その男、極度のめんどくさがり
あと10分で英語のテストが終わる。
この五日間頑張ってきた、いや、最初の二日だけかな。
あとの三日は最終日の放課後どこに遊びに行くかしか考えていなかった。
初夏の木々から匂う緑の香りが少年を眠りへと誘った。
ーー残り時間でこの真っ白な解答用紙を埋めるんは無理やな、寝よ
少年は腕で枕をつくりその上に頭を乗せて静かに眠りについた。
その10分後強烈なパンチとともに起こされる。
「瑛斗!起きろや」
「いって、何すんねん!」
殴られた少年は有馬瑛斗、中学三年である。
一方殴った方は瑛斗の友人の木戸裕二だ。
「五日間テストばっかで俺ストレス溜まってんねん」
「それでなんで俺を殴んねん」
「頑丈だから」
この物語の主人公である有馬瑛斗は周りの中三と比べると身長が高い上に体つきも少しがっしりしている方だ。
一年ほど前から趣味で始めたエクササイズボクシングの影響だろう。
それに比べ裕二は身長こそ瑛斗とほほ同じだが色白で細かった。
二人は小学校からの幼なじみでわざわざ大阪から和歌山にあるこの智翔学園に通っている。それほど仲は良かった。
「お前なぁ、んなら俺にも殴らせろや」
「嫌や!お前の肩パンくらって耐えた奴見たことないもん」
「1人おるで、大人やけど」
「山田は別格、あいつここの学校の援団(応援団の事を指す)の副団長やったんやろ。そらあんな体なるわ」
山田とは二人の担任教師で体が3人分集めて1つにした様なまぁ体のおかしな人だ。
山田は二人とは犬猿の仲で二人が問題を起こすたんびにいがみ合っている。
今では智翔学園応援団の顧問をしていて今年もシーズンになれば高1の平団員を腕立て伏せでへばらせている事だろう。
しかし瑛斗が1年後この腕立て伏せを身を持って経験する事になろうとは誰も予想していなかっただろう。
智翔学園は野球部が有名でほぼ毎年夏の甲子園に出場している常連校で、アルプススタンドに書かれる全校生徒での人文字の赤いCは風物詩とも言えるだろう。
過去二回甲子園優勝まで引っ張っていった名将 高橋監督は今でも健在だ。
応援団も甲子園のアルプス席で応援している様子がよくテレビ等で映し出されることが多々ある。
「援団ねぇ、」
「どーした?」
「いや、何も」
「何や、お前ら援団に興味あるんか?」
と、ドスの聞いた声が瑛斗の真上から降ってきた。
「山田やん、何か用かい」
と、裕二が噛み付く。
山田がヤニだらけの黄ばんだ歯を見せながらニタニタして
「援団の話してたから、俺一応顧問やし」
「ふんっ援団な興味あるわけないやろ、あんな叫んでるだけのイカれた集団な」
「イカれてへんわ!」
と、大笑いしながら答える。
相変あわらず声のボリュームが大きい。廊下中に山田の笑い声が響き渡る。
瑛斗は黙ったままだった。
「あ、せや 有馬」
「なんすか?」
「お前ちょっと話ある、残れ」
「めんどくさい」
付け加えるが瑛斗は極度のめんどくさがりだ。勉強はそこそこできる方だがめんどくさがりの為上位のクラスに入ろうとする気がない。
勉強だけでなく何をしてもめんどくさいの一言で済ましてしまう。
趣味のボクシングも力は強いもののすぐへばってやる気をなくしてしまう。
今では週に1回行くか行かないかくらいだ。
いわゆる根性なし。飽き性。
「お前なぁいつもいつもめんどくさいって、大学受験とかなったらどーすんねん ええからちょっと来い」
「えーー、先生俺ら今から遊びに行くんすけど」
と、裕二が文句を垂れる。
「すぐ終わるから」
「早めにお願いしますよー」
「わかっとるて、、、てか帰り制服で寄り道すなや、しばくぞ」
と、瑛斗の襟首を掴みながら職員室へ瑛斗を連れていった。
職員室は瑛斗と山田の二人だけだった。
ちょうど今日が定期テストの最終日だったので他の教師は部活動の指導に行ったのだろう。
「いいんすか、先生も援団の指導行かんくて」
「ええねん、こっちの方が大事やし」
「でも初日って新しい応援団長決める日でしょ」
「まぁ、、今年は大丈夫やな」
と、山田は苦笑いしていた。
瑛斗は疑問に思ったが山田は続けた。
「っつーかお前詳しいな」
「別にいいでしょ」
と、目を逸らす。
おぉ、せや と山田がやっと話題に戻ろうとした。
「あと10ヶ月ほどでお前は高校生なるやろ、今のままやったらどんどん落ちこぼれていく思ってな」
ーまたか
山田は二者面談が他の先生と比べて格段に多い。
瑛斗だけでなく他の目立つ生徒ととも二者面談をする。今学期始まって3回目だ。
「勉強は多少はしてますよ」
「勉強だけやなくて授業態度とかも考えたらやっぱりお前は素行が悪い」
「素行が悪かったらなんかあるんすか?」
「中学ん時からお前部活一個もしてへんやろ 高校入ったらなんかしたらええやん 赤点もとってへんのに その為には素行が悪かったら入られへんやろ」
「いや、別に入らないから大丈夫っすよ」
「、、お前はそのめんどくさがりを治せ その為の部活動や」
「何か関係あるんすか?」
瑛斗は今まで一人で行動することの方が多かった。裕二とつるんで馬鹿なことをしていた時は楽でよかったが、ボクシング等も基本は一人で頑張るものだ。瑛斗はめんどくさがったが、
「部活動はな、一人一人が勝手な行動をしたらアカンねん 部の事を思って行動してたらめんどくさいと思ってる暇な無いほど忙しなる
それがお前を変えるチャンスや俺は思ってる」
山田はそう優しく語った。
瑛斗には想像もつかない事だろう。
ただ瑛斗にはしてみたい事があった。
誰にも言い出せないままでいた夢がずっとあった。
それは二年前の甲子園
ーーあの人みたいに、なってみたい
そう、素直に瑛斗は思った。
それほど強烈にインパクトが強かった。
しかし今まで自分を変えることができず、変えるきっかけを見つけることができなかった。
山田が口を開く。
「お前、援団やってみろ」
瑛斗の脳裏にあの雄叫びが蘇る
二年前の夏だーーーー