第二話 一夜の後に
翌朝。
隣では裸のクロが、俺に寄り添いながら寝息を立てていた。
可愛い寝顔だ。思わず柔らかい唇をつつく。
この口であんなことやこんなことを……昨夜の事を思い出すと、また興奮してきてアレが……ヤバい、さすがに寝込みを襲うのは気が引ける。
クロに布団をかけ直してやり、気を紛らわそうと部屋を見渡すと、ふと机の上の一冊の本が気になった。
「古びた本だな……ん? 日本語で書かれてるぞ?」
開いて読んでみる。もしや、俺以外の転生者が書いたものだろうか。
『異世界転生日記・第三章
伝説の種族・マオン族について……
著/考古学者 雨木孝太郎
彼らは獣の耳(ネコ?)を生やした可愛らし……じゃない、興味深い人種である。
この世界の古い文献で偶然その存在を知った私は、彼らが住むというカトーラの里に赴き、観察させてもらう事にした。
彼らは外界との接触をほとんど持たないせいか、基本的に臆病だが、一度慣れると友好的な性格だ。
事実、彼らがすぐに隠れてしまうので業を煮やした私がミルクを器に注ぎ、ネコの鳴きマネをしてしばらく呼ぶと、彼らはおそるおそる出てきてミルクを飲み、その後はもっと飲みたいと大歓迎して家に招き入れてくれた。
……念のためにネコの好きそうなものを持参しておいて良かった。
ちなみにこれは、ネコの観察記録ではなく、マオン族の観察記録である』
ちょろ過ぎるだろ、マオン族。
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『彼らと寝食(食事は主に肉や魚)を共にするうち、色々な話が聞けた。
彼らには“魔言”という力があり、言葉にした事を具現化出来る凄い能力らしい。
例えば普通の魔法使いは、長たらしい呪文を唱えたり、紋様を描いたりしないと炎を出したり出来ないが、優れた魔言師は「燃えろ!」とか言うだけで炎を出したり出来るのだ。
事実、私がマオン族の入浴の習慣を観察しようと水浴び場に忍び込むと、驚いたマオン族の魔言師が「燃えろ!」と言い、私の一張羅が燃やされてしまった。
危うく私自身も燃やされかけた』
この考古学者、ただのアホなんじゃなかろうか?
それにしても凄いな、魔言師ってのは。
クロにもそんな事が出来るんだろうか。
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『マオン族には古来より、魔言の力を用いて、ラグーン遺跡に眠る「あるもの」の封印を守る役目が受け継がれているという。
封印の扉は 彼女らの魔言の力でしか開ける事は出来ないらしい。
封印を解いていいのは、とてつもない年月が経って中にいる「あるもの」が弱りきり、それを倒せる者が現れた時だけ……らしい。
……私が生きているうちには、恐らく封印が解かれる事はなさそうだ。
だが、それでも構わない。
私はこうしてマオン族の女性を妻にめとり、新たな家庭を築く事が出来たのだから。
私は今、最高に幸せだ。
さぁ、子ども達がお腹を空かせて待っている。
今日も張り切って魚を捕りに行くか!
--マオン族婿養子・雨木孝太郎』
「…………」
…………俺はそっと本を閉じた。
「それ……クロのひいひいひい爺ちゃんの日記……」
「おわっ、ビックリした!」
いつの間にか起きてきたクロが、俺のすぐ横でそう告げてきた。
ヤったのか、孝太郎。
じゃあクロの中には、人間の血も混じってるってことか。
大分薄くなってそうだけど。
「く、クロ……昨日は、その」
「……とっても、良かった……またしようね、ご主人様……」
クロがスリスリと頬をすり寄せてくる。
めちゃくちゃ可愛い。
ていうか裸のままなんですけど。
「あ、あぁ……そうだな。朝ごはんでも食べに行くか?」
クロを撫でてやりながらそう訪ねる。
「うん……たべる」
俺とクロは服を着て、寝室を出た。
「おぉ。おはようユウ殿、クロ。昨夜はお楽しみじゃったの」
タマモがあっけらかんと手を上げてそう声をかけてきた。
「某有名RPGの宿屋に女の子と泊まった後の店主のセリフをサラっと使うな」
「? 何の事かの?」
「……まぁいい。それより、タービ・マターの力は引き出されたのか?」
正直、クロとイチャコラした後にあまり自分でその実感は沸かなかった。
だが元いた世界のマタタビの香りもそうだが、人間には感じられない力なのかもしれない。
「くふふ、安心せよ。しっかりとタービ・マターの力は目覚めておるよ。……正直、近くに居ると儂も今すぐにでもお主に抱かれたい欲求に駆られてしまう」
「えっ」
タマモは豊かな双丘をたゆんと寄せながら、心なしか頬を染めて物欲しそうな目でこちらを見てくる。
ゴクリ。
って節操なしか、落ち着け俺。
「くふふ……まぁ儂がお主とシてしまうと、契約者であるクロと出来る回数が減ってしまうからそんな事はせぬがな」
「……回数をこなすほど強い力になるんだったか」
昨日のタマモの話を思い返す。
「うむ。確かにすでにタービ・マターの力は目覚めておるが、昨夜の分だけではせいぜい、2~3人魅了したら力は尽きてしまうじゃろう。しかも時間が経つと、使っていなくても力は弱まっていく」
「え、そうなの?」
意外と不便な能力だ。
「じゃから、なるべく回数をこなして、力をより多く蓄えておくようにの。力が上がると契約出来る人数も増え、共鳴率も上がってより効率よく力を蓄える事が出来るようになる」
「クロ以外とも契約出来るのか?」
「相手がそれなりの術者で、波長が合えばな。まぁ、それについてはおいおい考えていけば良いじゃろう」
ふむ、要するにハーレムか。
悪い話ではない。
というかかなり美味しい話ではなかろうか。
ただ、毎晩俺の身が持つのかだけが心配だ。
「とりあえず、今日は他の者にユウ殿を紹介しようと思っておる。まずは朝食を食べるとしようか」
俺達は食卓につくと、台所らしき部屋の奥からメイド服姿の猫耳給仕達が食事を運んできた。
どの子も可愛いらしい子ばかりだ。
一様にスカートは短く、尻尾がフリフリと揺れている。
給仕の子達は俺の事をチラチラと見ながら、何やらモジモジと落ち着かない様子だ。
どうやらタービ・マターの力に当てられているらしい。
使命の事がなければ日替わりでこの子達も抱いて差し上げるのに、と俺の息子が勝手に張り切っている。
落ち着け、我が息子よ。
机の上に置かれたのは、大皿の上に乗ったやたら大きい丸々一匹の魚と、味噌汁とごはんだった。
味噌汁とごはんは意外だったが、ひょっとしたらあの本の著者である雨木孝太郎がマオン族に伝えたのだろうか。
タマモの着物とかも日本の文化のはずだしな。
「いただきます」
「いただき、ます」
「うむ、たんと食べるとよい」
お、美味い。特にこの魚は絶品だ。
プリッとした身、適度な塩気。
ごはんが進む。
「ふぅ、食った食った」
「ごちそうさま、でした」
食事を終えた俺達は、タマモに連れられて階段を上がり、扉を潜って外に出た。
思えばこれが、俺がこの世界に来て初めて外に出た瞬間だ。
「さぁ、ユウ殿。これがマオン族の里、カトーラじゃ」