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もう異世界は懲り懲りだ⁉︎  作者: 葛城 大河
はた巻き込まれた一般人
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第四話 憎悪の咆哮


ザザザザザザッ‼︎ 駆ける駆ける。目の前の邪魔な草木を、鬱陶(うっとう)しそうに手で払いのけて足を動かす。今でも彼の耳に聞こえる『ナニカ』の雄叫び。早く着かなければ取り返しの付かない事になるも、第六感が告げていた。この感覚に嘘はない。数多(あまた)の戦場で培ってきたコレに、間違いがある筈がない。今、この森林でなにかが起こっているのは確かなのだ。足を進めて行くと、一緒についてきたパートナーである和樹が、その耳に獣の咆哮を聞いた。



「っ⁉︎ お、おい零士今のは⁉︎」


「あぁ、そうだな。この近くだ」



鋭い視線を咆哮が聞こえた方に向けて、駆け抜けて行く。すると、広い場所に出て和樹が眼を見開いた。



「な、なんだよこりゃ⁉︎」


「……………」



二人の眼に広がった光景は、凄絶な戦いの跡だった。周りの木々が激しく折れ、地面には幾つもの小さなクレーターが出来ていた。ここでなにかが会ったのは容易に理解出来る惨状だ。



「おいおいおい、これはマジでやばいんじゃねぇのか」


「………あぁそうだな。本当にやばい状況みたいだ」


「零士?………ってこりゃ」



慌てて告げる和樹の言葉に、零士が頷いてより視線を鋭くした。その視線に和樹も視線の先に眼を追っていくと、零士がなにを見ていたのかが分かり驚愕する。そこにあったのは、血だった。木々にまだ新しい血が付いていたのだ。その血に和樹は、零士の言った通り危険な状況だと判断する。すると、零士が和樹に顔を向けて言った。



「和樹。早く行かなきゃ、取り返しの付かない事になる。魔力強化をしろ」


「は? いや、だけど魔力強化をしちまったら、お前を置いてっちまう」



零士の言った言葉に和樹は返す。確かに魔力強化して身体能力を強化したら、辿り着く時間が短縮される。しかし、それを使えば魔力がない零士を置いて行ってしまう。それを和樹は考えて出来ない。もしかしたら、この光景を作った存在がこの近くに居るかも知れないからだ。そんな所に知り合いを置いては行けない。零士は和樹の胸中が分かったのか、苦笑してから言った。



「大丈夫だ和樹。魔力強化したお前に、俺は着いて行ける。置いて行かれない」


「それは無理だろ。魔力がない零士が、如何やって着いてくるつもりだよっ」



魔力強化した和樹の速度に、着いて行けると断言した零士だが、それを和樹は否定した。あり得ない。魔力強化をすれば、それだけで超人並みの身体能力が出せるのだ。そんな身体能力に、如何やれば追い掛けられると言うのだ。しかし、否定する和樹の視線に零士は、揺るがない瞳を向けていた。まるで俺を信じろと言われているようで、和樹は黙ってしまった。そして頭をボリボリと掻くと、



「分かったよ。人の命も掛かってるっぽいしな。だけど、もしも着いて来れないと判断したら、俺はその場で止まるからな」


「それで良い。じゃあ早く行くぞ」


「おう‼︎」



和樹は何故だか、信じられる気がした。だからこそ、そう答えたのだ。理由は分からない。しかし、零士の眼を見たら本当の事だと思ってしまったのだ。和樹は零士に言われた通りに全身に魔力強化を施した。魔力光である蒼い光が和樹の全身を覆う。



「よし。じゃあ行くぞ零士。…………本当は行くの恐いけど(ボソッ」



ポロっと小さな声で本音を漏らす和樹に、聞こえなかったのか零士は首を傾げた。それに対して和樹は何でもないと慌て、再度足に力を込めて、地面を蹴った。ドンッ‼︎ という音を鳴らして驚異的な速度で、今だに聞こえる震源地に疾走する。そして零士が着いてきているか確認しようと後ろを振り向くと、そこには誰も居ない。やっぱ無理だったかと止まろうとした時、和樹の耳に声が響く。



