第六章 霊能力対決とは騙し合い
そして土曜日、僕は一日の半分を寝て過ごした。これは惰眠を貪っていたわけではなく、ちゃんと沖田先生が書いた書類に書かれていた命令だ。
最初のページ大きく『明日は深夜行動となるので惰眠を貪るように、最低でも八時間は眠れ』と書かれていた。
ということはやはり僕の一二時間睡眠は惰眠だったってことか。そりゃそうか、朝飯はもちろん、昼飯も食わずボーっと新喜劇を見ている僕を、惰眠を貪ると言わずなんというのだろう。しかしあれだけ眠ったというのにまた眠気が……。
僕は部屋の呼び出し音で目を覚ました。
時間を確かめるためにカーテンから外を眺めると、うっすらと暗い。何時間寝てたんだ僕は?
呼び鈴も一度や二度鳴るくらいなら居留守でもしようかと思ったけれど、指で数え切れないほど鳴るから何か騒動が起きたのではと思い、心は慌てているが、体は眠ったままなのでゆらりのろりと寝癖のついた髪を掻きながら扉を開けた。
「あら、睡眠中だったの? ちょっと失礼するわ」
僕の返事を待たず、勝手に上がりこんだのは自由三昧という言葉がもっとも当てはまる女だ。
「珍しいな、お前から僕の部屋に来るなんて」
「あなたからあたしの部屋に来ることが今まであったかしら」
命に関わる出来事が起きても行くかどうか迷ってしまうな、お前の部屋なら。
「で、話しってなんや」
天照は僕の部屋を見渡し、「新聞は?」と訊いてきた。
「ないよ」
「じゃ、ニュースは見た?」
「新喜劇やったら見たで」
僕の言葉を無視して、そばにあったテレビのリモコンを持ち、電源を入れ、民間放送からに国営放送にチャンネルを変えた。
「この放送局ならもうすぐニュースくらいやるでしょう」
天照の予想も空しく、三〇分後にやっとニュース番組が放送された。
綺麗で可愛い女性のニュースキャスターではなく、いかにも有名大学卒業です。という雰囲気の男性キャスターがニュースを読み上げる。こういうところを見ていると国営放送だって気付かされる。
「今日の午前一時未明。沖縄県でアメリカ兵同士による暴行事件が起きました、死者は出ておらず――」
僕はニュースを見ることをやめ、天照に事情を聞くことにした。
「これがどうしたんや?」
「あなた今、二年生がどこにいるか知ってる?」
……沖縄だ。でも事件が起きたのは深夜のこと、修学旅行生とは何の関係もないじゃないか。
「この事件を起こさせたのは間違いなく組織の二年生と、本居よ」
「そんなことができるのか?」
「超能力を使えるのよ? これくらい容易いことでしょうね、しかも六人もいるから尚更よ。さらに言えば本居もいる。あいつは相当頭が切れるから」
確かにあの先生は頭が切れそうだ。いかにも数学教師って雰囲気がするけれど実は社会担当なんてところが更にそう思わせる。
「何でアメリカ兵にそんなことさせる必要があるんや?
