第五話 魔言の力
二人目の契約者であるルナを得た俺は、タマモ曰く、どうやら今までの倍近い魔力を得たらしい。
「どれ、今お主にも分かるよう、能力値を具現化させよう。“ビジョン”」
タマモが言うと、空中に何かスクリーンのようなものが現れた。
これが魔言の力か。本当に言葉にするだけで物が具現化された。実際に見ると凄い能力だ。
スクリーンには、何やら俺達の名前と数値が映し出された。
どうやらRPGでいうところの、ステータスのようなものらしい。
■陽向 遊
性別:男
体力:12
魔力:151
筋力:8
賢さ:23
■グングニル
性別:男
体力:58
筋力:2(127)
■クロア=ロロナーゴ
性別:女
体力:18
魔力:248
筋力:6
賢さ:65
■ルナ=ミーア
性別:女
体力:21
魔力:177
筋力:7
賢さ:54
ちょっと待て。俺の賢さこんなに低いのか?
後、筋力は微妙に勝ってるけど、体力は二人に負けてるのはどういう事なんだ。日頃、運動してないのが祟ったのか。
というかクロの魔力、ダントツだな。
「HP……いや、ライフポイントとかないの? 体力がそれ?」
「らいふぽいんと……あぁ、生命力の事かの? そんなもの、ダメージを受ける箇所によっては一撃で死ぬのじゃから、ほとんどあてにならん数値じゃろう。体力はあくまで、どれくらい肉体を行使出来るかの値じゃ」
ふむ。確かに、心臓に刃物でも突き立てられたら、例えHPが999であろうとも現実的には一撃死だもんな。ゲームのようにはいかないか。
「あと、この“グングニル”って誰の事? 体力と筋力しか表示されてないんだけど。しかも2(127)って?」
「お主の○○○じゃ。()内は硬くなった時の」
「下ネタはやめなさいっ!」
なんてものを数値化するんだこのエロ猫。てか、グングニルって。無駄に強そうだな。
硬くなった時、パワーアップし過ぎでしょ。スーパーサ○ヤ人か。
ルナの方を見ると、真っ赤になってソワソワとしている。夜の事を思い出しちゃったんだろうか。
「さて。それほどの魔力であれば、そろそろ里の外へ出てもよかろう。ユウ殿、クロとルナを連れ、ソマリの森へ向かってくれんか? 何、ちぃとばかし凶暴なティーガが生息しておるが、まぁ大丈夫じゃろ」
「サラッと怖い事言ったよ今! 全然大丈夫じゃないっしょ! ティーガ=タイガー、虎でしたなんてオチじゃないよねっ!?」
ガクブルと足を震わせながら抗議する俺。
「何、クロもルナも優秀な魔言師じゃ。ユウ殿に怪我はさせまいよ。二人を信じてやっておくれ」
「クロが、ご主人様……守る。だから、だいじょうぶ……」
グッ、と拳を握ってやる気を見せるクロ。表情はいつもとあまり変わらないが、熱意は伝わってくる。
「ご主人様、ご安心を。必ず私達がお守りいたします」
ルナも微笑んで逞しい事を言ってくれる。
女の子二人が怖がっていないのに、俺だけ怖がっているのも情けない気がしてきた。
俺は二人の言葉に頷き、タマモへと向き直した。
「それで、その森で何をすればいいんだ?」
「うむ。以前に言った通り、帝国が魔戦器の材料を発掘するのを阻止してもらいたいのじゃ。ソマリの森の奥深くにラグーン遺跡という場所があっての、そこに魔戦器の材料が眠っておるのじゃよ」
ラグーン遺跡……どこかで聞いたような名前だ。
ラグーン遺跡……
ラグーン遺跡……
……思い出した。クロの部屋に置いてあった、雨木孝太郎の本に書かれていた遺跡だ。
どんな内容だったかな。
「ラグーン遺跡には“あるもの”が封印されておっての、儂らマオン族は代々、その封印を守ってきたのじゃ。だが、時と共に伝承も廃れ……その使命は、あまり重要視されなくなってしまった。今では数人の見張りを立てておるだけとなっている」
廃れてしまうほど長い長い、昔からあった封印という事か。
「そんな時、帝国がその遺跡を占拠した。どうやら中の封印が目当てらしい。よくよく調べてみると、そこに魔戦器の材料が眠っておる事が分かった」
「え。それっていつの話? もうとっくに掘り起こされてるんじゃないの?」
「いや、内部は何重にもトラップが仕掛けられ、構造もかなり入り組んでいる。一朝一夕では見つけられんはずじゃ。そこで、見つかる前にそれを阻止し、ラグーン遺跡を奪還してもらいたいのじゃ」
それってかなり危険なんじゃなかろうか。
だって帝国兵がうようよ歩いてる中を進むんだろ?
