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第三章 ヒツジの群れ

 何の特徴も無い普通の日々と言うものは思っていたより早く過ぎ去るらしく、一週間で適応してしまった高校生活と寮生活をそれなりに満喫し週末を迎えた。あの月曜日、天照との約束を無視したけれど、結局向こうからは何の行動もないままだ。それがいいのか悪いのかいまいち喜べない今日この頃。

 日曜日、普段なら何もすることもなくだらだらとクラスの友人と過ごして終わるのだろうけど、今日は夜から寮生にとって最大のイベント『歓寮会(かんりょうかい)』というものが開かれるらしい。

 これは僕らのような新一年の寮生のために、三年の寮生がわざわざホテルの宴会場を貸し切って歓迎会を開いてくれる行事だ。校外を離れるといっても学校行事なので制服着用と言うのが少し(わずら)わしい。ちなみに寮に入れるのは特別能力開発科の生徒のみなので、一年から三年まで集めても六〇人もいないだろう。それに来ない生徒もいるだろうしな。そう言う生徒と同様、僕もそれほど楽しみにはしていない。

 珍しく友人との待ち合わせ時間より早く待ち合わせ場所となる寮の玄関に着いてしまった僕は、少し暇つぶしにと近くの自販機にジュースを買いに行った。

 自販機の前には同じ学校の制服を着た女子が立っていた。ということは彼女も今から歓迎会に行くのか。

 夕日に反射して艶よく光るストレートな黒髪、そして後ろから見ても惚れ惚れするような体のライン。これはきっと美少女に違いない。これは一度顔を拝めておかないと神様に失礼だ。という本能丸出しの理由で遠慮なく後ろに並んだ。

 僕はまずセーラー服の襟元を見た。真っ青のラインが襟元を彩っている。

 青色ということは……二年生か。

 こうやってうちの学校の生徒の学年を調べるときは、女子なら襟元のラインの色、男子は名札の色で判断している。ちなみに一年は白で二年は青、三年は緑だ。

 彼女は僕が買おうとしていた一二〇円で五〇〇ミリリットル入りのスポーツドリンクを購入した。

 「あっ!」

 僕は思わず声を出してしまった。不幸もいいところだ。タイミングよく彼女が購入した分でそのジュースは売り切れてしまった。ボタンのところにうっすらと赤く『うりきれ』とご丁寧にひらがなで書かれた文字が光っている。 

 彼女はその声で僕の存在を気づいたらしく、ジュースを取ろうと屈みながらさりげなく僕の顔を見た。矢を射抜くように目が合ってしまったので、思わず僕は視線を鼻辺りに()らす。

 一瞬彼女の顔を見ただけだけど、思った以上のビジュアルではないようだ。まあ平均を超えてはいるが天照と比べると月とスッポン。は言いすぎだから、小惑星くらいにしておこう。比べる相手が間違ってるか。

 彼女はジュースを右手で持ち、僕の正面に立った。

 僕は何を言われるのだろうかと少しドキドキしながら彼女の第一声を待つ。

 彼女の大きな瞳が刹那に開き刹那に開いた瞬間、僕の手にジュースを握らせ、

 「声を上げるほど欲しかったのですね。譲ってあげます」と彼女は微笑んだ。

 なんていい人なのだろう。僕は心の底から感謝を示し、それだけじゃ伝わらないのは百も承知なので、快活に「ありがとうございます」と言った。

 すると彼女は上品に手を口に当て笑いながら、全く予想していないことを言い放った。

 「どうしたの、那実さんらしくもない」 

 「えっ?」

 「いつものあなたならニカーっと笑い、ありがとうっす、と言って一気飲みしそうなのに」と嬉しそうに話す。

 ありがとうっす、と言いなれていない言い方がなんとも可愛らしいことは置いといて、那実を知っている他学年の生徒って……どういう関係だ?

 「どうしたの? わたし、何かおかしいこと言いましたか?」

 彼女は不安そうな表情で見つめる。

 もう『彼女』という表記にも飽きてきた。そろそろお名前を伺うことにしよう。

 「どちらさまでしたっけ?」

 すると彼女はあっけにとられたように目を大きく開いて、

 「変な那実さんね? 三月よ、私は三月美代(みつきみよ)。この間まで覚えてらしたのに、本当に大丈夫ですか?」

 僕は考えた。

 このまま、三月さんに自分は那実じゃないです、薙なんです。と伝えるかどうか。上手にいけば彼女に恥をかかすこともなく、変な空気になることもなくこの場を後にできる。でも、嘘をついたところでその先の先に何があるのだろう。

 何もないに決まっている。

 いつもこうやって嘘をついてごまかすのが悪い癖だ。確かにその方が楽だろうけれど、人は楽に流されやすい。なら、そういう当たり前はもうやめようかな? 高校生になったきっかけとして。そしてこれが新生伊佐薙の第一声だ。精一杯作り笑いして言ってやる。

 「僕は那実と違いますよ、薙です。名前も顔も(まぎ)らわしくてすいません」

 僕は、彼女が当たり前のように驚いた顔をするのだろうと思ったけれど、実際は違った。

 「那実さんが言っていたこととは違うみたいね」

 「へっ?」僕は恥ずかしくも、おどけたような声を出してしまった。けれど決して本当におどけたわけではない。ただ彼女が驚かないことに自分が驚いただけだ。……何だか悔しい。

 「何もそんなに驚くことはないのでは? 薙さんのことは那実さんから伺ったことがありますよ、楽な方へ楽な方へ逃げたがる性格と」彼女は微笑を含めて言った。

 さっきの新生伊佐薙の第一声は撤回だ。まさにこれこそ正直者が馬鹿を見るって奴だろう。それにしても那実の奴言ってくれるな。お前も人のこと言えないだろ。この学校の推薦だってほとんど即決だったじゃないか。それに三月美代さんだ? 初対面の人にそんなこと言うなんて感じ悪い人だ、愛想笑いもそこまでにしろよな。