「近年、沖縄ではアメリカ兵による事件が多発してるでしょ、その警告じゃないかしら。初めはジャブ程度にしておいて、次やればストレートを放つ。そういうこと」
いわゆる脅しってやつだな。世界一の軍事力を持つアメリカに何てことするんだうちの組織は。国専用の警察、その言葉の意味を考えさせられるよ。
「でもずいぶん危険なことをするんやな」
「そうね、確かにその通りよ。だからあなたの部屋に来たわけ」
いやいや、『だから』の意味がさっぱりわからないけど。
僕は訳がわからないという顔をしていると、天照はさっきまで視線を不安定にさせていたのに、急に僕の眼を見て話した。その顔は決意に満ちている。そんな気がした。
「あたしと仲間になってくれない?」
いきなりなんてことを聞くんだこいつは? それに今でも一応は仲間だろ。
「そういう意味じゃなくて、この組織とは別の二人だけのチームよ」
「何でお前と二人だけのチームというのを組まなあかんねん。僕は面倒なのは嫌いや」
お前と二人で行動するなんて考えるだけでも身震いがしてくる。恐怖だ、これなら霊山にひとり置き去りにされたほうがまだマシだ。
「お願い。あたしは組織のことを知りたいの」
「どういう意味だ?」
「あなたはまだこの組織に入って間もないからわからないでしょうけど、これくらいは知っているでしょ? この組織に属していた人間の中でこの学校を卒業した人間が一人しかいないことを」
そんなこと初耳だぞ、なんだよそれ。ということはこの学校の七不思議であった、特別能力開発科の生徒が毎年いなくなるっていうのは本当だったってことか。
「その顔だと知らなかったようね。これは本当の話よ、この組織にいる人間はほとんど狂ってるようなものだからそういう死に値する出来事でも平気でできてしまうのよ。まるで戦時中の特攻隊のようなものね」
「狂ってるってどういうこと?」
「宗教よ」
宗教。そのいかにも怪しい響きに僕は戸惑った。いったいこの組織と宗教に何の関係があるのだろう。
「二年生や三年生はどっぷりその世界に浸かってしまっているわ。人をコントロールする手っ取り早い方法は、その人間の心に神を与えることよ。あたし達が属する学科には過去のトラウマを持った人ばかりよね。それはもちろん、あたしもあなたも含め。そういう人間はもう心にガタがきて、ひどいことが自分の周りに起きてしまうと精神崩壊に近い状態に陥るの」
「『そういうこと』とは例えば?」
「例えも何も必要ないわ。ただ一つ、友人や仲間を失うことよ」その言葉に言葉を失った。
呆然とする僕のことを気にせず天照は続ける。
「失い傷付いた心に宗教の教えを説くのよ。そうすればもうその教えから抜け出すことは難しいわね」
「その宗教って有名なん?」
「信者の数は日本国民の六%と言われているわ。名を『大和神道教』聞いたことくらいあるでしょう?」
聞いたことも何も、たまにテレビでも取り上げられる新興宗教じゃないか。芸能人やスポーツ選手からも信仰者が多く、この国じゃ誰しも名前くらいなら知っているだろう。それに京都で行われる世界的に有名な花火大会『大和花火の祭典』もその宗教が主催だと聞いたことがある。
「日本国民の六%って何人や……」
「約七二〇万人よ」
「埼玉県の人口くらいいるのか?」
「暗算は出来ないのにそういうことは知ってるのね。確かに数にしてみると多いわね」
そうなのか……、埼玉県と言えば日本でも五番目の人口数だぞ。そんなに多いのか。それに六%ということは一クラス四〇人だとすいると約二人いる計算になるのか。そう考えるとびっくりだな。ということはクラスに二人は埼玉県民がいるってことか?
そんなわけないか、と視線を天照の方に向けるとすごい形相で睨んでいた。今にも殴り回して無理矢理にでも仲間にするという目だ。
「あたしは真剣に言っているのよ、しっかり聞いてくれる?」
「何で僕なんだ? 別に那実でも崎野さんでもええやんか」
「第一にあなたの能力よ、予知能力を駆使すれば組織の情報だってもっと深くまで知ることが出来るかもしれないわ」
また超能力かよ。そんなものに頼っていたらいい大人にならないぞ。便利なものに頼っていてはダメだ。どこかの猫型ロボットに甘えた少年は例外ってことをこの年になっても気付かないのか?
「それにあなたの能力は特別だから、組織も必死であなたのことを守ると思うの、そこを利用するのよ」
守られているから危険なことをしても大丈夫だというのか? なら命綱をつけて東京タワーに登れるか? 絶対無理だろ。理論上は大丈夫だとしてもそんな危険なことをする勇気など僕には持ち合わせていない。
「あたしは思うの。あなたは信じるものが何もない、そしてこれからもきっとそうなはず。だから宗教にも関係を持たないと思うの。それに、その超能力を身につけた理由、それがあなたを仲間にしたい一番の理由よ」
未来を見たいと思った理由。
そんなこと誰だって思っているだろう? 那実は未来なんかわかってしまうと死んでしまうと言った。けれど僕はそうではないと思った。それが理由か? そういうことではないような気がするけれど。
「わからないって顔ね。返事はこの任務が終わってからでいいわ。では、よい返事を待っているわ」
天照はそういうと立ち上がり、静かに歩き玄関に行くと、振り向いて僕の顔を見つめ「組織を知ると言うことは能力者を守ることに繋がると思うわ。そのことも踏まえて考えていて」
最後にそれだけ言うと、天照はドアノブに手をかけ部屋から出て行った
あいつから頼みごとをされるなんて、生きている間にあると思ってもなかったよ。でもこれから任務だというのに迷わせてどうするんだ?