しかも俺らまで迷子になりそう。
「何、帝国兵はおそらくそれほど多くない。ラグーン遺跡だけでなく、他の地域へも発掘のための人員を割いておるからの。とりあえず、手近の遺跡を奪還しておきたい。この二人と、今のユウ殿の魔力があればいけると踏んでおるよ」
「中の地図は、私達魔言師が遺跡に赴けば入手出来る仕組みとなっております。迷う事はありません」
なんだかどんどん外堀が埋められていってる気がするが、みんながこう言うなら大丈夫だろう。
どっちみち、いつかは行かなくちゃならないんだろうし。
「分かった、行くよ。クロ、ルナ。よろしく頼む」
「うん……任せて」
「はい、ご主人様」
二人が頷くのを確認すると、俺は二人を連れて部屋へ戻り、外出の支度を始めた。
* * *
「では頼んだぞ、三人とも。気をつけてのぅ」
「あぁ、そんじゃ行ってくるよ」
「行ってき……ます」
「留守の間、里をお願いいたします。タマモ様」
タマモや他の里人達に見送られ、俺達はソマリの森へと向かった。
「しかし俺、そんなに魔力上がってるのか? 数字で見せられても、どうにも実感が沸かないんだが」
「はい……それはもう。その……初めてお会いした頃よりも、濃密な匂いが漂っていますから……」
心なしか、ルナがモジモジとしながら目を逸らす。
あ、これは発情してるな。
そんな仕草見てたら、俺も発情してきちゃうぞよ。
「それだけじゃ、ない……クロ達の魔力も、上がってる……」
「え、そうなのか?」
これも俺には分からない。
魔力を察知するというのは、そもそもこの世界の住人にしか備わっていない感覚なのかもしれない。
「はい。ご主人様と契約し、その……こ、交尾を繰り返す事で私達の魔力は共鳴し合い、互いにその力を高めていきます。契約者の人数が増えればその分、更に共鳴し合い、例え直接交わっていなくとも、私達全員の魔力が底上げされるのです」
それは凄い。
正直、一度説明されただけではよく分かっていなかったが、改めて聞くと本当に倍々ゲームのようだ。
それならば、魔力が上がったらどんどんナンパ、じゃない、契約者探しをしなければ。
「ご主人様、ここから先がソマリの森です。ティーガが出ますのでご注意ください」
「あ、あぁ」
ティーガという響きだけで足に来ている。
本当に大丈夫なんだろうか。
考えてみたら、俺はまだクロ達“魔言師”が戦う姿を見た事はない。
一体どんな戦い方をするのか、把握しておかなければなるまい。
「あのさ、ルナ--」
「“バリア”!」
突然、ルナが俺の前に立ちふさがったかと思うと、そう口走った。
前を見ると、虎のような外観のモンスターが何もない空中で静止して牙を剥き、俺達を見下ろしている。
『ガルルルル……!』
もしかしてこれがティーガか?
想像通り、やっぱりまんま虎じゃないか。しかも俺のいた世界の虎よりも一回り大きい。こわい。
俺一人には到底どうこう出来る相手じゃない。
近づいて来ている事に全然気がつかなかった。危なかった……
というかどうなってるんだ、この状況?
