まれたての子犬みたいに力なく眠っている那実に「でばんですよー」と言いながら体を揺さぶり目覚めを待ったが、一向に目を開く気配が感じられない。こいつ死んだのか? 最終手段で耳に息を吹きかけるとやっと目を覚ました。

 「キモっ! お前やったんかい。心花やと思って起きたのに最悪の目覚めや」

 いいから早く沖田先生のところに行け、何やらまた超能力の出番らしいからな。

 僕と那実は再び車から降り、那実は沖田先生の元へ行き何やら話し始めた。

 暇なので眞瀬の家を観察していると、何やら胡散臭く怪しげな看板が見えた。

 『眞瀬易占 堺支部』……易占って箸みたいなのをジャラジャラして占うやつだよな。何で眞瀬の家が占いの館なのだろう? 確か両親が詐欺にかかり一家は破綻寸前だよな。占い師のくせに霊に頼るなんて一体なんて不届きものなんだ。でも眞瀬は言ってたよな、お父さんが会社をクビになったって。じゃあ、その後にこの占い屋を作ったのか? でも、どこかつじつまが合わない。

 「早く乗って薙くん! 急ぐわよ」

 思っていた以上に声を張り上げた沖田先生は素早く車に乗り込みエンジンをかけ発進させた。

 おいおい、まだ僕が乗ってないぞ。 

 那実がドアを開けてくれていたので僕は走り出す車に飛び乗った。どれだけ一刻を争う事態なのだろう? さっきまでののほほんとした雰囲気が一気に消し飛んだじゃないか。

 「これから大阪空港に向かうわ! 本当にしてやられたわよ」

 「何があったん?」

 ――沖田先生に訊ねるが全くの無視だ。状況説明するくらいなら車のスピードを少しでも上げたいってところか。那実は崎野さんを起こし、今の状況とこれからすることの説明を始めた。

 「眞瀬家には眞瀬明菜がおらんかった。数分前まで電話をしていたにもかかわらず。そこで俺があいつの家の玄関の過去を読み取ったんやけど、そこでわかったのは……騙されてたんや」

 全く話しの流れがさっぱりだ。ほら崎野さんも、天照でさえ呆然としているじゃないか。

 すると運転中の沖田先生が不機嫌に吐き捨てるように説明を付け足す。

 「マセマセは普段隠しているけど結構有名な占い師なの、それこそ易学から星座占いまでおこなっちゃう天才さん、それが一つの顔。もう一つが組織の情報部としての顔を持つの。占いって言ってみれば先を読んだりすることではなく相手の心をいかに読むか、そしてどれだけその心に合ったアドバイスを言葉巧みに説明するかと言うことだと思うの。マセマセはそれがすごく上手だから人を騙してとんでもない情報を集めたりして、情報部で欠かせない存在になって、組織でもすごい頼りにされてたの。そんなマセマセがあたしたちを裏切るなんて」

 沖田先生はひどく落胆した表情だった。よほど眞瀬のことを信用していたのだろう。でも組織を騙すなんてあいつってすごい奴だな。

 「裏切ることはわかってたわ」わかっていたのかよ! じゃ、落ち込んだ振りなんてするなよ。

 「でもまさかこんな形で裏切られるとは思ってなかったのよ。こっちだってマセマセが怪しいかもって思っていたから那実くんにマセマセの家に隠しカメラつけてもらったり、天照さんにマセマセの家に占いさせに行ったり、薙くんにはマセマセの気を引くために尾行もしてもらって、さらに監視のプロが五人と三年生の三人でマセマセを見張っていたのに、ここまで注意していたのにどうしてなの」

 沖田先生はイライラを抑えられずハンドルを強く叩いた、おかげで車が揺れる。

 やっぱり僕の尾行はバレること前提だったのかよ。あんな真剣にしないで適当にやればよかったよ、といっても後の祭りか。そりゃそうだよな、素人に尾行をさせほどこの組織は甘くないって話しだよ。