 「実際は違いましたね、本当に逃げる性格なら『どうも』で済ませてしまえばいいはずですから。薙さんは苦しみから逃げない良い心の持ち主です」手で口を押さえているけれど、わかる。今度は本当に笑った。

 前言撤回。

 三月美代さん、あなたは感じの良い人だ。いや、良すぎる人だ。でも僕のそれは表面上だけですよ。けれどその言葉はうれしかったです。僕はあなたの期待に応えるため、これからも嘘をつかない人生を目指します。

 「薙さんも今から歓寮会へ?」

 「ええ、あまり楽しみにしていないですけど」というより今はあなたと那実の関係が気になって仕方が無いです。もしかして最近少し様子がおかしいあいつの行動と関係あるのかな?

 「あら、そこそこおもしろいわよ。」

 「そうなんですか? それはそこそこ楽しみです。あの、よろしければ道を教えてくれますか? 僕だけ友人に取り残されてしまったので行き先不明なんですよ」 

 こうして僕は三月さんと共に歓寮会へ向かった。

 気付けばもう嘘をついていた。仕方ないこれも那実の最近の行動がおかしいからだ。ついでに裏切ってしまった友人にも謝っておこう。心の中で。

 歓寮会ではビンゴ大会があって一等は液晶テレビとか、そのホテルのミートスパゲティとオレンジジュースがおいしいとか、司会をする三年生は芸達者だとか、三月さんは僕の気持ちを知らず微笑を浮かべながらそういう話しをしてくれた。一〇分の道のりでこの内容の話ししかしなかったので、彼女はどうやら口数の少ない、おしとやかな性格のようだ。まぁ雰囲気でなんとなくわかったけれど。

 僕はとうとう那実と三月さんの関係について話しを切り出せず、歓寮会が行われるホテルに着いた。

 そのホテルは思っていたよりも大きく、そして綺麗で、駅近くということもあってか人で賑わっていた。ホテル内に入り宴会場に着くと僕は圧倒された。

 天井には素人目でもわかるほどきらびやかなシャンデリア、高級な光沢を発するテーブルクロスがひかれた洋風なテーブル。内装も欧風で僕らのような学生には場違いな場所で、結婚式の二次会でもギリギリじゃないかと言うほど高級感漂った宴会場だった。

 「本当にここですか? 学生気分で入られへんやけど」

 「驚いたでしょ? でもここでビンゴ大会などを行うのよ。まあ、すぐ慣れますよ」

 これが寮の歓迎会なのか……。まさに馬子にも衣装って感じがする。

 そういえば大事なことを思い出した、いやそれほど大事でもないか。

 それはさっきのジュース代を渡しそびれたこと。それと、

 「三月さん、あなた僕を騙しましたね」

 「騙す?」正面を向いたまま質問を返す。

 「僕が那実じゃないってことに気付いてたのに、三月さんは気付かないフリしたじゃないですか」僕は百二十円を彼女の目の前に差し出す。

 「あら、それはごめんなさい。気にしていたのね」彼女は小銭を僕の手の平から取り、「それではこれが賠償金でいいかしら?」

 彼女は口を閉じながら笑い、僕の手の平にもう一度置いた。

 「そういうことなら、ありがたくいただきます」僕は一二〇円を握り締めた。

 あなたのその笑顔と込みならお釣りが出るくらいです。 

 なんてエセ二枚目のようなことは死んでも言えないので、心の中にとどめておく。

そのやり取りを終えると、三月さんは「それでは」と言って足音も立てず襟元に青のラインが引かれているセーラー服の輪の中へ入って行った。僕も白い名札の制服が固まっている場所へ移動して椅子に座り、歓迎会の始まりを待った。


 予定時間より五分遅れて司会を担当する三年生の男女が挨拶をして、ついに歓寮会は始まった。結局一緒に行く約束をしていた友人はその挨拶がすんだ一〇分後くらいに姿を現したので「遅いらから先行ったで」の一言で文句も言われることもなく、逆に謝罪されてしまった。

 料理はバイキング形式になっていて、ジュースもウエイトレスに言えば持ってきてくれるので僕らは適当にピラフやスパゲティなどを皿に山盛りにして、ジュースも飲みきれるのか不安なほどの量をテーブルに並べた。

 三月さんの言う通り、ミートスパゲティとオレンジジュースはおいしく、一番人気となってすぐテーブルから姿を消してはまた盛られ、また消してを三回ほど繰り返すと、前のテーブルからビンゴカードが周ってきた。全員に配られるとおまちかねのビンゴ大会が始まった。

 薙の奴、こういう景品がもらえるゲームには決まって顔を出すくせにまだ来ていない。やっぱり様子が変だ。でもあいつがビンゴで当たったところなんて見たことないから、来ても一緒か。那実はいつもダブルリーチくらいまで行くが、結局当たらないという悲惨な奴だ。

 僕もこういうゲームは一度も当たったことがない。ビンゴはもちろんのこと、絶対当たるくじ引きでもはずれを引いたことがある。まあ、あれは印刷ミスだったからもう一度引かせてもらえたけど。結局当たったのは紙で出来たハリセンだったのは言うまでもない。

今回のビンゴもリーチが出れば万々歳だな。本当にツキのない人生だこと。一体どこに僕の運は回っているのだろうか。

 一番良いの景品が一四型の液晶テレビということで大盛り上がりを見せたビンゴ大会だが、なんとそれが最短で、しかも最初に出てしまいあっけなく会場はヒートダウンした。僕の手元には真ん中に穴が開いた紙が残った。