「和樹こっちだ」


「えッ⁉︎」



聞こえた声にバッと顔を向けると、自分より前に零士が駆けていた。それに唖然としてしまう。魔力強化している自分の速度に、魔力がない零士が追い越している。驚くのは無理もない。しかし、和樹は何故だかそんなあり得ない出来事に何処か納得していた。零士ならやりかねないと。思えば、不思議な所は幾つもあったのだ。



異世界に召喚されたというのに、この零士だけが妙に冷静だったり。魔力検査の時だってそうだった。まるで自分に魔力が無いと分かったかのような態度だった。そして極めつけはあれだ。あんな凄絶な光景と、時折、聞こえる怪物の声に恐怖心が募らせる事なく零士は冷静だった。何故、あそこまで冷静になれるのか、和樹も冷静に努めようとしているが内心は、なにが起きているか分からない事と、あの光景に恐怖を抱いて混乱しているのに。それでも助けに行こうとするのは、和樹が零士と同じでお人好しだからかも知れない。



和樹は魔力強化した自分の速度以上で駆ける零士を、チラッと見た。



「………マジでお前は何者なんだよ」



あの時、真剣な眼を向けていた零士に、まるで歴戦を勝ち抜いた戦士のような風格を感じた。今、思い出してみると、和樹はあの零士の雰囲気に飲まれていた。目の前に居るのが同年代なのではなく、もっと様々な経験を積んだ老人のような気配を感じて。だから、根拠もないのに信じたのだ。そこまで考えて、零士を見やる。



(ま、お前が何者かは関係ねぇか。だけど、もしもの時は俺を守ってくれよ)



情けない事を胸中で呟く和樹だ。もう彼の頭には、零士がただの魔力なしという言葉が消えていた。何故だか頼もしく信頼出来るパートナー。それが和樹が零士にとって新しく抱いた感情である。御手洗和樹。もしかしたら、彼が初めて零士の異常さに気付いた人間かも知れない。



そうして二人は、驚異的な速さで疾走するのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「はぁ……はぁ……無事か」


「はい、一応は」



荒い息を尽きながら柚木は、自分の生徒を背負い直して背後に居る少女達に聞いた。それに汗を流しながら翡翠が答える。彼女達は、あのユニコーンに遭遇してから、逃げ続けていた。黒いユニコーンは、まるで狩りをするかのように後ろから黒い閃光や、棘などを態と(・・)外して体力を消耗させて痛ぶって楽しんでいるのだ。そして大きく距離を離した今がチャンスと言わんばかりに、休憩をとっていた。



「…………疲れた」


「だよねぇ‼︎ 私も疲れちゃったよ」



腰を落として、彩が無表情で口にした。全く疲れているようには見えないが、彼女の全身は汗で物凄く濡れている。彩の言葉に元気良く同意するのは渚だ。だが、その元気も疲れを忘れさせる為の空元気でしかない。彩と同じく全身が汗で濡れ、荒い息を吐いている。翡翠はその二人を見た後に、自分が肩を貸している人物に視線を向けた。



「平気? 那月」


「う、うん。平気だよ。もう心配性だなっ」



声をかける翡翠に、心配はさせまいと、無理矢理に笑顔を作る少女である。だが苦痛の顔は消える事はなく、何時もなら向日葵のような笑顔を見せる那月の顔は歪んでいた。原因は考えるまでもなかった。那月の右足に深々と一メートル程の棘が刺さっていた。これはユニコーンが放った棘だ。那月は運が悪く、右足が貫かれたのだ。夏美が万全なら、そのような危険も平気だったのだが、彼女はあのユニコーンでなにかを見てから、衰弱している。



取り敢えず、右足の傷を治そうと彩が回復魔法を使ったのだが、刺さっている棘の瘴気の所為か魔法の効果が発揮しなかった。ならば、棘を抜こうと手を触れたら、拒絶されたかのように弾かれるしまつ。そんな現状に、彼女達は焦っていた。早く抜いて治療をしなければ、多く血が流れて危険な状態になってしまう。彼女達は、絶体絶命の危機に陥っていた。