 「あいつは相当この組織を恨んでる。それが読み取ったときにすごいわかった。あんな強い気持ちは初めてや」

 那実は柄にもなく、通り魔に殺されかけた一般人のように顔に恐怖心を纏い、足をふるわせている。

 「お前大丈夫か?」

 「それより二年生や、あの人らがヤバい」

 「わかってるわよ! だからこんなに飛ばしてるんじゃない!」

 「何で二年生が危険やねん」

 「まだわかんないの? バカ」と久しぶりに天照が言葉を吐いた。

 「今、眞瀬側には三年生の超能力者が見張っているでしょ、そして今あたし達が向かっているのは大阪空港。二年生が修学旅行で利用した空港よ。よく考えて。組織の中枢を担っている超能力者が一番多いのは二年生よ、その二年生が修学旅行の帰りだからいつもより無防備でいるし、昨日の事件で力を使っているから万全の状態ではないでしょうね。もちろん携帯なんて空の上じゃ繋がらないから連絡も出来ない。あたしが敵ならまとめて超能力者を撃退するこのタイミングを狙うわ。あいつは組織の情報をほとんど握っているから本当に危険よ」

 「じゃあ警察は? 僕らが国専用警察ならあいつらだって助けてくれるんじゃ」

 「もう応援は呼んでるわ。二年生の予定到着時間は九時二〇分。道が混んでいなきゃ間に合うけど大丈夫かしら」

 イライラが十分伝わるハンドルさばきで僕らは重力を奪われる。

 これから起きる出来事が不安で、車の中は沈黙に包まれた。

 

 こんな荒い運転をしていたらいつか事故するのではないかと不安になったけれど、人を轢いたり、車と衝突したりすることなく、ガードレールにドアが擦り、傷が付く程度で、伊丹市に着いた。

 伊丹市に入ると那実と沖田先生は突然慌ただしくなった。那実は携帯電話を片手に沖田先生に「そこの角を右!」やら指示を出している。恐らく電話の相手は三年生の誰かか眞瀬を見張っていた組織の人間だろう。

 「この辺やで」現場の近くに着いたのか那実がそういうと、また急ブレーキで車を止めて、真っ先に沖田先生が飛び出した。一人で行動するのはまずいくないか? と思った瞬間、聞いたことのないような重たい音が響き、思わず目を閉じてしまった。

 目を開くと胸から血を流す沖田先生が倒れていた。

 何かの間違いだと思いたかった。いつもテンションのメーターをぶち壊しながら生きていて、ありえないくらい無数の花をいつもまき散らしているくせに騒がしい沖田薫が一ミリも動かず、ただ血を流しコンクリートにうつむせで倒れている。実際の出来事なのかよくわからないので、近寄って確認したかったけれどそんな勇気など僕にはなかった。

 僕らはどこから飛んでくるかわからない銃弾におびえながら、うつむせになる沖田先生の横を通り過ぎた。一瞥もせずに。

 崎野さんは涙で前が見えないらしく、ふらふらと走っているので僕が手を引く。

 「こんなときにご、ごめんな」

 うるさい、何も言わず走れ。と言いたかったけど、今それを言ってしまうと僕の気がおかしくなりそうだからギリギリまで出てきた思いを、絡み付くタンと一緒に飲み込んだ。

 那実が携帯電話で会話をしながら先頭を走る。恐らく詳細な位置を訊いているのだろう。

 角を曲がるとそこには銃を構えた男性が五人程いた。まるで僕らを待っていたかのように一斉に銃弾を放つ。

 僕らはギリギリ壁に身を隠すことでその銃撃から免れた。すると天照が那実の携帯電話を引ったくり、地面に叩き付け、カカト落しで粉砕した。

 「何すんねん!」

 「こういうときに落ち着かないでどうする。通話相手も私たちの敵よ」

 そうだよな、行くところ全てに銃弾が飛んでくるなんてとんだおっちょこちょいの誘導人だよ。

 「でもそれやったら先輩のところに行かれへんで」

 「先見がいるじゃない、初めからそうしておけばよかったのよ」

 えっ? 僕ですか。

 「あなたには先の出来事が見えるんでしょ、なら二年を助けたいって思うならたどり着くはずよ」

 そんなこと言われたって僕は未来の見方なんてわからない、いつもいきなり見えるんだから。なんて逃げてられないよな、この状況で。

 「どうなっても知らんからな」僕は先頭に立ち、直感の赴くままに、来たことのない住宅街を地図も見ずに駆け出した。

 これでもし先輩達の元に辿り着いたってどうすればいい? 沖田先生は応援を呼んでいると言っていたが、さっきの曲がり角にいた奴らのことを考えるともしかしたら応援もやられているかもしれない。だとしたらこの四人で助けなくちゃいけないと言うことか。