どうやら当てたのは二年生のようで、ショートヘアーで快活そうな雰囲気の彼女は、白い棒のような物をくわえながら高笑いして舞台に上がった。

 「学年と名前をお願いします」

司会がマイクを向けると彼女はマイクをひったくるように奪い、司会者二人の背中を押して舞台から下ろしやっと話しを始めた。なんて図々しい奴だ。一番の景品を受け取りながら舞台まで占領するなんて。

 「えーっと、じゅうよんがたじゅうよんがた。おっけ。あたしは二年の灘梓玖(なだあずく)。一発で当てちゃってごめんね。恨まれると思うけど物欲には勝てませんからー。でも恨むんならあたしでも自分でもなくてこのビンゴ大会を恨んでね。じゃにー」

終始満面の笑みで喜びを表明した灘さんは司会者にマイクを返すと、一四型液晶テレビの引換券を受け取り、スキップしながら宴会場から出て行った。にして何かくわえながらあれだけ喋るとは何という滑舌の良さだろう。ていうか、もらってすぐ帰宅とはなかなか最低な奴だな。

本日のメインイベントも終え、最後にデザートでも食べてから寮に帰ろうと考え、フルーツポンチを皿に盛っていると肩を軽く叩かれた。一体誰だ?

 「那実さん? 今から少し来ていただきたい場所があるのですがよろしいですか?」

 三月さんか。また僕を那実だと間違えているよ。……これはもしかすると二人の関係を知るチャンスかもしれない。しょうがない、どうせあいつのことだ。ちょっとした気の緩みで香美ちゃんという彼女がいるのに三月さんと関係を持ってしまったのだろう。だから今だけ僕は那実となろう。那実を間違った道から連れ戻すために。

 「ええで、どこ行くん?」

よし、いい感じの那実っぷりだ、喋り方さえ真似すれば声も似ているし完璧じゃないか。

 「はい、ではこちらへ」

 僕は宴会場を出て、そこから一番離れた部屋に案内された。

 「それでは薙さんは先に入っていてください。わたしはまだ用がありますので」

 三月さんは僕の返事を待たずにまた宴会場の方へ歩いていった。……今僕の名前呼ばなかったか? 気のせいだろ、一文字違いだし。

 取り越し苦労だと願いつつ扉を開けると、一切の力学や重力さえも無視するように、目の前には椅子が浮いていた。

 ――椅子? そんな物空中に浮かないだろ、見間違いだきっと。僕は眼をこすりさらに頬を叩いて眼を開いた。

 増えてる……。

 椅子だけではなくテーブルや食器まで浮いていた。そんなものを見ている場合じゃない、早くここから抜け出さないと。僕はドア押すがびくともしない。

 もしかしてこれが噂のポルターガイスト? マジで? 確かテレビか何かでポルターガイストはその言葉通りの意味の心霊現象とは違い、人が引き起こす第六感という説もあると聞いたことがある。けれどこの部屋には誰もいない。ということは幽霊しかないよな。

 そう考えると恐怖感は一気に増し、僕はひたすらドアを蹴ったり殴ったりしたがやはり開かない。ついには椅子やらテーブルなどが僕の方へ向かって飛んできた。

 恐ろしくて声も出ず、僕はただその飛行体のひとつひとつを凝視した。見たって何も変わらない。スローモーションになるわけでもないのに……。まあいいか、人に襲われて死ぬよりこういう超常現象に襲われて死ぬ方がまだマシな気がする。そんな諦め気分の僕の耳に聞きなれた声が届いた。

 「ハヤハヤ、ストップ」

 沖田先生? 僕は授業中に何度も聞いたそのやわらかい特徴のある声を思い浮かべた。すると予想通り沖田先生がカーテンの裏側から出てきた。ついでに短髪の少年と先ほどのビンゴ大会で液晶テレビを当てた灘さんも出てきた。一体どういうことだ?

 「驚かせてごめんね薙くん。ちょっと試しただけ。でもどうやら外れだったようね。ヤギが羊を見てはいけないのよ……」

 どういう意味だ? それに一体何を試したと言うのだろう、何を外したのだろう、動物なんていないぞ?

 沖田先生はゆっくりと内ポケットに手を入れて、拳銃を取り出した。

 生では初めて見たけど結構重そうだな……というか先生僕に向けて撃とうとしてない?

 安全装置のようなものを慣れた手つきで外し、ゆっくりと銃口をこちらに向けて構えた。

 「先生、一応聞きますけどそれ本物やでな」

 「もちろん。重たいから結構疲れるのよね、だからさっさと撃っちゃうね」

 「アホか! 撃ってもええから何でか理由教えてくれ」おいおい、僕。撃たれちゃダメだろ。

 すると沖田先生の隣にいる青い名札をつけた男子生徒が口を開いた。

 「さっきの空中遊泳(くうちゅうゆうえい)を見ただろ? だから」

 空中ゆうえい? ポルターガイストのことか? いやいや、何故あれを見たからといって殺されなきゃいけない。理由になってないだろ。いや、理由ならある。もしかして、

 「さっきのポルターガイスト起こしたのはお前?」

 「その通り。すごいだろ」

 すごいとかそういう次元の物ではない。これは別世界だ。こうなったら逃げるしかない。そう思いドアを押すと――押し戻された。

 僕はドアの前に吹き飛ばされ、ゆっくりと顔を上げて押し戻した奴を見つめた。天照だ。

 何故こいつがこんなところに? しかも隣には三月さんまでいるじゃないか。余計にわけがわからなくなってきた。

 天照は必死な顔で沖田先生に話しかける。

 「彼の発動条件はこうじゃないわ、こうよ。さあやりなさい三月」

 三月さんは天照と目が合うと、そばにある椅子を頭上に持ち上げ、人の力とは思えない勢いで天照の顔面に思い切りぶつけた。

 あまりにぶつけるスピードが速かったのか、僕の耳がおかしかったのか、音を立てないまま砕け散った椅子の破片の中心には、白く端正な顔が綺麗な赤塗られていた。ただ首がねじれいる。ただそれだけ、それだけのことで生命を終える十分な理由になる。

