エピローグのようです。
パスタがフォークにくるくると巻き取られ、綺麗な円を描く。
少女はそれを口に運ぶと嬉しそうに目を細めた。
レストラン『リゼル』ここは他店舗と比べ、少しお高めな値段と、それに見合った料理で有名な店だ。しかし店内は、一つのテーブルしか埋まっていない。
よくよく見れば、店の窓には『本日貸切』の文字が見て取れる。
その一つしか埋まっていないテーブルで、先程から美味しそうにトマトのパスタを食べている紅い髪の少女の目の前に座っているのは、青い顔をした二十歳ほどの痩せた青年だ。よく見ると、歯の音がカチカチいうのを必死に抑えているのが分かる。
しばらくしてカチンとフォークが皿を突いた。その音に過剰に反応する青年。
少女がスプーンとフォークを置き、口についたソースを拭き取った所で、青年がおどおどと顔を上げた。
「あの……お、俺はそ、その……」
それを手で抑える少女、すぐ隣に控える男に何かを伝える。するとさらにその内容を男がウェイターに伝えた。男は付き人か何かなのだろうか。
ウェイターが頷いたのを確かめた少女は、青年に向き直り、優しく微笑むと口を開いた。
「あなたの言いたい事はとても良く分かりましたわ、あなたがいかに部下から信用されているのかも含めてね」
その言葉に男の顔があからさまにほっとする、しかし少女の言葉は続く。
「……でもね、私が今求めているのは実用性なの。知ってる?実用性と信頼は同じ意味ではないの。私は、『使えない子』は要らないの」
少女のその言葉に、再び青年の歯がカチカチと鳴り出す。瞳孔が開き、脂汗が静かに頬を垂れた。少女はすっと席を立ち上がると、青年に最後の言葉を掛けた。
「それでは、ごきげんよう」
「く、クソがぁぁぁぁぁああああ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!!!!」
青年が奇声を発すると、少女に向かってテーブルの上のナイフを勢いよく振り上げた。少女はその青年には目もくれずに背を向ける。
カラン
軽い音を立てて青年の手からナイフが滑り落ちた。
青年は苦しそうに首を数瞬掻き毟った後に、まるで糸の切れた操り人形のように倒れ込み、それから二度と立ち上がる事は無かった。
◇◇◇◇◇
少女がリゼルの玄関口で、付き人に持たせていたコートに袖を通していると、先程一言も発しなかった付き人が声を発した。
「……わざわざ嬢がやらなくてもよかったんじゃないか?」
「あらそう思う?ふふふ、ああいうのはね?私がやってこそなのよ」
「………」
少女の言っている意味が分からないという顔をした付き人は、どこからか直径10cm程の銀の球体を取り出すと、冬の曇天の中を歩き出した少女の半歩後ろに付いていきながら、再び声を掛けた。
「奴の部下の包囲が完了した、いつでもいけるぞ」
少女が立ち止まって振り返る。
「……私はそんな指令は出してないわよ?あなたの判断かしら?」
「あぁ、指示を待たなかったのは反省している」
「反省しているだなんて……どうせ待つつもりもなかったんでしょ?あなたのそういう所、大好きよ」
少女は空を見上げ、しばらく黙考してから首を横に降った。
「今は止めておきましょ」
「分かった、『今は』だな」
銀の球体に向かって指示を出す付き人の声をBGMに、紅髪の少女『カルミア=ヴァン=ミェール』は、降り始めた粉雪の中を鼻歌交じりに歩いていくのだった。