 天照は回復ができて武術の使い手、那実は過去を読み取れる、崎野さんは感情を色で判断できる、そして僕は先の未来が見える。このパズルを上手くはめ込めたとしても、最悪な状況を打開できるとは到底思えない。

 そして直感で左の角を曲がるとそこは地獄絵図が広がっていた。

 五メートル先の十字路で、二年生と思われる制服を身にまとった男女が武装した数人に囲まれたじろいでいた。そして武装者が一斉に射撃を始めた。僕らはただ、それを眺めることしか出来なかった。その圧倒的恐怖に。

 銃声が鳴り響く中、男子と女子が一人ずつ立っていた。これは奇跡でも目撃しているのだろうか。遠くて顔が見えないけれど、男の方は銃弾をまともに体に受けているが全くの無傷だ。女の方は全ての銃弾を避けている。

 いつ二人がやられてしまってもおかしくない状況に那実はたまらなくなったのか、ためていた力を爆発させるように、一気にその男女の元へ向かい走って行った。

 「アホが、これでもくらえ!」

 那実は武装者に恐れることなく近づき、指で乾いた音を鳴らした。すると男達は一斉にしゃがみ、そして気絶した。一体どれだけ恐ろしい過去を武装者に見せたのだろう。

 二年生を救ったかに見えた那実だったが、次々と湧いてくる武装者に何も出来ず、あげく囲まれ、銃声と那実そして残り二人の二年生の叫び声が響いた。

 僕は胸の奥が熱くなることを感じていた。まさかこんなにもあっけなくやられるなんて、あの那実が。

 いつもわけのわからないことを言って僕を困らせたり怒らせたり……希望を与えてくれた、唯一血のつながった存在だったのに。家に帰って母に何て言えばいい? 見殺しにしましたよ、僕だけ死ねないで、と言えというのか。そんなアホなことが出来るか。

 でも本当に熱いぞ、まるで隣から火が噴いているようだ。

 その熱さの元をたどると、隣で人が燃えていた。 

 誰かは考えないでもわかった。僕の肩くらいまである身長、それだけが全てだった。

 崎野さん、あなたが何故そんなにも惨い殺され方をしなくてはならないんだ。きっとあなたの人生は裏切りの連続だったのだろう、何となく雰囲気でわかったよ。その作られた笑顔も涙も、全ては裏切りの人生から逃れる為だったのに。結局こうなってしまった。

 さよなら最後の人。

 僕はもう足で立つ力をなくし、燃え盛る崎野さんの横で座り込んだ。それと同時に武装者達が銃を構え、僕を取り囲む。

 もう終わったか。やっぱりこんな学校来るべきではなかったよ、人生楽はしない方がいいな。やっぱり上手い話しなんてなかいのだろう、平々凡々な中学生が国内最高基準の高校に進学できるなんてこれくらいのリスクがないとダメだよな。

 ――僕は目を閉じて終わりを待っていたけれど、終わりを示す銃声が待てども待てども聞こえてこない。気になり目を開けると僕の両隣には念力使いの竹須佐先輩と三月さんが立っていた。

 「おまたせしました。これで、残ったのは私たちだけと言うことになりましたね」

 三月さんは肩で息をしながら言う。

 ちょっと待って、今気付いたけれど天照はどこに行った? 三月さんはさっき残ったのは私たちだけとか言っていたけれど……もしかして。

 「天照は俺たちをかばってくれた。あいつには本当に感謝だ」

 竹須佐さんは目を武装者達に()わらせて、大きく息を吸いこんだ。するとどこから飛んで来たのか、銃が空を舞い竹須佐さんの「ハッ」という声とともに発砲され、みるみるうちに武装者達を倒していく。さすが念力。こういう場面でこれ以上、役に立つ能力があるだろうか。

 三月さんはというと筋力のリミッターを外したようなものすごい俊敏性で、地面を軽やかに蹴り、銃口の定めをつけさせないスピードで進み、凄まじい勢いの蹴りやパンチを繰り出し、武装者達をコンクリートに叩き付け、鈍い音を響かせる。