「くっ、ジークさんは一体なにをしているんだ‼︎」


「黒原先生」



この中で唯一の大人だと言うのに、叫ばずにはいられなかった。自分の生徒が危険なのに、なにも出来ない自分が不甲斐ない。ギリッと歯を噛み締め、力強く握る拳からは血が垂れていた。そんな先生の姿に翡翠も顔を俯かせる。自分もなにも役にたっていない。ただの足手まといだ。頼りになる二人にあてられその場の雰囲気が暗くなる。だがーーー



「ん? 皆なにか聞こえなかった‼︎」


「…………なにか?」


「なにが聞こえたの渚」


「まさか………」



渚の次の言葉に彩、翡翠が首を傾げるが、柚木だけは顔を青くさせた。そしてソレは上空から落ちて来た。ズドンッッッ‼︎ 爆音を鳴らし落ちて来た存在は馬の嘶きを響かせる。その声に、少女達は硬直した。見なくても分かる。これまで逃げている時に何度も聞いた声なのだから。舞う砂埃からギロリと紅い瞳が捉えた瞬間。



「…………捕縛しろ聖なる光よ『光縛手』」



反射的に特殊属性の光魔法を彩は行使した。中級魔法に分類するそれは相手の動きを止める魔法だ。光が二つの巨大な手を作りだし、左右から抑え込むようにユニコーンの体を捕縛した。この彩の判断が結果的に、彼女達の命を救った。ユニコーンの捻れた角に黒い玉が出現して、しかしそれは左右から来た手によって体を抑え込まれた時に狙いがズレ、空に向かって放たれた。玉は黒い閃光となり、空にへと消えていく。



「…………逃げるなら、今」


「はっ‼︎ そうね。ありがとう彩」



突然の事に硬直していた彼女達は、彩の言葉で我に返り、柚木は夏美を背負い、翡翠は那月に肩を貸した。そして渚は彩に加勢する。



「炎よ敵の進行を阻め『炎のフレイムウォール』」



炎の中級魔法を唱えて、ユニコーンを囲うように四つの炎壁を形成する。彩はそんな自分に加勢してきた渚を一瞥した。



「えへへへ、私も足止めは手伝うよ。あやっち一人だけに任せるのは嫌だからね」



笑顔でそう言う渚に「………そう」と素っ気なく答える彩だが、少し見えた彩の表情に笑みが浮かべられている事に気付き、渚は笑みを深める。だが、二つの魔法でも長くは続かなかった。



『GAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッッッ』


「…………ッ⁉︎」


「きゃっ⁉︎」



雄叫びを放った事により発生した衝撃波が、容易く二つの魔法を消し飛ばした。それに最早、絶句するしかない。拘束がなくなったユニコーンは、自分を拘束したであろう二人を睨み付ける。



「彩、渚っ⁉︎ 早く逃げてっ」



自分達の為に頑張ってくれた二人が危ない状況だと気付いた翡翠は、逃げる事を促すがユニコーンの憎悪が込められた視線を受けて彩と渚は硬直していた。そしてボコボコと黒い体表が、音を鳴らすと周りに黒い棘が出来上がった。全ての棘が向けられて、二人は死を覚悟する。アレが放たれれば、全身に風穴があくだろう。渚は一人、小さく呟いた。



「あ〜あ、もっとこの世界を楽しみたかったのになぁ」



そして渚は眼を瞑る。離れた場所から、自分と彩を呼ぶ声が聞こえる。そうして黒い棘が二人の少女に向けて放たれ………る事はなかった。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ‼︎」



渚と彩の耳に、そんな男の叫び声が聞こえた。次いでガギンッ‼︎ というなにか硬いもの同士が衝突した音もだ。なにがあったのか、眼をつむっている渚は分からない。しかし、隣に居る彩が驚愕した空気は感じ取った。気になった彼女は、ゆっくりと眼を開けて、そして驚愕する。そこに映っていたのは一人の黒髪の少年がユニコーンの首に剣で斬っていた光景であった。



