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ターゲットが近づいてきた。真新しいブランドバッグに高いヒール。顔には色の濃いサングラスをしている。ブランド趣味の、専務の妻。
横には荷物をたくさん抱えた専務が歩いている。
今、私たちは何もかもを取り戻すために戦っている。大人は大人のやり方で、そして、私は私のやり方で。
私はターゲットを見つめて、自慢の長い髪を後ろで一つにくくった。片手には、私の相棒。テディベアのジャックも一緒だ。足下には道路にも関わらず玩具が散乱している。
使い古したデニムのパンツに、タンクトップ姿の私は、ポケットから虹色に輝く卵を取り出して、それを割った。
なぜこんなことになったのか。その理由を話すために、時間を少しさかのぼることにする。
「青葉ー!青葉どこにいるのー?わたしもう帰るよー?」
友達のユリカの声で目覚めた私は、大きく伸びをして欠伸をした。かくれんぼの最中だった。木の上にのぼって、そのまま眠ってしまったんだった。背中に背負ったテディベアのジャックがクッションになっていい気持ちだった。
私は木からするすると降りると、ユリカのそばへ走った。
「青葉、また木登りしてたの?ずるいよー、絶対見つけられないよ」
「登りやすい木を見分けたらユリカにもできるよ。もう帰るの?」
見回すと、他の子たちはもう帰ったみたいだった。ユリカは、六時から塾があるから・・・といって公園の大きな時計の前に置いてある、自転車にまたがった。
「青葉は帰らないの?」
「私は塾もないし、門限も暗くなるまでに帰ればいいし、もうちょっと遊んで帰る」
ユリカは辺りを見回した。公園には、私とユリカしかいない。
「一人で?」
「ジャックも一緒だから大丈夫!」
私が背中にくくりつけたジャックを見せると、ユリカは子供ね、といいながらため息をついた。
「じゃあ私帰るね。またあした。」
「うん!また明日ね!」
私はユリカを公園の出口まで見送ってから、公園の中にあるちょっとした雑木林に足を向けた。カラスが2羽、呼び合うように鳴きながら、私を誘うように雑木林の奥へ飛んでいく。
「どうする?ジャック」
私は背中の相棒のジャックに聞いた。答えは、「ゴー」しか返ってこない。私は雑木林の奥へ向けて走り出した。
暗い暗い雑木林の中を、私は目をつぶってても歩けるくらい探検してきた。今日もいつもの散歩コースを回って帰ろう。そう思っていた。
ジャックが、私にだけ聞こえる声で「青葉、よくみろ!」と言った。私はできるだけ目を凝らして雑木林の中を歩いた。
カラスがぎゃあぎゃあと鳴いている。きっとここは彼らの縄張りなんだ。そう思ったとき、足下から小さくピィ、と鳴く声がした。
「・・・ひな?」
それはカラスの雛だった。私を親と勘違いしてるのか、まだ開かない目で私に向かって口を開けている。さきほどカラスがぎゃあぎゃあ言っていたのも、この雛に近寄らせないためだったんだ。
私は、雛のいた場所に生えている木を見上げた。カラスがねぐらにするだけあって、とても大きい。その半分の高さぐらいに、都会らしい、針金ハンガーなどでつくられたカラスの巣があった。
「よーし」
私は雛を片手でそっとすくい上げた。少し力を入れたら、壊れてしまいそうなそれを大事に右手に納めながら、私は左手と足だけで木を登った。
右手が使えないのは結構つらい。諦めようかとも思ったけど、「そうしたらこの雛はどうなる?」と背中のジャックが問いかけるので、諦めないことにした。
いつも登る時間の3倍以上かけて、私はカラスの巣にたどり着いた。ひなをそっと巣に戻して、今度は両手でするすると木を降りる。
カラスはもうぎゃあぎゃあ鳴かなかった。
「もう落ちちゃだめだよー!」
はるか頭上の雛に両手を振って声をかけると、カラスが二羽、目の前の枝に降り立った。
「ありがとうございます」
そのカラスは丁寧にお辞儀をしてお礼を言った。
「!!」
私が声をなくして驚いていると、カラスはもう一度、ありがとうございます、と言って・・・どこに隠していたのかはわからないが、私の親指の先ぐらいの、虹色に光るなにかをくちばしにくわえて差し出した。
「あなたが、わたしたちのことを、信じてくれるかはあなたが決めることです。けれど、私たちは、あなたにお礼がしたい。」
これを受け取ってください。カラスは確かに、確かにそういいながら私に虹色の小さな卵を差し出した。
「だ・・・だめだめ!うちペット飼えないし!」
私が絞り出した言葉はなんてつまらないんだろう。カラスは、向かって右側のたぶん雌のカラスは、私の手のひらに強引にくちばしをこじいれて卵をわたしに押しつけた。