 「佳代はスマートじゃないなぁ」

 「あら? ハヤに言われたくはないわ」

 囲んでいた武装者達を一気に倒すと、二人は背中合わせで立ち微笑した。

 あっという間に数十人も倒したのだから、もしかするとここから脱出できるのかもしれない。

 そんなことを思ったのも束の間、現実はそれほど僕たちに甘くはなく、後ろや前からは先ほどの倍以上の武装者達が銃を構え現れ、一斉射撃。

 あのとき、道案内などせず逃げればよかった。二年生など放っておいて。

 そうすれば一年生だけでも生き延びれていたかもしれないのに。とんだ予知能力者だよ。僕はひょっとして死神かもな。

 倒れ行く竹須佐先輩と三月さんを見つめながら悠長にそんなことを考えてしまった


 頬がヒリヒリする。そうか人って死ぬと頬が痛むのか、死んでからも痛みって続くのか。

 「うなってるんやったらさっさと起きろ」

 那実の大きな声と同じくらいの音がでる勢いで頬をぶたれた。

 「あれ? みんな生きてる」

 そうか、大阪空港に着くまであまりにも静かだったから気付かないうちに寝ていたのか。

 ということはさっきの出来事は……。

 「その顔やと未来でも見て来たようやな」

 緊迫した車内の中、それを打ち壊す場違いな童謡の着信音が響いた。

 「はーい沖田です。あっ案内してくれる? じゃ、ちょっとあたし運転だから代わるね」

 沖田先生は携帯電話をこちらに差し出し、那実が手を伸ばす寸前に僕はその携帯を奪い取り、電源を切った。

 「何てことするの薙くん、一秒でも早くあの子達を探して救い出さなきゃいけないのよ」

 僕は夢の記憶を辿る。確かこの発信者は僕たちを二年生の元へ案内せず、敵の陣地へ誘導していたはずだ。

 僕は携帯電話を指差し、「こいつも裏切り者です、さっき見た夢で、この電話のおかげで沖田先生が死んだで」

 「うっそ、それは危ないわね。……薙くんの予知能力なら間違いないわよね。で結局最後はどうなったの?」

 沖田先生はドラマの最終回のあらすじを聞くような気軽さで訊ねてきた。

 これを言った後、動揺して車をぶつけなければいいが。僕はアイコンタクトで天照にハンドルを持つように指示した。

 言うぞ、もしかするとここが二年生を助けられるかの十字路になるかもしれない。

 「全滅です」

 ――あれ、何の反応もなしですか? 

 沖田先生の顔をのぞくと目がうつろで前なんか見えていないのがすぐにわかるくらい動揺していた。僕は慌てて沖田先生の頬を叩き、ハンドルを握る。どうやら天照に送ったアイコンタクトは通じなかったようだ。

 「ほなどうしたらええねん、全滅を免れる為にはこのまま京都に帰るしかないんか? 二年生を見捨てて」

 「ちょっと待って、今から夢を思い出すから」

 「早くしてよ薙くん、時間はお金じゃ買えないのよ」

 うるさい、ちょっとくらい黙れ、最初に飛び出して死んだくせに。

 確かあの地獄絵図では二年生四人ほどが武装者に囲まれていたよな、ということはその人たちを助けるのはほぼ無理と言うことか、じゃあ、残るは三月さんと竹須佐先輩か。

 あの二人はどこから来たのだろう。目を開くと隣にいたのでよくわからない。無意識で適当に二人の場所を案内するにはあの場所は少し危険すぎる。だからちゃんと映った未来が必要だ。一瞬でいい、確実な一瞬の未来を見たい。

 「天照、僕を手刀して眠らせてそしてすぐに起こしてくれ」理由を聞かれると思っていたが、そんな間もなく僕の首に衝撃が走り気絶した。 

 目を開くとそこは何もない路地で、さっきの地獄絵図のような住宅街が嘘のようだった。耳を澄ますと発砲する音や人の叫び声が聞こえる。僕はその方向へ足を進めず、脳内に竹須佐先輩と三月さんを思い浮かべ、音とは逆の方向へ全力疾走した。

 三分ほど走り右へ曲がるとそこには神社があり、ついでではないけれど竹須佐さんと三月さんが必死の形相で武装者と戦っていた。

 やっと見つけた。ここの場所はどこなんだ? 周りを見渡すと岩屋神……。

 

