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異世界令嬢は甘い物が好きなようです。

今回物置が出てきますが、割と大きめの物置を想像していただくと話が分かりやすいかと。

旧サロンは、元は全学年に開放された茶会場だった。そしてここ旧サロンの物置には、今も未開封の茶葉や、お茶請け、はたまた椅子の予備等様々な備品が箱詰めされたまま、日の目を見る日を今か今かと待ち望んでいるのであった。


その物置の中、ポツポツと降り出した雨音を聞きながら、壁際の手頃な箱に腰掛けて本のページを捲る彼の耳に、コンコンというノックの音が飛び込んできた。


「なんだ」

「あの…ルーンさん。なんか生徒会の奴がルーンさんに話があるらしくて……」

「さっきから騒がしかったのはそれか」


本を逆さにして、近くの箱の上に置いた『ルーン=ディズヌフ=タンペット』が扉に視線を放ると、そこには妙に怯えた顔の部下と、その後ろの燃え上がるような紅髪を持つ噂のカルミア=ヴァン=ミェールの姿があった。

高い成績で低い爵位をものともせずに副会長までになった努力家、成績が高いというだけで、副会長までに成り上がった貧乏人、噂の捉え方は人それぞれだ。


部下に顎で下がるようにやると、部屋にはカルミアとルーンだけが残される。


「あんた、カルミアさんだろ?」

「あら、これは光栄ですわ、ワタクシのような者の名前を覚えて下さっているなんて」

「この学校でカルミア=ヴァン=ミェールの噂話をしない奴はあんたぐらいだろうよ。それで?一体何の用だ?」


するとカルミアは、地下室の中心に置かれている丸机の前まで壁際の手頃な椅子を引きずってくると、そこに腰掛け不遜にも言い放った。


「お話してもいいですけれど、その前にお茶の一つでも出ませんの?ワタクシ、ここに来るまでに貴方のお友達と『お喋り』をしてとても疲れているのですけれど」


その言葉に、ルーンは一瞬キョトンとしてから何が面白かったのかくっくっくと笑ってから、おどけた口調でカルミアの言葉に返した。


「あいつが妙に怯えた顔してると思ったら……これはこれは失礼を。部下の失態をお許しください、カルミア嬢?」

「カルミアで構いませんわ、紅茶は砂糖多目、苦いのは嫌いです、お茶請けにプリンがあるとなお良いですわね」


◇◇◇◇◇


近くの箱から無造作に、茶葉の入った缶と未使用と思われる紅茶の器を引っ張り出すルーンの姿を見ながら、カルミアは採点を続けていた。


体格はそれなり、ほどよく引き締まった体躯が制服越しにも分かる。

性格は……追々分かるだろう。とりあえず今は何としてもここの落ちこぼれ達を纏めあげているその手腕が欲しい。

砂糖を探すルーンの背中に向かって、カルミアが言葉を掛けた。


「これは私の興味本位なのですが」

「何だ?」

「貴方の事を少し調べさせて頂きましたわ、成績は中の上、侯爵位を持つ父上がありながら、何故貴方はこんな所(旧サロン)にいらっしゃるのですか?」

「うーん……難しいな……なんと言えばいいか……」

「妹さんの事が原因ですかしら?」

「!?」


驚いて振り向くルーン。ランプの灯が、ルーンの心情を写すかの如く揺らめく。するとルーンの言葉が、途端に剣呑なものへと変わった。


「何故知っている……」

「質問をしているのはこちらですわ、テストでも質問に質問で答えると0点ですわよ?」


カルミアの方を見たまま沈黙を貫くルーン。

ルーンの黒い瞳と、カルミアの紫水晶の瞳が交差する。

先に沈黙を破ったのはカルミアだった。


「ま、良いですわ。無駄な時間は好きではないのでこちらから話させて頂きますわ」

「………」


無言でカルミアの言葉を促すルーン。


「妹さんは数年前に養子に出された、で間違いないですわね?確か公爵家の…」

「『ディズユイット=フュードゥル家』、クソ忌々しい……」

「しかしお相手は公爵家ですわよ?悪い相手では無いと思いますわ?」

「……それは本気で言ってるのか?」


カルミアを見つめるルーンの目が、軽蔑の色を帯びる。しかしカルミアは悪戯っぽく笑い、それを受け流した。


「ふふふ、お許しください。私もあの家の噂は知っておりましてよ?現当主は加虐趣味のあるお方だとか、妹さんはさぞかし苦労された事でしょう」

「っ……」


ルーンが唇を強く噛み締める。実際に『そういう事』があったのだろう。


「しかし不思議なのは、その直後に貴方の父上の爵位が上がってる事」

「……分かった、もう良い」

「もしかして、娘と引き換えに爵位を要求でもしたのでしょうか?」

「やめろ」

「だとしたら良い父親、とは言い難いですわねぇ」

「やめろ、と言っている」

「妹さんは公爵家でどんな目にあったのでしょうか、お可哀想に」

「やめろ!!それ以上言ったらぶっ殺すぞ!!!」

「ワタクシなら」


激高したルーンの言葉に被せるように、カルミアが声を上げる。

いつも静かな彼女では、珍しい事だ。


「ワタクシなら、貴方の妹さんを貴方の元へ帰して差し上げられますわ」

「………なんだと?」


ルーンは愕然とした表情になるとその場に立ちすくんだ、ルーンの手から茶葉の入った缶が滑り落ちる。持ち手を失った缶は、中から茶葉のサラサラという音をたてて転がり、壁際でで止まった。


「まぁ立ち話も難ですし、まずはお座りになったらどうです?」


カルミアが向かいの席へと目をやると、ルーンはカルミアの顔から目を離すことなく、向かいの席に座る。

先程まで静かだった雨はいつの間にか豪雨へと変わり、強く窓を叩きつけていた。

その時、唐突に走った雷がカルミアの顔を強く写し出す。


『春雷』春の訪れを告げる号砲である。

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