「………誰?」


「…………篠宮零士」



少年の顔に見に覚えがない渚はポツリと呟くと、その言葉に彩が反応して答えた。如何やら彩はあの少年の事を知っているらしい。すると、その(くだん)の少年が叫んだ。



「和樹ぃ‼︎ 俺がこいつを引き寄せるから、そこの二人は任せたぁ‼︎」


「…………了解だ‼︎」



その少年ーーー篠宮零士の言葉に、了承の言葉と共にもう一人の少年が現れた。彼はすぐに彩と渚に近付くと、体を掴んで、離れた所に居る柚木達の元に行った。



「お前は………御手洗か?」


「はいそうです。せんせ、いってボロボロじゃないですか⁉︎」


「そんな事は如何でも良い。何故、御手洗がここに居るんだ」


「何故って。零士が人が襲われてる音がするっていうから、行ったら、なんかとんでもない声が聞こえて、そしたら先生達が居たんですよ」



簡潔に和樹がここに来た経緯を告げると、そうか、と柚木が頷いた。すると、そこにもう一人の少年、零士も合流した。



「なにしてんだ和樹。早く逃げる準備をしろよ」


「おっとそうだなって、早瀬は大丈夫なのかよっ⁉︎」



そこで和樹は、一人の少女が重傷だという事に気付く。零士もそんな大きな声に顔を向けて眼を見開いた。



「早く回復魔法をかけねぇと‼︎」


「無理なんだ」


「は? 無理って如何いう…………」


「その棘の所為で回復魔法は、効果が出ないんだ」



那月の右足に深々と刺さる棘に、視線を向ける零士と和樹。そして和樹が、なら抜いてすぐに回復すれば、と手を伸ばそうとするが、それを翡翠が止める。



「待って‼︎ その棘は抜けないの」


「抜けない?」


「えぇ、そうよ。抜こうとすると、何故か弾かれるのよ」


「じゃあ、如何しろっていうんだよ‼︎」



手のうちようがない事に、つい言葉を荒げる和樹だ。那月に視線を向ければ、苦痛に顔を歪めている。如何すればいい。皆が俯いている時、零士は棘に視線を向けていた。



(干渉を妨害する結界が張られているのか? それとも呪い?)



触れられない要因を幾つも探すが、時間はなかった。背後から聞こえるのは、あのユニコーンの叫び声だ。



「ちっ、もう来やがった。考える時間はない。逃げるのが先決だ‼︎」


「だけど、一人、いや二人の人を抱えて逃げ切るなんて無理だぞ」



那月と夏美に視線をやってから、和樹は言った。確かにその通りだ。あの化け物から逃げるのに、人を一人抱えてでも難しいのに、それが二人だ。だが、零士とてそれは分かっている。だからこそ、零士はその提案を口にした。



「俺があいつを引き付ける。だから、和樹は先生達が逃げるのを手伝ってやってくれ」


「…………ッ」


『なっ⁉︎』


「お、おいマジかよ零士」


「あぁ、俺は大マジだ」



零士の発言にその場の全員が驚いた。少しは、突拍子もない発言に耐性が付いていた和樹も、流石のこれには驚く。だが、零士は真剣な表情だ。そこに悪ふざけの感情が一切ない。これがここで一番の生き残れる可能性だと思っている。その視線を受けた和樹は、やはりこいつならなんとかしそうだと思った。



「………本当に大丈夫なのか。零士」


「大丈夫だ」



和樹の言葉に即答で返事を返す零士。すると、お互いに視線をぶつけ合う。そしてーーー



「ぷっ、分かった。お前を信じるよ」


「なんだとっ⁉︎ 正気か御手洗⁉︎」



零士の提案に和樹は乗った。それに対してあり得ないと、柚木が食ってかかる。だが、零士が言葉を紡いだ。



「黒原先生。貴方だって分かってるでしょ? 誰かが囮にならないと、助からないくらい」


「ぐっ⁉︎ そ、それは」



柚木だって理解している。あのユニコーンを相手に、全員が生き延びて逃げ切る事は不可能だと。だが、それでも認められない。自分は教師だ。生徒達を無事に元の世界に家庭に帰す義務がある。なにも、零士が引き受けなくても良いのだ。囮が誰でも良いのなら、