 表情そのままの天照は本当に綺麗だった。演技でもしているのではないかとい疑うほどに。でも雰囲気でこいつは終わったんだ不思議だけれど理解できた。

 でもありえない、どんなに打ち所が悪くても椅子をぶつけられた程度で人の首は折れないだろう、ましてや天照は柔道経験者だ。首は常人より鍛えられているはず。僕は夢じゃないかと頬を思い切り叩き、願った。あの日天照が不良に刺された幻想とこれは同じことだと。


 眼を開くと三月さんが椅子に手をかけている。もしかしてこれはデジャブ?

 「天照、椅子に気をつけろ!」

 僕がそう叫ぶと空気が止まった。

 周りのみんなの顔を見渡すと呆然としていた。ただ天照だけは不気味に薄笑いを浮かべていた。

 静寂する部屋の中、天照は満足げな表情をして呟く。

 「彼は死の予兆を感じるとマインドする。これでわかったでしょ?」

 僕が死を予兆するとマインド? 意味がわからない。けど周りのみんなはすごく納得したように頷いている。……もしかしてさっき見たデジャブがそうなのか?

 「何の話をしてるんですか?」

 沖田先生はごく当然のことを言うように軽く答えた。

 「マインドとは超能力のこと。つまりあなたは超能力者なの、わかるかな?」

 「わかるもクソもないですよ」この人は何で突拍子もないことを言い出すのだろう。

 「そりゃそうよね、いきなり言われてもわかるわけないか」

 口を手で押さえて、笑いをこらえるように話した。一体何がおかしい? 笑っているのは先生だけだよ。それにいきなりではなくても理解不能な気がするけれど。

 「あなたさっき見えたんでしょ? そしてあの公園でも。あたしの絶命を」

 天照が言うように確かに見えた。現実と何の違いもない幻が。

 「それは認めるけど僕が超能力者になった経緯とかが全くわからん。せやから認めへん」

 いきなり目覚めるなんてそんな馬鹿げて理不尽なことがありえるのか? どこかにきっかけがあったのか最近の記憶を探るけれど見当たる気配すらない。いたって普通の日常を過ごしてきたぞ、僕は。

 変なことといえば、この学校の推薦届けが来て入学したくらいだ。

 「薫、止めを刺して」

 そう言った天照の顔は、あきれた顔の代表として記憶に留めたいほどだ。

 「はーい。じゃ薙くん、いきなりだけど、あなた面接の日、健康診断でインフルエンザの予防注射されたわよね」

 「確かにされた」それがどうした?

 「あの注射には超能力に目覚める素みたいなのが入ってるの」

 「……なんやねんそれ?」

 天照が掃いて捨てるように言う、「詳しく言ってもあなた理解できないでしょ、脳内のシナプスを活性化させるのよ」

 「活性化させたら目覚めるんか?」

 「人の脳の八〇パーセントは眠った状態で一生を終えるのよ。でもその眠った脳内に超能力があるという実験結果が出たの。それはもう半世紀も前のことだけど。それから研究を重ねて、その眠った部分を起こしやすくする薬が開発されたってわけなの」

 「その薬を僕は注射されたのか」

 「薙くんだけじゃないわよ、天照さんも含めて特別能力開発科の生徒みーんな」

 ということはクラスメイトやここにいる先輩達もか。

 「なんでや? 僕らの知能指数が高いからか?」

 僕がそう言うと先輩も先生も声を出して嘲笑った。僕の発言に何か間違いでもあったか?

 「あなたまだそんなこと信用してたの?」

 「えっ?」

 僕はもう何が何だかわからない。もしかして騙されたのか? この学校に。

 「知能指数はあなた達のような特異な生徒を入学させるための口実よ、だから嘘」

 「ごめんね薙くん、嘘ついちゃって」

 「ごめんで済むか」

 僕は天照以外、何故この話しをへらへらして話しているのか全くわからない。イライラが積もる一方だ。

 「人は死に直面したときに風景がスローになる。走馬灯が見えたとか言うでしょ? あれも一種の超能力なのよ、でも死に直面するときにしか能力が発揮されないんじゃ命が何個あっても足りないでしょう?」

 「僕は死にそうじゃないのに能力が使えたで?」

 「それはそうしているからよ薙くんが。集められた生徒は知能指数が高いんじゃなくて、心に傷を負っているの、深い深い、普通の日常を過ごすだけじゃ考えられないほどの深いトラウマを持ってるのよ。まあその人の精神が弱いだけの場合もあるけど。つまり死とトラウマは似ているのよ。その心の衝動を脳が死の危険と勘違いして超能力を引き起こさせる。まぁ死に値するトラウマを持った人間なんてそんなにいないのよね、それにそれを頻繁(ひんぱん)に思い出せるメンタルもないわ。けど薙くんやここにいるみんなはそれができるのよ」