身を挺して組織を知るか、挺さずに自分の身を守るか。
確か、天照は組織を知ることでみんなを助けられると言っていた。みんなを守りたいのはやまやまだけど、さっきのニュースを見る限りこの組織はすごく危険だ。平然とアメリカに喧嘩を売るような組織だぞ、というかあの行為はどちらかというとテロ行為に近いように思う。そんな危険な立場に置かれ、自分ではなく他人を守る余裕などあるだろうか? はっきり言って自信がない。きっと自分のことでいっぱいいっぱいだろう。
日常さえ、いっぱいいっぱいで生きているのに、そんな状況に置かれれば自分を守ることもままならないだろう。
すまないが天照、この話しは断らせてもらう。僕はまだ死にたくない。
思っていた以上に考え込んでいたのか、時計を見ると十一時を回っていた。確か集合は十二時に裏門だったよな。僕は若干慌てて出発の準備を始めた。
集合時間五分前に裏門に着くと、みんなはもう沖田先生の乗用車に乗り込んでいた。
「薙くん、ギリギリじゃない。早くしないと間に合わないから」と沖田先生は運転席の窓から上半身を乗り出し、手招きをした。
慌てて車に飛び乗る。助手席には天照、後部席の左には崎野さん、中央は那実、そして右に僕は座った。僕が席に着いたことを確認すると、沖田先生は勢いよくアクセルを踏み、それによりエンジン音はけたたましい音を上げ、遠慮なく深夜の静寂を包んだ。こりゃ地域住民から通報されても文句は言えないな。
僕たちは京都の右京区にある、嵯峨トンネルに向かっている。
そこは近畿地方でも有名な心霊スポットで色々な噂がある。
例えばトンネルの手前にある信号が青だと女性の霊がボンネットに落ちてくるとか、トンネルから黄泉の世界へつながっているとか。あとトンネルを越えたところにあるカーブミラーに自分の姿が映らなければ帰りは事故に遭うとか……。
なぜそういう噂が多いかと言うと、そのトンネルの上には江戸時代の頃、首切り場、いわゆる罪人の処刑場があったらしい。
……考えると鳥肌が立ってきた。
「よう知ってるな薙くん」
そりゃそうですよ。インターネットを駆使して色々情報を集めましたから。
「薙はビビリやのにそういうの好きやもんな」
ビビリは余計だ。でも好きなことは確かだ、そういう心霊スポットとかは。でも何だかちょっとのどが渇いてきたぞ、これは緊張の表れか? 体も少し震えている、武者震いとかいう奴だろうか。
「実は怖いから先に情報だけでも知っていないと不安だったんじゃない?」
何だそのもっともらしい理由は。僕は別に怖くなんかない、暗いところが嫌なだけだ。というか、あんた僕と話すよりもすることがあるだろう。
「もう一時間以上経ってるで沖田先生。学校から嵯峨トンネルまで約一〇キロやのにどれだけ時間かかってるんですか?」
「うるさいわね、あたしは悪くないの。この子頭が悪いのよ!」
カーナビが付いているというのにどうやって道に迷うのだろう? 目的地設定もあっているし、本当にこの人は自分ひとりで生きていけるのだろうか。
「那実、お前地図見るの得意やろ? 機械の代わりに案内したってよ」
「お前がしたらええやん」
「俺は地図見ることができへんねん」
「方向音痴」
うるさい! それを言われると何も言えないじゃないか。そうですよ、僕も方向音痴ですよ。何が悪い、そんな地図如き見ることができなくても生きていける。目的地に迷いながらでも着けるならそれで十分じゃないか。
ちなみに天照はというと、何も文句を言わず、ずっと外の景色を眺めている。そんなにじっと見つめて何かいるのか? 少し不気味だからせめて前を見てくれないか。
崎野さんは「コノカ車酔いするからちょっと不安やー」とか言いながらも、大人しくする雰囲気は皆無で、平然と僕らと話しをしている。全然大丈夫じゃないか、ちょっと心配していたのに損したよ。
――もしかすると車酔いしているのは天照の方か?