 僕は天照に睡眠から目覚めるツボと言うものを押され目を覚ました。ギリギリ二人の場所を特定できてよかった。

 「竹須佐さんと三月さんは岩屋神社にいます」

 「他の二年生は?」

 「敵に囲まれて救うのは厳しいと思う。助けに行っても囲まれて終わりや」

 僕が平然と言うと沖田先生は涙を流しながら声を抑えるように泣いていた。

 那実の地図案内により五分もしないうちに、さっきの夢で見た道路に着いた。後少しで岩屋神社だ。

 「この辺やで、ほらあそこに鳥居が見えるやろ?」

 その声と同時に天照は車から飛び降り、外に出て僕を手招きした。

 えっ? そんな危険なことをするのか? でも僕しか現場を見ていない訳だから仕方ないか。

 決心し、車から降りようとすると鳥居から制服を着た男女が飛び出してきた。竹須佐先輩と三月さんだ。

 沖田先生は二人を見つけるとものすごい瞬発力で声を発し「こっちよ! 早く」と車を停車させて、二人を車に乗り入れた、しかし、扉を閉める瞬間に銃弾が飛び込み竹須佐先輩の胸を打った。

 「おい、竹須佐先輩。しっかり」車は急発進し、その勢いでさらに竹須佐さんと密着する。

 いくら揺さぶっても反応はなく、全身の力が抜けたように僕の膝の上にのけぞっている。 

 そんな状況なのに那実も崎野さんも興味なさそうな顔をしている。いつの間にか助手席に座っている天照も、一緒に車に飛び込んできた三月さんでさえも、ついでに言うとさっきまで皆を助けられないことを知り、泣いていた沖田先生すら一瞥もせず運転をしている。

 「おい、竹須佐さんが死ぬかもせぇへんのに何でみんな無視なん」

 「大丈夫よ」

 沖田先生は今までに聞いたことのない落ち着いた声でそう呟いた。

 「この子達は超能力者よ、殺すなんてもったいないでしょ? だからあいつらは麻酔銃で撃って捕獲するの。人体実験の為に」

 「マジですか?」人体実験なんて言葉を本気で口にした人を見たのは初めてだ。というか当たり前だよな、そんな法律違反。

 「だから死ぬ方がマシかもしれないわねもしかすると。どんなことされるかわかったものじゃないし」

 その言葉に反応したのか三月さんが那実の膝の上で暴れだした。

 「ダメ、薫先生! みんなのところに行かないと、梓玖達はどうするの? 見殺しにするわけ!」

 いつも清楚で落ち着いた雰囲気の三月さんがこんなに取り乱すなんて。そりゃそうだよな、仲間が拉致されるのを見過ごすことになるとこれくらいが当たり前かもしれない。

 「死なないわよ」沖田先生は涙を流して呟く。

 「無理矢理にでも止めてや――」

 天照の軌道が見えるほど綺麗な手刀によって三月さんは気絶した。

 確かに今の状況じゃこれ以外方法はないよな。

 「きゃっ」

 今度は何だ? やっと一段落したと思ったのに。

 声を出した崎野さんの方を向くと泣きそうな顔で「なんか後ろから物音がした」と爆弾発言をした。

 もしかしてトランクに武装者が入ったのかもしれない。 

 「まだこの辺りは危険だからもうちょっと都会に出てからトランクを確認しましょ」

 沖田先生は先ほどの悲しみの表情を忘れさせるかのような笑顔をこちらに向け、涙を拭った。それは少し諦めの表情にも似ていた。

 今までにどれだけの生徒がこのような目に遭ってきたのだろう。そして彼らを幾度となく失ってきた沖田先生。彼女が超能力者だと言い張る理由が少しわかった気がする。

 しばらく車を進ませ、吹田方面へ向かう国道に出ると快調に飛ばしてきた車を一旦停止させた。

 「じゃ、確認しましょうか」

 その声を合図に僕らは車から出てトランクの前に集まった。竹須佐先輩と三月さんは車内でぐっすりと眠っている。くそ、あの銃弾が僕に当たればこんな緊張感を味わらないでよかったのに。

 天照以外みんなでトランクに手をかけ「いっせいのーで」で勢いよく開け、一目散でその場を離れた。

 トランクの前に立っている天照が何やら口を動かしている。トランクの中に知人でもいるのだろうか? 

 隣にいる沖田先生にどうしたのか訊こうと思い、首を横に向けると、巻き戻しをするように沖田先生は戻って行った。もしかして、安全ってことか?