「な、ならわたーーーー」


「先生‼︎」


「ッ⁉︎」



そこまで口にして、しかし零士の大声により掻き消された。行き成り大きく声を発した零士に、全員がビクッと驚く。そして零士は柚木に笑みを浮かべて、口を開いた。



「先生が囮になる必要はない。貴方は俺達に必要な教師だ。それに、そんなボロボロの体で、あいつを逃げるまで抑える事が出来ると?」


「だ、だが篠宮。お前は魔力が」


「確かに俺は魔力が使えない。だけど、安心してください。俺は逃げ足は速いので」



最後におちゃらけて告げる零士に誰もなにも言わない。自分達の為に犠牲になると言った彼に、悲痛の顔しか向けられなかった。そしてより一層に大きな雄叫びが、森林を揺らした。



「ほら、こうしている内に、早く逃げて」


「篠宮」



厄介払いするように、シッシッと手を振る零士。それに誰も反論する者が居なくなり、柚木は夏美を背負い直し、渚と彩は立ち上がり翡翠は、那月を背負おうとして、そこで和樹が自分が背負うと言った。そして和樹が背負った時、零士から声がかかった。



「待ってくれ和樹」


「なんだ? 零士」



呼び止める声に、和樹と柚木達が足を止める。



「いや、早瀬のその足はやっぱり不自由そうだからな。治してやんねぇと」


「え? だけど、早瀬の傷はこの棘がある所為で治せないぞ」


「それは分かってるよ。まぁ、見とけ」



零士がなにをするのか、分からない和樹は首を傾げる。それは後ろに居る柚木達も一緒だった。そんな彼等など気にせずに視線を刺さっている足に向ける。



(棘が抜けないと治せない。なら、その棘を抜けば良い。だけど触れようとすると弾かれる、か。色々と考えたが、なにが原因で弾かれるかは分からなかった。なら、抜く事は不可能なのか?…………んなバカな)



そこまで考えて彼は鼻で笑う。



(弾かれる原因が分からないのなら、何時も通りにやれば良いだけだ)



そして棘に零士は手を伸ばした。



(原因が分からないから不可能? はっ、笑わせるな。弾かれるのなら、弾かれなくなるまで上書き(・・・)すれば良い事だろぉ‼︎)



零士は右手で思いっきり棘をガシリと掴んだ。それに驚愕の声が周りから上がる。バチバチバチッとなにかが零士の手を弾こうとするが、彼は気にする事もなく、握った棘に力を込めて引っこ抜いた。ズリュッと共に引き抜かれ、同時に足から血が流れ出始める。



「長谷部‼︎ 回復魔法だ」


「…………ッ‼︎」



ここからは速さが重要だ。引き抜いたと同時に零士は、彩に声を上げた。すると、彼女は自分の役割を瞬時に理解して、足に回復魔法をかけ始める。それを確認した零士は、今だに弾こうと頑張る棘に一瞥して、握り砕いた。



「よし、これで早瀬の棘の心配はなくなったな」



そして自分に視線が集中している事に気付いた彼は、なるべる明るい声を上げてそう言った。そんな零士が行った出来事を目の前で見せられた和樹は呆然と口にする。



「マジで、お前は何者だよ」


「そんなの決まってるだろ。俺は何処にでも居る高校生だよ」



和樹の呟いた言葉に、なにを行き成りといった風にそう答える。それに対して「嘘だろそれ」と笑みを浮かべる和樹だ。そしてこれが最後だと、零士は全員に背を向けた。



「これで早瀬の事は気にせずに、逃げるのに集中出来るだろ。ほら、傷が治ったなら行け」


「あぁ、分かった零士。絶対に帰ってこいよ」



最後に零士に告げて、和樹は柚木達を伴ってその場から離れて行った。完全に見えなくなるまで、柚木達は零士に視線を向けていたが。そして完全に和樹の姿が見えなくなった時、零士は口を開いた。