その後は那実の指示により、無事嵯峨トンネル付近まで近づいた。やはり僕の判断が正しかったな。なんて満足感に浸っていると、生い茂る木の間から人が出てくるような気がした。
まさかな、幽霊なんて人の恐怖心が生み出す幻。感動錯覚という言葉で科学的に証明されているはずだ。変なシミや落書きを人や動物と見間違えるのはパレイドリアと言われている。
しかし心でそういうことを理解していてもやはり怖いものは怖い。ほら、今だってドアを叩くような鈍い音が聞こえたじゃないか。やっぱりそういう気持ちが強くなると、普段気にならない音とかが聞こえて、それをラップ音などと聞き間違えるよな。
「わぁ!」思わず僕は声を上げてしまった。
だって間違いなく今、音がした。ドアを叩く音が間違いなくしたよ。
「先生! サイドミラー!」
思わず目を向けたサイドミラーには車を追いかけてくる人影が見えた。これが噂のジェット婆と言う奴か?
もう僕はパニック状態だった、何が起こっているのか全く理解ができない。明らかに聞こえたラップ音、確実に見えた霊体。次々と起こる心霊現象。やっぱり噂は本当だったのか、そういえばさっき信号を青で通過した気がする。
沖田先生は僕の声でサイドミラーを目視すると車を急ブレーキさせた。おかげで後部座席にいる僕たちはシートベルトに締め付けられる。
急ブレーキをしたってことは異常事態だよな。何なんだこのとんでもない展開は。もしかしてこれから超能力者対悪霊なんてシネマ的展開が始まるのではないだろうな?
僕は出来るならこの恐怖に失神していたかったが、残念ながら心臓は全力疾走をした後よりも早く圧縮を繰り返し、眼を覚めさせた。
僕は寒気がするし、悪い予感しかしないので、全く車から出る気はなかったのだが、那実が早く開けろとうるさいのでドアをスライドさせた。
「はぁっ!」
スライドさせると、そこにはおっさんの顔があり、じっと僕を見つめた。
何でこんなところに、こんな時間に人が出歩いている? 幽霊だろ? 幽霊しかいないだろ!
「はやく霊を捕まえる掃除機みたいなのよこせ、那実!」
「何アホなこと言うてんねん。この人は今日のゲスト、奥村安大さんやんか。どうも大妙院那波と申します。本日はお手柔らかにお願いします」
那実が何やら物騒な名を名乗るとその中年男性に手を伸ばした。
「ええ、私もこの日を待ち望んでいました。よろしくお願いいたします」がっちり握手。
一体この二人が何をよろしくするのかと言うと、沖田先生に渡された資料によるとこういうことになっている。
この僕の目と鼻の先にいる奥村安大さんは最近知名度が上がりつつある霊能者で、その若干の知名度を巧みに利用し、多くの利用者に法外な金額を請求しているらしい。そしてこれから何をするかというと、新米霊能者対有能霊能者の対決を行う訳だ。新米霊能力者とは那実のことで、設定では十六歳という若さで霊能者になり、様々な悪霊も退治した霊能者業界きっての秘蔵っ子とされている。
これからどうやってこの自称霊能者と偽装霊能者が勝負して、その後眞瀬明菜の両親を救うのかは書類には書かれていなかった。ほとんどが白紙で、ただ僕の名の横にカメラマン役と書かれていた。
まぁだいたいの想像はついたけどな。
「はい、いくわよ。三…二……」天照はカメラの画面に自分の手だけを映し、数を降順に数えていく。数が少なくるとともに声のボリュームを落とし、天照の手が画面から消えると沖田先生が声を上げた。
「みなさんこんばんわー、みんなの六等星沖田薫子です。今日は京都心霊怪奇事件簿の五〇回目の放送を記念して、こちらのゲストをお呼びいたしました」
何だその怪しく古くさく堅苦しい番組名は。それに心霊スポットだろここは? そんなにハイテンションでいいのか沖田先生? いや司会の沖田薫子さん。でも六等星については大いに納得できる。
「なんとあの超大物霊能力者、取材できないラーメン屋のようにテレビ出演を拒んでいた奥村安大さんに来ていただきました。今日はよろしくお願いします奥村先生」沖田薫子はそのへんのアナウンサーよりも手際良くマイクを奥村に向けた。
なんだこのテンポの良さ。もしかしてこの人、一人で練習していたのではないだろうな?