 「あずくー! 大丈夫だったの、よかったー」

 その声に反応し、那実も崎野さんもトランクへ近づく。

 するとトランクから上半身を出したショートヘアーの女子が現れた。予想通りというべきか制服を着用している。

 「沖ちゃんだ、よかった助かったんだね。沖ちゃんの車だと思って適当にトランク開けて飛び乗ったけど」

 「えー、助けれたの? 佳代もハヤも。ありえないよ! あんなに敵がいたのにどうやったの?」沖田先生は僕を指差した。

 「ということは先見かぁ。思ってたより便利な能力なんだね。本当にありがと、マジうれしいよ」と子供のような無邪気な笑みを浮かべると「ねむー」と言ってトランクの中へ沈んでいった。

 「さすが直感力のマインドを持つだけあるわね。運命すらも直感で変えてしまうなんて。その代償として一日は目が覚めないでしょうけど」そう言うと天照はトランクを閉めた。

 「上筒(うわつつ)くん生きてる? よかった。もうマセマセの追跡はいいから三年生は学校に戻りなさい、危ないから。わかった? うん、じゃね」

 再び車は走り出す。絶対安全を誇る京都の中心わが母校。京都文化芸術大学付属高等学校に向かって。


 寮に着くと、とりあえず眠っている二年生をそれぞれの部屋に運び、それを終えるとみんなは食堂へ行き昼飯を食べて、後は眠って過ごすだろう、色々あったからな今日は。

 でも僕の一日はまだ終わっていない。最後の締めをつけに行かなくてはならないのだ。

 飯も食わず、睡眠の誘惑を押し切って体育館裏に向かった。

 「何時間待った?」

 「うーん、約三時間と二〇分かな? 体内時計やけど」

 伸びをしながら事件の顛末の中心にいた高校生もどきは、そのいけ好かない目で僕を睨んだ。

 「でもよく三人も助けられたなあの状況から。うちはすっかりあんたらだけ逃げ出すんかと思ったけど」

 意外と超能力者同士の絆は深いってことだろうな、新参者の僕は除け者気分だけれど。

 「もう会うことはないやろ? ほなホットやらコールドなんかの話術は使わんと腹わって話そか」

 「いつ気付いたん? それ、うちの得意技やったのに」

 「体育館でお前が『妹』っていう言葉を発したときや、あれは正直ぐっときたけど、その反面怪しいとも思ったな」

 「やっぱやりすぎたか。でもあーでも言わなあんた同情してくれそうになかったからな」

 そう言いながら眞瀬は木の枝を鉛筆代わりにして地面に円のような物を複数描き始めた。

 「あの家族の話しはホンマやったんか」

 「半分ホントで半分嘘かな?」

 どういう意味だよ、それは。

 「一応血は繋がってる親やで。あんたみたいに血の繋がりのないようなのじゃなくって。でも幸福感はなかったな。いっつもいっつも占いの勉強ばっかりさせられて。うちの家、江戸時代に有名やった占い師の末裔みたいでな、ホンマようやったで」

 「お前の苦労話なんてどうでもええわ、早く両親の説明」

 「あんたもせっかちやな。そうやな、あんまりゆっくりしてる時間もないし、チャッチャと話そか」

 眞瀬はズボンのポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。

 「一本どう?」

 「いるかボケ。時間ないんとちゃうんか」

 本当にこいつとは気が合わない。

 「こいつとは? みんなとやろ、あんたの場合」

 こういう心を読んでくる辺りが一番嫌いだ。

 「ほな、本題いこか。うちの両親がリストラされたっていうのは間違いじゃないねん。うちの占い屋は日本でもいっぱいあってな、五店舗くらいかな? 最近売り上げの伸びへん堺支店、つまりお父さんが経営してる店やけど、店長交代しろって言われたねん。一番先祖との繋がりが濃い偉いさんに。ほんで実力だけやったら日本で一番あるうちが若くして店長になったねん」

 「すごいんだなお前」見た目は小学生か中学生だけど。

 「あんたもチビやん、まぁええけど。で、あたしと交代したら売り上げがドンドン上がって、それでお父さん自信喪失して、友達の霊能者にみてもらうようになったねん」

 「嘘をつけ」そんなに上手い話しがあるわけないだろ。

 「えっ?」

 そんなわざとらしく驚いた顔をするな、お前の正体が分かっていればこんな話し信じる気にもなれないよ。

 「どうせお前の話術でそういう方向に持っていったんやろ? 組織の中枢になってる超能力者が少なくなった修学旅行のタイミングをみて、眞瀬から不審な行動を起こすことで組織の行動をバラバラにさせて壊滅させようと思ったんと違う?」

 「おー、さすが未来予報士」

 タバコを指で挟んだまま小さく手を叩き、いやらしい笑みをこちらに向ける。

 「妹は? もしかしてこれが事件の発端ちゃうんか」

 あの傍若無人で恐れを知らない那実が、眞瀬の過去を読み取って震える程の恐怖を覚えたほどの強い恨み。

 「そうやけど、正確に言えば妹じゃないな、何でって妹はうちやもん」

 どういうことだ? 妹は妹で姉じゃないぞ、もしかして身長的なことを言っているのか?