 「じゃあ、天照も」

 「あたしは、別よ」

 そう言うと逃げるように部屋を出て行った。過去のことは聞かれたくないのか。

 「天照さんは少し違うのよ、まぁ私の口からは言えないわ」

 「先生も超能力者ですか?」

 「そうよ。わたしもその薬を注射したのよ、するとそういう超常現象を引き寄せやすくする能力が身についたの」

 「じゃ、さっきテレビを当てた先輩も、そこにおる男子もですか?」

 僕と沖田先生の会話が聞こえたのか、先ほどテレビを当てた幸運な女子生徒が、ポケットから棒付きのアメを取り出し口に入れ、答えた。

 「そうだよ、あたしのマインドは絶対感。さっきのテレビを当てたのもあたしの能力のおかげなんだ。いいっしょ」

 本当に羨ましい……、いやいや確かに羨ましいけれど。

 「そんなことに能力を使っていいんですか?」

 「確かに乱用はだめよアズ。体の調子も考えないと」と沖田先生は灘さんを叱るが、その声からはどうでもいいという感じが存分に伝わってくる。  

 「だいじょーぶだって。ばれないよーにしてるから。ねっハヤ」

 「おう、もちろん。俺たちが超能力を使えるなんて誰も信じないよ。そんな非科学的なこと」

 確かにその通りだよな。この世の中ではこういう超心理に関することを研究はされているが、科学的証明が出来ないため信じられていない。ほとんどの人は、もしそういうことに遭遇しても偶然かトリックの類と思ってしまうだろう。

 でも僕は見てしまった。彼がポルターガイストを引き起こす様、それと灘さんが最短スピードでビンゴ大会の最大の景品を手にしたところを。ということは天照もここにいたってことは超能力者なのか。じゃ、あの引かれた黒猫が再び姿を現したのも超能力が原因ということか。

 「もしかして天照は傷を治療できる能力持ってます?」

 さあ笑ってくれ、僕の妄想を。みんな、ここしか笑うところはないぞ。面白いだろ?

 しかし、みんなの頬はピクリとも上がることはなく、僕の妄言に引いた感じでもない。これは……

 「よく知ってたな。その通り。沙希のマインドは治癒だ」

 「困ったさんだね。どうせいつもみたいに怪我をしてる動物を見つけて、治療してる最中に見られたのかな。まーいいことしてるからあんまり文句は言えないけど。あたしみたいに私利私欲に使わないし。でも一種の私利私欲か」

 「アズやハヤハヤも気をつけてね。本当天照さんには、強く言っておかないと」

 いやいや、ちょっとくらい否定してくれよ。しかも灘さんの予想、的中してるし。これでほぼ実証されたってことか。もし天照が治癒能力を持っていなければ、さっきの光景も現象も幻視ではないということか。まあ今は色々ありすぎて混乱していると言う理由で信じておこう。そう、僕はきっと悪い夢を見ているんだ。そう思えば少しは気が楽だ。

 今は姿が見えないけれど、三月さんも超能力者んなんだろうな。僕をここに連れてきたのは彼女だし。間違いないだろう。

 「ということは人それぞれ身に付く能力は違うんですね」

 「そうよ、あなたの心が一番深く傷ついた瞬間に強く望んだものがあなたの超能力になるのよ」ということは、沖田先生は超現象を引き寄せる能力が欲しかったのか。やっぱり変な人だ。

 僕は人の死を防ぐこと? だろうか。でも自分の死を防げないなんて不便すぎるだろ。あのときの沖田先生は絶対僕を殺す気だったからな。そんなことを考えていると、ドアが開いた。

 「遅れてごめん。心花(このか)がちんたらしてるから」その声の方に目をやる。

 すると開かれたドアの先には驚いた顔をする僕によく似た顔と、毎朝花屋で見かける小さな顔に大きな目をして艶やかな唇をした中学生がキョトンとしていた。

 どういう組み合わせ? この教室にこのタイミングで来たってコトは……。

 僕は驚いて声が出せないでいる。何故奴がここにいるんだ? いや考えなくてもわかることだけれど一応確かめてみよう。そう思い口を開こうとした瞬間。

 「うっそぉ? 凄いわぁ」

 鼓膜が痺れるほどの声で、桃の花びらのような顔をした中学生が言った。どこからそんな声が出る?

 「なー君、いつからそんな超能力使えるようになったん? 分身の術って忍者みたい」

 そう言って腹を抱え、涙を流す。大爆笑だ。それより『なー君』とは那実のことか?

 「そんなすごい能力使えるなんて知らんかったわ。コノカを驚かすためなん?」

 笑いをこらえながら必死で話すけれど、たまに(こら)えきれず唇から空気が漏れる。

 そこに那実が空気を元に戻すかのよう冷静に「ちゃうよ、これは弟の薙や」と突っ込む。

 「兄弟? ってことは双子やったん! 初耳やぁ」

 そう言って彼女は僕の顔をまじまじと見る。そんなに凝視されると照れてしまう。

 「ほんまや、ちょっと顔違う。ごめんなさい笑ったりして」

 そう言うと斜め四五度くらいに背中を曲げて、お辞儀を慣れたようにした。いつも店の接客でやっているから綺麗な形だ。

 「ここにおるってコトは……」

 彼女は沖田先生に目配せをした。恐らく僕が超能力者かどうか確認を取っているのだろう。

 「超能力者なんやぁ、これからよろしく」

 彼女は僕の方に一歩近づき、「あたしは崎野心花(さきのこのか)。よろしくお願いします」と言って営業スマイルとは別の、親しみが伝わってくる笑顔を僕に向けた。と、ここで那実が割り込んできた。人がせっかく崎野さんと話しているのに邪魔するなっての。

 「お前ほんま、何でここにおるねん」

 こいつは状況を理解していないのか?

 「だから超能力があるからここにおるんや」

 「それはわかってる」

 なんだとこいつ、わかっているなら質問なんかするなよ。

 「俺は何でお前がここにおるんか聞いてるんや」

 ったくめんどくさい奴だ、いちいち説明するのがめんどくさいけれど、こいつがこんなに興奮しているのはあまり見たことがない。仕方ないのでここまで来た経緯を説明した。

 「そうか、そうやったんか」そう言うとうつむいて、落胆の表情を映す。

 「天照沙希が、やっぱりあいつが要注意人物やったんか」

 どういう意味?