「よろしくお願いします。おっと、ここは怪しい霊気を感じます。まぁ私が付いているから安心ですがね」と言って小さく奥村は笑った。
一体何がおかしい。怪しい霊気を感じているのなら少しくらい動揺しやがれ。
「先生はこの番組はよくご覧になられていますか?」
「ええ、もちろん。毎週欠かさず観ていますよ。実にいい番組です」
何て当たり障りのないコメント。というかこいつはアホか? こんな番組放送されているわけないだろ。
「そしてもう一人のスペシャルゲスト、霊能者界のホープ。ちまたで天才少年霊能者として名をはせている大妙院那波先生です。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。今日は良い怨霊日和ですね」
なんて縁起の悪いことをいいやがる、って奥村、うんうんとうなずくな。
「本当ですか? そう言えば少し寒気がします」とうれしそうに話す沖田薫子からは、全く恐怖という言葉を思い浮かべられない。
「最後になっちゃいましたけど、今日もよろしくね京野花さん」
「もちろんです。ちょっぴり怖いけど今日はスペシャルなのでがんばっちゃいます!」
と見事にアイドルという役柄をこなす京野花こと崎野さんにも恐怖心は微塵も感じられない。僕の隣で何も言わず照明を持ち佇む天照の方がよっぽど顔色も悪く気分悪そうだけどな。こいつの場合、そういう現実的じゃないことは信じそうにないから顔が青白いのは車酔いの影響だよな。
何だか番組的にも、任務的にも成功するのか不安なオープニングだ。
せめて自分だけでもしっかりしければいけないと思い、カメラを肩に担ぎ直し、左手で眼鏡をくいっと上げた。
なぜ眼鏡なんてかけているのかというと、大妙院那波と瓜二つの顔を隠す為だ。カメラマンとスペシャルゲストが同じ顔なんて明らかに怪しいだろ?
「この霊能者二人にはここ、京都でも有名な心霊スポット、嵯峨トンネルで幽霊探知&除霊対決を行ってもらいます! ルールは三〇分間でいかに多くの幽霊を探知し、除霊を出来るかを競ってもらいます。勝つ自信はありますか奥村先生!」
「もちろん、私にまかせれば三〇分で最低でも六体は除霊できるでしょう」
話し終わるとまた薄気味悪く笑う奥村。
どうでもいいけど、三〇分で六体が多いのか少ないのか基準がわからない。
「それはすごいですね、さすが大霊能力者です。で、大妙院那波先生は何体程除霊できますか?」
大妙院は何も言わず静かに指を七本立て、奥村を睨みつけた。何の演出だそれは。
「これは若さ故の宣戦布告なのか、それとも圧倒的自信からでしょうか? 気になるところです! ところでコノカっちじゃなくて花ちゃんはどちらが勝つと思いますか?」
うっかりでもコノカと言う名前は出しちゃまずいだろ。
「えっとー。あたしは同年代の大妙院先生を応援したいですけど、やっぱり相手が奥村安大先生だから勝つのは厳しいと思います。なので奥村先生の勝利だと思います」
にしても本当に演技上手だな崎野さん。これが全て茶番だと知っているのにそこまで感情豊かに話せるなんて。もしかしてこの子、普段もキャラ作りしていたりして。
「カーット」といきなり隣で照明を持っていた天照が声を張り上げた。お前は一体何役だ?
「二時前まで少し休憩しましょう」
それだけ言うと天照は照明器具を持ち沖田先生の乗用車に小走りで乗り込んだ。
僕も大きさの割に異様に軽いカメラを置き道路に座り込んだ。すると奥村が出演者一同の輪から抜け出し、僕の方へ近づいてきた。一体何のようだ?
「どうも、今日はお世話になります。奥村です」
「いえいえ、こちらこそ。まだ若いスタッフばかりで何かと迷惑をかけるかもしれないけどよろしくお願いします」
「私の方こそ、まだテレビ出演はこれで二回目ですので。お互いビギナー同士、手を取り合いましょう」
ただの気色悪い中年男性かと思っていたけれどちゃんと挨拶してくるし、感じも良さそうだ。この男が本当に法外な霊感商法を行っているのだろうか?
