ありふれた孤独
山々の木々に特別は無いように、
人々もわたしも特別ではない。
しかし、
繁茂する木々の一本一本が、
枯れ果てた木々の一本一本が、
見上げる星々の一つ一つが、
見えない星々の一つ一つが、
孤独でしかないように、
わたしたちもまた、
孤独でしかないのです。
わたしという土壌に
芽生えた自我という一本の木は、
煩悶に曲がりくねり、
屈託に節を増やしながら
なんとか細い根を
このぐずぐずのサイケな心象へ伸ばし、
決して日当たりの良いとは言えないこの場所で
枝葉を精一杯に広げようとしている。
見上げる空は切り取られた変形多角形で、
直接に太陽を見ることは稀だ。
時折に 鳥が横切る。
白い鳥 黒い鳥 茶の鳥……
この限られた場所に他に木は生えず、
雑草すら疎ら。
木に空腹というものがあれば
いつもそうだろう。
しかし、
不意にわたしの根に向かって
途方もない質量が迫る。
その膨大なカロリーの全てを、
この痩せた根では
とても吸い上げきれないけれど、
一部はたしかに流れ込んでくる。
その時が来て、
何もかもが遠ざかる。
一瞬、
空白に襲われ
わたしの存在は
後方斜め上あたりに吸い寄せられる。
これが「何か」なのだ。
わたしの唯一の縁とする「何か」なのだ。
扉の開く音が聞こえる。
その向こう側の虹色の光景の切片が見える。
この境界の扉を潜れば、
土砂降りの戦慄きに全身全霊が浸され、
精神は日常を完全に離れ、
虚空を彷徨うだろう。
全ては一瞬のうちに実現され、
同じく失われるだろう。
美しさとは狂気の彩りである。
悲しさであって晴れやかではなく、
静まりであって騒めきではない。
世界が偽を装うのは、
みんな均衡が欲しいから。
自我を取り澄まして、
こんなもんですよ 世界なんて
だから これは良くて
あれはいけないことにしましょう
なんて常識的バランスを重んじている。
時折の夢にこそ真実世界が覗く。
矛盾に満ちた論理、
見知らぬ誰かのご都合主義の展開。
夢鏡に映った世界の真実を、
美しいと思ったことはありませんか?
これは、ある方の作品にインスパイアされたものです。