「悪いな。長らく待たせて」



右手で剣の柄を握り締め、ゆっくりと鞘から抜き払う。視線は前に固定されたまま、睨み付けた。次の瞬間ーーー



『GAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッッッ』



前からではなく、横からユニコーンが現れた。捻れた角を零士に向けて突進してくる。前からだけ(・・・・・)来る事を予想していれば、避けられない奇襲だ。そう前から来る事を予想していれば。



「成る程、そこから来るか」


『GAAAAAAAAッッッ⁉︎』



意図も容易くユニコーンの突撃を躱す。零士は確かに前から()来る事を予想していた。しかし、それは零士が予想していた一つに過ぎない。彼は全方位から来る事を予測し、何処から来ても避けれるように脳内で考えていた。相手の動きを完全に掌握して、どのように襲ってくるのかを何通りも考え尽くす。最早、零士の戦闘経験は実年齢とは完全に掛け離れている。



「はぁ‼︎」



奇襲が完全に意味をなさなくなったユニコーンは、零士の振り下ろした剣を避ける事は出来ない。が、ユニコーンは歪んだ笑みを浮かべた。振り下ろした筈の剣は、体に当たるとまるで金属音同士がぶつかった甲高い音を響かせた。それにチッと舌打ちをする。なんと硬い体だ。零士が眉根を寄せているのに対して、ユニコーンは相手に自分を傷付けれる手段がない事に勝利を確信した鳴き声を上げて、角を振るう。だが、その振るわれた角を零士はなんなく後方に下がって避けた。



「こいつ」



改めて相対する形になったが、ユニコーンの顔を見て、零士は苛立った。ユニコーンの顔には愉悦があった。前足を地面に何度も何度も擦らせて、今から突撃するぞ、と教えている。動物の言葉が分からない零士でも、今ユニコーンが思っている言葉は容易に理解出来た。この馬は、攻撃手段がない零士を舐めているのだ。



「はっ、上等だよ。この駄馬」



そのもう勝った気でいるユニコーンに吐き捨てて、零士は全身を脱力させて息を吐いた。そんな突然の行動にユニコーンは負けを認めたのかと愉悦を深めた。気味の悪い鳴き声を上げるユニコーンを無視して、零士は集中した。



思い出せあの感覚を。戦場の空気を。この程度の戦いは、アレらより遥かに劣っている筈だ。感覚を研ぎ澄ませ、眠っている感覚があるなら、全てを叩き起こせ‼︎ この程度の相手に何秒掛かっているのだ。あの時の数多の戦いを駆け抜けた記憶を呼び覚ませ。



「………覚悟は良いか? 駄馬」


『……………ッ』



雰囲気が一変した。ユニコーンは、目の前に居る少年のなにかが切り替わったのだと本能で気付いた。すると、零士の全身に淡い光が覆った。そして次の瞬間ーーー



ーーー零士はユニコーンの視界から完全に姿を消した。



『ーーーーーーッッッ⁉︎』



姿を消した零士に驚愕して眼を見開くユニコーンだが、すぐに気を取り直して口を歪めた。幾ら速く動いても、攻撃が通らないのだ。奴には自分に傷を与える方法がない。ユニコーンはそう油断して、



「ーーーー油断のし過ぎだぞ」


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーッッッ⁉︎』



後悔した。ユニコーンの体に零士の剣閃が、今度はあり得ないくらいに、すんなりと入り斬り裂いた。体に走る激痛にユニコーンは叫び声を上げ、暴れ回る。そして自分の体に傷を付けた零士を睨み付け、体表から無数の棘を生み出して解き放った。だが、異常な程の戦闘経験と彼の予測によって、迫り来る棘を躱し、いなしていく。ゆっくりとユニコーンの元に歩きながら。どんなに棘を放とうとも、零士はその場から動かずに上体だけで、躱して、時には剣を使い棘を逸らして、他の飛来する棘にぶつけたりもした。