ティーガの静止している空間に目を凝らして見ると、透明な球状のガラスのようなものが俺達を包み込んでいるのが分かった。
これが俺達を守ってくれたのか。
ティーガは、その見えない壁に乗っかっている状態のようだ。
さっき、ルナは“バリア”と口走った。
おそらくこの壁は、ルナが魔言の力で出したものなのだろう。
またも、言葉にするだけで物質が具現化された。やっぱり凄い能力だ。
「クロ、ティーガのお腹が張り付いている部分に穴を開けます。そこに炎を撃ち込んでください」
「ん……りょ~かい」
ルナがティーガのいる方に手を翳すと、バリアの一部に穴が開いた。
それを見計らって、クロが一歩前に出る。
「“ふぁいあ~”」
クロがゆる~く唱えた瞬間、炎の玉がバリアに開いた穴目掛けて飛んでいき、ティーガの腹を焦がした。
『キャインキャインっ!』
ティーガは突然の攻撃に面くらい、尻尾を巻いて逃げ出していった。
「おぉ! 凄いなクロ、ルナ!」
俺は感動のあまり、近くにいたクロを抱き締める。
「……えへん。怪我はない……? ご主人様……」
クロがギュッと抱き締め返してくる。
「……ご主人様、その……」
すると、ルナがモジモジしながら目を逸らしてきた。
このモジモジは多分、「私にもギュッてしてください」というモジモジに違いない。
俺はご要望通り、ルナの事もギュッとしてあげた。
「……♡ ありがとうございます、ご主人様」
ルナが嬉しそうに尻尾を揺らしながら、むぎゅっと胸を押しつけるように抱きついてくる。
耐えろ、耐えるんだグングニルよ!
こんな森の中で真の姿を解放するんじゃあない!
「し、しかし魔言というのは凄いな。何でも出せるのか?」
「何でも、というわけではありません。自分の想像で生み出せるもの……大抵は、自分で見た事があるものしか出せません。クロは私よりも想像力が豊かなので、本で読んだものを自分なりに解釈して出せたりも出来るようですが……つまり魔言は、“創造の力”なのです」
「それは……」
結局、ほとんど何でも出せるのではなかろうか。
チートっぽい能力だ。やっぱり凄い。
「この調子なら遺跡まで余裕じゃないか?」
「森の中には先ほどのティーガのようなモンスターが多く生息しています。私達の今の魔力であればそれほど苦戦はしないでしょうが、油断はしない方がよろしいかと」
「ふむ……」
そんなに多くのモンスターがいるのか。
魔言も魔力を源にしてる以上、無限に使えるわけではないのだろう。
となれば、ラグーン遺跡まではなるべく節約していきたいところだ。
俺達は森を進んだ。途中、何度もモンスターとの戦闘になりながらも、クロとルナの絶妙な連携もあって順調に遺跡へと近づいていく事が出来た。
「魔力は大丈夫か? クロ、ルナ」
「うん……だいじょうぶ」
「まだ余裕がありますので、遺跡の探索も問題ございません」
それを聞いて安心した。
よく漫画とかで「魔力が切れた……!」とか言ってピンチになるシーンがあるが、そうはならずに済みそうだ。
そうして里を出発してから2~3時間経った頃、遺跡らしきものが見えてきた。
「……ひょっとしてあれが?」
「うん……ラグーン遺跡」
意外と小さい気がする。
大体マンション三階分くらいの高さしかない。
「ラグーン遺跡は表面上はああですが、地下に広大な空間が広がっています」
「なるほど」
そういう事か。地震とかで閉じこめられたら嫌だな。
草むらから様子を伺っているのは、入り口に帝国の見張りらしき者達が二人、立っているからだ。
二人とも、マオン族と同じように猫耳を生やしている。
あれは……男か。ちょっと、いやかなりガッカリだ。
「どうする、タービ・マターの力を使うか?」
使い方はすでにタマモから教わったので、やろうと思えば使えるはずだ。
「タービ・マターの力は、一度使うごとにご主人様だけでなく、私やクロの魔力も消費されてしまいます。ここぞという時以外はあまりお使いにならない方が得策です」
「ふむ……そうか」
確かにそんな事も教わった気がする。
相手は男だし、ここぞという場面ではない。男だし。
そうなると、やはりここはクロ達に任せるしかなさそうだ。
「……任せて、ご主人様。“ふきや~”」
クロがゆる~く言うと、なんと吹き矢が現れた。
お前はド○えもんか。
「ふっ! ふっ!」
クロが見張りへ向けて吹き矢を吹くと、二人の見張りはバタバタと倒れた。
「こ、殺したのか?」
「うぅん、眠らせただけ……行こ、ご主人様」
俺達は草むらから出ると、遺跡の入り口へと進んだ。