 「俺はお前が超能力を持ってることに気付いて欲しくなかったんや」

 沖田先生は那実を試すような声色で言う。

 「あら、それはどうして?」

 少し口をもごもごさせて言葉を選ぶように那実は言った。

 「嫌な雰囲気がするんや、この組織には、先輩とかもだんだん……」

 「おっと那実くん、言って良いことと悪いことがあるわ」

 那実の発言を妨害した沖田先生は、いつもみたいにのんきな声で言ったけれど、その中に明白な怒りを感じた。

 那実はなんて言おうとしていたのだろう?

 「那実、その組織って何なん」

 「まだ聞いてなかったんか?」

 驚きと、やってしまったという声が聞こえてきそうなくらいの表情をしてそう言った。

 「今から説明するわ、薙くん。この学校では、あの薬を打たれた生徒の中で超能力に目覚めた人に限り、ある活動をしてもらうの」

 「ある活動って?」

 「国を守ったり、悪い人を捕まえたりするの」

 そんなことをするの? というか

 「そんなこと警察に任せればいいじゃないですか」

 「出来ないから言ってるのよ」

 どういうことだ? 警察で解決できないようなことを僕らがやるって言うのか。出来るわけないじゃないか。

 「裏の警察ってコトよ。警察は市民のためでしょ」

 「そりゃそうや」

 「で、私たちは国を守るためにがんばるの」

 国のために僕達が何をどうがんばれるのかが全くわからないけど。

 「簡単に言っちゃえば、国にとって邪魔な存在を消してしまうのよ」

 「暗殺者ってこと?」

 「まぁよく似てるけど、殺すことまではしなくていいわ、その手伝いをしてもらうだけ」

 「例えばどういうことをするんですか」

 それは正義なのか悪なのか、ちょっと微妙だぞ。邪魔な奴を消すって言うところが怪しい。

 「うーんとね、最近、有名な映画監督が脳卒中で倒れたわよね」

 確かニュースでもよく取り上げられて、監督の作った映画の出演者たちがメッセージを送る映像はよく流れていた。まぁ彼らが本当に心配しているかどうか気になるところだけれど。その監督とどう関係あるのだろう。

 「あの人は脳卒中で入院してなくて、死んでいるわ」

 ――どういうこと? ニュースじゃ病気と言われて、最近では監督の容態も回復してきて、朝のニュースで生電話もしていたぞ。もしかして、の組織にはマスコミを動かすほどの力を持ってるってことなのか。そうだよな国専用なんて物騒な名前付いているのだからそれくらい容易そうだ。

 また沖田先生のちんぷんかんが飛び出したのか、本当のことを言っているのか気になって斜め後ろにいる二人を見たけれど俯いたままだ。

 「那実、どういうことなん」

 僕は出来るだけ、落ち着いた声で言ったつもりだけれど、実際、声はビブラートするように震えていた。

 「俺は何にもしてないで、先輩達がやったことや」

 決して目を合わせようとしない、こういうときの那実は高確率で嘘をついている。けれど今の空気は問いただせるようなものではない。

 「何故、その映画監督を殺したんですか」

 「私たち、組織のことを感じさせるメッセージを含んだ作品を作ったことと、国民に対し不安を与える物語だったからよ」

 日常会話のように言う様子に、人の命を奪うという罪は全く感じられなかった。

 もしかして本当にやばい組織なのか? 誰か冗談だと言ってくれよ。

 「大体わかりました、ほな僕はこの辺で」

 「かおりんが寮まで送ってくれるよー」

 いいです、と僕は灘さんの好意をあしらい、部屋を出るためドアを開けた。もうこの場にいると頭がおかしくなりそうだ。ここから逃げ出すため右足を前に踏み出すと「俺も用無いから帰る」「あたしも」と那実も崎野さんも僕についてきた。

 一人で歩きたい気分だけど崎野さんは特例だ。でも那実は余計だ。まあ心配していてくれたと言うことがわかったので今日は特別に許してやろう。

 帰り道が一緒なので三人横に並んで歩く。真ん中に崎野さん、その左に僕、空いた所に那実というポディションだ。

 那実がいなければ最高の帰り道になったのだろうけれど、三人で他愛のないことを話す帰り道は、あんなことがあった後でもそれはそれで楽しかった。天照だとこうはいかないだろうな。

 「僕、最近やけど崎野さんを登校時に見かけるで」

 「え? どこでですかぁ」

 いやいや、その質問はおかしいだろ? 今朝だって笑いかけてくれたじゃないか。

 「今朝、花屋で見かけたんやけど」

 「そうやったんですか、ごめんなさい。あたし仕事中は仕事しかしなくって」

 どういう意味?