と少し疑った自分が馬鹿だった。
奥村は僕の耳元に顔を近づけ、小さな声でいやらしく呟いた。
「それにしても本当にいいんですよね? あの沖田さんでした? あの方と一夜を共に過ごせると言うのは。思っていたよりも綺麗な方なのでちょっと確認をですね」
やっぱりこいつ最低だ。もしかしてその愛想の良さも、番組出演もそれが理由なんじゃないだろうな。でも大人なんてこんなものなのかなと思ってしまうのも事実。
「そこであの……、なんていうんですかね」
中年のおっさんにもじもじされるとこれほどまで気持ちが悪いとは思ってもなかったよ、いいから早く言いやがれ。
「私は沖田さんよりどちらかというと、京野さんの方が好みなのでその辺りご検討お願いします」
うわっ、本当にビックリだ。こいつエセ霊能力者で詐欺までしてロリコンときたか。こんな奴に騙された人々を思うと言葉にならないよ。
「なぜ僕に言うんですか?」
「だってさっき車に乗った人がプロデューサーさんでしょ? あの人目つき悪いしこんなこと言うと何言われるかわかったものじゃないから。どうかあなたの方から伝えといて下さい。もし断ったら、放送をやめていただきたいとも忘れなく」
そんなことを真面目な顔をして言える奥村に違う意味で尊敬の意を表し愛想笑いで返すと、彼は満足そうな気味の悪い笑みをしながら、また出演者の輪に戻って行った。
奥村が僕の元から離れたことを見計らったようなタイミングで天照が照明器具を引っさげ、車から出てきた。
天照はもしかしてこのことを計算して車に戻ったのかと一瞬疑いたくなるような絶妙なタイミングだ。いくら何でもそこまで推測力はないよな。
「さぁ始めるわよ」
僕の隣に来て天照は青白い顔を引きつらせて笑った。お前が幽霊なんじゃないかと突っ込みたくなるほどその笑顔は不気味だった。お前気分悪そうだけれど何気に楽しんでないか?
天照の一言で集まった出演者一同は、それぞれの定位置に立ち、いよいよ本番が始まった。
「では丑三つ時になったと同時にスタートしますね。準備はいいですか? 奥村先生、大妙院先生!」
本当にこの人のテンションは、ここを霊の集まる場所だと忘れさせてくれる。心霊スポットへ遊びにきた友人としては頼もしいが、心霊番組の司会としては最低だな。
沖田薫子の問いに奥村は数珠を八の字に振り「よろしいです」と典型的な霊能力者のように振るまい、大妙院はポケットから扇子を取り出し、扇ぎ、余裕の笑みを浮かべた。
「準備は整っているようなので始めたいと思います。 二時まであと五…四」
沖田薫子は左手を目の前にかざし、腕時計の秒針を慎重に読みあげる。
「それではスタート!」
二人の霊能者もどきは、よーいどん! と小学生のかけっこのように駆け出さず、ゆっくりと暗いトンネルの中へ入って行った。奥村は霊能者として仕事をしているからこういう場所には慣れているだろうけれど那実の奴は怖くないのだろうか?