「これは、カラスの卵ではありません。これは、夢の卵です・・・。」
向かって左側のカラスは、やっぱり少し低い声で後を続けた。
「この卵を割った者の、夢を叶える卵です。けれど夢は一日で醒めます。」
私はいいことを思いついた。
「じゃあ・・・わたしをお金持ちにしてー!とかは?」
カラスは二羽とも、ころころと笑った。私はカラスが笑うところを初めて見たので、すこし興奮した。カラスも、人間みたいに笑うんだ。
「その日だけお金持ちになります。翌日、そのお金で手に入れたものは消えます。夢なのです。」 けれど。と雌のカラスが続けた。
「ひとの心を動かして手に入れたものは、そのまま証として残ります。人の記憶は消せないのです。」
カラスのくせにとても難しいことを言う。私はすこしくらくらした。とにかく、この卵を割れば何でも一回だけ夢が叶うのだ。これはすごい。「使い時を誤るなよ!」ジャックが私に注意した。そんなことわかっている。
「そう、使い時が大切なのです。」
カラスも・・・ジャックの言葉がわかるかのように、続けた。
「ジャックの言葉がわかるの?」
私以外に、ジャックは喋ることができるのか?それはわからなかった。ジャックはおしゃべりだ。けれど、他の人にはただの人形なのだ。
「私たちがしゃべれないのは、人間くらいのものです。言葉がしゃべれないものたちは、心で会話するのです。」
心で会話。私の心に、その言葉はじんと響いた。そうだ、私だってジャックと心で会話している。ジャックはきっと、人間以外とたくさん会話しているのだ。「卵を持ち運べるか?」ジャックは疑問におもったようだった。確かにその通りだ。私はカラスさんに聞くことにした。
「ねえねえ、その卵が事故で割れちゃったらどうするの?」
「夢は事故では壊れません。割ろうと、持ち主が思わない限り割れないので、ポケットにでも入れて保管して置いてください。」
それはよかった。私は卵をおそるおそる受け取ることにした。確かに固い。でも、割ろうと思ったらすぐ割れそうなくらい、繊細な手触りがした。
「あなた以外の夢を叶えることもできます。他人にゆずる事もできます。気をつけてください。あなた以外でも、割ることもできるのです」
お父さんやお母さんが、なにかしらこの卵?割ってみようかしらと思えば割れる、ということだ。この卵は厳重に保管しなきゃいけない。私は特別なときにしか使わない、お母さんが作ってくれた内ポケットにそれをしまった。
「カラスさんはどうして私にこれをくれるの?」
私の問いにカラスは押し黙ってしまった。かぁ、かぁと私にわからない声で数回鳴いて・・・たぶん相談しているのだ・・・そして言った。
「私たちは、人間の夢がどんなものか、みたいのです。多くの人間は、翌日には消え去る快楽を欲しました。あなたは、本当の夢を見せてくれるのではないかと、わたしたちは期待しているのです。」
このカラスたちは、何年生きているんだろう。他人に年齢を尋ねるのは、特に女性には失礼なことよ、とお母さんにこのまえ言われたので、聞かないことにした。
「青葉ー!青葉どこー?」
遠くにお母さんの声が聞こえる。カラスはもう口をきかなかった。大きな漆黒の翼を広げて、雛の元にもどっていった。
「ここだよお母さん!」
私はカラスと喋るという、重大な事件をすぐにでも打ち明けたくて、お母さんのもとに走った。うちは近いので、晩ご飯ができたらお母さんが呼びに公園まできてくれるのだ。
「あら青葉、またどろんこね。ジャックも。今日は楽しいことあった?」
お母さんは、この世の幸せがすべて詰まったようなふくふくした顔をしている。そのにこにこ顔で、私の今日のできごとをきいてくれる。ジャックがこう言ったの、と言っても「そうだったらいいわね」と言う。
「お母さん、今日はすごいの!雛をひろって、巣に帰してあげたら・・・」
青葉!ジャックが私にだけ聞こえる声で言った。危なかった。卵のこと、喋ってしまうところだった。
「かえしてあげたら、どうしたの?」
お母さんは私と手をつなぎながら、私の言葉の続きを待っている。私は少し考えて
「カラスがしゃべったの!ありがとうって言ったの!」
と言った。お母さんはやっぱり
「そうなの、そうだったらいいわね」と言った。私は、左手だけで木を登るのはとても疲れたこと、カラスの巣は針金ハンガーでできていること、カラスはジャックともしゃべれること、などなどを家につくまで矢継ぎ早にまくし立てた。
お母さんは「そうなの、すごいわね」と言ってくれた。そうこうしている間に家について、夕飯は私の大好きなカレーだった。