 崎野さんとの会話もほどほどに楽しんだので、そろそろ本題に入ろうかな。沖田先生が(さえぎ)った那実の言葉がいったい何だったのか。大体は予想がつくけど。

 「那実、お前さっき僕に超能力に気付いてほしくないとか言ってたやん。あれってもしかしてこの学校の七不思議が関係してる?」

 那実はよくわかったな、と感心した表情で「そうやで」と嫌々肯定の言葉を吐いた。

 すると崎野さんが興味津々な瞳で僕を見つめた。どうやら七不思議のことが気になるらしい、僕も他校の生徒なら別の学校の、しかもこんな日本屈指の進学校の七不思議となると興味が湧くのも仕方がない。ここは僕が博識だってことを示すチャンスだ。

 僕らの属する特別能力開発科には不吉な七不思議のひとつがある。

 それはこの学科の生徒の半分は卒業までに行方不明、または死んでしまうという話だ。あまりに気味が悪い噂なので僕も気になり、クラスメイトと事の真相を調べることにした。

 すると本当に入学当初一八人いた現在の三年生は、今では一五人にまで減っていた。その事実に一瞬噂を信じたけれど、部活動に入っている友達に上級生にこのことを訊いてもらうと、呆気なく真相は掴めた。

 この学科はあまり勉強が難しくないけれど、課題がやたらと多くしっかりやらないと成績に大きく響きそのことでこの学校を転校や退学をする生徒が多いらしい。

確かに一週間に三回はレポートを書かされる高校生なんて僕らだけだろう、その他にも色々と課題の種類はあるけど考えたくもいない。それほど多いのだ。

「詳しいんやな、薙くん」

それほどでもないですよ、なんてキザなことは言えないので、僕は小さく頷いた。

作戦通り崎野さんは僕に対し少し尊敬のまなざしを向けてくれている。さすがにもう言えないな、この真相を調べたのが那実だなんて。

そんなこんなで話しているうちに、いつの間にか崎野さんの家である花屋の前辺りまで来たので、サヨナラを言おうとすると「月曜日からは絶対行くからよろしくお願いします」そう言って、手を振りながら笑顔で店兼自宅の方に走っていった。

 「どういうこと那実」

 「どうもこうも、彼女は特別能力開発科の一年やで。今日は家に帰るみたいやけどいつも寮でおるわ」

 「崎野さんって高校生やったん?」

 「そうやで、飛び級とかじゃなく純粋な高校生や、まぁ間違えても仕方ないやろ」

 僕の目がおかしいのかもしれないと思い、振り返って崎野さんを見た。

 手を振りながら僕らを見送る彼女は、高校生と認識してもやっぱり中学生にしか見えなかった。

 双子のフリをして歩く帰り道、那実の言葉を右から左へ受け流し、僕は暗闇の夢のことが頭から離れなかった。

 衝撃的な出来事のおかげで僕がまだ錯乱状態ということを知ってか、那実は話しかけてくる。頭痛がするので、頼むから少し黙っててくれないかな。

 「お前は薫ちゃんが本当に超能力あると思うか」

 僕の顔を見ず、どこか遠い目をして那美は言った。

 「あるって言ってたやないか。超現象を自分の身に起こりやすくする能力やろ」

 沖田先生はそう言った。嘘をついてるようにも見えなかったし、間違いはないはずだ。それにそれが嘘とわかる根拠なんてどこにもない。人間に嘘発見器的能力がもしあるなら僕は人間不信になって、今頃火に焼かれて小さい箱の中だよ。

 「嘘なんや、薫ちゃんの言ってることは」

 だから、「根拠なんてどこにもないやろ」

 「お前はわからんのか?」本当に深刻そうな顔をして那実は言った。

 「薫ちゃんには超能力者特有のオーラが感じられへん」

 またわけのわからないことを。そういう霊的な話しばかりしていると頭が可笑しくなってくるぞ。ってもうおかしいか。

 「お前はまだ能力に目覚めたばかりで気付かんだけやけど、いつかは気付けるはずや『こいつはなんか違う』っていう雰囲気に」

 それは、動物にある危機察知能力に似ているものなのかもしれないと那実は言った。

 「なんで沖田先生はそんな嘘をついたん?」

 そうだよ、すぐにばれる嘘を。そんなことを言って超能力者になれるわけではないし、信頼を得られるわけでもないし、逆に不信感を募らせるだけだろう。本当によくわからない人だ。

 「俺にもあの人の真意はわからへんよ。でもお前も超能力が身についてよかったよ本当に」屈託のない笑顔で僕を見る那実。

 どうしたんだこいつ? さっきは「なんでここにおるんや」って迫ってきたくらいなのに、今じゃその笑顔かよ。お前もやっぱり変な奴だ。

 「ホンマにコロコロ変わる奴やな」

 「それは組織の集合場所におったから言っただけや。超能力が身につくのは大賛成やで、何でかって言うと」僕は体が冷たくなるのを感じた。嫌な予感。

 「世界がもうすぐ終わるんやって」

 悪い予感は的中。何と大それたことを日常会話みたいに言うんだ? またいつもの冗談だろ。

 「冗談ちゃうよ、ホンマのことや。二〇一二年かな、確か。 これは裏社会では常識らしいで」

 「ってことは、僕らの寿命もそこまでってことか」

 有名な話だな。マヤやらアステカやらインカやらなんやらの予言か何かだろ? フォトンベルトがどうのこうの言っていた奴もいたっけ? どうせあんなのノストラダムスの予言が外れたから次の予言はこれだってオカルト好きが食いついただけだろ? こういう話しは信用しない方がいい。那実はおそらくそういうオカルト好きと同じように、夢で見た出来事と現実の出来事を区別できない人間なのだろう。軽く聞き流す程度に……しておきたいけど、『裏社会』てのが気になる。

 「誰からそんなわけのわからんこと聞いたねん」

 「薫ちゃんや」

 「また沖田先生かよ。一体あの人は何者なんだ。」でも納得できるな、あの人なら。

 「薫ちゃんは組織の幹部で俺たちの指揮官的存在やで」

 「組織ってどれくらい人おるん?」

 「俺もみんなは見たことないけど超能力者は三年が三人、二年が六人、一年が四人らしいで。今日来てなかった人は任務中や。三年生は横浜で、二年生は確か沖縄とか言ってたかな? あと超能力持ってない奴は数えきられへんほどおるって薫ちゃんが言ってた」沖縄に行けるなんてうらやましな……でも任務なんていかがわしい物は余計すぎるけれど。 