トンネル内には意味不明な落書きが描かれていて、気味悪さを助長させる。しかもトンネルには全く明かりが灯っていないのに、霊能者二人には懐中電灯すら渡されていない。沖田薫子いわく、霊視できるなら暗闇なんてどうにかなるでしょう、というとんでもない理由だったが、粋がったエセ霊能者二人はそれを承諾した。霊視が出来るからと言って何故暗がりを歩けるのか理由は全くわからないと突っ込みたいところだけれど、僕の役割はカメラマンだ。
霊能者以外はトンネル内部にいても意味がないので、トンネルの入り口で彼らが霊体を発見するのを待ち、呼び出されるとその霊能者に近づき撮影を開始することにした。
「今気付いたんやけど沖田先生、ここって有名な心霊スポットやのに何でこんなに人が少ないん? さすがに日曜日でも二組〜三組くらい普通おるやろ」
…………おい、聞いているのか? もしかしてこの先生のことだ、役になりきっているからその役名を言わないと返事しないとかじゃないだろうな。
「沖田薫子さん? 聞いてますか」
「あら、薙くんどうしたの?」
予想的中、本当に面倒くさい性格をしているよ。
「聞いてたやろ、何でなん?」
「えっと、交通の規制をしているからよ、これくらい容易いわ。何たってこのーー。薙くん、みんな! 行くわよ」
トンネル内には中年男性の声が響く。何も知らない人が聞けば十分心霊現象と間違えるのではないかというような不気味な声だ。
僕らも慌てて沖田薫子について走り出した。
トンネルの真ん中まで行くと、道路の中央辺りに奥村が立ち、何やらお経のようなものを唱えている。
「どうやら奥村先生が霊を発見したようです! どうですか先生?」
薫子は霊と対話中の奥村に対し声のボリュームを落とすことなく遠慮なく訊ねる。
この世に霊が本当に実在して、本気で除霊をやりにきてこの対応をされると僕なら間違いなく怒るけどな。
「はい、ここに女の子の霊がいますよ。今事情を訊いてみますので」
奥村は大げさに『ハ』と『カ』を叫び、数珠を大きく振り回す。
やっぱりロリコンだよこいつ。
「この女の子は、親子で近くにある愛宕山へハイキングに来ていたそうですが、途中で迷ってしまったそうです。結局両親とも会えず山で息絶えてしまいました。今もこの子は両親が来ることをこの霊が集まるトンネルで待っているのです」
なんというありきたりな設定なのだろう。そんな話しは今まで何度聞いただろうか。どこかの名犬の話を少しもじっているだけじゃないか。
隣で泣き声が聞こえたので振り向くと、京野花さんが涙を流していた。本気で泣いているのか? もしそうだとしたら、どこかの芸能プロダクションへ行った方がいい。きっと快く迎えてくれるだろう。
「おっ、奥村先生! 早くす、す、救ってあげてくだひゃい、かわいそうれしゅよ」
こんなところで迫真の演技が拝めるとは思ってもいなかった。
「わかりました。その涙はきっとこの子を救うでしょう」
戯言はいいからはやく除霊しろ。どうせ適当にその数珠を振り回して適当な言葉を並べて終わりだろ?
案の定、奥村は僕の想像と全く同じ行動し、彷徨える魂を求めてトンネルの奥深くまで歩いて行った。すると今度は那実の声が聞こえた。全く忙しい。どうせ見つけたフリなのだからもう少し間を与えてくれよ。
「大妙院先生も霊を発見したようです!」
いつまで薫子のテンションが続くのか不安だったけれど、それも余計だったよ。きっと死ぬまでこの状態を保っていられるのだろうな。
僕らはさっきと同じように走り、大妙院の元へ向かう。
すると大妙院の手元が赤く光った。もしかして火の玉? と一瞬でも思った僕がアホだった。
「おっと、大妙院先生、それは一体何でしょうか?」
「これは霊探知機です。俺の霊力を使って作動させてるんやけど」
なにが霊力だ、明らかに電力だろ。それにお前が赤く光らせているのは僕がおもちゃ屋で買った携帯ストラップじゃないか。確かに霊探知機能付きとは書いてあったけれど一二〇〇円でそんなもの発見できるならオカルト研究者も苦労しないよ。
「さっそくですが、すごい大物釣り上げちゃいましたよ」
「どういうことでしょうか? 大妙院先生」
大妙院は扇いでいた扇子を閉じ、正面に魔法陣を描くように振り、三〇メートルくらい離れた奥村に聞こえる声で、
「霊の行列を発見しちゃいました。ざっと三〇体と言うところでしょうね」と言った。
おいおい、そりゃさすがにやりすぎだろ? 遠くから「何?」と言う声が聞こえてきたじゃないか。そりゃセオリーとしては一体ずつ見つけて除霊するものだからな。やっぱりこいつはアホだ。