 「姉ちゃんは三年前にここの高校通ってて、あんたらと一緒、超能力者やったねん。でもある日、組織の幹部にいきなり裏切り者とか言われて。そっから逃げるように暮らしてたんやけど結局見つかってどっか連れて行かれたわ」

 「なんでそんな奴の妹を組織の情報部なんかに入れたんや?」

 「気付いてなかったんやろな、うちが姉ちゃんの妹やって。名字変わってるし、うちかて過去の痕跡消すようにがんばったから」

 ということは妹の人生が無茶苦茶になると言っていたのはある意味本当の話しだったのか。こいつのことだから三年間恨みを晴らす為に必死に試行錯誤してきたのだろう。

 「結果的に三人の超能力者と変なおっさん五人くらいしかしばかれへんかったけど、気持ち的にはスッキリや」

 「お願いがあるんやけど、捕まえた二年生には人体実験とかせんといてほしいんやけど」

 「それは無理や、捕らえたのはうちじゃなくって手助けをしてくれた組織やからな。あんたら結構敵多いから気をつけりや」

 まさか悪の手下が正義の味方に注意をするなんて思ってもいなかったよ。 

 「お前もな」僕が嫌みでそう言うと「ありがと」と嫌みで返し眞瀬は立ち上がった。

 やっとこれで眠れるか、と思いながら振り向くと体育館の脇から崎野さんが現れた。銃口をこちらに向けて。

 「止まれ眞瀬明菜! あんたのおかげでコノカの人生が狂ったんやからな! あんたを追ってこの学校入って、やっとチャンスが来たわ」

 どういうことだ崎野さん? 冗談と思っていたいけれど、その充血した眼と瞳孔が開ききるのを見る限り、もしかしてまた例の発作か? ということは眞瀬がやっぱり崎野さんのトラウマに何か関係していたのか。

 「うちこの子の顔しか知らんけど……。もしかしてこの子があんたの言ってた崎尾さん?」

 崎野さんだけどな。

 「あんたの占いであたしは友達から裏切られて好きな人にまで裏切られた……死ね!」

 それは八つ当たりじゃないのか? ちょっとは落ち着けよ。と言う前に崎野さんは引き金を引き、鼓膜を突き破るような重い音がした。崎野さんは発砲の衝撃に耐えられなかったのか、体を吹き飛ばされ、頭を強く打ち起き上がろうとしなかった。 

 こんなに余裕をかまして崎野さんの姿を眺めている場合じゃないな、さよなら眞瀬。

 と言いたいところだけど、素人が発砲して目標体に当てられるはずもなく、その銃弾は眞瀬の隣にいる僕に向かっていた。本当に弾がゆっくり見えるよ。すごいんだな人間の追い込まれたときの力っていうのは。

 なんて感心している場合じゃない。どうやって避けようか。もしかして体は早く動くかもと思い、動かしてみたが全く動かない。そりゃそうか、見ることだけに集中しているからそうなるよな。

 僕の人生にふさわしいよ。流れ弾に当たって死亡、しかも愛する人の。

 死を覚悟した瞬間、その銃弾目がけ人が飛び込んできた。その瞬間スーパースローモーションは終わる。

 「大丈夫か天照」

 僕の前へ飛び込んでそのまま倒れたのは天照だった。思わず呼び捨てしてしまったじゃないか。

 天照は僕をかばい銃弾を腕の当たりに受け、辛そうな顔をして「大丈夫」と言って気絶した。

 そそくさと逃げようとする眞瀬に僕は最後の質問をした。

 「なんで僕ら一年を先に殺さへんかったねん、せめて僕だけでも殺してたら復讐は成功したやろ!」

 眞瀬は立ち止まり、上半身だけをこちらに向けて、うつむきながら答えた。

 「そこにおる天照以外はシロートみたいなもんやからな一年は、だからどうでもよかったねん。あとは……青春の悪戯かもせぇへんな」

 そう言って小学生のような天才占い師は、僕に暖かい温もりを、それ以外には大きすぎる傷を付けて去って行った。

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