 「そんなことより、お前が超能力者であることを喜んだ最大の理由は……」

 那実は不敵な笑みで僕の顔を見つめる。そんなに僕の驚く表情を拝みたいのかこいつは。仕方ないな、今日まで色々心配かけたらしいから誠心誠意を込めて演技してやるよ。感謝の意も込めて。

 「超能力を持つ人だけが、宇宙へ脱出できるんや」

 残念ながら僕は驚くフリが出来なかった。あまりにも意味がわからなく唐突すぎて。もうなんだか唐突なことばっかりだな今日は。恐らく僕が無表情だったからだろう、もう一度那実が言う。

 「だから、超能力を持つ人だけが崩壊するする世界から逃れられるんや」

 いい加減慣れたいものだ、こういうとんでも発言には。けれど何度聞いても慣れる兆しが見えやしない。今から一ヶ月で東大を合格しろと言われるくらいそれは無謀かもしれないな。

 僕は息を整えやっと一言口にする。

 「なんで超能力を持つ人だけなん?」

 「それは全国民を乗せれるようなロケットなんか作れるわけないやろ。だから特別な能力がある俺たちに行く資格があるらしいで」

 なんだか納得いかないけど、そういうことなんだろうきっと。というか納得なんてしたくないけどな、こんなことに。


 つもりにつもった今日の疲れのせいか、甘い物を食べたくなった僕は寮から近いコンビニに寄ることにした。那実はお前に付き合ってるほど暇じゃない、とか格好つけて先に寮に帰っていった。

 店内に入りチョコレートか和菓子のどちらにしようか迷っていると、名前を呼ばれたのでその方向を見た。するとい先ほど見かけた超能力者二人が買い物かごに大量のお菓子を詰めて立っていた。

 「やー、なぎっち。ごきげんいかが? あたしのこと覚えてる?」

 さっきのさっきだ。それにあんな印象的な出会い方をして忘れられるはずがないだろう。奇しくもあなたは僕の思い出の殿堂入りを果たしましたよ。

 「さっきは悪かったな驚かして」悪戯をした子供のように笑う青い名札の男。こいつの名前は知らないけどあだ名は知ってる。

 「ハヤさんですよね? いいですよ、もう気にしてませんから」

 本当は夢にまで出てきそうな程びびってるけどな。

 「そうか? ならこのトリックスターこと自在重力こと竹須速雄(たけすさはやお)がさっきのわびを込めて何かおごるよ」

 それはラッキーだ。あんた思ったよりいい人だな。ああいう初対面でなければもっと早く通じ合えていただろうに。これからは仲良くしましょうか竹須佐さん。

 そして僕はいつも買わないようなワンランク上の生チョコを、スキップしながら竹須佐さんの持つ買い物かごに入れた。

 するとレジの方から一日一度は授業中で聞く声が聞こえてきた。

 「苺大福なんでないのぉ」

 「で、ですからお客さん。当店では取り扱いしていないのです。申し訳ないですが」

 コンビニの店員は理不尽なクレームに対し、真摯な対応で深く頭を下げた。

 ――そうだった。この二人がいるということは当然あの人もいるよな。一緒に車で帰るとか言っていたし。

 「ぷー。だったらいいわよ、自分で作るから! あんた、あたしの作った苺大福のおいしさで他の食物を食べれないようにしてあげるんだから」とブランド物のカバンを大げさに振りながら肩にかけ、大きな足音を立てながら大またで歩き、近くにいた僕と見事にぶつかった。

 「痛い! どこ見てあるいてんのよ!」

 どうやら怒りで周りが見えていないようだ。って苺大福ごときでそこまで昂ぶるなよ。

 「――どけって言ったのが聞こえないの?」

 あれ? まだ気付いてないのか? こりゃ重症だな。

 「薙ですよ、付き合いは浅いですけれどさすがに覚えてるやろ」というか、本日二度目の再会ですけど。

 僕の眼をじっくり見つめ「なーんだ薙くんか」と溜め息をついたかと思えば、もう一度見つめなおし「ラッキー。ちょっと外に出てくれるかな?」と明るい表情を向けた。一体どっちなんだ。

 「何で? 今から僕は生チョコをおごってもらうんですけど」

 「すぐ終わるから。一分もかからないよ」

 「ならここで話せばええやんか」

 「超――」僕は慌てて沖田先生の口をふさぐ。こんなところで何を言い出すんだこの女は、余計頭が痛い奴だと思われるぞ。親から貰ったそのすばらしき容姿を台無しにするなんて真似はしないでくれ……。って手遅れか。

 僕は竹須佐さんに、手のしわとしわを合わせながら、月明かりも照らさない外へ出ることになった。

 「何のようですか先生」

 「ちなみに苺大福は関係ないよ」そんなことはどうでもいい、というかそれほど僕は苺大福に興味がない。苺によってアンの量が減るなんて大福に対する侮辱行為だ。あんなものに大福なんて名を付けるのはもったいない。

 「超能力者、伊佐薙」

 沖田先生の瞳の色が変わる。それと同時に回りを包んでいた苺大福オーラも消え、この空の下は心地よい風が吹いているはずなのに、鳥肌が全身を包む。

 「さっそくだけど第一任務よ」

 一体何をすればいいのだろう。まだ得体の知れないこの超能力、それを用いてどのような世界の悪の根源と戦うのだろう。僕は本当に迫り来る非現実に少したじろいだ。

 しかし今更拒否しようなんてもう遅い。

 僕は――異端者なのだから。

 覚悟を決めて、口の中に溜まってもいない唾を飲み込んだ。

 「あなたには明日から三日間尾行をしてもらうわ」

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