「それでは除霊するのに時間がかかるのではないでしょうか?」
「いえいえ、僕ほど霊力が高ければこれくらいの怨念と数なら三分もあれば十分です」
大妙院がそんなことを言うから、奥村も「ここには五〇体もいたぞ! 私もこの数なら三分で十分だ!」と言い出したじゃないか。
もうやってられん……。
沖田先生もすっかり飽きたのか崎野さんと一緒に山手線ゲームを始めた。
「絞殺!」「銃殺!」「溺死!」「刺殺!」
別に山手線ゲームはいいのだけど、お願いだから心霊スポットで死因をお題にするのはやめてくれないか。気味が悪いどころですまない。
しばらくトンネル内には死因を言い合う女性の声と霊の数と除霊の時間を叫び合う男性の声が響き合った。
制限時間三〇分が経ち、トンネル外へ出た僕たちは奥村対大妙院の霊能力対決の結果発表を行うことにした。
まぁ結果は見えているけどな。
「それでは、結果発表ー! 五四一対三五三一で大妙院先生の勝ちです」
そりゃそうだろ、那実の奴、終了時間を見極めて最後の最後に三千人とか言い出したからな。それまで十体差で負けていたけれど、なんという大逆転劇だろう。
沖田先生も山手線ゲームしながらちゃっかり数を数えていたのか。聖徳太子かと突っ込みたいところだけど本当にすごいので突っ込めない。
でもこれじゃドラマも何もありゃしないだろう。最後の方はお互い数を言い合っていただけじゃないか。これが本当の番組ならどうなっていたのだろうかと考えると寒気がする。
「まさか大妙院先生が勝つ何て思ってなかったです。絶対奥村先生が勝つと思ったけど」
京野花さんは本当に悲しそうに涙を溜めて言う。
「ですよねー。奥村先生、敗因はどこにあると思います?」
おいおい、この人一応有名な霊能力者だろう? そんなプライドを傷つけるようなことしていいのかよ。ほら、暗くても顔が真っ赤だとわかるぞ。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 何が三千人だ! そんなに霊がいるわけないだろうが、このエセ霊能者が!」
人のこと言えるのか? 確かにあんたの方が霊能者らしいけど、それはあくまでらしいだけであってそうではないだろ。
那実は閉じた扇子を振り、音を立てて広げて扇ぎ、悟るように奥村の怒号にもとれる質問に対し答えた。
「なんで三千人がありえへんの? 人は死ねば幽霊になるんやろ? その中の何割が現世に残るか知らんけど、この場所に恨み、やりきれなさを持ったまま死んだ人が霊になって現れるんやったら、人類が生まれてから三千人くらいおっても不思議やないやろ。少ないくらいや」
確かにその考えには頷ける。
「だまれだまれだまれ! そんなに霊界は単純じゃないんだよ!」
死んだことのないお前に何がわかると言うのだろう? せめて死んでから言えよこいつ。
あくびをしながらそんな言い合いを見ていたのだが、那実がとんでもないことを言い出した。
「そしたら見せたるわ。幽霊を」
はっ? お前いつからそんなことをできるようになった? 奥村も何言ってるのこいつ、って顔してるじゃないか。いや違うだろ奥村、お前はそんな顔してはいけないだろ、一応霊能者の肩書き持っているのだから。
那実は呆れ顔の奥村を気にすることなく、自信満々の顔で大きく目を開き親指と中指を擦り合わせ乾いた音を響かせた。
その瞬間トンネルの方から白い女性のような形をしたモヤのようなものが僕の前で立ち止まり、肩で息をしてから煙のように消えていった。
あまりに唐突な心霊現象で、僕は驚きすぎて声も出ず、その光景の一部始終を見送った。
「奥村さん、これで信じてくれたか?」
奥村は背骨を抜かれたようにその場に座り込み、顔を霊が消えた場所に向けてただ呆然としている。
「これで、わかったやろ。あんたのありえへんくらい高い霊感商法をやめて、更にその人達の洗脳を解くんやったら、さっきおった霊をあんたに取り憑かせへんようにするけどどうする? 多分取り憑いたらあんた死ぬやろな、散々こいつらを金儲けに使ったんやから」
奥村は首だけを大きく立てに振り、声を挙げて泣きながら情けない声で謝罪の言葉を吐いた。
「まさか本当にいるとは思っていなかったのです。ごめんなさいごめんなさい、もうしないから!」
これで一件落着か。でもさっきの白いもやは何だったのだろう? 明らかに霊のように見えたが、どうせ組織が作った何かだろうな。
僕らは腰を抜かした奥村を置き去りにして、その場を後にした。