眼を疑うような光景。ここにもしも和樹達が居れば、全員が呆然としていた事だろう。それ程までに異常な光景だった。すると、ユニコーンは棘では駄目だと判断したのか、捻れた角に黒い球体を作り出して、閃光として放った。



突き進む黒き閃光に対して、零士は避ける素振りを見せない。剣を上段に構えて、自身から膨大な覇気(・・)を放出させて、それを全て肉体強化に回す。次に、



「………剣に斬れ味を少し上書き(・・・)して」



そして閃光が零士に衝突する瞬間ーーー



ーーー斬ッ‼︎



黒い閃光が綺麗に真っ二つに別たれた。ユニコーンがあり得ないと言わんばかりに眼を見開く。そんな事など梅雨知らず、斬った本人である零士は、ブンブンと剣を振ってユニコーンに視線を向けた。



「さて、今度はなにを見せるんだ」



試すような物言いだが、その瞳には油断も慢心もない。零士にはもう負けはなかった。そんな零士に視線を向けていたユニコーンの脳裏に声が響く。奴は危険だ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。



殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せッ‼︎



圧倒的な殺意が、ユニコーンを襲った。



『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーッッッッッッッッッ⁉︎』


「なんだ?」



その殺意にユニコーンは飲み込まれ、今までとは比べられない程の憎悪が込められた咆哮を放った。と、同時にユニコーンの頭がボコッと膨らみ、その事に零士は警戒する。そして、その膨らみから飛び出したのは目玉だった。ギョロギョロと動く気持ち悪い目玉。紅い血管のようなものが浮かび上がった目玉は、零士を捉えると、まるで笑ったかのように眼が細まった。そしてユニコーンが動いた。先程までとは違う圧倒的な速度で。



「なに………⁉︎」


『ーーーー■■■■■■■■■■ッッッ』



もう聞き取る事すら出来ない声を上げて突撃しながら、棘を放ち続けるユニコーン。だが例え、速度がさっきとは別段になったとしても、それは零士のそれとは遥かに劣る。飛来する棘を全て斬り裂き、突進の全てを躱す。その時、ユニコーンの眼から透明な液体が流れている事に零士は気付いた。



それを見た時、突撃してくるユニコーンの角を左手一本で(・・・・・)受け止めた(・・・・・)。ズシンと全体重が込められた一撃を、しかし軽く片手だけで止める。



「待ってろ。今、楽にしてやる」



涙を流すユニコーンに、視線を向けて零士が告げると、覇気が零士の身体能力をより強化し始めた。それと共に剣の耐久力、威力、斬れ味を上書きしていく。それにユニコーンいや、目玉は死の気配を感じたのか、離れようと暴れるが零士の左腕はビクともしない。醜く暴れ回る目玉を見据えて、右手の持つ剣を頭上に掲げた。すると、目玉がギュギギ、ギュギギと気味の悪い鳴き声を上げる。恐らく助けを求めているのだろうか。しかし、零士の言葉から無慈悲な一言を告げられた。



「ーーー消えろ」



そして頭上に掲げられた剣が振り下ろされた。ユニコーンの体が一刀両断され、それだけにはとどまらずユニコーンの背後にある木々を全てを薙ぎ倒し、地面に大きな切れ目を残して轟音が辺りに響き渡った。



ユニコーンごと斬り裂いた零士は、ピキッという音に反応して己の持つ剣に眼を向ける。すると、剣にピキピキッと幾重ものヒビが生えて、遂には砕け散った。そんな砕けて柄だけになった物を見て、ため息を吐く。



「はぁ、やっぱ砕けちまったか。耐久を上書きしても、やっぱり無理があったか」



柄だけとなった剣を持ち、零士はその場を後にした。壊れた武器を倒すのに幾ら金がかかるのかを気にしながら。













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